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第62話「『魔力の泉』で新たな実験をする(後編)」

 しばらくの間、3人とも無言だった。


 前回、俺は温泉にひとりで入っていた。なにも着ていなかった。

 今回、俺は温泉にふたりで入っている。水着を着ている。


 違いは、温泉にふたりで入っていることと、水着を着ていること。

 ふたりで入ることは変えられないなら、水着を着ている状態を変えるしかない。


 ……さすがティーナ。わかりやすいアドバイスだ。


「でも、ティーナ。服の有る無しって、魔力結晶の発生に関係するのか?」

「可能性はあるの。『魔力の泉』が、温泉に入っている人間と魔力をやりとりすることで魔力結晶を生み出しているなら、水着がそれを邪魔しているのかもしれないの」

「……なるほど」


 納得できる理由だった。

 そういうことなら……仕方ないな。


「わかった。とりあえず、俺が水着を脱いでみる。ふたりはちょっと後ろを向いて──」

「いいえ! コーヤさまおひとりを(はだか)にするわけにはまいりません」


 俺の背後でアリシアが声を上げた。


「幸い、お湯は(にご)っております。水位は肩まであります。ふたりで(はだか)になってもまったく問題ありません。ええ、ありませんとも!! ただ……」

「ただ?」

「できれば、水着を脱ぐなら……コーヤさまの指示で行いたいのですが……」

「俺の指示で?」

「今回のこれはコーヤさまの実験です。わたくしが勝手な判断をするわけにはまいりません」

「そういうものなの?」

「そういうものなのです。ささ、どうぞ。ご命令を」

「『アリシア、実験のためだから、水着を脱いでくれ』?」

「勇気が出るように、もう少し強い言葉でお願いします」

「『魔力結晶を作るために協力しろ』?」

「方向性の問題がございます。そうではなく、脱ぐことを強調してくださいませ」

「…………『アリシア、俺のために脱げ』とか?」

「…………んっ。それです。それを繰り返していただけると……」


 俺は言われた通りにした。


 しばらくするとアリシアが、水着の肩紐(かたひも)をずらす気配がした。

 彼女の手はそのまま、腰のあたりまで降りていって……止まった。


「……あの、ティーナさま」

「……う、うん。ティーナは後ろを向いているの」

「申し訳ありません」


 水音をさせて、アリシアが立ち上がる。

 そのまま、もぞもぞと動く気配。

 最後に()れた水着を、べちゃり、と岩場に置く音がして、


「……お、終わりました」


 ふたたびアリシアの背中が、俺の背にくっついた。


「つ、次はコーヤさまの番です。ど、どうぞ……」

「ああ。そうだな」


 これは俺が始めた実験だ。

 アリシアが覚悟を決めてくれたなら、それに応えよう。


 そんなことを思いながら、俺はお湯の中で、水着を脱いだ。


 そのまま腰を下ろして、また、アリシアと背中合わせになる。

 ……なんだか、変な感じだ。

 アリシアとくっついている部分は、前と同じくむきだしなのに。

 布一枚なくなっただけで、すごく……頼りない感じがする。


「…………ん。はぅ」

「アリシア。大丈夫?」

「大丈夫です。まったく問題ありません。少し……頭がぼーっとしただけです」


 ふるふる、と(かぶり)を振るアリシア。


「大丈夫です。こんなこともあろうかと、わたくしはいつも練習をしておりますから」

「練習を?」

「は、はい。コーヤさまがご不在の間、窓の外に『不死兵(イモータル)』を並べて、それをコーヤさまと見立てて……心がさみしくなったときはいつも…………いえいえ、なんでもありません!」

「大丈夫なんだよね?」

「大丈夫です。わたくしはいつも通りです。いつも通りの行動を取っております」


 ぱちゃぱちゃと、水が()ねる音がする。

 アリシアの背中が、微妙に()れている。

 背中越しに、アリシアが(ひざ)をこすり合わせるような気配。


「ああああああっ! 大変です、コーヤさま!!」

「どうしたの!?」

「臣下であるわたくしが素裸(すはだか)でコーヤさまとお風呂に入っていたら、バチが当たるのではないでしょうか!?」

「当たらないから」

「そうでしょうか?」

「そうだよ」

「で、でも……わたくし、変なのです。頭がぼーっとして来ました。肌が妙に……ぴりぴりしております。身体が自分のものではないような……なんだか……このまま……溶けてしまいそう。視界もおかしくなっています。変なものが見えてきました。(あわ)のような……きらきらするような……これは……!?」



 ざばん。



 いきなりだった。

 俺の背後で、アリシアが立ち上がった。


「ごらんくださいコーヤさま! これは……魔力結晶ではないでしょうか!?」

「え?」


 思わず、肩越しに振り返ると……立ち上がったアリシアが、俺に向かって手を差し出していた。

 上気した両のてのひらの中に、銀色のものがあった。

 湯の花のような、やわらかいもの。

 魔力結晶だ。


 俺ひとりで作ったときとは色が違う。

 あのときは、無色透明だった。

 今回のこれが銀色なのは……アリシアの魔力が交ざっているからだろうか。


「これは魔力結晶ですよね!? わたくしとコーヤさまの魔力が生み出したものです。できたのですか!? わたくし、コーヤさまのお役に立てたのですかうみゃあああああああああああっ!?」



 ざぶん。



 アリシアの姿が水面下に消えた。


 ……うん。まあ、しょうがないね。

 温泉に浸かってる俺の前で、アリシアは……立ち上がったからね。


「……ぶくぶくぶく」

「大丈夫だから。後ろを向いたから」

「…………コーヤさまのお役に立てたのがうれしくて、我を忘れてしまいました」


 顔だけお湯の上に出したアリシアは、そんなことを口にした。


「はしゃぎすぎてしまいました……お恥ずかしいです。わたくしはコーヤさまからいただくばかりで、あまりお役に立ててはいませんでしたから……わたくしが魔力結晶を作れたのが、うれしくて……」

「いやいや、アリシアは十分役に立ってくれてるって」

「それでも、わたくしがいただいているものの方が多いのです」

「俺とアリシアは共犯者(きょうはんしゃ)だろ?」

「……はい」

「俺はアリシアがいなければなにもできなかった。アリシアは、俺を信じて助けてくれてる。それだけで十分だ。アリシアがそこにいてくれるだけで、俺は十分なものを受け取ってる。それでいいんじゃないかな」

「…………コーヤさま」


 アリシアは安心したようなため息をついた。


「取り乱して申し訳ありませんでした。コーヤさま」

「いや、びっくりするのは当然だろ。アリシアが魔力結晶を作るのは初めてなんだから」

「それでもです。わたくしはこういう事態を想定して、『不死兵(イモータル)』の前で訓練をしているのですが……まだまだ、不足していたようです」

「アリシア」

「はい」

「気になるんだけどさ。いつも『不死兵』の前でどんな訓練をしてるの?」

「乙女の秘密です。わたくしが乙女である以上、お教えすることはできません」

「乙女の秘密か……じゃあ仕方ないな」

「ですから、コーヤさまにはいつかお話できると思います」

「そうなの?」

「はい。いつかコーヤさまに、こういう言い訳ができないようにしていただくのが、わたくしの夢です」

「……まあいいか。いつか教えてくれるのなら」

「そうですね。ぜひとも、わたくしをそういうふうにしてくださいませ」


 背中越しにアリシアは、そんなことを語っていた。

 そうして、また、水音がした。

 お湯の中で、アリシアが立ち上がった音だった。


「そろそろティーナさまと交替いたしますね」

「そうだね。魔力結晶は?」

「すべて回収いたしました。わたくしとコーヤさまが生み出した結晶です。ひとつたりとも逃すわけには参りません。それでは!」


 ()れた足音が遠ざかっていく。

 しばらくして──


「し、失礼しますなの……」


 ──俺の背中に、ティーナが寄りかかる。


「えっと……最初にマスターに、確かめたいことがあるの」

「ん? なにかな?」

「魔力結晶ができたら……ティーナも、思わず我を忘れた方がいい?」

「……無理しなくていいと思う」

「…………うん。マスターが……そう言うなら」


 そんな感じで、俺とティーナは、魔力結晶ができるまでお湯に浸かり続けたのだった。





 その後、俺はティーナと作った魔力結晶を回収した。

 最後に俺ひとりで温泉に入って、自分の魔力だけで魔力結晶を作って──

 それから『魔力の泉』を出て、身体を拭いて、服を着たあと──


「あ、あの……コーヤさま」


 アリシアは丈の短い外出着の(すそ)を押さえながら、俺に頭を下げた。


「精霊さまにお願いして、わたくしの水着を乾かしてもらってもいいでしょうか?」

「どうしたのアリシア?」

「臣下の身でこのようなお願いをするのは……とても恥ずかしいのですが……少し、失敗がありました。この状態で空を飛んで帰るのは、少し恥ずかしいのです……」

「……あのさ、アリシア」

「は、はい」

「アリシアは、水着に着替えるのが早かったよね? もしかして、部屋着の下に水着を着ていた?」

「さ、さすがはコーヤさまです」

「で、素早く水着姿になることだけを考えていたから、帰りに着るための下着を持ってくるのを忘れた、とか?」

「コーヤさまは……わたくしのすべてをお見通しなのですね……」

「俺が小学生のころ、そういう失敗をした同級生がいたからね……」


 異世界にもいるとは思わなかったけど。

 さすがはアリシアだ。俺の予想を超えてくる。


「わかった。それじゃティーナ、精霊たちを呼んで」

「承知したの」

「それで……コーヤさま」

「なにかな。アリシア」

「水着が乾くまでの間、背中合わせで座っていただけませんか?」


 なぜかアリシアは潤んだ目で──


「い、いろいろと恥ずかしいので。それと、コーヤさまの背中に触れていると、すごく……落ち着くもので」

「ティーナもお願いしたいの。マスターの背中は広くてあったかくて、大好きなの」

「そっか……うん。わかった」


 こうして、水着を乾かし終わるまで、俺たちは背中合わせに座って、色々と話をした。


 好きな食べ物のこと。

 これからしたいこと。

 灰狼と精霊たちの未来。

 王家とのいさかいが終わったあとで、どんなふうに暮らして行くか。


 そんなとりとめのないことを、好きなように話して──



 俺たちはちょっとしたお休みを、堪能(たんのう)したのだった。




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