第61話「『魔力の泉』で新たな実験をする(前編)」
数時間後。
俺とアリシアとティーナは、再び『魔力の泉』を訪れていた。
「それじゃ、実験の内容を説明する」
「は、はい」「うかがいますなの」
真剣な表情でうなずく。アリシアとティーナ。
ちなみに、一緒に来た精霊たちには自由時間をあげた。
今日『魔力の泉』を使うのは、俺たちだけだ。
「今回の実験は、俺と他の人の魔力を混ぜた『魔力結晶』が作れるかどうかを実験するものだ」
『魔力の泉』は、俺が温泉に入ると魔力結晶を生み出す。
たぶん、俺の『王位継承権』スキルに反応したんだと思う。
アリシアやティーナ、メルティがひとりで『魔力の泉』に入っても、魔力結晶はできなかったからな。
だけど──
「アリシアやティーナが、俺と一緒に『魔力の泉』に入れば、新しい魔力結晶が生まれるかもしれない。たとえば、俺とアリシアの魔力を宿した結晶。あるいは、俺とティーナの魔力を宿した結晶が。それをマジックアイテムと組み合わせたらどうなるのか、確認してみたいんだ」
アリシアは回復系の魔術が使える。
彼女の魔力を宿した魔力結晶なら、回復効果を持つかもしれない。
ティーナは地・水・火・風を操る精霊姫だ。
きっと、属性効果を持つ魔力結晶を作り出せるだろう。
それは俺や灰狼の力になるはずだ。
「というわけだ。協力してくれるかな」
「それで、水着が必要だったのですね」
「うん。そういうことだよ」
「わかりました。それでは、準備して参りますね」
アリシアはティーナの手を取った。
ふたりはそのまま、木陰に向かって歩き出す。
俺は反対側にある木の後ろへ。
アリシアは俺の水着も用意してくれた。
この世界の男性用水着──トランクス型のものだ。
素早く着替えて泉の前に戻ると……。
「アリシア。着替えるのが早いな……」
「こ、こんなこともあろうかと、用意しておりましたので」
アリシアが着ているのは、ワンピースタイプの水着だった。
色は白。胸のあたりにリボンが。肩と腰にフリルがついている。
布で身体を隠してるから、よく見えないけれど。
「……白ビキニかと思った」
「え?」
「ほら。メルティに子どものころに着ていた水着を渡してただろ? アリシアはああいう水着が好きなんだと思ってたんだ」
「あれはお部屋で着て楽しむものですので」
「じゃあ、今着てるのは?」
「コ、コーヤさまがいらしてから、新たに作らせたものです」
アリシアは覚悟を決めたように、布を近くの岩の上に置いた。
胸を押さえながら、くるり、と、一回転してみせる。
「い、いかがでしょうか。コーヤさま」
「うん。似合ってる」
「……よかったです」
アリシアは、ほっ、と胸をなでおろした。
「それで……ティーナの方の準備はどう?」
木陰に呼びかけると、
「ごめんなさいなの。まだ、時間がかかりそうなの」
「そうなの?」
「う、うん。ティーナに合うサイズのものが、なかなか見つからなくて」
納得できる理由だった。
「それじゃ、先に俺とアリシアで実験するけど、いいかな」
「うん。わかったの」
「精霊姫として、実験のアドバイスをしてくれると助かるよ」
「承知なのー!」
それじゃ、先にアリシアと実験をしよう。
ふたりで『魔力の泉』に入ったら、どんな魔力結晶ができるか見てみたい。
「行こう。アリシア」
「は、はい……コーヤさま」
俺とアリシアは並んで『魔力の泉』に近づく。
まずは俺が温泉に入って、それから、水着姿のアリシアを支えて、お湯に浸かってもらう。
入った後の体勢だけど……魔力を混ぜるなら、できるだけ近くにいた方がいい。
だけど正面で向かい合って座るのは、少し恥ずかしい。
視線を合わせるとアリシアが真っ赤になっちゃうからな。
それじゃ、俺はアリシアに背中を向けて、と。
「背中合わせに座ってみようか」
「わたくしが……コーヤさまと、背中をくっつけるのですか?」
「そうだよ」
「バチが当たりませんか?」
「誰が当てるの?」
「わ、わかりません。ですが……わ、わたくしの身体が少しおかしいのです。コーヤさまと一緒に温泉に入っていると思うと、全身がポカポカしてくるのです。まだ脚しかお湯に浸かっていないのに、心臓がドキドキしております。これでコーヤさまと背中をくっつけてしまったら……わたくしは……わたくしは……」
「とりあえず落ち着こうか」
「は、はい」
「深呼吸して」
「すーはっ。すーはっ。す……はっ」
「そのままゆっくりとお湯の中に座って、俺に背中を預けて」
「は、はい……えいっ」
ぴと。
アリシアの背中が、俺の背中にくっついた。
そのままアリシアは「ふ────っ」と、長いため息。
それでやっと、落ち着いたと思ったら──
「大変です。コーヤさま!」
「どうした?」
「コーヤさまは上半身になにも着ていらっしゃいません!」
「……うん、そうだね」
「……うん」
「ですが、わたくしは上半身に水着を着けております。これは主君に対して失礼ではないでしょうか!?」
「失礼ではないと思う」
「ああ。でもでも……前回と違います。前回はコーヤさまがお風呂に入っている間、わたくしは失礼にならないように、すべてを……」
アリシアの身体がずるずると下がっていく。
顔半分がお湯に浸かったのか、ごぼごぼ音をさせていたと思ったら、
「大変ですコーヤさま!」
「今度はどうしたの」
「温泉のお湯を、ほんの少し飲み込んでしまいました!」
「大丈夫だと思う。『魔力の泉』だからね。身体に害はないだろ」
「コーヤさまが浸かったお湯を、わたくしごときが口にしてしまったのです! バチが──」
「当たらないから落ち着いて」
「はいぃ……」
「あのね、アリシア」
「はい。コーヤさま」
「『魔力の泉』での実験をしようと思ったのは、アリシアたちを休ませるためでもあるんだ」
アリシアとティーナは、よく働いてくれている。
アリシアは侯爵令嬢として灰狼領をまとめあげている。
ティーナは、精霊たちのまとめ役でもあり、俺と一緒にあちこち飛び回っている。
ふたりとも働き者だから、なかなか休んでくれない。
「だからこうして、のんびりする機会をあげたかったんだよ」
「そうだったのですか……」
「もちろん、魔力結晶の実験をしたいというのは嘘じゃないんだが」
「……コーヤさま」
「うん?」
「コーヤさまにそこまでしていただけるなんて──」
「バチは当たらないと思う」
「どうしておわかりになったのです!?」
「まあ、アリシアのことだからね」
「……そうですか」
濡れた銀色の髪が、俺の肩に触れる。
アリシアがうなずいたらしい。
「コーヤさまにかかれば、わたくしのすべては丸見えなのですね……」
「いや、まだまだだと思うよ」
「そうでしょうか?」
「俺はもっと主君として成長したいと思ってる。なにも言われなくても、アリシアのことがわかるくらいに」
「……コーヤさまは、そのようになりたいのですか?」
「ん? ああ、そうだね」
「そうですか……コーヤさまは、わたくしのすべてをわかるようになりたいのですね……」
そう言ってまた、アリシアは俺の背中に体重を預けた。
顔を上げると、真っ青な空が見えた。
ここは山の奥地だ。誰も来ない。
一緒に来た精霊たちには『今日は魔力の実験をするから温泉に入らないように。かわりに自由に遊んできていいよ』と言ってある。
だから、ここにいるのは俺とアリシアとティーナだけだ。
温まってきた身体に、山の風が心地いい。
木々を揺らす風の音がヒーリングミュージックのようだ。
異世界に来て、こんなにのんびりした時間を過ごせるとは思わなかった。
本当に……落ち着くな。
そんなふうに、温泉を楽しんでいると──
「……お、お待たせしましたなの。マスター」
木陰からティーナが姿を現した。
白ビキニだった。
「こ、これしかサイズが合うのがなかったの。見苦しかったら……ごめんなさいなの」
「別に見苦しくはないよ。かわいいと思う」
そういえば……ティーナはアリシアより胸が大きいんだな。かなり。
だから、ビキニ以外の水着は入らなかったんだろう。
「……かわいい、なの?」
「うん。かわいい」
「う、うん。ありがとうございます……マスター」
そう言ってティーナは、うつむいた。
「それでマスター、アリシアさま。魔力結晶はできたの?」
「……いや、まだだな。そろそろできてもいい頃なんだけど」
俺ひとりのときは、10分ちょっとで魔力結晶が浮かんできたんだが。
「ふたりだと時間がかかるのかな。それとも……魔力結晶を作れるのは俺ひとりなのか……」
「前回と違うところを挙げてみるのはいかがでしょうか?」
ふと、アリシアがそんなことを言った。
「前回はコーヤさまおひとりで、魔力結晶を作り出されております。そのときとなにか違うのか、ひとつずつ挙げてみましょう。それらを取り除いていけば、原因がわかるかもしれません」
「なるほど。さすがアリシア」
「ティーナさまには、魔力の専門家としての助言をお願いします」
「う、うん。わかったの」
白ビキニのティーナがうなずく。
「まずは、前回との違いを挙げるの。まずは……マスターとアリシアがふたりで温泉に入っているの」
「確かに。だけど、そこを変えるわけにはいかない」
「それはわかるの」
「今回は、ふたりで魔力結晶を作るのが目的だからね」
「じゃあ、それはそのままということにするの」
「他に違うところといえば……」
「今回は、温泉に入っている人物が水着を着ているの。素裸ではないの」
「……なるほど」
「これは変えられるの。お湯に入っている人が、水着を脱ぐだけでいいんだから」
ティーナはうなずいて、
「つまり、マスターが水着を脱いでみて……それで魔力結晶ができるか確かめてみるといいと思うの。それで駄目だったら、次は……アリシアさまも……なの」
そうして、魔力の専門家であるティーナは、実にシンプルな結論を出したのだった。




