第6話「封印されていた種族を解放する」
「灰狼侯爵領には、魔物が現れる場所がたくさんあるのです」
戦闘が終わったあと、俺たちは砦で休憩していた。
アリシアは砦の貴賓室で、灰狼侯爵領のことを教えてくれた。
侯爵領が山岳地帯に囲まれていること。
山の近くには多くの魔物が現れること。
領地には魔物対策のための砦があり、多数の兵士が配置されていること。
そのせいで、他のことに回せる人員が足りなくなっていること。
地図を広げながら、アリシアはそんなことを説明した。
「アヤガキさまは、かつてこの大陸にたくさんの王がいたことをご存じですか?」
「はい。旅の途中で資料を読みました」
魔王が現れる前までは、この地には王を名乗る者が十数人いた。
初代王アルカインは王たちをすべて従えて、大陸を統一した。
──資料には、そんなことが書かれていたはずだ。
「歴史書によると、初代大王に従わなかった異端の王がいたそうです」
「異端の王ですか?」
「はい。異端の王たちは初代王アルカインによって討伐され、この地に封印されたと言われています。その王たちの怨みは、今も消えずに残っているそうです」
アリシアは真面目な表情で、そんなことを言った。
「その怨みが、灰狼領に影響を与えていると言われています。この地に魔物が多く出現するのはその影響だと、歴史書には書かれていました」
「……歴史書に」
「そうです」
「その歴史書って誰が書いたんですか?」
「代々、王家に仕えている書記官です」
「王家に」
……怪しい。
『王家に』と頭につけただけで、信頼性がた落ちなんだが。
「この砦の近くにも、古い王が住んでいたと伝えられています」
「それも王家の歴史書に?」
「いいえ。これは土地の言い伝えです。その場所までご案内しましょう」
俺とアリシアは砦を出た。
砦の北側は、荒れ野だった。
むき出しの土に、ぽつぽつと草が生えている。黄色い、枯れかけた草だ。
荒れ野は、山の方まで続いている。
さらに北は山地だ。魔物はそこから降りてくるらしい。
「ここが荒れ地になっているのも、異端の王の怨念によるものだと言われています」
ひびわれた土の上を歩きながら、アリシアは言った。
「この地が魔物を引きつけるのも、同じ理由だと」
「古い王の怨念ですか」
「王家はそう考えているようです。灰狼領は『捨てられた者の場所』だから、捨てられた者同士が呪い合い、潰し合う場所だと言っていました」
「王家はそう言ってるんですね……なるほど」
この世界の王家は信用できない。
異世界人を勝手に呼びだして、貴族に下げ渡すような連中だ。
しかも奴らは、アリシアたちをこんな北の果てに封じ込めてる。
『首輪』で逆らえないようにして、屋敷と、領地の外に『不死兵』まで配置してる。
やり口がひどすぎる。
封印されたのが異端の……悪い王だったという話も、怪しいもんだ。
「アリシアさま」
「はい。なんでしょう?」
「初代大王アルカインは、どうやって古い王を封印したんですか?」
「地に埋めたと聞いております」
アリシアは少し考えてから、答えた。
「墓標で地に縫い付けることで封印したと、王家の物語には書かれておりましたが……」
「お墓は……見当たりませんね」
「それについては、長年の謎とされております」
俺とアリシアは荒れ野を歩いている。
まわりにあるのは枯れた草と、ひび割れた地面だけ。
墓標のようなものは見当たらない。
古い王の封印にマジックアイテムが使われたなら、それっぽいものがあるはずなんだが。
……本当になにもないな。
俺はスキル『王位継承権』を発動したまま、足で地面を探っていく。
マジックアイテムは『王位継承権』を持つ者に反応する。
スキルを発動したまま歩けば、その反応がわかるはずだけど──
ぴくん。
あった。
土が盛り上がっている部分を歩いたとき、反応があった。
この下になにか埋まってるのか?
「アリシアさま。土を掘る道具を貸してもらえませんか?」
「はい。少々お待ちください」
アリシアが命じると、兵士さんがスコップを持って来る。
俺は『幻影兵士』を呼んで、スコップを渡した。
「『命令。指定した地面を掘れ。ただし、慎重に』」
『ルゥゥ』
スコップを受け取った『幻影兵士』が地面を掘り始める。
他の『幻影兵士』は手で地面を掘っていく。さすがゴーレムだ。
あっという間に、人が入れるくらいの大穴が空いていく。
数十センチ掘り進んだところで、『幻影兵士』は手を止めた。
なにか見つかったらしい。
「これは……墓標か?」
地中に埋まっていたのは石の板だ。
表面に文字が彫られている。内容は──
「『古き精霊ジーグレットをここに封印する。この国は人間のものであり、他の種族の干渉を許さず。この土地を生け贄にして、永遠の封印を。
アルカイン=ランドフィア』」
──アリシアが読みあげてくれた。
「えっと……『古き精霊ジーグレット』って?」
俺がたずねると、アリシアは震える声で、
「ジーグレットというのは、この地に伝わるおとぎ話にででくる精霊です」
「……おとぎ話に」
「わたくしの大好きなお話です」
「……えっと、ジーグレットって、悪い王じゃないんですか?」
「いえいえ、そんなことはまったくありません」
アリシアは首を横に振った。
「ジーグレットは人間のことが大好きな精霊で、いるだけで土地を豊かにしてくれます。配下の精霊たちは気に入った相手のお手伝いをしてくれると言い伝えられています」
「それって、初代王がいた時代よりも古いおとぎ話だったりしますか?」
「どうしておわかりになるんですか!?」
「なんとなくです」
実際にあったことが物語になるってのは、俺の世界にもあったからな。
でも、気になるのは石板の『この土地を生け贄にして、永遠の封印を』という文章だ。
この土地が荒れ地なのは、このアイテムのせいじゃないのか?
「魔法やマジックアイテムを使うには魔力が必要ですよね?」
俺はアリシアにたずねた。
「確認なんですけど、土地にも魔力ってあるんですか?」
「あります。魔力に満ちた土地ほど作物が良く育ちます。あ……もしかして『この土地を生け贄にして』というのは……」
「はい。土地の魔力を封印に使うという意味だと思います」
「封印のために土地の魔力を消費した。だから、ここは魔力が弱い土地になった。その結果、荒れ地になってしまったということですか」
「仮説です。本当に封印されているのは悪い王で、解き放つとリスクがあるのかもしれません。それを踏まえた上でうかがいます」
俺はまっすぐにアリシアを見た。
「灰狼侯代行のアリシア=グレイウルフさま。この封印を解いてもいいですか?」
「お願いします」
アリシアは俺に向かって、深々と頭を下げた。
それから小声で、
「正直に申し上げて……わたくしは王家を信用しておりません」
「ですよねー」
「それに、封印されているものがなんであれ、このアイテムが土地の魔力を奪っているのは確かです。それで周辺の魔力が乱れてしまい……それが魔物を呼び寄せているのかもしれません。封印を解くことで、なにかが変わる可能性があります。それに──」
「それに?」
「おとぎ話に出てくる精霊ジーグレットは、わたくしのあこがれでした」
この土地には、いろいろなおとぎ話があるそうだ。
──たとえば、精霊ジーグレット。
──たとえば、水竜ナーガスフィア。
──たとえば、火炎鳥フレアバルト。
それらがこの地に伝わるおとぎ話の主人公だと、アリシアは言った。
彼らの物語はアリシアを楽しませてくれた。
灰狼領を出られないアリシアにとって、物語に出てくる生き物たちは、大切な友だちだったそうだ。
「責任はわたくしが取ります。封印を解いてしまってください。コーヤさま!」
「わかりました」
俺は穴に降りた。
墓標に触れて『王位継承権』を起動すると……マジックアイテムの情報が流れ込んでくる。
──この石板の名前は『造反者の墓標』。
──能力は、土地の魔力を消費して、王家に敵対するものを封印すること。
──この下に封印されているのは……精霊たち。
──封印を解いたあとも再設定すれば、石板を再利用可能。
そこまで確認して、俺は『造反者の墓標』に指示を出す。
「『王位継承権』を持つ者、コーヤ=アヤガキの名において『造反者の墓標』に命じる。封印を解除せよ。灰狼侯代行のアリシア=グレイウルフさまは、精霊ジーグレットと話すことを望んでいる」
石板が光った。
表面に刻まれていた文字が消えていく。
横倒しになっていた石板が立ち上がり、そして──
「「「わ──────いっ!!」」」
その下から、羽の生えた人型の生き物たちが飛び出してきた
「ありがとー!」
「封印がとけたよ! 自由になったよー!」
「助けてくれてありがとー。ご恩はぜったいに返すですー!」
そして小さな生き物──精霊たちは、まわりを飛び回りながら、俺たちに向かって頭を下げたのだった。
次回、第7話は、明日の夕方くらいに更新します。