第39話「外交の方針を決める」
──コーヤ視点──
その後、俺たちは竜姫のメルティと話をしていた。
海の情報を得るためだ。
「他の侯爵領の位置は、だいたいわかっております」
砂浜に座って、アリシアは言った。
「ただ、できればメルティさまから地形や、町の位置などをうかがっておきたいのです」
「そういえば俺も、他の侯爵領の場所は知らされてないな……」
王都から灰狼領に移動するまでの間、俺はこの世界の資料を読んでいた。
資料にあったのは初代王アルカインがすごい王さまだったことと、魔王が最悪の存在だったことくらいだ。
各侯爵家の名前は書かれていたけれど、位置についての記述はなかった。
まあ、当時の灰狼領は封鎖されていたからな。
そこから出ない俺には、地図は必要ないと思われたんだろう。
「他の侯爵領って、どのあたりにあるんだ?」
「えっと……序列第一位の金蛇侯爵領は王都の北東にあるといわれています。この海の東ですね」
アリシアは海の向こうを指さした。
「金蛇侯爵領の南にあるのが序列四位の赤鮫侯爵領です。序列二位の銀鷹侯爵領は王都の側ですから……内陸にあるはずです」
「海を渡れば、金蛇領と赤鮫領に接触できるわけか」
俺はうなずいて、
「それじゃメルティに質問だ。海と、まわりの地形について教えてくれ」
「200年前の記憶だけど、いいの?」
「構わないよ」
「うん……わかった」
メルティは砂の上に指を這わせる。
そうしてゆっくりと、地形を描いていく。
「ここがあたしたちがいる場所……灰狼の海岸として、東に1日半くらい泳ぐと町が見えてくるわ。高い建物がたくさんあって、人がたくさんいたのを覚えてる」
「高い建物ですか。おそらく、そこが金蛇侯爵領ですね」
「そうなの?」
「伝説にあります。初代王アルカインは天に届くような塔を建てて、それを序列一位の侯爵に与えたそうです。金蛇が特別であることを、周囲に示すために」
「なるほどね。その町の南には、大きな港があったわ。えっと……」
メルティは、また、地形図を書き始める。
金蛇領から南に行くと、大きな港があるそうだ。
そこには大量の漁船があって、男たちが漁をしているらしい。
漁船の旗には巨大な魚が描かれていたという。
そこが赤鮫侯爵領だと、アリシアは教えてくれる。
「さらに南には大都市があったわ。たぶん、ランドフィアの王都がある場所ね」
「ありがとう、メルティ。参考になったよ」
メルティが描いた地形図は、アルファベットの「U」のような形をしている。
その左側──西にあるのが灰狼と黒熊。
さらに西には魔王がいた魔の山がある。
右側──東にあるのが金蛇と赤鮫。
中央付近にあるのが王都。内陸部に銀鷹がある、ということらしい。
「メルティ。ひとつ気になるんだけど」
「なぁに?」
「海の中央に描かれた丸は、なにを表しているんだ?」
「あたしと父さまが住んでいた島よ」
めいっぱい胸を反らして、メルティは言った。
「幼体の竜は人間の姿をすることもあるからね、人間っぽい生活をするための場所があるのよ。気が向いたら、遊びに来ても構わないわよ?」
「落ちついたらそうするよ。あと、もうひとつ質問だけど……」
俺は海の北の方を指し示した。
「海の北にはなにがあるんだ?」
「……えっとね。父さまは『氷に閉ざされた海と不毛の土地があるだけ』って言っていたわ」
メルティは難しい表情になる。
「濃い霧に包まれていて、父さまでも進むのが危ないみたい。強力な魔物であふれてるから、絶対に近づくなって言ってたわ」
「ティーナも似たような話を聞いたことがあるの」
ティーナが手を挙げた。
「好奇心の強い精霊たちが、北の探索に行ったことがあるんだって。でもね、すぐに道に迷って戻ってきちゃったの。だからお父さまも、あっちにはなにがあるのかわからないんだって」
「精霊王のジーグレットさまにもわからないのか……」
ここは異世界だからな。
もしかしたら、北には世界の果てとかがあるのかもしれない。
大地が平らになっていて、海が滝のように流れ落ちてる可能性もあるな……。
「とりあえず北のことは置いておいて、他の侯爵家への対応を優先しよう」
「了解いたしました」
「ティーナも同じ意見なの」
「よくわかんないけど、それでいいと思うわ」
俺の言葉に、アリシアとティーナ、メルティがうなずく。
それから俺はアリシアを見て、
「アリシア。金蛇侯爵家と赤鮫侯爵家には、使者を送った方がいいんじゃないか? 灰狼が解放されたことと、灰狼が彼らとの友好を望んでいることを伝えるためにも」
「はい。コーヤさま」
「できれば、王家が情報をねじ曲げて伝える前に」
王家のことだからな。他の侯爵家に嘘の情報を伝えるかもしれない。
そうなる前に、灰狼から正しい情報を伝えた方がいいだろ。
「灰狼から他の侯爵家に使者を送るのはいいと思います。ですが……」
アリシアはうつむいて、
「……灰狼領には、海を渡るための船がないのです」
灰狼の海は、ずっと荒れていた。
船を出せる状態じゃなかった。
だから、領地には大きな船がないらしい。
「海に落ちた者を救うための小舟ならあります。ですが、海を渡るような大船は……」
「竜王さまにお願いして、小舟を引っ張ってもらうのは?」
俺は言った。
アリシアの目が点になった。
「え? あれ? そういうこともできるのですか?」
「もちろん。というよりも、引っ張る必要もないわよ」
メルティはうなずいた。
「父さまに手伝ってもらえば、小舟でも安全に海を渡れるはずよ」
「で、でも、船の帆は……?」
「波をあやつって船を動かすからいらないわよ」
「船から落ちたら?」
「水上歩行の加護をつけるから大丈夫よ」
「小舟では水と食料を積めませんが……」
「水は精霊たちが作れるでしょ? 食料は……あたしがお魚を獲ってあげる」
「で、ですが、小舟では……わずかな波でも、乗員がびしょ濡れになってしまいます」
「アリシアって細かいのね」
「ごめんなさい」
「服は……防水性のある袋に入れておけばいいんじゃない?」
「乗員はどうすればいいのですか?」
「裸でいれば?」
「……え?」
「海の上なんだから、誰も見てないわよ。服は、対岸に着く前に着ればいいじゃない」
「そ、それはどうなのでしょう!?」
「あたしに聞かれても困るわよ。あたし、人間のことはよくわからないんだから」
メルティは不思議そうな顔で、
「人間も、他人の前で肌をさらすのは嫌なの?」
「は、はい。そういうことをするのは、大切な人の前だけで……」
「でも、小舟に乗るのはコーヤさんとアリシアさんでしょ?」
「…………え?」
「あなたたちは家族みたいなものだから、ふたりが裸で海を渡るくらい、どうってことないと思うんだけど……?」
「そ、そ、それは……どうなのでしょう!? どうなのでしょう!?」
アリシアは、ぶんぶん、と頭を振る。
「ど、どうなのでしょうか!? コーヤさま!?」
「落ち着いて」
「で、ですが。これは重大な問題で──」
「そもそも俺たちが使者に行く必要はないと思うよ」
というか、俺が使者になるのは無理だ。
魔王の俺が他領に出向いたら大騒ぎになる。
もちろん、アリシアだけを行かせるわけにもいかない。心配だから。
「あと、船は黒熊領のものを借りればいいんじゃないか?」
「あ、それがありましたね……」
アリシアは真っ赤になった頬を押さえながら、うなずく。
現在、黒熊領は将軍のカナールさんが治めている。
黒熊侯のゼネルスが重傷を負って、王都へと逃げていったからだ。
これから黒熊領がどうなるのかは決まっていない。
本来なら王家から連絡が来るはずなんだけど、放置されているらしい。
今は灰狼と黒熊の人たちが協力して、黒熊領の立て直しをしている。
それは灰狼侯のレイソンさんと、カナール将軍が話し合って決めたことだ。
もちろん、報酬はもらっている。
黒熊領の人たちも恩を感じているのか「なんでも言ってください」と申し出てくれている。
船くらい、あっさりと貸してくれるはずだ。
「ゼネルス侯は他領に使者を出すために、大船を作っていたと聞きます」
アリシアは納得したように、うなずいた。
「それを借りることができないか、お父さまに相談してみましょう」
「そうだね。使者もレイソンさんに選んでもらおう」
俺はメルティの方を見て、
「使者を送るときには手を貸してくれるか? メルティ」
「もちろん、いいわよ」
メルティは胸を張って、
「あたしと父さまが力を合わせれば、対岸まで日帰りだってできるんだから。波を静かにさせるのも『水上歩行』の加護を与えるのもお手のものなんだからね!」
「助かるよ。ところでメルティ」
「なあに?」
「『水上歩行』の加護って、生き物にしか与えられないのか?」
「たぶん……そうだと思うわ」
メルティは少し考えてから、うなずいた。
「竜王や竜姫は、縁を結んだ者に加護を与えるんだもん。生物以外と縁を結ぶなんて無理でしょ?」
「加護を受けた者の持ち物は?」
「……コーヤさんも細かい人なのね」
「大事なことだからな。人間って、おぼれたらすぐに死んじゃうし」
「加護を受けた人の持ち物も……加護の対象になるかな?」
首をかしげながら、メルティは、
「加護を受けた者の靴や靴下が水面下に沈んだら大変だし、お財布やアクセサリを落としたら回収できなくなっちゃうもの。それくらいは加護の対象よ」
「つまり加護を受けた者の持ち物には『水上歩行』が適用されるわけか」
「そうよ」
「つまり加護を受けた者が『自分の持ち物』と認識した物体には『水上歩行』が適用されるわけか」
「……そうだけど。なんで同じようなことを二回聞くの」
「念のためだよ」
あとで実験させてもらおう。
「情報ありがとう。メルティ」
「べ、別にいいわよ。父さまが、この土地の人たちに協力しなさいって言ったんだもん」
メルティは照れくさな表情で、水色の髪を振った。
「それに、封印を解いてもらった恩もあるもん。人間と違って、竜王は義理堅いんだからね。受けた恩を返すまでは側を離れないんだから」
「助かるよ。メルティも、して欲しいことがあったら言ってくれ」
「はい。なんでもおっしゃってください」
アリシアは、ぽん、と胸をたたいた。
「灰狼侯の娘として、アリシア=グレイウルフはお客様の願いを叶えてさしあげます。も、もちろん、できないこともありますが……」
「ティーナや精霊たちも、メルティさまを歓迎するの。できることはしてあげたいの」
「じゃ、じゃあ、ふたつお願いしていい?」
メルティはまっすぐに俺の方を見ながら、
「ひとつめだけど……あたし、人間みたいに……かわいい服を着てみたいかな……って」
「承知しました! 手配いたしましょう」
アリシアは答えた。
「お客人を歓迎するのは貴族の役目です。わたくしは全力でメルティさまを満足させて差し上げます!」
「あ、ありがとう。アリシアさん」
「ふたつめのお願いはなんですか?」
「えっと……これはお父さまからの指示なんだけどね。この土地には『魔力の泉』があるはずだから、探してほしいんだって」
「……魔力の泉ですか?」
「大地から水と魔力が湧き出す場所って、父さまは言ってた」
メルティは首をかしげた。
本人も、よくわかってなさそうだった。
「『偉大なる王の資格を持つ者は、大地の魔力を読み解き、それを地上に導くことができる』みたい。海の封印を解いた人なら、そういうことができるって言ってたわよ?」
「海の封印を解いた人……か」
つまり、俺にやって欲しいってことか?
そういえば精霊王ジーグレットの封印にも、魔物を引き寄せる術式にも、土地の魔力が関係していたっけ。
『魔力の泉』というのも、それに関わるものなんだろうか。
「『魔力の泉』があると、どうなるんだ?」
「魔力の補給がしやすくなるわね」
メルティはうなずいた。
「人間や精霊は魔法が使いやすくなるし、あたしも竜の力を使いやすくなるみたい。泉の近くには……特別な素材があるって聞いてるわ」
「泉はどんな場所にあるんだ?」
「強い魔力の流れをたどった先にあるみたいよ。見つければ、あなたたちにもメリットがあるんじゃない?」
「わかった。探してみるよ」
俺はうなずいた。
「ティーナ。精霊たちを借りていいか?」
「もちろんなの」
「それじゃアリシアはメルティを頼む。ティーナは精霊たちと一緒に、土地の魔力を調べてみてくれ。俺は使者の件をレイソンさんに話してみる」
そうして俺たちは、行動を開始したのだった。
次回、第40話は、今週中くらいに更新したいと考えています。




