表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/94

第18話「アリシアとティーナに事情を話す(1)」

 ──コーヤ視点──




「──つまり、俺には『王位継承権(おういけいしょうけん)』というスキルがあるんだ」


 その日の夕方、俺は侯爵家の部屋で、ティーナに説明をしていた。

 アリシアも一緒だ。


 精霊姫のティーナは精霊王()の側近だ。彼女にはきちんと、俺の事情を説明しておきたい。

 アリシアはもう知ってることだけど、彼女は一緒に話を聞くと言った。

 共犯者(きょうはんしゃ)として側にいたい、ということだった。


「精霊王の杖が俺を選んだのにもスキルの影響だと思う」


 俺は説明を続ける。


「だから、しばらく精霊王の地位を使わせて欲しい。後でちゃんとティーナに返すから」

「うん。それはいいの。でも……」

「うん?」

「マスターって、王位を使っていばったりしないのね」


 ティーナは笑った。


「人間って、いきなり王位が手に入ったら、いばったり人を支配したりするって聞いたことがあるの」

「するわけないだろ。俺にはスキルとしての『王位継承権』があるだけなんだから」


 別に俺が(えら)いわけじゃない。王の血を引いているわけでもない。

 そんな異世界人が、この世界の人を支配するのは違うと思う。


「俺は快適な居場所を作りたいだけなんだ。だから、ティーナも協力してくれると助かる」

「アリシアさまのように、共犯者にってこと?」

「うん」

「聞くまでもないの。ティーナは、マスターに従うの」


 ティーナは俺の前にひざまずいた。


「精霊姫ティーナは、マスターの共犯者となることを(ちか)うの。マスターと一緒に、この灰狼侯爵領を良い場所に変えて行くの」

「よろしく頼むよ。ティーナ」

「はい!」

「アリシアも、それでいいかな?」

「もちろんです。ただ、ひとつ気になることがあるのですが……」

「なにかな?」

「コーヤさまはもとの世界の、高貴(こうき)な方の血を引いていらっしゃるとうかがいました。そのせいで、大変な目にあわれたのだと。その直後に、この世界に召喚されたのだと。もとの世界のコーヤさまに、一体、どのようなことがあったのでしょう……」


 言いかけたアリシアは、あわてて手を振って、


「い、いえ。探るつもりはございません。わたくしは……コーヤさまのことを知りたいだけで……」

「ティーナも、同じ気持ちなの」

「ティーナさまも?」

「そうなの。コーヤさまのことは、たくさん知りたいので」

「ですよね!」


 こくこく、とうなずくアリシアとティーナ。

 もとの世界での俺の事情か。あんまり話したくないんだけど。


「わかった。ふたりには話しておくよ。あんまり面白い話じゃないけどね」


 俺はテーブルに置かれたお茶を飲んだ。


「アリシアには話したよね。もとの世界の俺は……とある人の隠し子だったって」

「は、はい。お父上が、古い家系のお方とか」

「うん。俺の父親の実家は歴史ある名家だったんだ」


 父親のことは、両親がふたりとも死んだ後で知った。

 俺は、生前の父親には会ったことがない。

 ただ、父親の死を知らせに来た弁護士から、父親がどんな人間だったかを聞かされただけだ。


「父親の実家は、とにかくすごい家だったらしいよ。家系図を20代くらいたどることができて、会社──お金を稼ぐ組織をいくつも所有してるって聞いてる。俺の世界の言葉で言うと、旧財閥(きゅうざいばつ)とか、そういう感じかな」

「貴族のようなものでしょうか?」

「俺の世界に貴族制はないけど……似たようなものかもな」


 俺はうなずいた。


「でも、俺は自分の父親の顔を知らない。会ったこともない。生まれてからずっと、俺は母子家庭で育ってきたんだ」


 母さんはずっと『航也(こうや)のお父さんは、若くして死んじゃった』と言ってた。

 戸籍(こせき)を確認したら、父親の(らん)が空白だった。


 だから、父親は俺を認知しないまま死んだのだと思ってた。

 真面目な母さんが(うそ)をつくとは思えなかったからだ。


 母さんは若いころに、俺の父親と一世一代(いっせいいちだい)の大恋愛をした。

 でも、事情があって結婚できなかったそうだ。


 俺の父親と別れたあと、母さんはお腹に俺がいることに気づいた。

 かなり悩んだらしいけど、母さんは結局、俺を産むことを決めた。

 その後は看護師(かんごし)の仕事をしながら、俺を育ててくれたんだ。


 母さんがそんな人だったから、俺も真面目に生きてきた。

 勉強はそこそこできた。

 家事は俺の担当だったから、塾には通えなかったけど、成績は、それなりによかった。

 大学にも行けたし、普通に就職もできた。


 ただ、時間に余裕がなかったから、友だちは少なかった。

 趣味(しゅみ)は本を読むくらい。

 知識を増やして、仕事や家事を効率化するのが好きだった。


 あとは歴史物の本をたくさん読んでた。

 遠い時代の、自分とは違う世界の本を読むと、忙しい毎日を忘れられるような気がした。


 俺は……普通に生活していたつもりだけど、どこか、他の人とはずれていた。

 どこにいても、自分が部外者のような気がしてた。


 たぶん、気のせいだったと思う。

 家事で忙しくて、友だちと付き合う時間が少なかったから、それでなじめなかったのかも。

 大人になって就職すれば、そんな違和感も消えると思ってた。


 就職すれば同じ場所で、長い時間を過ごすことになる。

 そこでまわりの人たちと同じようにしていれば、受け入れてもらえると思ってた。

 いつか職場が自分の居場所になると、そう思っていたんだ。



 そして、俺の就職が決まった直後、母さんが死んだ。

 交通事故だった。



 そのときの俺は、パニック状態だった。

 自分がどうやって葬儀(そうぎ)や、色々な手続きを済ませたのか、まったく覚えてない。

 気づいたら家には位牌(いはい)があって、母さんはいなくなってた。

 その後、俺は就職して──とにかく、仕事をしまくった。


 ただ一人の家族はいなくなってしまった。

 居場所は、家の外に作るしかなくなった。


 だからとにかく仕事をして、残業をしまくって、会社を自分の居場所にしたかった。

 そこにいてもいいって、誰かに認めて欲しかったんだ。


 それはうまくいっていたと思う。

 文句を言わずに仕事をしていたら、たくさんの仕事を任されるようになったから。

 残業だってちゃんとやってた。上司にも評価された。

 同僚(どうりょう)とも仲良くなった。ここが自分の居場所だって思えるようになった。



 俺の父親が名家の出身で、俺に、その遺産が入ってくると聞かされるまでは。



 俺の父親は最近まで、生きていた。

 母さんは、俺に(うそ)をついていたんだ。

 

 俺の父親は名家の当主だった。

 会社をたくさん所有している、旧財閥(きゅうざいばつ)っぽい家だ。

 俺は父親と会うことはなかったけど……弁護士から、父親の事情を聞くことができた。


 母さんは俺の父親と恋に落ちて、俺を産んだ。

 でも、父親は俺を息子だと認知しなかった。親戚一同の反対にあったからだ。

 歴史ある名家だから、親戚の力が異常に強かったんだ。


 そんな名家の親戚たちは、母さんとの結婚を許さなかった。


 親もいない。名家の出身でもない。学歴もたいしたことない。

 そんな女性を、この家に入れるなんておぞましい……というのが、親戚筋の意見だったそうだ。

 名家のルールを徹底的(てっていてき)に叩き込まれていた俺の父親は、その意見に逆らえなかった。


 母さんは、本当に俺の父親を愛していた。

 大恋愛って言ってたのは、たぶん、嘘じゃなかったんだろう。


 母さんは俺の父親の立場を考えて、身を引いた。

 俺をひとりで育てることを決意して、本当に実行した。

 そうして、俺に本当のことを告げる前に、事故で死んでしまった。


 母さんと別れたあとで俺の父親は、一族が決めた婚約者と結婚した。

 だけど、あの人もきっと、母さんのことを大切に思っていたんだと思う。


 だから病気になって……自分が余命数ヶ月だとわかったとたん、俺を自分の子どもとして認知したんだろう。

 もう死ぬんだから、親戚に遠慮する必要はない……って。

 そうして、俺にも遺産を分け与えるように指示して、死んでいったんだ。



 まあ、そのせいで、大騒ぎになったんだけどな。



 正直、びっくりした。

 仕事をしていたら、父親の妻……つまりは配偶者(はいぐうしゃ)が会社に乗り込んできたんだから。


 あいつは弁護士とボディーガードと一緒にやってきて、受付で俺を呼びだした。

 受付の人がおびえるくらいの剣幕(けんまく)で。


 普通だったら上の人間が出てきて、お引き取りを願うところだろう。

 それができなかったのは俺の職場が、父親が所有する会社の下請(したう)けの、そのまた下請けだったことにある。

 俺の父親のことが、俺の個人的な問題じゃなくて……会社の問題になってしまったんだ。


 職場の偉い連中は、俺の父親の配偶者を応接室に招き入れた。

 そして俺を呼びだして、話し合いの場を整えたんだ。


 その女性は言った。



『あの人は病気で、正常な判断ができなくなっていた。遺言は無効!』



 ──って。

 それから、(こわ)れたみたいに泣きわめきながら、



『あんな女に負けるなんて許せない! あの女の子どもになんか、絶対に遺産は渡さない!!』



 ──とか、叫びまくってた。


 俺は、ぶっちゃけ遺産とか、どうでもよかった。

 母さんの葬儀(そうぎ)にも来なかった父親に興味なんかないって答えた。

 そしたら俺の父親の配偶者は、ブチ切れた。



『私をばかにするな! あの女の息子が、私をばかにして──っ!!』って。



 どうすりゃいいんだって思った。本当に。


 父親の配偶者は毎日会社に押しかけてくる。

 相手は元請(もとう)けの関係者だから、追い返すこともできない。


 上司は俺に、あいつらの相手をしろと命令する。

 仕方なく、俺は父親の配偶者と話をする。

 もう、うんざりして『遺産なんかいらない』と答えるけれど、それでも相手は納得しない。


『お前がいることが間違いだ』『謝れ』『土下座しろ』


 なんて、毎日わめき続けるだけ。

 それに時間を取られて、俺の仕事はどんどん遅れていく。

 俺の立場はどんどん悪化していった。


 そして結局、俺は会社を()めることになった。



 ──親会社の役員の親族が、俺を嫌っている。

 ──弁護士と一緒に乗り込んで、大騒ぎした。

 ──会社はトラブルを避けたい。でも、相手は偉い人間だから、文句は言えない。



 ──騒動(そうどう)のもとは綾垣航也(あやがきこうや)だ。彼がいなくなれば、トラブルは消える。



 そういうことになったらしい。

 同僚たちも、俺と関わるのをやめた。話しかけても返事をしなくなった。

 ただ、遠くでこそこそと話をするだけ。


 俺の居場所は、あっさりと(こわ)れてしまった。



『辞める前に、念書(ねんしょ)を書いてくれ。当社の管理職や役人の言動については、外に()らさないと』



 最後に上司は、そんなことを言った。

 管理職がやたらと怒鳴(どな)る会社だったからだろう。



『言っておくが、君は自主的に辞めるんだ』

『どうせ、辞めてもどうにでもなるんだろう?』

『私たちは強要していないぞ。辞めろとは言っていない』



 ──俺がいたのは、そんな会社だった。


『お前がいると業務に支障が出るから辞めてくれ』と言われたなら、納得できた。

 でも、上司や役人が望んだのは、俺が自主的に見えないところに去ることだったんだ。


 そのとき、目が覚めたような気がした。

 自分はとんでもなくひどい環境にいたんだ、って。


 辞表を出したら、なんだか、すっきりした。


 これからは職場を選ぼう。

 信頼できる相手と一緒に仕事をしようって決めたんだ。


 そして、退職の手続きを済ませて帰ったら──父親の配偶者が、アパートにまで押しかけてきた。

 あいつは俺の存在そのものが許せなかったんだろうな。


 弁護士とボディーガードを連れて来て──

 俺が『帰ってくれ』と言っても帰らなくて、アパートの部屋の前に陣取(じんど)って──



『私があんたの母親に負けるなんてあり得ない!』

『あんたが存在しなければいいのよ!』

『死んじゃえ!』



 ──とか、近所中に響くように叫んで──

 ──それを聞いていた俺も、いい加減に我慢の限界が来て──



 あらゆる手段を使ってあいつらを追い返そうと決意した直後、俺は、異世界に召喚(しょうかん)されたんだ。






 次回、第19話は、明日の夕方くらいに更新します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
……近所の者なんですけど、で通報&マスコミ流しやね…… まあ、数人は勝手にWEBに上げてそうだけど
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ