第11話「マジックアイテムと精霊の共同作業を提案する」
「精霊王の力は灰狼侯爵領の人々と、精霊たちのために使わせてもらいます」
俺はジーグレットとティーナに言った。
「もしも、俺よりも精霊王にふさわしい人が現れた場合は、その方に精霊王を継承してもらいます。できれば精霊の子孫で、ジーグレットさまやティーナさんが納得する方に。それでいいですか?」
「精霊の子孫で、貴公の次の世代の者にか?」
「そうです」
「我やティーナが納得する者ということだな?」
「まぁ、そうですね」
「承知した。よい考えだと思う」
よかった。納得してくれたみたいだ。
「貴公が役目を果たしたと思ったときに、精霊の子孫で、貴公の次の世代の者で、我やティーナが納得する者で、精霊王の継承権を持つ者が生まれていたら、その者に地位を譲るがよい」
「ありがとうございます」
「ティーナも、それでよいな」
「は、はい! もちろんなの!!」
ティーナは、なぜか俺の腕を抱きしめて、
「マスターのお気持ちはわかったの。ティーナ、がんばります!」
「ありがとうございます。俺も、いろいろとわからないことがあるので、手伝ってください」
「い、いえ、ティーナも、そのあたりはよくわからないの……」
「そうなんですか?」
「はい。経験がないので……」
「そうなんですか?」
「は、はい。マスターがお望みなら、ティーナは精霊の子孫で、マスターの次の世代の者を生み出すために、がんばるの。でも……どうすればいいのかは……」
「ティーナさんは精霊王の娘さんですよね? 精霊王の仕事はわかってると思うのですけど」
「精霊王のお仕事についてなの!?」
……なんのことだと思ってたんだろう?
「う、うん。精霊王の仕事のことはわかってるの。よーく、わかってるから!」
「よかったです」
「うむ。わからないことがあったら、ティーナに聞くがよい」
ジーグレットの身体が、薄れていく。
これから、眠りにつくみたいだ。
「それではアヤガキどの、アリシアどの。ティーナと精霊たちのことを、よろしく頼む」
「わかりました。ジーグレットさま」
「灰狼侯爵代行として、お約束いたします」
「ティーナよ。お前はがんばってアヤガキどのにお仕えするのだよ」
「はい。お父さま」
「アヤガキどの……貴公とティーナの未来に幸あれ。ふたたび出会うことを楽しみにしている……」
そうして、ジーグレットは姿を消した。
彼は200年の間、精霊たちやティーナを生かすために、自分の魔力を差し出していた。
自分の身を削って民を生かしていたんだ。
立派な人だと思う。
王都にいた王家や貴族なんかより、ずっと。
魔力の補給が終わったら、ジーグリットは目覚める。
それがいつになるのかはわからないけど……彼が目を覚ましたとき、灰狼が今よりもずっと、豊かな場所になっていればいいな。
灰狼領の人たちと精霊たちが仲良しで、のんびりと暮らしているような場所に。
そうなっていたら、きっとジーグレットもよろこんでくれると思う。
精霊王の力は、そのために使おう。
「それじゃ、ティーナと精霊たちに、教えて欲しいことがあるんだ」
俺はみんなを見回してから、
「俺が精霊王になったってことは、精霊たちは俺の指示に従うんだよね?」
「うん。マスターにはティーナと精霊たちへの命令権があるの」
「わかった。まずは、農業と関係する精霊は手をあげて」
「「「はいはいはいはいは────いっ!!」」」
俺が言うと、一斉に精霊たちが集まって来た。
「『農業の精霊』なのです! お手伝いします!!」
「『水源の精霊』もお役に立てると思うのです!!」
「『換気の精霊』は風が読めるのです! 農業の手伝いもできるのです!!」
「わたしもー!」「ぼくもー!」「お手伝いしたいですー!!」
「うん。わかった。それじゃ、この草原を農地にしたいんだけど、手伝ってくれるかな?」
「「「お手伝いするですー!!」」」
精霊たちはわちゃわちゃと手を挙げる。
よし。じゃあ、お願いしてみよう。
「俺は精霊たちとマジックアイテムの力で、この場所に農地を作りたいんだ」
俺は精霊たちを見回しながら、言った。
「草取りと地面を耕すのは『幻影兵士』にやらせるから、精霊たちはその手伝いをしてくれないかな。『農業の精霊』なら、『幻影兵士』を指導できると思うから……って、あれ?」
「「「…………」」」
精霊たちが、しょぼんとした顔になる。
青ざめてる子もいる。どうしたんだ?
「……『幻影兵士』は、初代王のマジックアイテムなのです」
精霊のひとりが、そんなことを言った。
「初代王のマジックアイテムは、怖いのですー」
「わたしたちを封印してた、『造反者の墓標』と同類なのです」
「できれば、近づきたくないのです……」
精霊たちは難しい表情だ。
そっか、精霊たちは初代王アルカインのマジックアイテムで封印されてたんだよな。
同じマジックアイテムである『幻影兵士』に近づきたいわけがないよな。
となると……精霊と『幻影兵士』が協力して農地を作るのは無理かな……。
「ティーナさんも『幻影兵士』が怖いですか?」
俺は精霊姫のティーナに聞いて見た。
「ううん。ティーナは大丈夫」
ティーナは首を横に振った。
「あのアイテムを支配してるのがマスターだってわかるから、ティーナは平気なの。でも、普通の精霊たちが『幻影兵士』に近づくのは……勇気がいるかもしれないの」
「あの……コーヤさま。少しよろしいですか?」
気づくと、アリシアが俺の方を見ていた。
「わたくしに、精霊さまとお話をさせていただきたいのです」
「アリシアが?」
「わたくしには、精霊さまたちのお気持ちがわかるのです。『不死兵』……いえ『幻影兵士』をおそれていたのは、わたくしも同じですから」
アリシアは胸に手を当てて、そんなことを言った。
「ですから……わたくしなら、精霊さまを説得できるかもしれません」
「わかった。じゃあ、お願いするよ」
「うけたまわりました。では、精霊さま、こちらにいらしてください」
そうしてアリシアは精霊たちを連れて、草原の向こうへと歩き出したのだった。
──アリシア視点──
コーヤたちから十分離れたことを確認して、アリシアは足を止めた。
彼に、話を聞かれたくなかったからだ。
(コーヤさまに、お気を遣わせるわけにはいきません)
コーヤの役に立ちたいのは精霊たちだけじゃない。アリシアも同じ気持ちだ。
だからきっと、精霊たちとはわかりあえる。
コーヤの配下として、思いを通じ合わせることができると、アリシアは思っているのだ。
(ですが、コーヤさまにお話を聞かれてしまうのは……少し、恥ずかしいですからね)
想像しただけで、顔が熱くなる。
鼓動が早くなり、背筋が震える。甘いしびれのようなものを感じてしまう。
コーヤの前でそういう状態になるのは、恥ずかしい。
それでアリシアは、彼に声が聞こえないところまで、精霊たちを連れてきたのだった。
「精霊の皆さまに申し上げます」
アリシアは、精霊たちの方に向き直る。
彼女は、こほん、と咳払いをして、
「皆さまは『幻影兵士』が怖いのですね? それは『幻影兵士』の正体が、初代王アルカインのマジックアイテム『不死兵』だからですか?」
「「「「そうですー」」」」
精霊たちは答えた。
「『幻影兵士』が視界に入ると、ドキドキするのです!」
「緊張を感じるのです!」
「落ち着かないのですーっ!!」
「なるほど。皆さまのお気持ちはわかりました」
アリシアはうなずいた。
「『幻影兵士』を見るとドキドキして、緊張を感じて、落ち着かない……つまり、皆さまはわたくしと同じようなお気持ちということです」
「──え?」
「──アリシアさまも、同じお気持ちなのですかー?」
「──『幻影兵士』を前にすると、ドキドキするです?」
「おっしゃる通りです。あの『幻影兵士』は……わたくしのお屋敷の庭にあったものですから」
おだやかな口調で、アリシアは語り始める。
精霊たちは輪になって、彼女の声に耳を傾ける。
「『幻影兵士』の役目は、わたくしが逃げ出したり、王家への叛逆を試みたりしたときに、わたくしたちを罰することでした。ですからわたくしも、子どものころから、あの兵士たちを恐れていました」
「やっぱりー」
「マジックアイテムは、怖いのですー」
「おそれてあたりまえなのですー」
「ですが、それは過去のことです!!」
アリシアは声に力をこめた。
「今は違います。灰狼領にある『幻影兵士』はすべて、コーヤさまの支配下にあります。もはや危険なものではないのです」
「……でもでも」
「……側にあると、ドキドキするの」
「……アリシアさまも、そういうこと、ない?」
「あります。ですが、そのドキドキは、恐れによるものではないのです」
「「「……え?」」」
精霊たちは首をかしげた。
そんな彼女たちに言い聞かせるように、アリシアは、
「思い出してください。今の『幻影兵士』は、コーヤさまのスキルで動いているのですよ?」
アリシアは目を閉じた。
まるで、精霊たちを導くように、語り始める。
「目を閉じてくださいませ。そしてイメージするのです」
「「「……イメージですか?」」」
「コーヤさまが『幻影兵士』に触れます。『幻影兵士』にコーヤさまの命令と、コーヤさまの魔力が流れ込んでいきます。『幻影兵士』を満たしているのは、コーヤさまの意思と魔力です」
「「「ふむふむ……」」」
「そして『幻影兵士』はコーヤさまの命令で動きます。コーヤさまの手足となって、役目を果たすのです」
「「「…………うんうん」」」
「つまり今の『幻影兵士』は、コーヤさまの分身と言えるのではないでしょうか!!」
「「「はっ!!」」」
精霊たちが目を見開く。
アリシアは熱くなる頬を押さえて、興奮した口調で、
「そのことに気づいてから、わたくしは『幻影兵士』が怖くなくなりました。もちろん、見ているとドキドキしますが、それは怖いからではありません。それは『幻影兵士』がコーヤの分身だから。自分の主君を近くに感じるからなのです!!」
「「「納得したです!!」」」
「『幻影兵士』がコーヤさまの分身であることに気づいてから、わたくしは部屋を移りました。屋敷の1階の……『幻影兵士』のすぐそばの部屋を、自室にするようにしたのです」
部屋を移るのは簡単だった。
父レイソンが『コーヤどのとマジックアイテムのことは、アリシアに任せる』と言ってくれたからだ。
メイドたちは心配していたが、アリシアは『自分を鍛えるため』と言って押し切った。
そうして自室を1階の、『幻影兵士』がよく見える部屋へと変えたのだ。
庭の『幻影兵士』は、人目につかないところに設置されている。
まわりには庭木が植えられていて、『幻影兵士』を隠している。
もちろん、庭木はアリシアの部屋も隠してくれる。
だからアリシアは誰にも見られることなく、『幻影兵士』を身近に感じることができるのだった。
「わたくしは常にカーテンを開けて、『幻影兵士』を視界に入れて過ごしております」
アリシアは自分を抱くようにして、身体を震わせながら、
「仕事も……着替えも……身体を拭くことさえも、『幻影兵士』の側で行っているのです。コーヤさまの分身である『幻影兵士』を意識することで……甘酸っぱい緊張感を持って生活しているのです……」
「「「おおおおおおおっ!!」」」
「皆さまも同じではないでしょうか」
精霊たちを見つめながら、アリシアは続ける。
「皆さまが『幻影兵士』を前にしてドキドキするのは、恐れているからではなく、コーヤさまを身近に感じるからでは? 主君を前にした緊張感で、皆さまはドキドキしているのではないでしょうか?」
「──そんな気がしてきたです!」
「──『幻影兵士』は、精霊王さまの分身なのですー!」
「──そう考えたら、怖くなくなってきたです!!」
精霊たちが拍手する。
無邪気な笑顔の彼女たちに囲まれナガラ、アリシアは胸をなでおろす。
(……コーヤさまのお役に立てました。よかったです……)
『幻影兵士』はコーヤにとって重要な武器だ。
それに精霊たちが近づけないようでは、彼の仕事に支障がでる。
なんとかするのが自分の役目だと、アリシアは思ったのだ。
(もちろん、嘘はついておりません)
昨日から、アリシアは『幻影兵士』に一番近い部屋で生活している。
そうしてコーヤを身近に感じている。
そうすることでアリシアは……不思議なくらい充実した時間を過ごすことができるのだった。
(コーヤさまの分身である『幻影兵士』の側にいると……ドキドキして、心がとても温かくなるのです。それで──)
気づくとアリシアは、夜中にカーテンを開けていた。
『幻影兵士』のまわりには高い庭木が生えている。
屋敷の外からアリシアの部屋をのぞくことはできない。
それをいいことに、昨夜はカーテンを開けたまま眠ってしまった。
いろいろあったから、気がたかぶっていたのだろう。
朝になったら、ずいぶんと汗をかいていた。
だからアリシアは『幻影兵士』が見える窓際で身体を拭き、服を着替えた。
そうすることに、奇妙な充実感をおぼえていたのだった。
「それでは皆さまのお気持ちを、コーヤさまに伝えにまいりましょう。皆さまはまだ『幻影兵士』が怖いですか?」
「「「こわくないですー!! 『幻影兵士』はご主君の分身だから……好き好きですーっ!!」」
精霊たちは興奮した様子でうなずく。
それから彼女たちは一斉に、コーヤの方へと飛んで行き──
「わかりました。精霊王さまー!」
「『幻影兵士』は怖くないですー!」
「あれが精霊王さまの分身だって、わかったですー!」
「うん? えっと……それならよかった……かな?」
コーヤもよろこんでくれている。
そんな彼を見ていると、胸が温かくなってくる。
この気持ちはなんだろう……。
(あとで書物で調べることにいたしましょう)
アリシアはそんなことを、心に決めたのだった。
次回、第12話は、明日の夕方くらいに更新します。
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