第41話「侯爵令嬢アリシア、竜姫メルティを指導する」
──そのころ、アリシアとメルティは──
「……かわいい」
竜姫のメルティは鏡の前で、くるり、と一回転してみせた。
ここは、アリシアの私室。
メルティは目を輝かせて、人間の衣服をまとった自分を見つめている。
メルティが着ているのは人間用の下着だ。
部屋に着てから大分経っているけれど、まだ服は着ていない。
下着や服の身に着け方を教わるのに、時間がかかったからだ。
指導を担当したのはアリシアだ。
口で説明するのは難しかったので、実演してみせた。
アリシアが下着を脱いだり着たりすることで、メルティに服の着方を教えたのだ。
楽しかった。
まるで、新しく妹ができたような気分だった。
(メルティさまは、本当に人間の服がお好きなようですよ。コーヤさま)
アリシアは窓の外にいる『不死兵』に、心の中で語りかけた。
コーヤと出会ったことで、アリシアの運命は変わった。
ティーナや精霊たちと友だちになり、竜姫のメルティも客人になった。
屋敷の庭にいる『不死兵』も、怖くなくなった。
ちなみに、アリシアが窓際に立っているのは、メルティの視界に『不死兵』が入らないようにするためだ。
メルティと竜王ナーガスフィアは、初代王アルカインによって封印されていた。
当然、マジックアイテムも使われただろう。
そんなメルティが『不死兵』を見たら、恐がるかもしれない。
だからアリシアが窓際に立つことで、『不死兵』を隠していた。
その状態で、メルティに服や下着のつけかたを教えていたのだった。
(……コーヤさまは、わたくしを大きく変えてしまったのです)
それがうれしくて、心地いい。
これからもアリシアは、コーヤの側で変わっていくのだろう。
知らない扉が、どんどん開いていくのだと思う。
少し不安だけれど……わくわくする。ドキドキする。
そんな予感を感じながら、胸を押さえるアリシアだった。
「ど、どうかな。アリシアさん」
気づくと、ドレスを着たメルティが、アリシアを見ていた。
「ちゃんと着られてる? おかしくないかな?」
「大丈夫です。かわいらしいですよ。メルティさま」
優しい笑みを浮かべて、アリシアは答えた。
「その服は差し上げます。地上にいる間、使ってくださいませ」
「うん。ありがとう」
メルティはまた、鏡の前で一回転。
服の肌触りを確かめながら、満足そうな表情になる。
「ありがとう。アリシアさん。夢がかなっちゃった」
「はい。わたくしも、お手伝いができてよかったです」
「人間の服の着方もおぼえたわ。ありがとう。アリシアさんはもう、服を着てもいいわよ?」
「いえいえ。わたくしはもう少し、この姿のままで」
「そ、そうなの?」
「はい」
「……そうなんだ」
メルティが着ているのは、アリシアが数年前まで着ていた服だ。
アリシアには小さくなってしまったけれど、メルティにはぴったりだ。
「あとでコーヤさまにも見ていただきましょう。きっと『かわいい』と言ってくださいますよ」
「……うん」
「どうしたのですか?」
「人間はずっとかわいい服を着られていいなぁ……」
言いかけたメルティは、はっ、と顔を上げて、
「ち、違うの違うの。今のは口が滑っただけなんだから! 竜姫のメルティはそこまで人間にあこがれてなんかいないし、完全な竜になるのが嫌なわけじゃないんだからね!!」
「そういえば……竜は成体になると、人間の姿になれなくなるのでしたね」
竜王ナーガスフィアは、そんなことを言っていた。
つまり、メルティが可愛い服を着られるのは、幼体の間だけということになる。
「わかりました。今のメルティさまが楽しめるように、わたくしが追加の服を用意いたします!」
「う、ううん。大丈夫よ。気を遣わせてごめんね」
メルティは頭を振って、
「それに……問題ないわ。成体になっても人間の姿になる方法はあるから。難しいけど、がんばってやり遂げてみせるもん」
「そうなのですか?」
「うん。父さまが教えてくれたの。『人間を知るためには、大人になっても人間の姿でいた方がいいだろうからな』って。あたしが人間の世界に来たのは、その条件を満たすためでもあるのよ」
「わかりました。わたくしもお手伝いいたします」
アリシアは、ぽん、と胸を叩いた。
「メルティさまは灰狼のお客人で、わたくしにとってはお友だちでもあります。このアリシア=グレイウルフ。できることならなんでもいたしましょう」
「ありがとう。アリシアさん」
「もしよろしければ、教えていただけますか? メルティさまが人間の姿でいるための条件とは、どのようなものなのでしょう?」
「人間に恋をして、その人と子どもを作ることよ」
メルティは宣言した。
──人間に恋をして、その相手と子どもを作れば、人間との間に深い縁ができる。
──その縁は、竜に大きな変化をもたらす。
──終生、人間と竜、ふたつの姿を取ることを可能にしてくれる。
竜王ナーガスフィアはそんなことを言っていたそうだ。
「でもね……あたし、そういうのわかんなくて」
「……そ、そうなのですか」
「そもそも人間に恋をするなんて、想像もできないもん」
「…………仮に恋をするとしたら、どんなお方がいいのですか?」
「………………父さまのように、王の器を持つ人がいいな」
メルティは、ぽつり、とつぶやいた。
「父さまと同じくらいすごくて、父さまが認めるような人間となら……あたし、恋ができるかもしれない。まあ、そんな人間は、地上にはいないと思うんだけどね……」




