第13話「新たな防御態勢を整える」
──2時間後──
「「「みつけましたー」」」
「やっぱりあったか。というか、見つけるの早いな!」
精霊たちの報告を受けた俺たちは、灰狼侯爵領の南に向かった。
場所は黒熊侯爵領との境目にある山岳地帯。その麓だ。
ここにも、魔物を防ぐための砦がある。
灰狼侯爵領には魔物が多く出現する。
砦や兵士が多いのは、そいつらから人々を守るためだ。
特に魔物が多く出現するのが、南側の山岳地帯と北側の荒れ野だ。
北側の荒れ野には初代王のマジックアイテムが埋められていた。精霊王と精霊たちを封印するためのものだった。
そのマジックアイテム『造反者の墓標』が土地の魔力を奪い、まわりを荒れ地にしていた。それによる魔力の乱れが、魔物を引き寄せていたんだ。
だから俺は精霊たちに、魔物の多い場所を重点的に調べてもらっていた。
『魔物が多い=魔力が乱れている=マジックアイテムがある可能性が高い』……という理由からだ。その結果、侯爵領の南で異常が見つかったらしい。
また封印用のマジックアイテムがあるのかと思っていたんだけど──
「──封印用のマジックアイテムではないのですー」
「──魔力をぐるぐるするものです」
「──ざわざわでひやひやします」
「──ぐるぐる、ざわざわ、ひやひやが、魔物を引き寄せているみたいなのですー」
──精霊たちの説明を聞いても、よくわからなかった。
俺たちは、実際に現場を見てみることにしたのだった。
「おお。アリシアさまと、異世界人のアヤガキさまだ!!」
砦に到着すると、兵士たちが俺たちを出迎えた。
たくさんの精霊たちを引き連れた俺たちは、むちゃくちゃ目立ってたと思う。
砦の指揮官たちが外に出て出迎えてくれたのは、たぶん、そのせいだ。
「ご到着をお待ちしておりました。アリシアさま。アヤガキさま。ティーナさま」
砦の指揮官が、俺たちに向かって一礼した。
女性の指揮官で、名前はシャトレさん。
北の砦を守っていた指揮官、ダルシャさんの妹だそうだ。
「皆様がこちらにおいでになることは、ふわふわな精霊さまたちからうかがっておりました。ひらひらかわいい精霊さまたちのことは兄から聞いております。実際に、お目にかかることを心待ちにしていました。ああ、ちっちゃくてふわふわで……なんとかわいい」
「相変わらずですね。シャトレ」
照れた表情のシャトレさんを見て、アリシアが苦笑いする。
シャトレさんはアリシアの幼なじみだ。
幼いころは、アリシアと一緒に本を読んでいたこともあるらしい。
シャトレさんも精霊王ジーグレットの伝説を知っている。
彼女が精霊たちの大ファンなのはそのせいだそうだ。
「兵たちよ! アリシアさまとアヤガキさま、精霊姫ティーナさまが砦の視察にいらしてくださった! 歓迎の声をあげよ!!」
そんなシャトレさんは剣を掲げ、兵士たちに向かって声をあげた。
「「「ご来訪を歓迎いたします──っ!! うぉおおおおおお!!」」」
砦に集まっていた兵士たちが、一斉に頭を下げる。
「──アヤガキさまの隣にいらっしゃるのが、精霊姫のティーナさまか」
「──それで大量の精霊を引き連れていらっしゃるのだな」
「──灰狼でなければ、こんな光景は見られなかったに違いない!」
兵士たちは感動したようなため息をついている。
彼らが守っているのは、小さな砦だった。
敷地にはいくつかの見張り台があり、砦は木製の柵に囲まれている。柵は二重になっているけれど、守れる範囲は広くない。
それでもここを拠点に、彼らは灰狼領を守ってきたんだ。すごいな……。
「ティーナ。聞いてもいい?」
「はいなの。マスター」
「魔力をざわざわするマジックアイテムって、どんな効果があると思う?」
「たぶん、魔物を呼び寄せるものだと思うの」
ティーナは少し考えてから、
「魔力が乱れていたり、魔力が少ない生き物は、魔物からは『弱っている獲物』に見えるの。だから、魔力が乱れている場所には弱っている獲物がたくさんいると、魔物は思うものなの」
「……なるほど」
だから、北の荒れ野にも魔物が多かったんだな。
あっちは『造反者の墓標』が土地の魔力を奪っていた。魔物からは狩りやすい獲物がいる場所だと見えていたんだろう。
「それで、魔力の乱れの源はどこかな?」
俺が精霊たちにたずねると、
「──こちらですー!」
「──こっちですー!」
「──こっちにもあります! たくさんですー!」
精霊たちは山の麓のあちこちを指さした。
「……マジックアイテムはひとつじゃないのか」
精霊たちによると魔力の乱れは十数か所。
ここには、そんなにたくさんのマジックアイテムが仕掛けられているのか……?
「これも王家の仕業だとすると……やり方がえげつないな」
魔力を乱すマジックアイテムが十数個って。
なんでそんな手間を掛けたんだ? 王家は。
「アリシア。王家がマジックアイテムを仕掛けた目的って、なんだと思う?」
「おそらくは、魔物を灰狼侯爵領に集めるためでしょう」
アリシアは即座に答えを返した。
「わたくしはずっと不思議だったのです。どうして灰狼侯爵領にだけ、山から大量の魔物がやってくるのか。同じ山岳地帯に接しているのに、どうして黒熊侯爵領は、魔物が少ないのか」
山をみつめながら、静かにつぶやくアリシア。
「やっとその謎が解けました。この地に大量のマジックアイテムが仕掛けられていたということは──」
「王家のマジックアイテムが、魔物を灰狼侯爵領に引き寄せていたからか」
「はい」
「でも、王家はなんでそんなことをしたんだろう?」
「おそらくは、他の侯爵領を守るためでしょう」
アリシアは言った。
「魔物を灰狼侯爵領に集めれば、その分、他の侯爵領を襲う魔物が減ります。他の侯爵領は平和と繁栄を楽しむことができるのです。そうなれば、彼らは平和をもたらしてくれた王家をあがめるでしょう」
「最低なやり方だな」
会社でたとえると、ひとりの人間に限界まで仕事を押しつけるようなものだ。
理由はなんでもいい。
仕事を押しつけられた人間には『そうなるだけの理由がある』ことにすれば、他の人間は納得する。それが上司の考えなら、まわりの人間は逆らえない。
逆らったら、自分が仕事を押しつけられるようになるかもしれない。
誰だってそんな立場にはなりたくないだろう。
そのうちに『仕事を押しつけられた人間』からは目を背けて、ホワイトな仕事を楽しむようになるかもしれない。
でも、仕事を押しつけられた人間は苦しむ。
それが灰狼侯爵領の状況なのかもしれない……いや、もっとひどいか。灰狼侯爵領の人たちは、魔物を押しつけられても逃げられないんだから。
街道は『不死兵』で封鎖されてる。
『首輪』をつけられた灰狼侯爵家の人たちは、領地を離れることもできない。王家に文句を言いに行くのも無理だ。
だから、耐えるしかない。
押しつけられた魔物を、ひたすら撃退するしかない。
王家はそんなやり方を、これまでずっと続けてきたのか。
……本当に最低だ。
「灰狼領に魔物を押しつけるのは……魔王対策も兼ねているのかもしれません」
アリシアの声は固かった。
「復活した魔王は、もっとも征服しやすい場所を襲うでしょう。土地の魔力が乱れていて、大量の魔物がやってくる灰狼侯爵領は格好の獲物です。魔王が私たちを襲っている間に……王家や他の侯爵家は魔王への備えをすることができるでしょう」
「最低を通り越して最悪だな」
よし。さっさとマジックアイテムを取り除こう。
王家の思惑なんかぶっこわす。
灰狼侯爵領は俺の家だ。
家に害獣や害虫が来ないようにするのは普通のことだ。
王家に文句を言われる筋合いはないよな。うん。
「それじゃ精霊たち。魔力が乱れているところへ案内してくれ」
「「「しょうちですー!」」」
俺は精霊の案内で、砦の外へと向かった。
マジックアイテムはすぐに見つかった。
精霊が教えてくれた場所を掘ったら、杭のようなものが現れた。
マジックアイテムの名前と効果は──
────────────────
『混沌と調和の杭』
魔力を調整することができる『杭』。
土地、あるいは生命や物体が備えた魔力に干渉することができる。
魔力をかき乱すことも、固定化することも可能。
────────────────
……これだ。
間違いない。これが土地の魔力が乱れていた原因だ。
このアイテムは魔力の流れを自由に変化させることができる。
氷のように固めたり、ぐちゃぐちゃにかき乱したりできる、魔力コントロール用のアイテムだ。
これを仕掛けたのは王家だ。
俺の『王位継承権』スキルで干渉できるのがその証拠。
この『杭』を使って、奴らは灰狼侯爵領に魔物を引き寄せていたんだ。
山のふもとにあった『杭』は十数個。
すべて地中から掘り出して、機能を無効化した。
「これで魔物は出なくなるのかな?」
「はい。数は減ると思います。ですが……」
「山岳地帯は魔物の巣だから、いなくなるわけじゃない?」
「……ですね」
「それじゃティーナ、北の荒れ地みたいに結界は張れる?」
「もちろんです! それじゃみんな、せーの!」
「「「「けっかーい!!」」」」
ほわん。
砦のまわりが、やわらかい魔力に包まれた。
精霊たちが作った『魔物避けの結界』だ。これで魔物の数は減るはずだけど……。
「ゼロになるわけじゃないんだよな……」
俺は砦で働く人たちを、家に帰してあげたい。
みんなが働いているのに、俺だけのんびりするのは落ち着かないし。
魔物がまったく出なくなれば、見張りを数人常駐させるだけで済むようになる。
他の人たちは家に帰ってのんびりできる。
時間が余ったら、農作業や放牧の仕事をやって欲しい。
そのために、俺にできることは──
「チェンジ、精霊王」
俺は杖を手にして、精霊王に変身した。
蔦のような髪飾りが生まれて、服が薄緑色のローブに変わる。
「ティーナに確認する。俺がこれからイメージする魔法は実現できるか?」
「お見せください。マスター」
「うん」
俺とティーナは額を重ねる。
送り込んだイメージを見たのか、ティーナは、
「はい。問題なく、できるの」
「この魔法をずっと維持できる? 1年……できれば10年くらい」
「それは……難しいと思うの」
ティーナは難しい表情で、
「魔法は魔力が生み出すものなんだけど……時間が経つと、魔法を構成する魔力は散ってしまうの」
「そうなのか?」
「もちろん、マスターの望むものは作り出せるの。ただ、時が経つと魔力が散って、そのかたちを維持できなくなるの」
「でも、初代王のマジックアイテムは何百年も効果を発揮してるよね?」
「それが、お父さまが初代王アルカインに勝てなかった理由なの」
ティーナは目を伏せた。
「アルカインの作るマジックアイテムは、魔力そのものを変化させることができるの。土地の魔力を封印に使い続けたり、まわりの魔力を乱し続けたり。ああいうものを操れるから、アルカインは強くて……あれ? マスターは、初代王のアイテムを操作できるから……」
「ああ。魔力をかき乱したり、固めたりする『杭』も、自由自在にコントロールできる」
「わかったの! さすがマスター!!」
目を輝かせるティーナ。
俺の言いたいことがわかったみたいだ。
「それじゃ、今度はアリシアに確認だ」
俺はアリシアの方を見た。
「この地に魔物対策として、巨大な構造物を作ってもいいか?」
「もちろんです! やっちゃってください、コーヤさま!!」
「うん。わかった」
俺は精霊王の杖を掲げた。
「精霊王の名において、精霊たちに命じる! 我が眼前に巨大な石壁を作成せよ! 『ギガンティック・ストーンウォール』!!」
「「「『ギガンティック・ストーンウォールッ』!!」」」
俺の望む魔法を、ティーナと精霊たちが作り出す。
そして──
ずどん。
砦の前に、巨大な石壁が出現した。
「「「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
砦の兵士たちが歓声をあげた。
壁の長さは、東西に百数十メートル。山岳地帯を囲むように伸びている。
高さは砦の見張り台よりもわずかに低いくらい。
これくらいなら、魔物の侵攻を防げると思うんだけどな。
「精霊たちは、しばらく『ギガンティック・ストーンウォール』を維持していてくれ」
「「「はーい!!」」」
「ティーナは魔力の感知ができるよね。一緒に来て、杭を打ち込むのによさそうな場所を教えて欲しい」
「了解したのです! マスター!」
俺は石壁に沿って歩きながら、ティーナが指示する場所に『混沌と調和の杭』を打ち込んでいく。
そこが魔力の流れのツボらしい。
『杭』を打ち込みながら、俺は『杭』に『王位継承権』で指示を出す。
『魔力を固定しろ』──と。
この『杭』は200年の間、この土地の魔力を乱してきた。
同じように『ストーンウォール』の魔力を固定することもできるだろう。
まあ……うまくいかなかったら、別のやり方を考えよう。
俺はもう、ブラック企業の社員じゃない。
灰狼侯爵領の客人で、精霊王でもある。侯爵令嬢のアリシアも共犯者になってくれてる。
だから、自分の仕事のやり方は、自分で決められる。
自分のやりたいように仕事ができるって……楽しいよな。
巨大な石壁──『ギガンティック・ストーンウォール』は完成した。
30分ほど待ったけど、石壁が崩れる様子はない。
『混沌と調和の杭』の効果だ。
本来なら散るはずの魔力が固定化されて、石壁を維持し続けてる。
試しに精霊たちに、弱い攻撃魔法をぶつけてもらうけど、びくともしない。
そのまま1時間くらい様子を見ても、やっぱり、変化なし。
魔法の永久化は成功したみたいだ。
「それにしても……精霊王の力とマジックアイテムを組み合わせると、色々できそうだな」
『幻影兵士』は精霊たちがパイロットになることで、農業の力を得た。
『ギガンティック・ストーンウォール』は魔力を変化させる『杭』の力で、ずっと存在し続けることになった。
精霊王の力とマジックアイテムで……他にどんなことができるんだろう。
……なんだか、楽しくなってきた。
「それじゃ砦の兵士さんたちは、しばらくこの『ギガンティック・ストーンウォール』の様子を見ていてください。変化があったら教えてくれると助かります。必要なら、魔法で補強しますから」
俺は砦の人たちに向かって、言った。
「「「…………」」」
「ん? シャトレさん? 兵士さん?」
返事がない。
みんな砦を囲む柵の向こうで、ぽかーんとした顔をしてる。
「シャトレ。コーヤさまが質問をされていますよ?」
「……はっ!」
「「「も、申し訳ありません!!」」」
シャトレさんが目を見開き、兵士さんたちが頭を下げる。
「い、石壁の件は、了解いたしました! 変化があったらお知らせします!!」
「他にも、魔法関係でして欲しいことがあったら言ってくださいね」
俺はシャトレさんに向かって、言った。
「壁をこうして欲しいとか。ああして欲しいとか。プロの兵士さんの意見をもらえれば」
「い、いえ、十分です!!」
「──これだけ巨大な石壁があれば、魔物の侵入は防げます!」
「──というか、魔物は近づかないと思います」
「──遠くから見えますし……どう考えても脅威ですから」
ひきつった表情で、兵士さんが答える。
うん。領地防衛のプロが言うなら、この石壁で大丈夫そうだ。
「他になにかあったら言ってくださいね。俺は一応、精霊王ということになってるんで」
俺はシャトレさんたちに言った。
「魔法や精霊が関わる仕事は俺の担当かな、と。俺も気づいたことは対処させてもらいますから。この灰狼侯爵領はこれからお世話になるところで、俺の職場で……家でもあると思ってますから」
精霊たちを肩に乗せながら、俺は砦にいる人々にそんなことを告げたのだった。
次回、第14話は、明日の夕方くらいに更新します。