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面接!

 頭がぼーっとする。


何かが離れていく。完全には離れていない。


 まだ頭の中には残っている。だが、正体がわからない。さっきまで見ていた夢を思い出せないようなもどかしさを感じていた時、俺は目を覚ました。

 薄暗く、気味の悪い場所に俺は居た。いつからだろうか、何も覚えていない。

 

 椅子に座っているのはわかる。数歩先には、こちらを向いて椅子が置いてあるのもわかる。薄暗い中にポツンと置かれたその椅子は、学校の教室に置いてあるような椅子。周りをぐるっと見てみたが、特に変わった匂いもせず、本当に何処なのかさっぱり分からない。

 ふと思い立ち制服のポケットを探る。しかし、いつもなら持っているであろうスマートフォンは見つからなかった。


 「おーい!」


 誰かいないかとそう叫んだ声は、薄暗いこの部屋を響き渡り、返事がないまま消えていった。


 「な、なんなんだよここは」


 少しずつこの薄暗さにも目が慣れていき、部屋の全貌がはっきりと明らかになる。立ち上がりさっきよりも慎重に周りを見渡してみると、正方形のこの部屋の隅に、茶色の長机が見えた。

 これまた学校っぽい、そんなことを思いながらその長机に近づくと、机上に置いてある白い紙が見えた。何の変哲もない白い紙。ノートの一ページを切り取ったような紙だ。


「なんか書いてあるな」


『面接開始までお待ちください』


 面接、バイトなんてしてこなかった俺には、あまり見慣れない単語だ。しいて言うならば、中学から高校に進学するときに練習をまともにせず本番で支離滅裂な発言を繰り返したという苦い思い出を思い出させるくらいだ。


 そもそもここが何処なのか、何の面接なのか、今が何時なのかさえ分からない。わかった事と言えば、目を覚ましたら、こんな意味の分からない場所にいたと言う状況に陥っても、恐怖よりも好奇心が勝ってしまう自分のメンタルの強さくらいだ。


 「異世界転生ってやつか?」


 最近見たアニメのような展開にドキドキしながら、ここに来た経緯を立ち尽くしたまま考える。しかし、何も思い出せない。いつものように起きて、学校に向かったはずだ。


 「俺、なんかやばいバイトの面接でも受けちゃったんじゃないよな・・・・・・」


 先ほどとは打って変わって、流石に好奇心と中二心では抑えきれなくなってきた恐怖を感じ、少し不安になってくる。


 一旦、落ち着いて状況を整理してみる。


 正方形の部屋。椅子と長机以外には何もない、そんな部屋で見つけた紙には、何かの面接の待ち時間である事が書いてある。本当にそれだけ、テレビだって、ベッドだって、何なら窓一つな、


 そこで一つの疑問が生まれると同時に、自分が今非現実的な世界にいることを実感した。


 「俺、どっから入って来たんだ・・・・・・・」


 窓も扉も、この部屋には無い。さほど広くもない、学校の教室くらいの部屋には開口部がなく、人の出入りが出来るとは到底思えない。空気は、酸素は大丈夫なのだろうか、助けは来てくれるのか、食べ物は、食料も無いじゃないか。朝ご飯を食べてこれば良かった、そんなどうでもいい思考は、次々と頭の中を巡る不安要素にかき消される。


 「落ち着け、これは夢だ。こんな状況、現実じゃありえなさすぎる」


 夢だと判断することで、頭の中でぐちゃぐちゃになっていた思考回路はピタリと静かになった。この前何かのオカルト番組で、明晰夢という夢の種類があると言っていた気がする。その夢は普通の夢とは違い、思考がはっきりしていて、自分の思った通りに行動できると言う。つまり、それだ。それに違いない。


 「まあ、夢の中ってことで、面接が始まるまで気長に待、」


 コツッ


 気長に待つ、なんて、悠長なことを言葉にする前に、背後から足音が聞こえた。


 「すみませーん。遅れてしまいました」


 驚きのあまり振り向きざまに躓き尻もちを搗く。とっさに見上げる形になりながらも、声の主の正体を視界にとらえた。

 大丈夫?と小声で囁き、サラサラの長い黒髪を揺らしながら、きっと滑稽な姿を披露している俺に彼女は優しく微笑んでいる。女子高生にも、就活中の大学生にも見える目の前の女性は、きっとクラスにいたら誰もが一度は好きになっているだろうと言えるほどの美人だ。

 しかし、アニメの世界でしか見ないような、白ベースの美しい羽衣を身に纏っている事も相まって、まるで天使のような美人が、急に目の前に現れるこの状況が、より一層これが夢であるという考えを加速させる。


 そんな俺の横を軽く会釈しながら横切ると、彼女は俺が座っていた向かいの椅子に腰かけた。


 「まあ、座って座って、えーと、かたやまかえで君」


 俺の傍にある椅子の方を指しながら、彼女は座るように促しながら、俺の名前を、まるで面接官の様な口ぶりで丁寧に読み上げた。何で俺の名前を知っているのか、もうそんな疑問は今更浮かばなかった。面接官、そうか、面接が始まるのか。


 「あれ、違った?片山楓君だよね??」


 かわいい。不安そうな表情を浮かべながら、もう一度俺の名前を呼ぶ彼女を見て、素直にそう思った。唖然として、そして見とれて開きっぱなしになっていた口を元に戻し、状況の整理がつかないまま、俺は応える。


 「そ、そうです。片山楓です」


 応えながら初めに座っていた椅子に戻り、深呼吸をしながら席につく。何の面接かもわからなければ、開口部のない部に突然の異世界美少女。夢でしか無いじゃないか。


 「そう!ならよかった!ならさっそく面接を始めるわね!」


 ぱぁーっと明るい表情に切り替わり、彼女は面接開始を宣言した。

かわいい、はさておき、流石に聞いておきたい事が山ほど、いや、エベレスト級にある。


 「あの、今更で申し訳ないんですけど、この面接っていったい何の・・・・・・・。そんでもってここ、入口も出口も無くて、何が何だかさっぱりで、あの、これ夢とかですよね?」


 あまりにもまとまりの無い、ただ口から頭に浮かんでいた単語を繋げたような質問になってしまい、自分の語彙力の無さに嫌気がさす。まあ、無理もない。こんな美少女と面と向かって話すのは、生まれて初めてなのだから。

 しかし、面接官は、質問の意図は汲み取っていただけたらしく、軽く咳ばらいをした後に質問に応える。


 「あれ、裏、読んでないの?」


 頭の上に?が浮かぶも、言葉の意味を察し机上の紙を思い浮かべる。

 見てきたら、と長机の方を指した彼女に従い、俺は長机へ向かう。そこにあった紙を手に取り、もう一度よく読んでみると、下の方に小さく、『裏も読んでね』と書いてある。テストだったら裏面の問題に気付かず大量失点だな、と迂闊にも笑みがこぼれてしまう。しかしその笑みは、裏面に書いてある文に目を通し切った時には余韻一つ残さず消えていた。


 『この面接は、お亡くなりになったあなたの来世のためのものです。詳しくは面接が始まり次第お伝えいたしますので、今しばらくお待ちくださいませ。』


 「は?お亡くなりに・・・・・・・俺が?」


 「そう、あなたは死んだ。そしてこれから、来世のための面接を行うの」


 開いた口がふさがらない俺に、彼女は淡々と説明する。頭がくらくらする。なんで、いや、そうか、やっぱりそうだ、こんなの。


 「夢じゃん」


 開いた口からそのまま飛び出した結論に、彼女はため息をつく。


 「違うわ。みんなそう言うの最初は。まあ信じられないとは思うけど、まずは自己紹介。私の名前はエフィルロ。人間界でいうところの、天使って感じかしら!」


 とりあえず自分の席に戻り、目の前の自称天使の向かいで少し冷静になろうと頭を抱え足元を見つめながら小声で整理する


 「えーと、俺がもう死んでて、目の前の美少女は天使で、名前が、えーとフィロ、なんだっけ」


 フィロ、いいじゃん、そう呼んでもいいよ、などと一人で盛り上がっている自称天使を差し置いて、俺はやっと、状況を理解した。


 「夢じゃん」


 「だから違うってば!!あんまり直前のことは思い出したくはないと思うけど、ほら、トラック!覚えてない?あと〜女の子!」


 何を言ってるんだこいつはと、眉をひそめながら自称天使の目を見つめる。その時ふと、声が聞こえた。その声と同時に、閃光のようにすさまじいスピードで、頭の中で情景が流れる。

 

 「女の子がいた。危なかったんだ。トラックが、気づいてなかったんだよ。足が、勝手に動いてたんだ。それで、その後・・・・・・・」


 いつの間にか、目から涙が溢れていた。思い出した。全部。クラクションが鳴って、その直後聞こえた声が、俺の涙の意味だった。


 「見てなかったんだ、あの時。声しか、聞こえてなかった。行ってらっしゃいって、毎日のことで、何度も、何度も聞いてきた。死んだんだろ俺。もう、会えないんだろ、母さんに」


 そうよ、と天使は応えた。冷たいようで、温かくも感じたその一言で、涙で見えない彼女の表情を察した。いつの間にか、目の間にいた彼女に抱かれ、俺は腕に包まれながら、まるで赤子の様に泣きじゃくった。


 「一人で、ずっと一人で、育ててくれたんだ。父さんがいなくなってから、ずっと、ずっとだ。弁当も、お金も、洗濯も、怒るのだって、褒めるのだって、ずっと、ずっと一人で・・・・・・・」


 うんうんと、耳元で囁きながら、時には頭をなでながら、天使は俺の拙い言葉を優しく頷き聞いてくれた。久しく感じていなかった人のぬくもりはとても温かく、優しかった。


 「たった一人の家族だったんだ。本当に大好きだったんだ。そっけなくしてたけど、本当に感謝してて・・・・・・・まだ、ありがとうって、言えてない」


 俺の人生において、母、片山(もみじ)の存在は偉大なものであり、なくてはならない人だった。小学生の頃、父親が父親が亡くなってから、あまり人と関わらなくなった俺の支えになっていたのは、紛れもなく母だった。俺が死んだのが事実なのであれば、もう母に会うことはできない。

 母との最期の記憶は曖昧だ。行ってきますと、ちゃんと言っただろうか。それすらも覚えていない。

そんな、当たり前の生活の中で、感謝を伝えるタイミングなどは無かった。伝えるべきだった。いつもありがとう、その一言で良かった。

 いつ死ぬかなんてわからないのだから、やりたい事をやっておこう、なんて、どこかで聞いたことのあるフレーズだが、そんなの、ただの戯言だとしか思っていなかった。いつか伝えられればいいやなんて、軽い気持ちで生きていた。間違っていた。別れは来る。それは50年後かもしれない、あるいは明日かもしれない。そんな日々の中で、思ったことを、伝えておくべきだった。


 いつもありがとうと、母に伝えておくべきだった。


 そこからは沈黙が続いた。耳に届く音は、お互いの鼓動だけ。それが感じられる程、近くて、静かだった。その沈黙を破ったのは、俺を抱いてくれていた天使、エフィルロだった。


 「落ち着いた?慣れっこなんですけどね、やっぱり目の前であなたは死んだ、なんて伝えるの、辛いんですよ」


 沈黙を破るのはやはり緊張するものなのだと、わざとらしい敬語からひしひしと伝わってくる。言葉のトーンから、同じように苦しみ、悲しんでくれていることも、同時に伝わる。いろいろな感情がグルグルと心の中をかき乱し、錯乱していた頭だが、彼女の手のぬくもりと言葉で、少しずつ落ち着きを取り戻した。それと同時に、天使という言葉が、彼女に相応しいと感じる。

 目の前の天使は間違いなく本物だ。そう思えたのは、とんでもなく美少女だからでも、俺が死んでいるこの状況だからでもない。感じたのだ。腕に包まれた時、この上ない落ち着きを。彼女が話す一言一句から、この上ない優しさを。

 俺は、全てを受け入れることにした。彼女の創る落ち着きが、彼女の放つ優しさが、嘘だとは思えなかったからだ。


 「落ち着いた。ありがとう、全部思い出した」


 「よかった、また、夢じゃんとか言いだしたらどうしようかと思った」


 隠しきれない安堵の笑みを浮かべ小言を言いはなった彼女は、俺の元からゆっくりと離れ、向かいの椅子に腰掛ける。そして、こほんと、わざとらしい咳ばらいをルーティーンの如く披露した後、彼女は再び面接開始を宣言する。


 「それじゃ、気を取り直して、面接を始めるわよ!」



 


 





























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