第五話「脅迫、若しくは操縦」
学校という建造物は、基本的に何処でも明るくなるように設計されている。
コンピュータ室などは当たり前、教室でも廊下でも、照明だけではなく、大きな窓を設置することによって明るさを維持している。
―――だからこそ、これほどに暗い場所、というのは珍しい。
体育館裏、敷地の端の石塀と体育館の壁に挟まれた位置。そこに、祐介は居た。
「わざわざ、直に会うんですか、ボス?」
どこか嘲るように、祐介は目の前の人物に声を掛ける。
「……お前が敬語なんて、気持ち悪い。心を込めないんやったらタメでええわ」
〝ボス〟と呼ばれた人物は、はぁ、と嘆息する。
「流石ボス。……で? 今更何の用なんよ、俺に」
―――雰囲気が変わる
「〝情報〟―――。分かっとるやろ、それくらい。それとも、平和ボケしたか?」
「あーね……。『誰の』『何の』『何を代償に』?」
すぐに、理解する。今、何が自分に対して求められているのかを。
しかし、理解はしてもその通りに行動する気は毛頭無かった。
〝ボス〟もまた、祐介が簡単に自分の思い通りに行動しないことを理解していた。
「最近、一緒に帰った、とか目撃情報があるんよなぁ……」
一緒に帰った―――。その言葉の意味する事を、祐介はその頭脳ではっきりと理解した。今回ばかりは無反応を貫き通すことも叶わず、肩が少し動く。
〝ボス〟がその反応を見逃すわけもなかった。
「はぁ……。それなら周りに気ぃつけて帰るように言っときゃ良かったか……」
小さく、祐介は呟く。
「んなもん、意味ないやろ。中学校レベルやったら登下校路なんてほとんど全員同じや。タイミングの違いはあれど、誰かしらが目撃するもんや」
なら、初めから面白いからというだけの理由で一緒に帰らせなければよかったのか? いや、彼らの場合は祐介らが裏で手を回さずともどこかで一緒に帰るイベントが発生しただろう。
今更の後悔など、無意味だ――――――。
「で、何が条件なんよ。正直なところ、それ次第や」
祐介自身、彼らの情報を売ることに躊躇いが無いわけではなかった。しかし、今は未だ、彼らも知り合った直後。今情報を売ったとして、広まっても証拠不十分で本気にする生徒は少ないだろう。ならば、〝未だ〟売る、という判断も視野に入れられる。
祐介には、目的があった。
代償によっては、その目的に一歩、いや大股で数歩進める可能性がある。
「条件は、こちらからは設定しいひん。そっちが提示したものと、情報の価値で釣り合うんやったらこっちは全く問題あらへんからな」
その言葉に、祐介の表情こそ変化しないものの、その胸中は大騒ぎであった。
―――これは、目的に大股で近づけるなんてもんじゃない
それどころか、目的まで段抜かしで到達できるかもしれない。
代償として、〝ボス〟に認めさせられるかが重要なところだが、逆に言えばそれさえできれば祐介の勝ちだ。
「やったら、こっちが提示する条件は――――――」
「―――っていうか、話聞いてた?」
ふと、物思いに耽っていた祐介は視線を上げる。
目の前の大輔と目が合った。
「ぁ、ああ、あいつらのことやろ?」
図書委員会の仕事で今日は美術部に美穂が来ていない。それをいいことに、残った三人は美穂と健太の関係進展について話していた。
昨日、美穂と健太は下校を共にした。
大輔らが手を回したとはいえ、実際に〝既成事実〟が出来てしまったわけだ。
「はぁぁ、透明人間になる能力でもあったら美穂らの近くで会話聞いてたのに……」
里奈がどこか物騒なことを呟く。
だが、確かに大輔や祐介も似たようなことを思っていた。
あまり近くに行けば彼らに気づかれるのは当たり前だ。そして、人懐っこい美穂の性格からして、近くに三人のいずれかがいれば声を掛けてくるのはほぼ確実だった。そんなことになって二人の時間を少しでも削りたくなかった。
「まあ、知らないからこそ妄想が捗るというものでは?」
大輔の言葉に、祐介や里奈は「まあな」と賛同の意を示す。
「あ、やったら、どんな会話してたか大予想大会しよか」
祐介の提案に、「タイトル適当やなぁ」と言いつつも里奈、大輔共にノリノリでのってきた。
〈祐介の妄想〉
「ああ、僕らは運命の星のもとに生まれた命、苦楽を共にするともがらだったんだね……!」
「ええ、私たちは生まれるより前から繋がれていた、一つの魂を分け合った者同士なのよ」
「今まで、何で気づかなかったんだろう……。会えば、これほどに運命だと感じられるのに」
「それが定めなのよ、神の悪戯。でも、今会えたのだから、神様には感謝しなくちゃ」
祐介は、それはそれは熱意をもって演技した。最早、男優賞の一つや二つ取れそうなほどだった。彼は、この一瞬の為に羞恥心を捨てたのだ。
「あはははっ、ははぁ……ぁはぁ」
見事、里奈をツボらせることに成功した。
祐介は今更羞恥心が戻ってきてしまったのか、少し項垂れている。
「おもしろぉ……よう、そんなの思い付くなぁ」
そう言いながら、里奈は腹を抱えて笑っている。大輔も声こそ出さないものの、口を押えて笑いをかみ殺していた。
「次、副会長ッ! 面白いんやろなぁ!」
やけになったのか、祐介は頬を僅かに紅潮させながら叫ぶ。
〈大輔の妄想〉
「というか……そんなに面白い妄想もないんですけど……」
「まあ、ゲームの話とか、そう言うのやないかなぁ、とは思いますけど」
「あかんわ」
「マジで、おもろない」
それはそれは不評であった。
確かに、大輔自身そのような妄想をするのは得意でも、それを人の前で口に出す、というのは得意ではなかった。
彼が妄想を強かに展開するのは彼が夜寝る直前くらいの一番ぼんやりしてきて羞恥心とかが無くなってきたころである。
「じゃあ、あとは議長先生の素晴らしい妄想を聞くだけですね」
一頻り批判をその身に受けて、大輔がよろよろと机に手を付けながら溜息交じりに言った。
「そうやな、議長先生はさぞ面白い話してくれはるわ」
祐介も追い打ちをかけるようににやにやとそう言う。
しかし、里奈は全くそんなものを意に介さない様子でふと時計を見上げる。祐介と大輔は頭上にハテナを浮かべるが、里奈の行動の意味が分からない。
「―――あぁぁ、やっと仕事終わったぁ」
その瞬間、美術室の扉が開いた。
後輩たちから「こんにちはー」と声を掛けられ「こんにちはぁ」と返しながら大輔らのところに来たのは、美穂だ。
「何の話してたん?」
そう問われ、「ん? ゲームの話」と淡々と嘘をつき、里奈は大輔の背後にすっと立つ。
「仕事の終了時間、調べといてよかったわ」