第23話「アリシア、父の決意を知る」
本日2話目の更新です。
今日はじめてお越しの方は、第22話からお読みください。
──アリシア視点──
「アリシアにはこれを渡しておこう」
コーヤと話したあと、レイソンは自室にアリシアを呼んだ。
レイソンが使者に立ったあとのことを話し合うためだ。
「お父さま。これは……」
アリシアの前に置かれたのは、代々、灰狼侯爵家の当主に伝えられてきた、狼のレリーフがついた短剣。
それと、一通の書簡だった。
「私が戻らなかったときは、お前が灰狼侯になるのだ」
「……父上」
「このことは部隊長のダルシャにも伝えてある。彼なら、部下をまとめあげてくれるはずだ。お前はアヤガキどのと手を取り合い、しっかりと灰狼侯爵領を治めていきなさい」
「やはり父上は……王家から危害を加えられるとお考えなのですか?」
「いや、王家が私に手を出すことはないだろう。侯爵引き継ぎの手続きをしていくのは……念のための処置だよ」
王家と侯爵家は信頼関係で結ばれているわけではない。
王家が力で、彼らを従わせているだけだ。
その力の源となっているのが、初代王のマジックアイテムだ。
王家はマジックアイテムの力で、侯爵家を従えてきた。
だが、コーヤの力は、そのバランスを崩してしまう。
王家は彼を警戒するだろうが、侯爵家の中には、彼の力を欲する者もいるはずだ。
コーヤがいれば王家の支配力は弱まる。
侯爵家は王家に対して、要求を通しやすくなる。
そんな彼を、他の4侯爵は味方にしたいはずだ。
(いや、黒熊侯は別か。彼はアヤガキどのを恐れている)
黒熊侯のことだ。使者を立てて、王家にあることないこと伝えるだろう。
仮に黒熊侯が言わなかったとしても、噂は伝わるものだ。
黒熊侯の護衛、同行していた者、その家族。
彼らの口から情報が流れ、やがて王都に伝わることは十分にあり得る。
そうなった場合、情報がどんなふうに変化するかわからない。
だったら、その前に正しい情報を伝えた方がいい。
レイソンが王都に向かうのは、そのためだ。
「私たちの主張はこうだ。『灰狼侯爵家に、王家への敵対の意思はない。私たちはこれまで通り、魔王復活への対策を続ける。王家のマジックアイテムは、そのために使う』とね」
「はい。父上」
「王都には4侯爵の領事館がある。そちらにも書状を送ることになるだろう」
「父上は、他の侯爵家を味方につけるおつもりなのですね」
「味方になってくれなくてもいいのだよ。中立か……我らに敵対するのをためらってくれれば、十分だ」
「それはコーヤさまを守るためにですか?」
「そうだ。私たちは、あの方に恩がある」
コーヤはアリシアとレイソンを信じて、『王位継承権』スキルのことを明かしてくれた。
その信頼に応える。命をかけてコーヤを守る。
それがレイソンの覚悟だった。
「コーヤどのは黒熊侯の前で『不死兵』を動かした。それは私たちと、灰狼領の民を守るためだ。あの方の力が黒熊侯に知られてしまったのは、私たちのせいなのだよ。わかるね?」
「はい。お父さま」
コーヤが能力を隠したいなら、黒熊侯の指示通りに防壁を壊せばよかった。
その上でアリシアを黒熊侯に差し出せば、彼は満足して領地に帰っただろう。
なのに、コーヤはそれを望まなかった。
彼は『不死兵』を動かし、槍を黒熊侯に突きつけた。
コーヤは共犯者であるアリシアを守ることを選んでくれたのだ。
「王の資格を持つお方が、部下や民のためにリスクを冒してくださったのだ。部下として、その心意気に応えなければならぬだろう?」
「お父さま、活き活きとしていらっしゃいます」
「うむ。私も、命の使いどころがわかったような気がするのだよ」
レイソンは、ふと、気づいたように、
「アヤガキどのの世界にも、私たちのような部下がいたのだろうか?」
「いえ、それは……ないと思います。コーヤさまはもとの世界で、自分を隠して生きてきたとおっしゃっていましたから」
アリシアは言った。
「自分を殺して、本心を隠して……居場所を作るために、必死でまわりに合わせてこられたそうです。でも、ご自分の出生の秘密がわかったら、居場所は全部こわれてしまったとか。だから、この世界では壊れない居場所を作りたいと……そんなことをおっしゃっていました」
「きっとアヤガキさまの世界は、王を必要としない場所だったのだろう」
レイソンはため息をついた。
「きっとあの人にとって、暮らしにくい場所だっただろうね」
「はい。アヤガキさまには、王の風格がありますから」
「あの方ご自身は、気づいていらっしゃらないようだがね」
コーヤに『王位継承権』スキルが宿ったのは生まれのせいではないと、レイソンは考えている。
彼には王にふさわしい才覚がある。
だから召喚されたとき、それにふさわしいスキルが宿ったのだろう。
コーヤが王にふさわしい行いを続けているのが、その証拠だ。
召喚後『王位継承権』スキルに気づいて、即座に王都を離れると判断した、決断力。
能力測定クリスタルに、迷わず『王位継承権』スキルで干渉した、行動力。
どれも、王には必要なものだ。
決断して行動して、責任を取ることが、王の役目なのだから。
なによりコーヤには、人を信じる心がある。
そうでなければ灰狼領に来てすぐに、アリシアに秘密を明かしたりはしないだろう。
「私はアヤガキどのが、どんな王になるか見てみたいのだよ」
レイソンはそう言って、笑った。
「あの方がどんな国を作るのか、楽しみで仕方ないのだ」
「コーヤさまはわたくしたちに、思い通りに生きることを望んでいらっしゃいます」
「そうだね。だから、私もそうすることにしたのだ」
「王都に行って、言いたいことを伝えられるのですね」
「それが侯爵としての役目だと思うのだよ」
レイソンはうなずいた。
「私が命を落としたら、アリシアが灰狼侯になるのだ。決して復讐などは考えてはいけないよ? アヤガキどのと共に、灰狼侯を守るのだ。そして王家の非道を大陸中に伝えなさい」
「はい。お父さま」
「それと──ああ、そうだ。アヤガキどのは海が荒れている理由を知りたがっていたね。資料を探しておいた。これを渡して差し上げなさい」
そう言ってレイソンは、地図と本を取り出した。
地図は灰狼領の地形が描かれたもの。
本の表紙には『灰狼侯アクルト=グレイウルフ』という名前がある。
初代灰狼侯の手記だ。
「初代の灰狼侯も、海の状態に興味を持ったようだ。記録が残っていた。参考になるかもしれない」
「ありがとうございます。父上」
「最後に……これは疑問なのだが。アヤガキどののスキル『王位継承権』は、あの方の子どもにも継承されるものなのかな?」
「はい?」
「アヤガキどのは精霊王の地位を受け継いでいらっしゃる。仮に『王位継承権』が子にも引き継がれるものならば、アヤガキどのの子も精霊王となるだろう。だとすると……次代の灰狼侯爵は誰が継ぐことになるのだろうね? アリシアはどう思う?」
「ち、父上? なにを……」
「侯爵ではなく、親として心配をしているだけだよ」
「……あ、あの」
「アリシアは考えすぎのところがあるからね。思考よりも、自分の感覚を信じることをおぼえなさい。アヤガキどのに『首輪』をつけられるのが心地よかったのなら、そのことを伝えるのだ。そうすればアヤガキどのも……いや、悪かった! 娘のプライバシーに関わるべきではなかった! こら、ぽかぽか叩くのをやめなさい!! 悪かった。謝るからやめるのだ。アリシアよ……」
こうして、灰狼侯レイソン=グレイウルフは、王都への使者に立つことになった。
兵士たちにそのことを告げると、多くの者が護衛につきたがった。
レイソンはそこから20人を選び、護衛とした。
それから彼は、王家や4侯爵に宛てた書簡を用意し、衣服を整え、馬車を手配した。
そして、当日。
すべての準備を整えたレイソンが、侯爵家の馬車に乗ると──
「「「お待ちしておりました!! 護衛をつとめさせてもらいますー!!」」」
数十体の精霊たちが、馬車の中で待ち構えていた。
「アヤガキどののご命令ですな?」
「──そうです!」
「──なにがなんでも、レイソンどのをお守りしろと!」
「──姿を隠してついていけと、命令されております!」
「「「よろしくお願いしますー!」」」
「うむ。よろしくお願いしますぞ」
「「「はーい!!」」」
こうして灰狼侯レイソンは、十数名の兵と、その数倍の精霊たちを連れて、王都へと旅立ったのだった。
次回、第24話は、明日の夕方くらいに更新します。




