第59話「黒熊候代行を推薦する」
──コーヤ視点──
黒熊領の高官たちは、俺の無実を信じてくれた。
ゼネルスの娘のカリナと、さらわれた村人を同行させていたからだ。
村人は自分たちがさらわれた事情を、事細かに説明した。
そうして、話が終わったあとで、
「──以上により、魔王さまが無実であることを、ゼネルスの娘であるカリナ=リトルベアが宣言いたします!」
カリナは高官たちの前で、堂々と宣言した。
「「「……わ、わかりました」」」
黒熊領の高官たちは、うなずくばかりだった。
どう反応していいのか、わからなかったのかもしれない。
──領民を拉致した犯人が、金蛇侯爵家の人間だったこと。
──やつらがマジックアイテムを使っていたこと。
──マジックアイテムを与えたのが、ジュリアン王子である可能性が高いこと。
すべてが予想外だ。
というか、俺も金蛇と王子が関係しているとは思わなかった。
ジュリアンなんて王子のことは知らなかったからな……。
問題は、誘拐犯が黒熊領の情報を得ていたことだ。
情報の出所はたぶん、黒熊侯ゼネルスだろう。
あいつは今、王都にいる。王家の人間が接触するのは難しくない。
「……父ゼネルスがふたたび黒熊侯の地位に就くことは、もう、ないのでしょう」
カリナは高官たちに向かって、告げた。
「父は侯爵です。領民を守る義務があります。侯爵ともあろうものが、他領の者に情報を流すべきではありません。仮に……領民誘拐の計画を知らなかったとしても、その罪は消えません。あの人はもう、黒熊侯の地位にふさわしくない」
唇をかみしめながら、カリナは続ける。
「仮に父が……計画を知っていて情報を流したのなら、あの人は民を守るよりも、王家と金蛇侯爵家に取り入ることを選んだということです。我が父ながら……なんと情けない。そんな人は、黒熊領に立ち入って欲しくありません……」
「カリナさま……」
「お心、お察しいたします」
「ゼネルス侯は一体……なにを考えていらっしゃるのか……」
高官たちは絞り出すような声だった。
彼らはまだ、ゼネルスが戻ってくることを信じていたのだろう。
怪我が癒えれば、ふたたび黒熊侯として帰ってくる。
今まで通りに、自分たちを統治してくれる。
そうして、ゼネルスの元で仕事をしていくのだと信じていたんだろう。
けれど、ゼネルスは戻ってこない。
王都に滞在したまま、連絡ひとつ寄越さない。
侯爵がいないと部下が困るのはわかっているはずなのに、まったく動きはない。あいつがどうしているのかもわからない。
そんな中、領民誘拐事件が起こってしまった。
犯人は金蛇侯爵家の人間で、マジックアイテムを使っている。しかも、奴らは黒熊領の情報を得た上で、事件を起こしている。情報提供者は、ゼネルスの可能性が高い。
そりゃそうだ。マジックアイテムを持っているのは王家の人間なんだから。
王家の人間が黒熊領の情報を得るなら、ゼネルスに聞くのが一番早い。
というか、他に心当たりがない。
だから、黒熊領の高官たちはショックを受けているんだろう。
あの人たちはまだ、ゼネルスを信じていたんだから。
「黒熊領にとっての救いは……魔王が私たちの味方だということです」
カリナは深呼吸して、続ける。
「魔王さまは連れ去られた領民を見つけ出してくれました。誘拐犯を捕らえたのも魔王さまです。そして──」
カリナの視線が俺を見た。
俺はうなずいてから──
「俺は、灰狼領と黒熊領との同盟を提案したい」
──あらかじめ用意しておいた言葉を口にした。
高官たちと話をする前に、俺は精霊たちを灰狼に飛ばしている。
同盟についてはレイソンさんとアリシアに伝えてある。同意も得た。
金蛇侯爵家は敵に回った。
おそらくは、ジュリアン王子も。
奴らは俺を潰そうとしている。俺を支援する灰狼領も、まとめて。
王都と灰狼の間には黒熊領がある。
灰狼を攻めるためには、黒熊領に拠点を作るのが早道だ。
その前段階として、『羽つき鎧』の連中は領民を誘拐したのかもしれない。
『魔王が領民を誘拐している! 領民保護のために、金蛇の兵を黒熊領に入れる!』と言えば、堂々と黒熊領に侵攻できるからな。
そのまま王家と金蛇の兵団は、黒熊領から北上。
同時に海から攻め込めば、灰狼は二方面から敵を受けることになる。
逃げ場はなくなる。
黒熊領を守ることは、灰狼領を守ることにもつながる。
だから、同盟を結びたい。
俺が堂々と黒熊領で能力を使って、防御態勢を整えるために。
「灰狼侯のレイソンどのは、黒熊領との同盟に賛成している」
俺は偉そうな口調で説明をはじめた。
「黒熊領の者が同意するなら、俺──魔王であり精霊王であるコーヤ=アヤガキは、能力を使って黒熊領の防御態勢を整える。精霊たちを常駐させて情報交換を行うこともできるだろう」
ちなみに今の俺は魔王剣と精霊王の杖をティーナに預けて、一般人モードだ。
角を生やした魔王モードだと、高官たちが怯えるかもしれないからな。
「黒熊領のメリットは次の通りだ。『コーヤ=アヤガキが黒熊領の山岳地帯に魔物よけの防壁を作る』『精霊を常駐させて、連絡係にする』『危機に陥ったとき、魔王と配下の「不死兵」が支援に来る』。あとは『精霊たちがときどき、生活の手伝いをする』というのもあるが」
精霊たちは人間好きだからね。
黒熊領でも掃除や炊事を手伝ったり、お風呂を沸かすのを手伝ったりしたいらしい。
「──ですが、魔王陛下」
高官のひとりが、震える声で言った。
「それでは黒熊領が一方的に利益を得ることになります。灰狼の利益は……なんなのでしょう?」
「黒熊領との交易と、友好関係。それによる情報交換だ。あとは……港を使わせてもらえると助かる。それと造船技術も教えてもらえると助かる」
灰狼領はずっと海が荒れてたから、港が整備されてない。大型の船もない。
だから黒熊領のものを使わせてもらいたい。
特に、港と造船技術は重要だ。
竜王と竜姫のメルティが味方になってくれたからな。
たぶん、灰狼の船は沈まない。
漁も交易も、スムーズにできるはずなんだ。
「あとは、黒熊領の人々の決断次第だ。灰狼と同盟を結ぶか、自分たちだけで領地を守るか、選んで欲しい」
「「「…………うぅ」」」
黒熊領の高官たちは、頭を抱えた。
しばらくして、高官のひとりは、
「……決断できません」
うめくように、そんな言葉を口にした。
「私どもは魔王さまとレイソン侯を信頼しております。ですが、あなたがたと同盟を結べば、王家の怒りを招くおそれがあります。それに……今は、黒熊侯がいないのです。同盟などという大きな決断をすることは……」
「皆の気持ちはわかります」
カリナはため息をついた。
「仮に私が嫡子だったら……皆を説得できたのでしょうね。ですが、私はただの庶子です。侯爵の継承者としては最下位です。皆が私を信じ切れないのも……」
「いえ、我々はカリナさまを信じております!」
「ただ……決断できないだけです」
「侯爵がいない状態で……同盟などという大きな決断は……」
「では、カリナ嬢を侯爵代行にすればいいのでは?」
俺は言った。
「「「「……え?」」」」
カリナと、高官たちの目が点になった。
「黒熊領の高官たちはカリナ嬢を信じている。カリナ嬢には、責任を取る意思がある。そして、ゼネルス侯は帰ってくる見込みがない。だったら、カリナ嬢が侯爵代行になればいい」
「え? え? ですが、侯爵代行に就くのは簡単では……」
「少し前まで灰狼では、アリシア=グレイウルフが侯爵代行をしていた。手続きについては、彼女から聞いたことがある」
健康になったレイソンさんが灰狼侯に復帰した後のことだ。
興味があるから聞いてみたんだ。
「侯爵代行になる条件の第一は、侯爵がその任を果たせない状態にあることだ」
この条件は満たしている。
ゼネルスは王都に行ったまま、帰ってこない。
民を守るどころか害をもたらしている。
侯爵の任を果たせない状態にあるのは間違いない。
「第二の条件は、代行の者が侯爵の血縁者であることだけど、カリナ嬢なら問題ない、第三は、侯爵領の高官たちの同意を得ること。この条件も満たしているな。高官たちは、カリナ嬢を信じていると名言したのだから」
「た、確かに……その通りですが」
「第四は、近くに領地を持つ侯爵に、責任者が替わったことを伝えること。これは書状でもなんでもいいそうだ」
灰狼でも、アリシアが侯爵代行になったときに、ゼネルスに書状を送っている。
ゼネルスがそれを読んだかどうかはわからないけどな。
「カリナ嬢は書状を灰狼に送ればいい。灰狼侯のレイソンどのは、間違いなくカリナ嬢が代行になることに同意してくれるだろう。だから、この条件も満たせる」
「…………はい」
「最後の条件は『可能ならば王か、王家の者の承認を得ること』だ」
「そ、それは不可能ではありませんか?」
カリナが声をあげた。
「ゼネルス侯は王都にいるのです! その状態で国王陛下や、王家の者が許可してくださるわけが……」
「俺が承認する」
俺はナタリア王女より『王家の血を引く者』と認められている。
それを認める文書もある。なによりも、王家のマジックアイテムを支配できる。
『コーヤ=アヤガキは王家の者』と言い張ることはできるんだ。
「というわけで、カリナ嬢は黒熊領代行になれる」
「……えっと」
「ついでに言うと、侯爵代行の規定は非常時のためのものだ。だから王と王家の承認は『可能なら』となっている。現にアリシアは王家の承認を得るまでの数年間、緊急避難として領主代行をやっていたんだから」
灰狼がそういう状態だったのは、あの地が封じ込められていたからだ。
親切な商人が王都に書状を届けてくれるまで、王家の承認はもらってなかった。
アリシアは事後承諾を前提にして、侯爵代行をやっていたんだ。
ランドフィア王国は王家と、5大侯爵が治める国だ。
それが国の制度だから、侯爵は存在し続けなければいけない。
事後承諾で侯爵代行になることが許されているのは、たぶん、そのためだ。
「だから、カリナ嬢が黒熊領代行になっても、なんの問題もないと思う」
「ご助言をありがとうございます、魔王さま。おかげで……覚悟が決まりました」
カリナは席を立ち、俺に向かって一礼した。
それから彼女は高官たちの方を向いて、
「私から皆に申し上げます。私は……怒っています」
──そんなことを、宣言した。
「領民を誘拐した金蛇の者たちにも、彼らに情報を与えた父──ゼネルスにも。はらわたが煮えくりかえっております。こんな状態で、このまま手をこまねいているわけにはまいりません」
「……カリナさま」
「誘拐犯は屋敷の門前に、彫像として飾ることにしました。ですが、そんなことでは怒りはおさまりません。正直、この身ひとつで王都に殴り込みをかけたいくらいです」
カリナは、どん、とテーブルを叩いた。
彼女が怒っているのは、わかる。
柵の中に閉じ込められていた領民を見て、飛び出そうとしていたからな。
正義感の強い人なんだろうな。彼女は。
「ですが……今は怒りにとらわれている場合ではありません。必要なのは、金蛇侯爵家への対策です」
カリナは呼吸を整えて、言葉を続ける。
「そのために私は、黒熊侯代行になりたいのです。そして民を守るため、灰狼と同盟を結びます。それが罪ならば、あとで罰を受けます。民を守るためなら、命など惜しくありません。このままなにもできないままでいるより、はるかにましです!」
「そこまでのご覚悟とは……」
「ならば……もはや迷うべきではありませんな」
「黒熊領には指導者が必要です。ならば──」
高官たちがうなずく。
彼らは一斉に立ち上がり、カリナに向かって一礼した。
「「「カリナさま。どうか黒熊侯代行として、我らを導いてください」」」
それが、黒熊領の高官たちの決定だった。
「わかりました。若輩者ですが、力を尽くしましょう」
カリナ=リトルベアは、それに答える。
彼女は黒熊領の代行となり、灰狼との同盟を結ぶことを決めたんだ。
俺たちには強い味方が増えたことになる。
さっそく灰狼に精霊を派遣して、このことを伝えよう。
あとはアリシアを呼んで、侯爵代行の先輩として、カリナを指導してもらって……。
「失礼いたします! 王家のナタリア殿下より、黒熊領の代表者宛に書状が届いております!!」
──そんなことを考えていると、ドアの外で兵士の声がした。
カリナが入室を許すと、入ってきた兵士は高官たちに書状を手渡した。
書状は封を切られることなく、カリナのもとへ。
そうして、書状を開いたカリナは──
「──リーナス=ランドフィア陛下が病に倒れ、意識不明……!?」
突然の知らせに、高官たちがざわめく。
手を振ってそれを抑えながら、カリナは続ける。
「『現在、王都は非常事態となっている。ゆえに、黒熊領に対して王家は指示や認可、承認の手続きを行えない。それを踏まえた上で統治を行うべし。このことは灰狼侯に伝えてもかまわない』──以上です」
……国王が病に倒れたのか。
なるほどな。
それで金蛇侯爵領が動いたのか。
あいつらはたぶん、国王が倒れたことを知っていたんだろう。
だから黒熊領に手を出してきた。
黒熊領の人たちが王家に助けを求めても、国王が動かないことを知っているからだ。
そして、金蛇はジュリアン王子と縁が深い。
国王不在の今、王子を止められるのはナタリア王女くらいだろう。
だから彼女が黒熊領に書状を送ってきた、ということか。
「ナタリア殿下は……私たちが黒熊領代行を任命することを予想していたのですね」
カリナは呆然とつぶやいた。
ナタリア王女は『黒熊領に対して王家は指示や認可、承認の手続きを行えない』『それを踏まえた上で統治を行うべし』と明言している。
それは侯爵代行を任命する際に『王か、王家の者の承認を得ること』という条件を満たせないことを意味する。そして、王家はそれを踏まえた上で統治を行えと言ってきている。
つまり、カリナは問題なく、黒熊侯代行になれるということだ。
……そこまで読んでいたのか、ナタリア王女は。
やっぱり怖いな。あの人は。
「恐れ入ります、魔王陛下。灰狼侯へのお取り次ぎをお願いできないでしょうか」
カリナは俺に深々と頭を下げて、告げた。
「私は、黒熊侯代行になります。そして灰狼侯との同盟を結びます! そのことを灰狼侯のレイソンさまにお伝えください。そしてどうか、友好関係と支援を、と」
「承知した。すぐに動こう」
やることは多い。
まずは黒熊領の守りを固める。
精霊たちの力を借りて、防御態勢を作る。
港の防御も必要だ。金蛇は、海からやってくる可能性もある。
それが済んだら──王都への対策をしよう。
王都でなにが起こっているのか。
ジュリアン王子はなにを考えているのか。
書状の最後に書いてあった『王の病を癒やしている聖女』のことも気になる。
ナタリア王女とは話をつけたからな。
次はジュリアン王子と……もしかしたら、聖女と話をつけるべきかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は灰狼領に向かう準備をはじめたのだった。




