第33話「王都へ話をつけに行く(1)」
「『デモーニック・オーガ』は……死んだよな?」
「死んでます」
「まっぷたつなの。確実に葬ったの」
俺が魔王剣で両断した『デモーニック・オーガ』は地面に倒れてる。
再生は……してない。動く気配もない。
何度か確認してから、俺は魔王モードから精霊王モードにチェンジ。
そのまま、地上に降りた。
まわりの人々を見回すけれど……おびえている気配はない。
「……よし」
思わずため息が出た。
魔王を継承したのは不可抗力だ。
そうしないと、灰狼領はいつまでたっても魔王対策をやらされる。
──初代王と聖女が灰狼領に魔王剣を隠していたこと。
──魔王を継承した俺が、人間に敵対していないこと。
このふたつは、人々に知らせる必要がある。
それは王家への切り札にもなるはずだ。うまくいくかどうかは、未知数だけどな。
「異世界人のコーヤ=アヤガキです。みなさん、無事でよかったです」
俺は灰狼領の兵と黒熊領の兵、それに黒熊領の人々に向かって、言った。
灰狼領の人たちは、俺を見て目を輝かせてる。
「……あの角は?」
「さっき、黒い剣が伸びていたが……あれは?」
「それだけじゃない。アヤガキさまが魔王っぽい姿になっておられたのだが?」
「……いや、アヤガキさまなら、そういうこともあるだろう」
──ちょっと疑問はあるようだけど、納得してくれてる。
黒熊領の人たち、呆然とした顔でこっちを見てる。
ずっと見下してきた灰狼の人間に救われたんだ。びっくりするのも無理ないよな。
でも、これは黒熊領の人々を味方につけるチャンスだ。
魔物を倒したのが灰狼の者の手柄だってことをアピールすれば、彼らとの関係も良くなるはずだ。
ここは、アリシアにお願いしよう。
「アリシア」
「はい。コーヤさま」
「灰狼領の功績をアピールしてみてくれ」
俺はアリシアの耳元でささやく。
「黒熊領の人々に、灰狼の者が味方だってわかるように。そうすれば──」
「人々の行き来もしやすくなり、交易も進むかもしれないというわけですね!」
アリシアが紅潮した顔でうなずく。
さすがアリシアだ。理解が早い。
……くすぐったそうな顔で耳に触れてるのと、胸を押さえて震えてるのが気になるけど、それはそれ。
人々との交流は、侯爵令嬢のアリシアに任せよう。
「しょ、承知しました。それでは──」
アリシアは気合いを入れて、黒熊領の民と向き合う。
それから──
「まずは、黒熊領の方々がご無事だったことをお祝い申し上げます」
──アリシアは気品に満ちた表情で、そんなことを告げた。
「わたくしは灰狼侯レイソン=グレイウルフの娘、アリシアと申します。父と皆さまの危機を知り、異世界人のコーヤ=アヤガキさま、精霊姫のティーナさま、そして精霊たちとともに、救援に駆けつけました」
アリシアはスカートの裾をつまんで、一礼。
深窓の姫君にふさわしい所作に、まわりの人々がため息をつく。
今のアリシアは、物語に出てくるお姫さまのようだった。
「……侯爵令嬢アリシアさま……うわさに聞く北方の美姫か」
「……なんと美しい。灰狼領に、このような方がいらしたとは」
「……ゼネルスさまさえも見捨てた我々を、灰狼の人々が助けてくださったのか……」
黒熊領の人々は、感動したような声をもらしている。
ゼネルス侯はアレな人だったけど、黒熊領の人々はまともな感覚を持っているみたいだ。よかった。
「聞いてください。黒熊領の皆さん! 灰狼侯爵家はあなたがたの敵ではありません!!」
アリシアは人々に訴えかける。
祈るかたちに手を組んで、周囲に響き渡る、綺麗な声で。
「灰狼領は王家によって、領地から出ることを禁止されておりました。黒熊領の人々には、灰狼の者は得体が知れないと思ってきた者もいるでしょう。ですが、わたしたちもランドフィア王国の人間です。あなたたちと、なにも変わらないのです!!」
その言葉を、黒熊領の人々は静かに聞いている。
まるで、アリシアの声に打たれたようだった。
人々は身動きひとつせずに、じっとアリシアを見つめている。
アリシアは続ける。
「黒熊侯のゼネルスさまは、これまで灰狼領に無理難題を押しつけてきました。魔物討伐のためと言って灰狼の兵を借り、彼らを働かせたというのに、報酬を支払わないこともありました。傷ついた灰狼兵を治療もせず、そのまま送り返してくることもあったのです」
「……そんなことがあったのか?」
「……数十年前に灰狼から兵を借りたことは聞いている。だが、報酬を払わなかったなんて」
「……ゼネルスさまは……一体」
人々がざわめきはじめる。
黒熊領の人たちは、ゼネルス侯のやり口を知らなかったみたいだ。
灰狼領の兵士たちはうなずいてる。
彼らにとっては周知の事実だからだ。
「皆さんにとっては初耳でしょう。すぐには信じられないかもしれません。ですが、考えてみてください。黒熊侯であるゼネルスさまは、今、どこにいらっしゃいますか?」
細い身体を震わせながら、アリシアは訴えかける。
「本来ならば、ゼネルスさまみずからが兵を率いて『デモーニック・オーガ』を討伐しなければいけなかったはずです。なのに、あの方はここにはいません。いるのはわたくしの父である灰狼侯と、その部下の兵士たち。異世界人のコーヤ=アヤガキさまと、ティーナさまと精霊たちです!! 『デモーニック・オーガ』を倒したのもコーヤさまでした!! コーヤ=アヤガキさまの剣が、『デモーニック・オーガ』を倒し、皆さんを救ったのです!」
「な、なんと!?」
「灰狼侯に下賜された異世界人が!?」
「異世界のお方が『不死兵』を操り、巨大な剣を振るわれたのか!?」
……いや、アリシア。俺のことを話してどうするの?
ここは灰狼侯が黒熊領の民を助けたことをアピールした方が……。
「わたしはコーヤさまを尊敬しております。コーヤさまのことを考えると胸が温かくなり……やさしい気持ちになるのです。コーヤさまとご一緒なら……ずっと灰狼領に閉じ込められてもいいと思ってしまうほどです。場所は倉庫でも牢屋でも構いません! も、もちろん、変な意味ではありません! 大いなる力を手に入れられたコーヤさまが、どのようにわたくしをあつかってくださるかわくわく……」
「そこまで!」
「もがもが」
俺はアリシアの口を押さえた。
アリシア、暴走してる。
というか、これは俺が悪かった。
アリシアは灰狼領の外に出たのも、他領の人と話すのも初めてだ。
なのに落ち着いて話をしろってのは無理だよな……。俺の人選ミスだ。
それに、アリシアはなんだか、あやういところがある。
落ち着いたら、彼女とちゃんと話をしよう。
アリシアは俺の共犯者だからな。ちゃんと、彼女のことを知っておかないと。
「黒熊領の人々に告げる」
レイソンさんがアリシアの言葉を引き継ぎ、人々に向かって言った。
「灰狼は黒熊領の敵ではない。また、灰狼侯である私と、娘のアリシアがここにいることからわかるように、灰狼領の封印は解かれた。今後は黒熊領の方と交流することもあるだろう。おたがいに、良い関係であることを願う」
レイソンさんは落ち着いた口調で話し始める。
「私が黒熊領の人々に願うのはひとつだけだ。ここで起きた事件のことを、人々に伝えて欲しい。それだけで十分だ」
レイソンさんは話をまとめた。さすがは灰狼侯だ。
ふたたび黒熊領の人たちが歓声をあげる。
たぶん、彼らはレイソンさんの望み通り、ここで起きたことを人々に伝えてくれるだろう。
──魔王時代の魔物が現れたこと。
──灰狼侯レイソンが魔物から人々を守ったこと。
──灰狼領に住む異世界人が魔物を倒し、人々を救ったこと。
──そして、黒熊侯ゼネルスが、なにもしなかったこと。
それが広まれば、灰狼領の味方は増えていくと思うんだ。
「アヤガキどの。私はこのまま、王都に向かうことにいたします」
レイソンさんは言った。
「『デモーニック・オーガ』は倒れました。他の魔物が現れる様子はありません。王都まで、問題なくたどりつけるでしょう」
「わかりました。俺も同行します」
「よいのですか? アヤガキどのが王都に行かれるのは危険では……」
「俺も、王家の連中と話がしたくなったんです」
状況は変わった。
王都の隣の黒熊領で魔物の大暴走が起きたんだ。王都の連中にも、その情報は伝わってるはず。
あいつらも調査のために、こっちに向かっているかもしれない。
となると、王都まで行く必要はない。
街道を進んでいれば、途中で出会えるだろう。
出会えなかったら……そのときにまた考えよう。
「俺は王家の連中に言いたいことがあるんです。俺と灰狼領の安全のために」
「承知しました。一緒に行きましょう。アヤガキどの」
こうして俺たちはレイソンさんと一緒に、王都に向かうことになったのだった。
旅を進めるうちに、いろいろなことがわかってきた。
最初に聞いたのは、黒熊侯ゼネルスが大けがをした話だった。
教えてくれたのは黒熊領の将軍、カナールさんだ。
ゼネルスは馬車に金目のものを積み込んで、王都に逃げようとしていた。
その途中で、魔物の群れにでくわしたそうだ。
馬車にはあいつと、その家族が乗っていた。
馬車を護衛する兵士は精鋭揃いだった。
問題は護衛が、ゼネルスが戦場から呼び戻した兵士だったことだ。
ゼネルスはよりにもよって、黒熊領でもっとも強い兵士たちを自分の護衛にしたんだ。
精鋭の兵士が戦場からいなくなったせいで、領地を守っていた部隊は弱体化した。
その結果、魔物たちが町になだれこんだそうだ。
本当に……ばかみたいな話だ。
で、結局、魔物の群れはゼネルスたちのところまでやってきた。
ゼネルスは護衛に、魔物を食い止めるように命じて、自分は馬車で逃げようとした。
だけど、怯えた馬が大暴走。
馬車は横転して、ゼネルスと家族は投げ出され……動けなくなったところを、魔物に襲われた。
それでゼネルスは大怪我をしたそうだ。
「そのときのゼネルスさまの言葉を、護衛の兵士たちが聞いておりました」
「なんと言ってたんですか?」
「『私は悪くない』だそうです」
「……へー」
「失礼。お耳汚しでしたな」
カナール将軍は、苦々しい口調だった。
彼は、異世界人サイトウのことも教えてくれた。
サイトウは黒熊侯から特別な武器を与えられていたそうだ。
武器の名は『魔杖スパイン』。
魔王の背骨が組み込まれた武器だった。
でも、その魔杖は魔物に喰われてしまった。
魔王の背骨を取り込んだ魔物は進化して、『デモーニック・オーガ』になった。
それが、俺が倒した魔物の正体だ。
「サイトウどのは屋敷で治療を受けております。戦えなくなった異世界人は王都に送り返す決まりがありますから、容態が落ち着き次第、送り届ける予定です」
「あとで様子を見に行ってもいいですか?」
「やめた方がいいでしょう」
「そうなんですか?」
「うわごとで言っておりますから。『ばかにしやがって。他の異世界人のやつらめ』と」
「……会うのはやめておきます」
「その方がよろしいかと」
結局、カナール将軍も王都まで一緒に行くことになった。
黒熊領で起きたことを、王家に報告するためだ。
魔物と『デモーニック・オーガ』のせいで、黒熊領は壊滅状態。
文官たちは被害を把握する作業で手一杯。
動ける人間で、もっとも偉いのがカナール将軍、ということだった
「灰狼の方々には恩義がございます。黒熊領で起きたことは正確に、王家へと伝えましょう」
カナール将軍は剣の鍔を鳴らして、そんなことを誓ってくれた。
黒熊領にも、まともな人はいる。
その人たちの声が黒熊侯に届かなかったのが問題だったんだろうな。
そうして旅が始まり、王都まで間もなくというところで──
「ランドフィア王家第1王女、ナタリア=ランドフィアさまの一行である。黒熊領の者よ。黒熊侯ゼネルスのもとへと案内せよ!!」
──俺たちは、王都からやってきた行列と出くわしたのだった。
次回、第34話は、明日の夕方くらいに更新します。




