第1話「外れスキルに気づいたので、王都から追放される」
「よく来てくれた。異世界の者たちよ。ここは貴公らの能力を発揮できる場所である!!」
魔法使いっぽい服を着た老人が宣言した。
俺がいるのは、どこかの大広間だ。
天井からシャンデリアがぶら下がり、目の前には貴族っぽい服を着た人たちが集まっている。
部屋の奥には金や宝石で装飾された玉座がある。
ひときわ高いところに飾られているのは、巨大な肖像画だ。
「私、宮廷魔法使いのダルサールが告げる。今まさに、初代大王アルカイン陛下の肖像の御前で、新たな異世界召喚がなされたのだ!!」
「「「偉大なる初代王、アルカイン陛下の肖像の御前で!!」」」
魔法使いが肖像画を指し示し、貴族っぽい人たちが声をあげる。
玉座の前にいるのは、ドレスを着てティアラを着けた、金髪のお姫さまだ。
「偉大なる我が祖先、初代大王アルカインの名において、異世界召喚が行われたことを祝します」
姫君っぽい人が一礼した。
俺はじっと、目の前で展開される光景を観察していた。
俺がこの場所に来たのは、つい数分前だ。
仕事を終えて部屋に帰って……しばらくしたら、突然、意識が途絶えた。
そうして気づいたら、この大広間で座り込んでいたんだ。
この場所に召喚されたのは俺だけじゃない。
まわりには4人の男女がいる。みんな呆然としてる。
そりゃそうだ。
意識をなくして、気がついたら見たこともない場所にいたんだ。誰だってびっくりする。
しかも、まわりには武器を持った連中がいる。
金属製の鎧をまとい、槍を手にして、じっと俺たちを見てる。
あれはたぶん……本物の武器だ。俺たちを刺して、殺すことができる。
鎧を着たあの人たちは、王宮の兵士たちなんだろう。
こんなことは俺の世界ではありえない。
俺は……本当に、異世界に召喚されたのか……。
……でも、なんで俺なんかを呼んだんだ?
勇者をやれっていうのか? 無理だろ。
俺は普通の社会人だ。運動だって得意じゃない。
仕事をするくらいしか取り柄がないのに。どうしてこんなことに……?
「異世界の者たちに告げる。貴公らは、すでに気づいているはずだ。自分の中に、新たなるスキルが目覚めていることを」
そんなことを考えていたら、魔法使いが俺たちに向かって告げた。
「人生は短く、時間は有限だ。貴公らのように才能ある人間が、普通の者として生きるのは才能の浪費である! それゆえに、我らは召喚の術式を用いて、貴公らをこの世界に招いた。この世界で、貴公らの能力を存分に発揮してもらうために!!」
ぽかんとしている俺たちの前で、魔法使いは語り続ける。
──ここはランドフィア王国。
──この国の初代王であるアルケインは魔王を討伐して、大陸を統一した。
──大王は優秀な魔法使いであり、勇者でもあった。
──その偉業をたたえるため、100年に一度、異世界から人を召喚している。
──だから君たち5人は、5人の侯爵に下げ渡されることになるのだ。
そんなことを、魔法使いは説明した。
……『侯爵に下げ渡される』?
勇者として召喚したわけじゃないのか?
魔王を倒した王さまの偉業をたたえるために、異世界から人を召喚した?
つまり……祭りや儀式の一環として、俺たちを喚んだってことか?
しかも貴族に下げ渡されるって、なんだそれ。
俺たちは用心棒か傭兵。使い魔か……モノ扱いなのか?
……人をなんだと思ってるんだ?
逃げたいけど……今は無理だ。
まわりは人でいっぱいだ。武器を持った兵士もいる。
逃げるのに使えそうなものもない。
召喚されたのは、仕事が終わってアパートに帰った直後だ。だから、今の俺はスーツ姿。ポケットの中に、武器になりそうなものは入っていない。
あるのは財布と免許証くらい。
免許に書かれている名前は、綾垣航也。年齢は24歳。
就職して2年、やっと職場になじんできた。最近、職場でちょっとしたトラブルがあったけど……それは別の話だ。まさか自分が異世界に召喚されるなんて思ってなかった。
他の4人も社会人なんだろう。男性も女性もスーツ姿だ。
そして、俺も含めた5人すべてが、首輪を着けている。
たぶん、意識が途切れている間につけられたんだろう。
あの魔法使いによると、この首輪は初代大王が作ったマジックアイテムだそうだ。
王家や上司に逆らったら炎を噴き出すようになっているらしい。
……最悪だ。
魔法使いダルサールは話し続けている。
──異世界から召喚された者は、使われていなかった能力や才能が、スキルとして覚醒する。
──君たちにはそのスキルを活かして、この国のために尽くしてもらう。
──高位の貴族の部下として仕事として行う。もちろん、待遇は保証する。
──君たちの地位は貴族に準ずるものになる。
──ただし、王家に逆らったら首輪が炎を噴きだし、君たちを焼き尽くす。
──決して逆らうことがないように願う。
そんな説明を。
本当に、ろくでもない世界だ。
いや、俺がいや世界も、ろくでもなかったんだけどさ。
それより……問題なのは俺のスキルだ。
他の人たちは『魔力を感じる』とか『なんだこの怪力は』とか言ってるけど、俺が手に入れたスキルはそういうものじゃない。もっとやばいやつだ。
こんなスキルがあるってバレたら、たぶん……殺される。
なんとかして隠し通さないと。
「では、異世界人たちよ。順番に前に出よ」
すでに説明は終わって、儀式のようなものが進んでいる。
玉座の横には姫君と魔法使い。
魔法使いは俺たちをひとりずつ呼んで、名前を名乗るように指示している。
「次の者。こちらに来るがいい。ナタリア殿下に顔を見せ、名乗るのだ」
「……はい」
俺は立ち上がり、前に出る。
「アヤガキ=コーヤ……いえ、コーヤ=アヤガキです」
他の4人は、もう名乗っている。
目立たないように、姓名は他の人たちと同じ並びにしておこう。
「異世界人たちよ。これからあなたたちのスキル測定を行います」
玉座の前で王女が手を振る。
すると……今度はローブを着た人たちが、大きなものを運んできた。
光を放つ、水晶の柱だった。
「これは、偉大なる初代王アルカイン陛下が作られた『能力測定クリスタル』である。王家の血を引き、王位継承権を持つ者にしか操作できない、大変貴重なものです」
ナタリア王女は言った。
「これで異世界人たちのスキルの測定を行います。その後、ここにいる4人の侯爵たちに、異世界人を下賜します。序列の高い侯爵より、能力の高い異世界人を選ぶがいい。もっとも能力が低く、誰にも選ばれなかった余り物は、北の果ての、序列第5位の侯爵領に送ることになります」
……えっと。
つまり、俺たちはあのマジックアイテムで、どんなスキルがあるかを調べられる。
あれは初代の王様が作ったもので、王家の血を引いていて、王位継承権を持つものしか操作できない。
スキルを測ったあと、俺たちは能力の高い順に、高位の貴族に下げ渡される。
誰にも選ばれなかった人間は北の果てにある、貴族の領地に送られる、ってことか。
……まずい。
これはかなりまずい。俺のスキルがバレたらアウトだ。
どうする?
一度も使ったことのないスキルで、この場を切り抜けられるのか……?
俺は、一緒に召喚された人たちを見た。
俺を含めて5人。男性が3人。女性が2人。
同じ世界の人間だけど、知ってるのは名前だけ。完全に初対面だ。
まわりにはたくさんの人がいて、俺たちに注目している。隠れて話をすることはできない。協力してこの場を切り抜けるのは無理だ。
男性のひとりは、おびえた顔をしている。
筋肉質の男性で、さっきまで「元の世界に戻しやがれ」って怒鳴ってた人だ。
魔法使いが杖から雷を生み出したら、静かになったんだけど。
もうひとりの男性は自信たっぷりな表情をしている。
眼鏡で背広姿。表情はキリリとして、いかにも有能なビジネスマンという感じだ。
女性ふたりは顔見知りのようで、おたがいに手を繋いでいる。
震えながら、それでも「がんばろうね」と声をかけあってる。
そして、俺。綾垣航也。24歳。
社会人になって2年目だけど、スーツが似合わないとよく言われる。
たぶん、童顔だからだろう。たまに高校生に間違えられるし。
そのせいで職場でも苦労した。人一倍に仕事をして、やっと認められたんだ。
少なくとも……自分ではそう思ってた。
その後、職場でちょっとしたトラブルがあって、その後で召喚されて、ここにいる。
もしも全員が学生で、クラスメイトだったら一致団結できたかもしれない。
でも、俺たちは社会人だ。年齢差もある。おたがいがどんな人間かわからない。
協力してこの場を乗り切るのは、たぶん、無理だ。
「あなたたちの上司となる、5大侯爵について説明しましょう」
玉座の前では、王女が語り続けている。
今回の異世界召喚が、偉大なる大王の没後200年を記念したものだったこと。
5大侯爵の祖先は、初代大王の統一事業に協力した者たちだったこと。
侯爵家の名前は次の通り。
──序列1位の金蛇。
──序列2位の銀鷹。
──序列3位の黒熊。
──序列4位の赤鮫。
──そして、名前を呼ぶ価値もない灰色。
「これら5大侯爵家に、異世界人を与える。それこそが、初代王の時代より続く儀式である。すべての異世界人の能力を確かめた後に、侯爵家は部下にしたい人材を選ぶがいい!!」
ナタリア王女はそんなことを、高らかに宣言した。
「「「「王家の慈悲に感謝を!!」」」」
4人の男女が王女の前に進み出て、声をあげる。
あれが侯爵家の人間らしい。
最後に、魔法使いが一言、付け加える。
「ここにいる4人の侯爵に選ばれなかった者は、地の果てにある侯爵家に預けられ、死ぬまでそこで暮らすことになる。一生、そこから出ることはできない」
──と。
とにかく……迷っている時間はない。
俺の外れスキルで、能力測定を乗り切ろう。
できるかどうかはわからないけど……やってみるしかない。
「それでは、能力測定を行いましょう。右の者から前に出なさい」
王女はおだやかな口調で、告げた。
最初に前に出たのは、筋肉質の男性だった。
彼はおそるおそるクリスタルに触れる。
そうして、表示されたスキルは──
「一人目の異世界人のスキルは『怪力』『武器習熟』。適性ジョブは『大戦士』です!」
「「「おおおおおおっ!!」」」
大広間が貴族の歓声であふれた。
「──『大戦士』は『勇者』『英雄』と並ぶ強力な戦士だ!」
「──あのジョブの適性を持つものは、10万人にひとりと言われておる!」
「──さすがは初代大王が開発した召喚魔法。最適な人間を呼び出したようだ」
貴族たちが声をあげる中、筋肉質の男性は床に座り込んでいた。
安心したようなため息をついてる。
「……よかった。地の果てに送られないなら、よかった」
「まだわかりませんよ。私が、あなた以下ということはあり得ませんから」
次に前に出たのは、ビジネスマンっぽい男性だった。
彼が自信満々でクリスタルに触れると、表示されたのは──
「2人目のスキルは『中級攻撃魔法』。適性ジョブは『一般魔法使い』です!」
「な、なんですと!?」
男性が真っ青になる。
「こんなはずがない! 私は20代で係長補佐になるほどの人材だぞ!!」
「気を落とすことはありません」
ナタリア王女は優しい声で、
「『一般魔法使い』にも使い道はあります。あなたにふさわしい職場が見つかるでしょう」
「……うぅ」
「さぁ、次の方」
次は女性のひとり。髪の長い方だ。
彼女は隣にいる女性の手を離して、クリスタルに近づく。
すると──
「あなたのスキルは『文書整理』『会計処理』。適性のあるジョブは『文官長』です。戦闘向きではありませんが、この世界には必要なものです。安心してください」
「……はい」
「次は……そちらの女性を」
王女にうながされ、髪の短い小柄な女性が前に出る。
彼女がクリスタルに触れると──
「ああ、素晴らしいです! あなたのスキルは『神聖魔法』『浄化』『回復魔法特化』! 適性のあるジョブは『聖女』です!!」
「「「「なんと!!」」」」
「5大侯爵のなかで、最も求められるスキルです。おめでとうございます」
ナタリア王女がスカートをつまんで、会釈する。
そして、居並ぶ貴族たちから歓声が上がった。
「──『聖女』の再来とは、なんとめでたい!!」
「──せひ、我が侯爵家にお越しくだされ!!」
「──『聖女』には『首輪』もいらぬ。どうか我々のもとへ!!」
「──なんとすばらしいことだろうか。200年ぶりに聖女が!!」
王女が頭を下げて、貴族たちが来訪を願ってる。
『聖女』って、それほどすごい地位なのか……。
「ふざけるんじゃないわよっ!!」
不意に、髪の長い女性が叫んだ。
「なんであんたが私より上なわけ!? あんた学生のとき、いつも私の後ろに隠れてたじゃない! 私よりあんたの方が評価が高いなんてありえない!!」
「み、みぃちゃん?」
「このクリスタルがおかしいんじゃないの!? やり直し!! やり直しなさいよ!!」
「初代大王のマジックアイテムを否定するのか?」
冷えた声が響いた。
王女が感情のない目で、みぃちゃんと呼ばれた女性を見ていた。
「『能力測定クリスタル』は、初代大王アルカインさまが作られたマジックアイテムだ。また、このクリスタルを操れるのは王家の血を引き、王位継承権を持つ者のみ」
まるで判決を下すかのようだった。
王女は、髪の長い女性を指さして、淡々と告げる。
「なのに、貴公は言ったな。『このクリスタルがおかしい』と。それは初代大王を否定するに等しい。それとも、貴公は王家が不正を働いているというのか? それは不敬である!! この玉座の間で王家に不敬を働くこと、それは王家への反逆に等しい!! 貴公は自分の言葉の意味がわかっているのか!?」
「──ひ、ひぃっ!?」
髪の長い女性が悲鳴を上げた。
そして──彼女の『首輪』から、炎が上がった。
『──王家や上司に逆らったら、首輪が炎を噴きだし、装着者を焼く』
魔法使いダルサールは、そう言っていた。
『首輪』から発生した火の玉が、女性のまわりで回転を始める。
それが、徐々に女性に近づいて行く。まずい……これは。
「王女殿下に申し上げます!」
俺は思わず、声をあげていた。
「我々は異世界から来ております。我々の世界には身分制はありません。私も彼女も、この世界の礼儀作法には慣れていないのです。どうか、無知ゆえの無礼をお許しください!!」
「王家の者に言葉を返すのですか?」
「……俺……いや、私は、これからこの世界で生きることになります」
こいつらは俺たちを元の世界に戻す気はない。
人を勝手に召喚して、自分たちのルールに無理矢理従わせるような連中だ。
だったら、それがわかった上で話をするしかない。
「召還されてすぐに仲間が死んでしまっては、私たちは十分な能力を発揮できなくなります!」
俺が声をあげると、王女が興味深そうな表情でこっちを見た。
「仲間が死んでは十分な能力を発揮できないと? その理由は?」
王女が尋ねる。
「ここはスキルを測定していただく場です。そこで同じ世界の者が死んだら、スキルと、仲間の死による恐怖が結びつくことになります」
俺は頭を下げたまま、続ける。
「そうなれば私たちは、スキルを使うたびに仲間の死と、そのときの恐怖を思い出すでしょう。それでは仕事に差し障りがでるでしょう。結果として王家や貴族の方々に、ご迷惑をおかけすることになるのではないでしょうか?」
「異世界の者にしては、理路整然と語るものです」
ナタリア王女は口元を隠しながら、笑った。
「良いでしょう。この女を許すことにします」
ナタリア王女が手をかざすと、髪の長い女性の周囲を回っていた炎が停止した。
それから、王女は首輪に触れる。
すると、何事もなかったように、炎が消えた。
……マジックアイテムって、ああやって操作するのか。
「……俺はこんなものを、一生着けて生きることになるのか」
俺は『首輪』に触れながら、つぶやいた。
それを聞きとがめたのか、ナタリア王女は、
「教えておきましょう。あなたがたが十分な働きを示し、侯爵家と王家がそれを認めたら、その『首輪』は外して差し上げます。励みなさい。異世界の方々」
王女は笑いをこらえるように、
「ただし、序列5位の『灰色』の侯爵家に預けられた者に、その権利はありません。その理由は……現地に行けばわかります。納得しましたか?」
「はい。王女殿下」
「そこの女性。いつまでも泣いていては、無能をさらすだけですよ?」
王女は、炎から解放された女性に向かって、そう言った。
でも、髪の長い女性は答えない。
友人らしい女性に抱きとめられたまま、駄々をこねるみたいに泣きじゃくってる。
「さぁ、次はあなたのスキルを測りましょう。コーヤ=アヤガキ」
そんな女性たちを無視して、王女が俺を手招く。
俺はうながされるままに、クリスタルに触れた。
そして、表示されたスキルは──
「……スキルは『一般剣術』だけですね。適性ジョブは……『門番』?」
「「「「────はぁ!?」」」」
4人の侯爵が変な声を出した。
その直後、大広間が爆笑の渦で満たされる。
「──これはお笑いだ。王女殿下にえらそうな事を言った者のジョブが『門番』とは!」
「──『一般剣術』スキルなど、子どもでも修得できるぞ!」
「──ハズレだ! 地の果てへ追放してしまえ!!」
「──おいおい。また『首輪』に触れているぞ。焼き殺されるとでも思っているんじゃないのか!?」
思った通りの反応だ。誰もスキル測定の結果を疑っていない。
まあ、そうだろうな。
これは偉大な建国の王様が作ったアイテムで、王家の血を引き、王位継承権を持つ者にしかコントロールできないんだから。
「侯爵たちに選ばせる必要もありませんな」
魔法使いダルサールが、長いヒゲをなでながら、笑った。
「北の果ての侯爵家に送るのは、コーヤ=アヤガキでよろしいでしょう」
「……爺」
「どうされましたか。殿下」
「私はコーヤ=アヤガキに興味があります。話をする時間をもらえますか?」
「いけません。殿下!」
言いかけた王女を、魔法使いダルサールが止める。
「この者は役立たずの、捨てられるべきものです。そのようなものと関わるべきではありません」
「この者は私を説得しました。見知らぬ世界で、理路整然と話をしてみせたのです。それは評価すべきでは?」
「考えもせずに声をあげただけでしょう。蛮勇というものですな」
「ですが、なにか使い道があるかもしれません」
「ナタリア殿下……召喚を行った者たちのことをお考えください」
ダルサールが床にひざをついた。
「我ら魔法使いは、このような役立たずを召喚してしまったことに責任を感じているのです。今後はこの者の姿を見るたび、われらは自分の失態を思い出すこととなるでしょう」
「だから、さっさと地の果てに追放しろと?」
「初代大王アルカインさまであれば、そうおっしゃるでしょう」
「『捨てられるべきものは、すみやかに見えない場所へ』『魔王も、奴が住んでいた場所も見たくない』『関わるべきでないものは、北の果てに捨てる』。それが、ランドフィアの国是でしたね」
嫌な国是だった。
人を勝手に呼びだして、使えなかったら捨てる。自分からは見えないようにする。
見たくないものは、見ない、か。
どこのブラック企業だよ……まったく。
「仕方ありませんね。この者は捨てることにいたしましょう」
「賢明なご判断です」
「ですが、念のため確認しましょう。ここにいる4人の侯爵の中で、コーヤ=アヤガキを欲しい者はおりますか?」
返事はない。
4人の侯爵は薄笑いを浮かべながら、俺を見ている。
「では、北の果て──序列第5位の侯爵家に送るのは、コーヤ=アヤガキとします」
王女は言った。
それから彼女は、少し、考え込むしぐさをしてから、
「彼には、同郷の者に別れを告げることを許可します。その後、4侯爵が他の者を選ぶこととしましょう。兵よ、彼らを別室へと連れていきなさい」
──異世界の王女は兵士たちに向かって、そんなことを告げたのだった。
「あんたのせいだ!」
別室に移動してすぐ、髪の長い女性が叫んだ。
俺をにらみつけて、噛みつきそうな勢いでわめいてる。
「あんたが最初に測定を受けていればよかったんだ! そうすれば最下位があんただってわかって……あたしは安心してスキル測定を受けられた! あたしが焦ることもなかったんだ! あたしが殺されそうになったのはあんたのせいだ!」
「いや、順番を決めたのは俺じゃなくて──」
「うるさい! あんたのせいで、あたしの評価が下がったじゃない! どうしてくれるの!?」
「だから俺に関係は──」
「だまれだまれだまれだまれぇ! 底辺がしゃべるな──っ!!」
……話しかけてきてるのはそっちなんだけどな。
「みぃちゃん! やめて!! アヤガキさんはみぃちゃんをかばってくれたんだよ!?」
「こんな弱っちい奴にかばわれたくなかった!」
「みぃちゃん!!」
「あたしが怖いめにあったのはこいつのせいだ!! こいつが役立たずだってわかってれば、あたし、あたしは……!!」
長い髪の少女は泣き出してしまった。
代わりに髪の短い女性──『聖女』が、俺に頭を下げた。
「ごめんなさい。みぃちゃんは……普段はいい子なんです」
「気にしてません」
「みぃちゃんの代わりにお礼を言います。さっきはかばってくれて、ありがとうございました」
「礼を言うことなんかありませんよ。無能な人が悪いのです」
答えたのは眼鏡の男性『一般魔法使い』だった。
「それに、どうせこの人はすぐに死にます。話をするだけ無駄です」
「なんでそんなことを言うんですか!?」
「王女殿下の話を聞いてなかったんですか?」
……嫌な顔してるな、この男性。
口をゆがめて、俺を見て、笑ってる。
「この人は北の果てに捨てられると判断されたんですよ? だったら私たちも、この人はそういうモノだとあつかうべきでしょう? 上司の意を察するのは部下の役目なんですから。なのにどうして人間あつかいしてるんですか? ばかじゃないんですか?」
「よくそんなことが言えますね!?」
「私たちは有能です。きっと、すぐに働きを認められるでしょう。そうしたら『首輪』を外されて、自由の身になるのですよ」
『一般魔法使い』の男性は、希望に満ちた表情だった。
「私たちは選ばれたのです! そして、この人は選ばれなかった。一生『首輪』を着けられて、人に使われるだけの人生を送ると決まったのです。そんな人間を相手にしてどうするんですか?」
「……あなたは、なんてことを」
「それより『聖女』さま。これから仲良くしましょう。上に評価されたあなたとは、話をする価値があります。ああ、『門番』には関係のない話です。目障りですから、視界に入らないところにいてください」
「そろそろ黙れよ」
『一般魔法使い』の言葉を止めたのは、『大戦士』の男性だった。
「あんまりイライラさせんな。少しは口を閉じていたらどうなんだ」
「偉そうなことを言いますね! 『大戦士』様は!!」
『一般魔法使い』の男性は吐き捨てた。
「『大戦士』が『一般魔法使い』を見下すのはどんな感じですか? さっきまで震えていたくせに! 上司に評価されたとたん、偉そうな顔を!」
「これからオレたちは大広間に戻って、貴族の評価を受けるんだ。その前に騒ぐなと言ってるんだ」
「はいはい。今は偉そうな顔をしていてください。貴族の部下として仕事をすれば、誰が一番優秀かわかります。どうせ、一番評価されるのは私です。そのときになって吠え面かいてもしりませんよ?」
「……ケンカを売ってるなら買うぞ。どっちが上かわからせてやろうか?」
「面白いことを言いますね。私は20代で管理職補佐になった人間ですよ? 『大戦士』なんて、どうせ脳筋に決まってます。魔法使いの前では無力でしょうよ」
「いい加減にしろよ、お前!」
「あなたが偉そうな顔をするからでしょうが!!」
「あの……そろそろ、あいさつをしたいんですけど」
俺は『大戦士』と『魔法使い』の声をさえぎった。
ここで余計な話をするべきじゃないからだ。
この世界の連中は、たぶん、ここでの話を聞いている。
『首輪』や『能力測定クリスタル』を見ればわかる。この世界の技術レベルは高い。
触れただけで能力を測るマジックアイテムなんて、俺たちの世界にはなかった。
そういうものを当たり前に使いこなしてる連中だ。
隠しマイクや、隠しカメラのようなものを仕掛けるくらい、普通にするだろう。
余計なことは、口にしない方がいい。
「俺は北の地に送られることに不満はありません。皆さんが望む場所に派遣されることを祈っています」
俺は4人に向かって、頭を下げた。
「最後に、同じ世界の人と話ができてよかったです。どうか、お元気で」
そんなふうに、俺があいさつを終えた直後、ドアの向こうで足音がした。
「──時間だ。来てもらおうか。コーヤ=アヤガキ」
ドアが開いて、兵士たちが姿を見せた。
ちょうど、俺があいさつを終えた直後だった。やっぱり……王女や貴族は、俺たちを観察していたらしい。
「それでは、これで失礼します」
俺は4人に向かって言った。
「……底辺が、しゃべるな。気持ち悪い」
「負け惜しみですか? せいぜいがんばって生きてくださいよ」
『文官長』と『一般魔法使い』が言った。
『大戦士』の男性は、気まずそうに目をそらしただけだった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
そして『聖女』の女性は、『文官長』の横で、何度も頭を下げていた。
この人たちはこれから、侯爵の部下になる。
待遇は貴族に準じるらしいから、きっと、それなりにいいあつかいを受けるんだろう。そうなることを願ってる。
俺も、これから行く場所で、自分にできることをするつもりだから。
そんなことを思いながら、俺は同じ世界の人たちに別れを告げたのだった。
それから俺は、兵士に連れられて、王宮の外へと出た。
建物の前には大きな馬車があった。
まわりには、武器を持った兵士たち。
馬車の横には、豪華な鎧を着た男性がいる。兵士たちの指揮官だろうか。
「私は序列第3位の、黒熊侯爵家に仕える者だ」
指揮官っぽい男性は言った。
「貴公が送られる場所──序列第5位の灰狼侯爵領は、黒熊侯爵領の北にある。『灰狼』の者たちは事情により、王都には来られない。だから、黒熊領の者が貴公を送ることになる」
「よろしくお願いします」
「うむ。灰狼侯爵領に入るまでの間は、貴公は王家の客人としてあつかわれる」
指揮官の男性は言った。
「その上でたずねる。なにか希望はあるか?」
「この世界の資料でもあれば、移動中に読みたいんですが」
「よかろう。まずは、馬車に乗るがいい。あとのことは兵士たちに任せてある」
馬車の扉が開く。
兵士たちに背中を押されて、俺は馬車に乗り込む。
振り返ると、王宮の窓から、ナタリア王女がこっちを見ていた。
俺は気づかないふりをして、馬車の座席につく。
扉が閉まり、王女の姿が見えなくなってから、俺はため息をついた。
よかった。
なんとか無事に、王宮を出られた。
ここからが重要だ。
不審に思われないように、できるだけ怯えた顔をすることにしよう。
俺がわざと追放されたことがばれたら、連れ戻されるかもしれないからな。
俺の中にあるスキルのことだけは、絶対に知られちゃいけないんだ。
そうして、俺は無事に王都から追放されたのだった。
新しいお話をはじめました。
1章分は書き終えているので、しばらくの間は、毎日更新する予定です。
今日は18時に第1話を、21時に第2話を更新します。
明日からは、1日1話の更新になります。
楽しんでいただけたら、うれしいです。