第60話「アリシアやレイソンと打ち合わせをする」
本日は2話、更新しています。
今日はじめてお越しの方は、第59話からお読み下さい。
「黒熊領の高官たちは同盟を結ぶことに同意してくれました」
灰狼領に戻った俺は、レイソンさんに報告をしていた。
ここは灰狼の領主の間。
俺とレイソンさんの他に、アリシアも同席している。
「黒熊侯代行には、ゼネルス侯の庶子のカリナ=リトルベアが就任することになりました。レイソンさんは、その後ろ盾になってあげてください」
「承知しました。できる限りのことをいたしましょう」
「それから……アリシア」
「は、ひゃいっ! コーヤさま」
声をかけると、アリシアがびくん、と震えた。
彼女はなぜか真っ赤な顔で俺を見てる。
「どうしたんだ。アリシア?」
「い、いえ。久しぶりにコーヤさまにお声をかけていただいたので……反射的に身体が震えてしまいまして」
「いや……出かけてから1日しか経ってないけど?」
「わたくしにとっては1年と変わりません」
アリシアは真剣な顔で、そんなことを言った。
「コーヤさまがご不在の夜は、とても長く感じてしまいました。我慢できたのは、窓の外にたくさんの『不死兵』を並べていたからです。それをコーヤさまだと思いながら見つめているうちに、わたくしは──」
「アリシア。今は重要な話をしているのだがね?」
「──はっ!?」
レイソンさんの声に、アリシアは目を見開く。
「い、いえ、なんでもありません! たいしたことではありませんから!!」
「そうなんだ?」
「と、とにかくわたくしは、コーヤさまがいらっしゃらないさみしさを、『不死兵』の前でまぎらわせていたのです。わたくしは……コーヤさまの第一の臣下なのですから」
そう言ってアリシアは、俺の前にひざまずいた。
「お願いです。次に遠出をされるときは、わたくしもお連れください」
「うん。それをお願いしようと思ってたんだ」
「え?」
「アリシアには俺と一緒に黒熊領に行って欲しい。侯爵代行の先輩として、カリナ=リトルベアを指導して欲しいんだ」
俺が灰狼に来るまでの数年間、アリシアは灰狼で侯爵代行をしていた。
灰狼の人々からも信頼されていた。
そんなアリシアなら、カリナの指導役として適任だ。
「カリナ=リトルベアは庶子で、侯爵の仕事には詳しくない。そんな彼女にとってアリシアは貴重な人材だ。アリシアの経験や知識は役に立つ。それをカリナに教えてあげれば、黒熊領は完全に灰狼の味方になると思う」
「……コーヤさま。もう一度お願いします」
「ああ、カリナ=リトルベアは庶子で、侯爵の仕事には詳しくないから」
「もう少し後ろの方です」
「アリシアの経験や知識は役に立つ」
「行き過ぎです。もう少し前……少しだけ前です」
「アリシアは貴重な人材」
「…………はぅっ」
アリシアは目を閉じて、自分を抱くようにした。
かすかに身体を震わせてから、彼女は、
「……コーヤさま」
「なにかな?」
「お言葉を記録するマジックアイテムを見つけたら、わたくしに使わせていただきたいのです。コーヤさまのお言葉を記録し、夜に──いえ、常にコーヤさまをお側に感じ、自分がその忠臣であることを自覚したいと思いまして」
「そこまで仕事熱心にならなくても」
「仕方ありません。わたくしの在り方の問題なのですから」
「……まあ、そういうことなら」
他人を無理矢理働かせるのは好きじゃない。
でも、アリシアがそうしたいというなら仕方ないかな。
働き過ぎにならないように、俺が気をつければいいよな。
「わかった。録音用のマジックアイテムを見つけたら、アリシアに使ってもらうよ」
「はい。では、コーヤさまから頂戴したいお言葉を考えておきます」
「うん。それで、カリナ=リトルベアを指導する話だけど」
「謹んで、引き受けさせていただきます」
アリシアはスカートの裾をつまんで、一礼。
「灰狼と黒熊の友好のため。なによりもコーヤ=アヤガキさまのために、アリシア=グレイウルフは全力を尽くさせていただきます」
「よろしくお願いするよ。レイソンさんも、それでいいですか?」
「ここで止めたら、私が悪者になってしまいますな」
レイソンさんは苦笑いした。
「ですが、私は黒熊に出向かなくてよいのですか? カリナ=リトルベアの後ろ盾になるなら、私が顔を出した方がよいのでは?」
「大丈夫だと思います。ただ、彼女の侯爵代行就任を認めるという書面をいただければ」
「わかりました」
「それに……レイソンさんのところには、ナタリア王女から使者が来るような気がするんです」
ただの勘だけどな。
ナタリア王女は用意周到だ。
黒熊領に届いた書状も……黒熊侯代行が現れることを前提にしている。
だから『黒熊領に対して王家は指示や認可、承認の手続きを行えない』『それを踏まえた上で統治を行うべし』なんて文章を書いたのだろう。
そうすることで、黒熊領に貸しを作ろうとしているのかもしれない。
「コーヤどの、王都から灰狼に使者が来ることは滅多にありませんぞ」
「わかります」
「それでも、コーヤどのは使者が来ると思っていらっしゃるのですな?」
「本当に、ただの勘ですけどね」
「わかりました。コーヤどのを信じましょう」
レイソンさんはうなずいた。
「王家から使者が来ることを前提に、準備を進めておきます。使者が来たら、精霊さま経由でお知らせいたします」
「よろしくお願いします。レイソンさま」
「コーヤどのも、働き過ぎないようにしてくだされ」
おだやかな笑みを浮かべるレイソンさん。
「ご自身もアリシアに注意しておりましたでしょう。『仕事熱心になりすぎないように』と。それはコーヤどのにも言えることですぞ?」
「……気をつけます」
「お忙しいのはわかります。ですが、時間が許すなら、灰狼領で休んでいってくだされ。コーヤどのは我らにとって大事なお方なのですからな」
「お父さまのおっしゃる通りですよ。コーヤさま」
アリシアは俺の手を取った。
「ゆっくりと眠って、ゆっくりとお風呂に入って、ゆっくりと身体を休めてください」
「ゆっくりとお風呂に……か」
……それなら温泉──『魔力の泉』に行こうかな。
追加の魔力結晶が欲しいし。
前に採取したものは『羽つき鎧』の管理権限を奪うのに使ってるからな。
黒熊領に防壁を作るなら、魔力を固定する『杭』がいる。
あれの管理権限を奪われないように、魔力結晶を組み込んでおく必要があるんだ。
「わかった。じゃあ、ちょっと『魔力の泉』に行ってくるよ」
「『魔力の泉』に、ですか?」
「うん。温泉に入って、魔力結晶を採取してこようかと」
「……わたくしも同行してもよろしいですか?」
「アリシアも?」
「なにかお手伝いができるかもしれませんから」
「わかった。それなら、実験に付き合ってくれるかな?」
「実験ですか?」
「ああ。水着を用意してくれると助かる。アリシアとティーナと、俺の分の」
「承知いたしました!」
アリシアは胸を押さえて、一礼。
「この身は我が主君の実験台となりましょう。コーヤさまのためなら……どのような実験であっても……わたくしは……」
「いや、そんな大がかりな実験はしないから」
「………………そうですか」
「詳しいことは『魔力の泉』に行ってから説明するよ。ティーナにも色々相談しなきゃいけないからね」
「わかりました。では、出発までに水着を用意いたしますね」
「うん。お願いするよ」
「ただ……あまり数はないのです。どのような水着にするか、わたくしが選んでよろしいでしょうか?」
「それは任せるよ」
「承知いたしました! 全力で主君の命を果たすことにいたします!」
アリシアは……なぜか、すごくいい笑顔でうなずいた。
レイソンさんは困ったような顔で、額を押さえていたけど。
こうして俺は魔力結晶の採取と実験のため、『魔力の泉』に行くことにしたのだった。




