第63話「黒熊領沿岸防衛戦(1)」
俺が魔力の泉で魔力結晶を採取した数日後、黒熊領から書状が来た。
灰狼が送り出した船が帰ってきた、という連絡だった。
少し前に、俺たちは金蛇侯爵領と赤鮫侯爵領に使者を出した。
黒熊領の船と港を借りてのことだった。その結果が出たんだ。
「一緒に来てくれ、アリシアとティーナ。メルティも」
俺は3人を連れて、黒熊領へと飛んだ。
その後、港で灰狼の使者と合流したんだけど──
「……ぼろぼろですね」
「……なにがあったの……?」
船の帆には穴が空いている。
舷側には焼け焦げた跡があり、矢が刺さっている。
間違いなく、攻撃を受けた跡だ。
使者に出たのは、灰狼の守備隊長のダルシャさんと、数名の兵士たち。
彼らはレイソンさんの親書を持った、正式な使者だ。
それを攻撃するなんてあり得ないはずなんだが……。
「赤鮫侯には、無事に新書を渡すことができました」
港にいたダルシャさんは報告してくれた。
「あちらは灰狼との友好関係を約束してくれました。ですが、金蛇侯爵家は……」
「攻撃してきたんですね?」
「はい。港に近づいたら、矢を射かけられました」
危険を感じたダルシャさんたちは、すぐに港から離れた。
けれど、金蛇の船が追いかけてきた。
ダルシャさんたちは運良く、いい感じの海流をつかまえて、逃げ切ったそうだ。
「途中で……不思議な声を聞きました」
ダルシャさんは海の方を見つめたまま、
「船の上で『速度を上げろ!』と叫んでいたら、海の底から『よかろう』という声が聞こえたのです。すると……良い海流をつかまえたのか、船が急加速したのです。逃げ切れたのは、そのおかげでしょう」
「それって……」
「お父さまだと思うわ」
答えたのはメルティだった。
「お父さまはフリーダムだからね。海を気ままにうろうろしていたんだと思うわ。そこで、灰狼の旗を見つけたから、力を貸したのよ、きっと」
「竜王ナーガスフィアのおかげか」
「でも……お父さまったら気が利かないわね」
メルティは頬をふくらませて、
「力を貸してくれるなら、いっそ金蛇の港を破壊してくれればいいのに。あるいは、金蛇の船を沈めるとか」
「竜王ナーガスフィアって、陸地のことにはあまり手を出さないのかな?」
「うん。お父さまは人間のものを見分けたり、力を加減したりするのが苦手だから」
「というと?」
「金蛇侯爵領の船を攻撃するようにお願いしたら……たぶん、海を渡る船を全部沈めちゃうわね。灰狼の旗を出しているもの以外、全部」
「……それはまずいな」
竜王ナーガスフィアは、人間のものを見分けるのが苦手らしい。
だから『金蛇の船を攻撃して』とお願いしたら、『灰狼の旗を出している船以外を攻撃する』ことになるのか。
竜王は海の守り神だもんな。
人間の行いに介入するのは、苦手なんだろうな。
「竜王さまには、灰狼の船を守ってもらっただけで十分だよ」
「そうね。お父さまにしては、いい仕事をしたと思うわ!」
そう言ってメルティは胸を張った。
「私も……灰狼に戻ったら、竜王さまに感謝の貢ぎ物を捧げるつもりです」
ダルシャさんは言った。
それから彼は、俺に頭を下げて、
「申し訳ありません。我々は、黒熊領からお借りした船を傷つけてしまいました」
「それについては俺の方で話をつけておきます。それより、皆さんは大丈夫なんですか? 怪我はしてませんか?」
「それはもちろんです。ただ……」
「ただ?」
「金蛇の船団の動きが気になります」
「金蛇侯爵領は大規模な船団を用意していたんですか?」
「……よくおわかりですな」
「ダルシャさんたちがいない間に、黒熊領でも事件があったんです」
俺は領民誘拐事件の話をした。
犯人が、金蛇侯爵家の書状を持っていたことと、背後に王家がいる可能性があることも。
「使者を出すのが早すぎました。事件の後だったら……ダルシャさんを送り出したりしなかったんですが……」
「それは誰にもわからないことです」
ダルシャさんは首を横に振った。
「それより、金蛇の船団は、これから……」
「わかります。黒熊領に来る可能性が高いんですね」
灰狼には港がない。
金蛇が船で兵士たちを送り込んできても、上陸できる場所は少ない。
というか、金蛇の連中は、灰狼の海が落ち着いたことを知らない。
親書も読まずに攻撃してきたんだから当然だ。
となると、奴らは黒熊領の港に上陸しようとするだろう。
「来ますね。おそらくは、黒熊領の領民保護を口実にして」
俺が言うと、アリシアとダルシャさんがうなずく。
金蛇の連中はマジックアイテムを使って、黒熊の領民を拉致していた。
しかも魔王軍を名乗り、俺や灰狼に罪をなすりつけようとしていた。
金蛇はそれに連携した動きを取るはずだ。
船団を黒熊領に送ってくるのは、その一環だろう。
「灰狼の海沿いは『不死兵』に守らせるとして、問題は黒熊領の方か」
「それについては、カリナさまからお父さまに書状が来ております」
「レイソンさんの方に? なんて言ってきてる?」
「『魔王さまを信頼いたします。やっちゃってください』だそうです」
「……わかりやすいな」
「コーヤさまとお父さまは、領主代行になったカリナさまの後ろ盾ですからね」
アリシアは納得したような顔で、うなずいた。
「カリナさまも黒熊領の人々も、コーヤさまを信頼されているのです。必要があれば、黒熊領の兵士たちも指揮下に入ってくれるそうです」
「信頼が重いな。まったく」
でも、金蛇の船団を放っておくわけにもいかない。
黒熊領は灰狼領のお隣さんだ。黒熊領が占領されたら、灰狼への影響も大きい。
一連の事件の黒幕は……たぶん、ジュリアン王子だろう。
母親が金蛇の出身で、金蛇と縁が深い。
マジックアイテムを金蛇の兵士に渡したのも同じ人物だろう。
助かるのは、ナタリア王女が中立を維持してくれていることだ。
あの人は敵に回すと面倒だからな。
ジュリアン王子の味方をしないだけでも助かる。
「もう一度、王都に話をつけにいくべきだな」
まあ……それは金蛇の船団を撃退したあとだ。
まずは目の前の問題を片付けよう。
「金蛇の船団は上陸させない」
俺は言った。
「すべては、やつらが海の上にいるうちに終わらせる。ティーナとメルティも手伝ってくれ。アリシアは作戦をカリナさんに伝えて、許可をもらってきてくれ」
そうして俺は、みんなに作戦を伝えたのだった。
次回、第64話は、金・土・日のいずれかに更新する予定です。




