第84話「精霊姫ティーナをねぎらう」
「お疲れさま。ティーナ」
「は、はいなの。マスター」
ティーナの身体から力が抜けた。
彼女は俺の胸に背中を預けて、はふぅ、と、熱っぽい息を吐く。
「大丈夫か?」
「う、うん。平気なの。ちょっと魔力を使い過ぎちゃっただけ」
「そっか」
「あのね。マスター?」
「ん?」
「マスターは、灰狼の将来のことも考えてるのね」
「そりゃそうだよ。アリシアやティーナや精霊たち、メルティだって灰狼に住んでるんだから。先のことを考えるのは当然だろ?」
「……うん。そうなのね」
「俺は……灰狼と黒熊が、ランドフィア王国や神聖国に対する第三勢力になればいいと思ってるんだ」
ランドフィア王国は神聖国と敵対している。
そして、王家は灰狼や黒熊に協力を依頼できない。
そりゃそうだ。
王家のジュリアン王子が少し前に、灰狼と黒熊に陰謀を仕掛けてきたんだから。
となると王家は金蛇、銀鷹、赤鮫の3侯爵家と協力して、神聖国に立ち向かうしかない。
でも、国王が病床についたことで、現在の王家は弱体化している。
3侯爵家が王家に力を貸すことを渋ることもあり得る。
つまり──
「3侯爵の力を借りられない場合、王家は灰狼と黒熊の力を無視できなくなる。俺たちが敵対しないように対価を差し出してくるかもしれない。早々とネレイド・アスファを寄越してきたのも、その一環だろう」
「なるほどなの」
「神聖国も俺たちを無視できない。俺たちが背後から王都を襲えば、神聖国は楽にランドフィア王国を陥落させられる。向こうもこちらにメリットを提示してくることは、十分考えられるんだ」
「でも、マスターは神聖国にはつかないのね?」
「信用できそうにないからな」
俺は肩をすくめてみせた。
「神聖国が聖女を崇拝してるなら、本気で魔王と友好関係を結ぼうとはしないだろ。メリットを提示して……利用して……ランドフィア王国が片付いたら攻撃してくるんじゃないかな」
「……うん。そうかも」
「先入観は危険だけどな。あとは向こうの使者と会ってみてからだ」
本当に神聖国の使者は来るんだろうか。
8割方来るとは思ってるんだけど……向こうの国のことはわからないからな。
「まずは、近くにいる人の思惑を探ることにしようよ」
「近くにいる人の、なの?」
「ネレイド・アスファのことだよ」
俺は言った。
「彼女が人質になるためだけに灰狼に来たとは思えない。ナタリア王女から、なにか命令を受けているはずだ」
「マスターは、ナタリア王女さまのことを信頼してるんじゃなかったの?」
「あの人は信頼できる敵だよ。だから、油断できる相手じゃない」
敵対はしてこないとは思う。
ただ、別のことを仕掛けてくる可能性はある。
だから──
「とりあえずティーナたちは、ネレイド・アスファと仲良くして欲しいんだ」
「ティーナたちが?」
「そうすれば、彼女も心を開いて、色々と話してくれるかもしれないだろ?」
「仲良くなるだけでいいの?」
「ああ。ティーナたちは心のまま、自由にしてくれていいよ」
それだけでネレイド・アスファの、心のガードを下げることができると思う。
アリシアは頭がいい。
貴族同士の付き合い方もわかっている。
王家と関わりが深いネレイド・アスファとも、対等の立場で付き合えるだろう。
ティーナと精霊たちは天然で、気ままだ。
彼女たちと関われば、ネレイド・アスファも、灰狼が自由な場所だとわかるはず。
警戒心を解いてくれると思う。
メルティは誇り高い竜族だ。
彼女の気高い精神は、王女の従姉妹であるネレイド・アスファにも響くはず。
その彼女が小さな子どもの姿になったり、竜になったりするところを見れば、びっくりするのは間違いない。
常識外れの相手には圧倒されるものだからな。
メルティなら、ネレイド・アスファの心の壁を崩せるかもしれない。
「──と、いうわけだよ」
「それはすっごくいい命令なの。ティーナたちが役に立てるの!」
ティーナは興奮した口調で、うなずいた。
「わかったの! ティーナはネレイド・アスファさんと仲良くなるの!」
「うん。お願いするよ」
「ティーナは心のまま、自由にすればいいのね?」
「ああ」
「わかったの。とりあえず今日は、マスターと一緒にお風呂に──『魔力の泉』に入って、精霊樹の中で一緒に眠りたいの」
「…………ん?」
「心のまま、自由にする練習なの」
ティーナは肩越しに俺を見て、照れた表情で笑った。
「きょ、今日は、たくさん魔力を使ったの。補給が必要だと思うの」
「……確かに」
精霊たちに協力してもらって長距離通信をしたからな。
ティーナが魔力を消費したのはそのせいだろう。
だから『魔力の泉』と精霊樹で、魔力を回復させたいんだろうな。
精霊樹は灰狼に生えている大きな樹だ。
高さは数十メートルあって、幹にはいくつものうろがある。
夜になると精霊たちは、精霊樹のうろで眠っている。
そうすることで、大気や大地から魔力を受け取ることができるそうだ。
「精霊樹の中なら、マスターとティーナが一緒に眠ることができるの。一緒に『魔力の泉』に入れば、魔力結晶を作ることもできるの。それはすっごく、すっごく必要なことだと思うの。ティーナは今、そうしたいの!」
ティーナは頬を紅潮させて、そんなことを言った。
「ティーナが心のまま、自由にしないと、ネレイド・アスファさんの心をときほぐすことはできないと思うの。だから、まずはマスターと一緒にお風呂に入って、一緒に眠ることで、ティーナの心のリミッターを外すの。心のままに自由にするの!」
「「「賛成なのですーっ!!」」」
開いたままの窓から、精霊たちが飛び込んできた。
「王さまと一緒に『魔力の泉』に入って、一緒に眠るのです!」
「みんなでごろごろするのです!」
「精霊たちみんなで、王さまの疲れをいやすのですー!」
「「「お────っ!!」」」
「おー、なの!」
精霊たちとティーナが、天井に向かって拳を突き上げる。
いや、確かに心のままに、自由にしていいとは言ったけど。
……言っちゃったんだよな。
…………しょうがないか。
ティーナや精霊たちには、十分に働いてもらったからな。
一緒に『魔力の泉』に入って、精霊樹で眠るくらいはいいだろ。
それに、俺も魔力結晶が欲しいからね。
「わかった。じゃあ、一緒に出かけようか」
「はーい、なの!」
「「「了解なのですーっ!!」」」
そんな感じで、今後の方針が決まり──
俺はティーナや精霊たちと一緒に、外泊することになったのだった。




