第18話「アリシアとティーナに事情を話す(1)」
──コーヤ視点──
「──つまり、俺には『王位継承権』というスキルがあるんだ」
その日の夕方、俺は侯爵家の部屋で、ティーナに説明をしていた。
アリシアも一緒だ。
精霊姫のティーナは精霊王の側近だ。彼女にはきちんと、俺の事情を説明しておきたい。
アリシアはもう知ってることだけど、彼女は一緒に話を聞くと言った。
共犯者として側にいたい、ということだった。
「精霊王の杖が俺を選んだのにもスキルの影響だと思う」
俺は説明を続ける。
「だから、しばらく精霊王の地位を使わせて欲しい。後でちゃんとティーナに返すから」
「うん。それはいいの。でも……」
「うん?」
「マスターって、王位を使っていばったりしないのね」
ティーナは笑った。
「人間って、いきなり王位が手に入ったら、いばったり人を支配したりするって聞いたことがあるの」
「するわけないだろ。俺にはスキルとしての『王位継承権』があるだけなんだから」
別に俺が偉いわけじゃない。王の血を引いているわけでもない。
そんな異世界人が、この世界の人を支配するのは違うと思う。
「俺は快適な居場所を作りたいだけなんだ。だから、ティーナも協力してくれると助かる」
「アリシアさまのように、共犯者にってこと?」
「うん」
「聞くまでもないの。ティーナは、マスターに従うの」
ティーナは俺の前にひざまずいた。
「精霊姫ティーナは、マスターの共犯者となることを誓うの。マスターと一緒に、この灰狼侯爵領を良い場所に変えて行くの」
「よろしく頼むよ。ティーナ」
「はい!」
「アリシアも、それでいいかな?」
「もちろんです。ただ、ひとつ気になることがあるのですが……」
「なにかな?」
「コーヤさまはもとの世界の、高貴な方の血を引いていらっしゃるとうかがいました。そのせいで、大変な目にあわれたのだと。その直後に、この世界に召喚されたのだと。もとの世界のコーヤさまに、一体、どのようなことがあったのでしょう……」
言いかけたアリシアは、あわてて手を振って、
「い、いえ。探るつもりはございません。わたくしは……コーヤさまのことを知りたいだけで……」
「ティーナも、同じ気持ちなの」
「ティーナさまも?」
「そうなの。コーヤさまのことは、たくさん知りたいので」
「ですよね!」
こくこく、とうなずくアリシアとティーナ。
もとの世界での俺の事情か。あんまり話したくないんだけど。
「わかった。ふたりには話しておくよ。あんまり面白い話じゃないけどね」
俺はテーブルに置かれたお茶を飲んだ。
「アリシアには話したよね。もとの世界の俺は……とある人の隠し子だったって」
「は、はい。お父上が、古い家系のお方とか」
「うん。俺の父親の実家は歴史ある名家だったんだ」
父親のことは、両親がふたりとも死んだ後で知った。
俺は、生前の父親には会ったことがない。
ただ、父親の死を知らせに来た弁護士から、父親がどんな人間だったかを聞かされただけだ。
「父親の実家は、とにかくすごい家だったらしいよ。家系図を20代くらいたどることができて、会社──お金を稼ぐ組織をいくつも所有してるって聞いてる。俺の世界の言葉で言うと、旧財閥とか、そういう感じかな」
「貴族のようなものでしょうか?」
「俺の世界に貴族制はないけど……似たようなものかもな」
俺はうなずいた。
「でも、俺は自分の父親の顔を知らない。会ったこともない。生まれてからずっと、俺は母子家庭で育ってきたんだ」
母さんはずっと『航也のお父さんは、若くして死んじゃった』と言ってた。
戸籍を確認したら、父親の欄が空白だった。
だから、父親は俺を認知しないまま死んだのだと思ってた。
真面目な母さんが嘘をつくとは思えなかったからだ。
母さんは若いころに、俺の父親と一世一代の大恋愛をした。
でも、事情があって結婚できなかったそうだ。
俺の父親と別れたあと、母さんはお腹に俺がいることに気づいた。
かなり悩んだらしいけど、母さんは結局、俺を産むことを決めた。
その後は看護師の仕事をしながら、俺を育ててくれたんだ。
母さんがそんな人だったから、俺も真面目に生きてきた。
勉強はそこそこできた。
家事は俺の担当だったから、塾には通えなかったけど、成績は、それなりによかった。
大学にも行けたし、普通に就職もできた。
ただ、時間に余裕がなかったから、友だちは少なかった。
趣味は本を読むくらい。
知識を増やして、仕事や家事を効率化するのが好きだった。
あとは歴史物の本をたくさん読んでた。
遠い時代の、自分とは違う世界の本を読むと、忙しい毎日を忘れられるような気がした。
俺は……普通に生活していたつもりだけど、どこか、他の人とはずれていた。
どこにいても、自分が部外者のような気がしてた。
たぶん、気のせいだったと思う。
家事で忙しくて、友だちと付き合う時間が少なかったから、それでなじめなかったのかも。
大人になって就職すれば、そんな違和感も消えると思ってた。
就職すれば同じ場所で、長い時間を過ごすことになる。
そこでまわりの人たちと同じようにしていれば、受け入れてもらえると思ってた。
いつか職場が自分の居場所になると、そう思っていたんだ。
そして、俺の就職が決まった直後、母さんが死んだ。
交通事故だった。
そのときの俺は、パニック状態だった。
自分がどうやって葬儀や、色々な手続きを済ませたのか、まったく覚えてない。
気づいたら家には位牌があって、母さんはいなくなってた。
その後、俺は就職して──とにかく、仕事をしまくった。
ただ一人の家族はいなくなってしまった。
居場所は、家の外に作るしかなくなった。
だからとにかく仕事をして、残業をしまくって、会社を自分の居場所にしたかった。
そこにいてもいいって、誰かに認めて欲しかったんだ。
それはうまくいっていたと思う。
文句を言わずに仕事をしていたら、たくさんの仕事を任されるようになったから。
残業だってちゃんとやってた。上司にも評価された。
同僚とも仲良くなった。ここが自分の居場所だって思えるようになった。
俺の父親が名家の出身で、俺に、その遺産が入ってくると聞かされるまでは。
俺の父親は最近まで、生きていた。
母さんは、俺に嘘をついていたんだ。
俺の父親は名家の当主だった。
会社をたくさん所有している、旧財閥っぽい家だ。
俺は父親と会うことはなかったけど……弁護士から、父親の事情を聞くことができた。
母さんは俺の父親と恋に落ちて、俺を産んだ。
でも、父親は俺を息子だと認知しなかった。親戚一同の反対にあったからだ。
歴史ある名家だから、親戚の力が異常に強かったんだ。
そんな名家の親戚たちは、母さんとの結婚を許さなかった。
親もいない。名家の出身でもない。学歴もたいしたことない。
そんな女性を、この家に入れるなんておぞましい……というのが、親戚筋の意見だったそうだ。
名家のルールを徹底的に叩き込まれていた俺の父親は、その意見に逆らえなかった。
母さんは、本当に俺の父親を愛していた。
大恋愛って言ってたのは、たぶん、嘘じゃなかったんだろう。
母さんは俺の父親の立場を考えて、身を引いた。
俺をひとりで育てることを決意して、本当に実行した。
そうして、俺に本当のことを告げる前に、事故で死んでしまった。
母さんと別れたあとで俺の父親は、一族が決めた婚約者と結婚した。
だけど、あの人もきっと、母さんのことを大切に思っていたんだと思う。
だから病気になって……自分が余命数ヶ月だとわかったとたん、俺を自分の子どもとして認知したんだろう。
もう死ぬんだから、親戚に遠慮する必要はない……って。
そうして、俺にも遺産を分け与えるように指示して、死んでいったんだ。
まあ、そのせいで、大騒ぎになったんだけどな。
正直、びっくりした。
仕事をしていたら、父親の妻……つまりは配偶者が会社に乗り込んできたんだから。
あいつは弁護士とボディーガードと一緒にやってきて、受付で俺を呼びだした。
受付の人がおびえるくらいの剣幕で。
普通だったら上の人間が出てきて、お引き取りを願うところだろう。
それができなかったのは俺の職場が、父親が所有する会社の下請けの、そのまた下請けだったことにある。
俺の父親のことが、俺の個人的な問題じゃなくて……会社の問題になってしまったんだ。
職場の偉い連中は、俺の父親の配偶者を応接室に招き入れた。
そして俺を呼びだして、話し合いの場を整えたんだ。
その女性は言った。
『あの人は病気で、正常な判断ができなくなっていた。遺言は無効!』
──って。
それから、壊れたみたいに泣きわめきながら、
『あんな女に負けるなんて許せない! あの女の子どもになんか、絶対に遺産は渡さない!!』
──とか、叫びまくってた。
俺は、ぶっちゃけ遺産とか、どうでもよかった。
母さんの葬儀にも来なかった父親に興味なんかないって答えた。
そしたら俺の父親の配偶者は、ブチ切れた。
『私をばかにするな! あの女の息子が、私をばかにして──っ!!』って。
どうすりゃいいんだって思った。本当に。
父親の配偶者は毎日会社に押しかけてくる。
相手は元請けの関係者だから、追い返すこともできない。
上司は俺に、あいつらの相手をしろと命令する。
仕方なく、俺は父親の配偶者と話をする。
もう、うんざりして『遺産なんかいらない』と答えるけれど、それでも相手は納得しない。
『お前がいることが間違いだ』『謝れ』『土下座しろ』
なんて、毎日わめき続けるだけ。
それに時間を取られて、俺の仕事はどんどん遅れていく。
俺の立場はどんどん悪化していった。
そして結局、俺は会社を辞めることになった。
──親会社の役員の親族が、俺を嫌っている。
──弁護士と一緒に乗り込んで、大騒ぎした。
──会社はトラブルを避けたい。でも、相手は偉い人間だから、文句は言えない。
──騒動のもとは綾垣航也だ。彼がいなくなれば、トラブルは消える。
そういうことになったらしい。
同僚たちも、俺と関わるのをやめた。話しかけても返事をしなくなった。
ただ、遠くでこそこそと話をするだけ。
俺の居場所は、あっさりと壊れてしまった。
『辞める前に、念書を書いてくれ。当社の管理職や役人の言動については、外に漏らさないと』
最後に上司は、そんなことを言った。
管理職がやたらと怒鳴る会社だったからだろう。
『言っておくが、君は自主的に辞めるんだ』
『どうせ、辞めてもどうにでもなるんだろう?』
『私たちは強要していないぞ。辞めろとは言っていない』
──俺がいたのは、そんな会社だった。
『お前がいると業務に支障が出るから辞めてくれ』と言われたなら、納得できた。
でも、上司や役人が望んだのは、俺が自主的に見えないところに去ることだったんだ。
そのとき、目が覚めたような気がした。
自分はとんでもなくひどい環境にいたんだ、って。
辞表を出したら、なんだか、すっきりした。
これからは職場を選ぼう。
信頼できる相手と一緒に仕事をしようって決めたんだ。
そして、退職の手続きを済ませて帰ったら──父親の配偶者が、アパートにまで押しかけてきた。
あいつは俺の存在そのものが許せなかったんだろうな。
弁護士とボディーガードを連れて来て──
俺が『帰ってくれ』と言っても帰らなくて、アパートの部屋の前に陣取って──
『私があんたの母親に負けるなんてあり得ない!』
『あんたが存在しなければいいのよ!』
『死んじゃえ!』
──とか、近所中に響くように叫んで──
──それを聞いていた俺も、いい加減に我慢の限界が来て──
あらゆる手段を使ってあいつらを追い返そうと決意した直後、俺は、異世界に召喚されたんだ。
次回、第19話は、明日の夕方くらいに更新します。