第7話「精霊たちの友人になる」
「ぎりぎりでしたー!」
「あなたたちは、命の恩人なのですー!」
「すきすきー! だいすきー!」
羽の生えた人型の生き物──見た目は、妖精そっくりだ。
体型は3頭身から2.5頭身くらい。
ぬいぐるみみたいだ。かわいい。
彼女たちはうれしそうに、俺とアリシアのまわりを飛び回ってる。
「精霊たちです。この子たちが本当にいたなんて……」
「これが精霊なんですか?」
「はい。精霊たちは精霊王ジーグレットの部下です。物語では精霊王の命令で行動したり、人間のお手伝いをしてくれていました。かわいいです……。わたくし、精霊たちをなでるのが夢だったのですが……」
「「「なでていいよー」」」
「わ、わわわっ! あ、あの。ちょっと……!」
精霊たちが一斉にアリシアのところに集まる。
アリシアはびっくりして……でも、おそるおそる、精霊たちの頭をなでてる。
墓標があった穴からは、次々に精霊たちが飛び出してくる。
やがて、すべての精霊が出現したあと──
「我々を解放してくださったことに、感謝する」
最後に、緑色の髪の男性が姿を現した。
羽はない。人とまったく同じ姿をしている。
見た目は、気品ある中年男性といった感じだ。
着ているのは薄緑のローブ。
ところどころに樹木のような模様が描かれている。
「我が名は精霊王ジーグレット」
男性は俺とアリシアに向かって、深々と頭を下げた。
「あなたがたのおかげで、ふたたび地上に出ることができた。封印を解いてくださった恩は忘れぬ。忘れた場合は、この身は千切れて、無数の塵となって消えんことを」
「ティーナもお父さまと同じ気持ちです。ありがとうございました」
精霊王ジーグレットの後ろには、小柄な少女がいた。
ジーグレットと同じく、樹木を模したような衣をまとっている。
大きな目で、じーっと俺を見ている。見返すと、照れくさそうに目を逸らす。
精霊の年齢はわからないけど……見た目は10代半ばくらい。
背は低いけど胸が大きい。衣からはみだしそうになってる。
「はじめまして、精霊王ジーグレットの娘のティーナといいます。精霊たちからは……精霊姫と呼ばれています。これから……よろしくお願いします」
「異世界人のコーヤ=アヤガキです。こちらこそよろしく」
「わ、わたくしは灰狼侯爵家のアリシアです……あの……ちょっと。ジーグレットさまにあいさつをしますので……精霊さんたちは離れて……」
「えー」
「だめなのー?」
「わたしたちのこと、きらい?」
アリシアが言うと、精霊たちがしょぼん、とした顔になる。
その姿を見たアリシアはあわてたように、
「嫌いじゃないです大好きです!」
「よかったー!」
「うれしい!」
「アリシアさまとたくさんお話したいよー」
「はいよろこんで……じゃなくて! とにかく、あいさつをさせてください!」
精霊たちをかきわけて、アリシアが前に出た。
「灰狼侯爵レイソン=グレイウルフの娘、アリシアと申します」
アリシアは、精霊王ジーグレットに頭を下げた。
「この地を治める者でありながら、精霊王さまがいらっしゃることに気づきませんでした。お許しください」
「我らは封印されていた。貴公らが存在を知らずとも、無理はない」
「それでも、わたくしたちはこの地のことに責任があるのです」
「貴公も、われらを解放してくださった方も、よい人のようだ」
精霊王ジーグレットは、やさしい笑みを浮かべた。
「我らは200年前、アルカイン=ランドフィアによって封印された。彼は言っていたよ。『地上に王はただひとり』『この地は人間のもの』『魔王との戦いでの不確定要素はすべて排除する』とな。我らはアルカインによる不意打ちを受け、その力に敗れた。その後は200年の間、地下で眠り続けていたのだ」
「この土地が荒れ果てていたのは、封印に魔力を使っていたからですか?」
「貴公の言う通りだ」
俺の言葉に、精霊王ジーグレットはうなずいた。
「魔力は生命を活性化させるものでもある。だが、この地の魔力は我らを封印するのに使われていたようだ。そのせいで草木が育たなくなっていたのだろう。そして、魔力が乱れた荒れ地には、魔物が現れやすくなるのだ」
「この土地はどうなりますか?」
「あるべき姿に戻るだろう」
……あるべき姿か。
たぶん魔力を奪われる前の姿に──緑あふれる場所になるんだろうな。
うん。悪くない。
灰狼侯爵領の環境が良くなれば、俺も生活しやすくなるからな。
「精霊王さまと精霊姫さまと精霊たちは、これから灰狼に住むんですよね?」
「うむ。娘と精霊たちは、そうなるだろうな」
「精霊姫さまと精霊さんたちだけですか? 王さまは?」
「我は……しばらく眠りにつかねばならぬ」
精霊王は遠い目をして、そんなことを言った。
「精霊とは、自然の一部が意思を持ったものである。ゆえに、我らは水や風、炎や地を操ることができる。だが……自然界の魔力と切り離された精霊は、少しずつ死んでいくのだ」
……ちょっと待った。
じゃあ、初代王アルカインは精霊たちを封印しただけじゃなくて、殺そうとしていたのか?
自然界の魔力と切り離して……って、それって、餓死させるのと同じじゃないか。
「……皆さんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。我が、自分の魔力を削り、ティーナや精霊たちに分け与えていたからな」
精霊王ジーグレットはため息をついた。
「そうでなければ精霊たちは死んでいただろう。封印が解かれるのがもう少し遅くとも……同じ結果になっていたかもしれぬ」
「精霊王さまはご自身の魔力を削って、みんなを生かしていたんですか……」
「ゆえに、我は失った魔力を補充するため、しばらく眠りにつく必要があるのだ」
精霊王は精霊姫ティーナさんの肩を叩いて、
「精霊王の地位は、それにふさわしい者に譲ることとしよう。異論はあるか? ティーナよ」
「ありません。ティーナは、お父さまのご判断にしたがうの」
「うむ。それでこそ我が娘だ」
なるほど。精霊王の地位は娘のティーナさんが受け継ぐのか。
で、彼女はこのまま灰狼の地に住む、と。
「それでは、皆さんの住む場所を用意しなければ!」
アリシアは、ぽん、と手を叩いた。
「父上にも事情を説明する必要があります。やることがいっぱいです……!」
「アリシアさま、楽しそうですね」
「はい。楽しいです!」
アリシアは胸を張った。
「これから灰狼侯爵領は変わっていくはずです。そのための忙しさなら、どんとこい、です! コーヤさまや精霊さんたちのために、がんばります!」
「うむ。娘たちをよろしくお願いする。アヤガキどの、アリシアどの」
「よろしくお願いいたします」
「「「おねがいしますー!」」」
精霊王と精霊姫ティーナ、精霊たちは一斉に頭を下げた。
そして、精霊王ジーグレットは──
「我々は、我々があがめる王と、この地の領主に従う。この地のために力を尽くすことを誓おう。我らが恩人であり、友と認めたお方よ」
──真剣な表情で、誓いの言葉を口にしたのだった。
次回、第8話は、明日の夕方くらいに更新します。




