第40話「灰狼侯レイソンと外交の準備をする」
「わかりました。すぐに使者を選びましょう」
レイソンさんは言った。
さすがは灰狼侯だ。判断が速い。
「使者は私の部下から選ぶことにします。コーヤどのやティーナどの、精霊さまたちには残っていただいた方がよろしいでしょう」
「魔王の俺が行くと、相手を警戒させるからですか?」
「はい。それに侯爵たちは、『首輪』を着けていない異世界人を警戒するでしょう」
「……そうですね」
『首輪』は、王家が異世界人につけたマジックアイテムだ。
王家に逆らうと炎を噴き出して、装着者を焼き尽くす効果がある。
異世界人は強い力を持ってるからな。
王家は拘束具で、力を制限しているんだ。
まあ、俺は『王位継承権』スキルで、首輪をすぐに外しちゃったんだが。
「でも、レイソンさまやアリシアさまは『首輪』のない俺と普通に付き合ってくれてますよね?」
「コーヤさまは特別です」
レイソンさんはそう言って、笑った。
「他の異世界人の方を前にしたら、私もアリシアも恐れるでしょう」
「そんなことはないと思いますけど……」
というか、灰狼の人たちは度胸があるんだと思う。
アリシアもレイソンさんも、普通に俺を受け入れてくれたし。『王位継承権』スキルのことも信じて、協力してくれたし。精霊たちのことも納得してくれて、魔王になった俺のことも、当たり前に信じてくれてる。
灰狼の人たちは、他の土地の人たちより器が大きいのかもしれない。
200年も、魔物のはびこるこの地で生きてきた人たちだもんな。
覚悟が違うんだろう。
そんな人たちだから、俺も仲間になりたいって思ったんだけど。
「そういえば、異世界人の首輪を外すという話があったんでした」
「コーヤどのが、ナタリア殿下と提案されたのでしたな?」
「はい。ナタリア王女も納得したようでした。だからもう、他の異世界人の『首輪』も外されているんじゃないでしょうか?」
「おそらくは、まだでしょう」
レイソンさんは肩をすくめた。
「実際に異世界人の『首輪』が外されるまで、数ヶ月はかかるでしょう」
「そうなんですか?」
「手続きとしては、ナタリア殿下が国王陛下や宰相たちに話を通して……会議を行い、承認を得て、さらに現場に話が降りてきて……という流れになると思います」
「だいぶ先になりそうですね」
「古い組織は、決断に時間がかかるものなのですよ」
「……黒熊領も放置されてますからね」
「はい。本当なら王家が代官を置くか、ゼネルス侯の縁者を次の侯爵にするはずなのですが……」
黒熊領の情報は、将軍のカナールさんが伝えてくれてる。
でも、いまだに王家がなにかを言ってきたという話はない。
どうなるんだろうな。これから。
「とにかく、俺は他の侯爵領には行かない方がいいですね」
「そうですね。まずは使者を送って、交流を深めてからにした方が」
レイソンさんはふと、思いついたように、
「もしかして、コーヤどのは異世界人の方に伝えたいことがあるのですか?」
「え?」
「同じ世界の人たちです。友人や、知人がいらしたのでは? よろしければ、書状を送りますよ」
「いえ、特に伝えたいことはないです」
あんまり話の合う人たちじゃなかったからな。あの人たちは。
俺と一緒に召喚されたのは4人。
そのうち1人──『一般魔法使い』のサイトウは、王都で療養中だ。
彼は魔物との戦いで禁断の杖を使い、強力な魔物『デモーニック・オーガ』を出現させた。
そのときに重傷を負って、王都に担ぎ込まれている。
他の3人はそれぞれ、『聖女』『大戦士』『文官長』のジョブを持っていた。
『聖女』と『文官長』は女性だ。
彼女たちは、もとの世界にいたときからの友人らしい。
ただ……『文官長』の女性は、かなり感情的で、怒りっぽかった。
友人のジョブが自分より上だと知って激怒していたし、俺にも当たり散らしていた。
正直、近づきたくない人だった。
『聖女』のことはわからない。
口調は穏やかで、態度も落ち着いていた。
いい人のようにも見えた。
だけど……あの人は『文官長』の女性にべったりだった。
むしろ、『文官長』の女性の影に隠れているように見えたんだ。なんだろうな。あれは。
『大戦士』はプライドの高い男性だった。
背が高くて筋肉質で、いかにも強そうな感じだ。
喧嘩っ早くて、『一般魔法使い』とバチバチにやり合ってた。
一緒に仕事をしたい相手じゃない。
……というわけで、改めて考えてみると──
「俺が会いたい異世界人はいません。ただ、彼らがどうしているかは知りたいと思っています」
これは灰狼領のためだ。
異世界人に力があることは間違いない。
彼らがどこにいるかで、こっちの対応も変わってくるはずだ。
「レイソンさま。『聖女』『大戦士』『文官長』のジョブを持つ異世界人は、それぞれ、どの侯爵領に派遣されたと思いますか?」
「『聖女』は序列一位の金蛇侯爵領にいるでしょう」
「……ですよね」
王宮では、序列の高い侯爵から異世界人を選ぶことになっていたからな。
そして、あのとき侯爵たちは『聖女だ!』と大騒ぎしていた。
となると……『聖女』のジョブを持つ女性は、序列一位の金蛇侯爵家が獲得しただろう。
「残る『大戦士』と『文官長』では、『大戦士』が格上です。だとすると序列二位の銀鷹侯爵家は、その者を選んだでしょう」
「となると、残る『文官長』は赤鮫侯爵領ですね」
「そうなりますな」
金蛇と赤鮫の侯爵家は、海に面している。
灰狼はこれから『聖女』と『文官長』がいる侯爵家に使者を送ることになる。
……やっぱり、俺は顔を出さない方がいいな。
「準備が整いしだい、使者を送りましょう」
レイソンさんは言った。
それから、彼は笑いをこらえるような表情で、
「それにしても……まさか伝説の竜王が姿を現すとは。しかも、灰狼に力を貸してくださるとは……長生きはするものですな! アヤガキどのがいらしてから、愉快なことばかりです」
「まあ、なりゆきですけどね」
俺は苦笑いしてから、
「俺よりも、竜姫のメルティにお礼を言ってあげてください」
「わかっております。無論、竜姫どのには、あらゆる便宜を図ってさしあげるつもりでおります」
「俺も、できるだけのことをするつもりです」
「メルティどのはアリシアと一緒なのですな?」
「可愛い服を着たいみたいです。それと『魔力の泉』を探して欲しい、と」
「魔力の泉……ふむ。そちらは初耳です」
「そっちは俺が探してみます。レイソンさまは使者の選定をお願いします」
「承知しました。しかし、やることがあるのはいいものですな」
レイソンさんは拳を握りしめ、ぐるぐると肩を回してみせた。
「閉じ込められたまま生涯を終えるはずだった私が、外交を任されたのです。命をかけて働かせてもらいますぞ」
「あんまり無理はしないでくださいね」
「いいではありませんか。年寄りが命の使いどころを見つけたのです」
レイソンさんは不敵な笑みを浮かべた。
「私の夢は灰狼領を、最良の状態でアリシアに引き継ぐことですからな。そのために全力で働かせていただきます。お任せください。アヤガキどの」
次回、第41話は、今週中くらいに更新できると思います。




