幕間「バレンタイン、魅せるは本性」
べ、別に昨日投稿しようとして忘れてなんかないんだからね!!
「――あぁ、これは夢なんやな」
三回目ともなると、里奈の気づきも早くなる。あまりにも変な状況が目の前で起こった瞬間、それが夢なのだということが判明する。
しかし毎回、よくバレンタインの夢ばかりを見るものだと里奈自身思っていた。しかも、自分が誰かにあげるわけでもなく、誰かが誰かにあげている場面しか出てこないし。
「んで……今回はまた一段と」
「なにか言った? 里奈ちゃん」
「んぃや? 夢の中の人間にこれが夢だって話したらどうなるのか――みたいな実験したいって話なんてしてへんよ」
「今回のチョコの話やねんけど、これとかどうやろ」
「なるほど、無視されるという結果が出ました、と」
里奈が今この状況を夢であると断じた理由は全て、目の前の女子にある。正直な話をするなら、お互いに関係性があまりない相手なのだ。しかし、里奈は当然のように彼女がチョコを作る手伝いをしている。
しかも、おかしいところは別にもある。目の前の彼女のことは伝え聞く形で知っているが、まさかバレンタインのチョコでいたずらをしようという人間だとは聞いたことがない。そうだ、それも現状を夢だと判断した理由の大部分を占めている。
――目の前で瀬崎佳奈が、高橋祐介にいたずらチョコを作っている。
付け加えることには『with 伊藤里奈』だ。
まさかこんな状況が現実であるはずもない。里奈と瀬崎の関係性がほとんど皆無であるのと同様に、祐介と瀬崎の関係性も皆無であろうから。里奈は二人が話しているところどころか、お互いの名前を積極的に出しているのを見たこともないのだ。
「よしっ、自信作やな」
「……これが?」
瀬崎が出来上がったチョコを前に自信たっぷり胸を張る。
しかし、それを見た里奈の表情は苦いものだ。というのも、チョコからイワシの頭が飛び出ているのだから。いや、瀬崎はイギリス出身だっただろうか。もしかしたら留学とかしてたのかもしれない。異文化交流は大切だ。うん、大切。
「これは……ゲイジーパイならぬゲイジーチョコ、か?」
「これやったらびっくりするやろ」
「適当なびっくり箱よりも驚くやろな。渡してきた人が誰かも含めて」
なんというか、里奈にとっては新鮮であると同時に厄介な相手だった、瀬崎佳奈という女子は。
というのも、これまでで一番の狂気を思い出してみればわかりやすい。まず満場一致でそこはくるみだろう。ではくるみはどうだったか。彼女は狂気なので、自分がやっている変なことに対して何の疑いも持たなかった。罪悪感はないし、それこそが普通だと思ってやっているところがあった。だから、まっすぐにツッコミを入れることが出来たのだ。
しかし、瀬崎はどうか。彼女には罪悪感こそないものの、自分がやっていることが変なことだと自覚している。そういう意味では罪悪感どころか悪意の方があるといえば正しい。
「こういう人にはどうやってツッコんだらいいんやろな……てかそもそも関係値低い人にツッコめるほど私もツッコミ狂いじゃないし」
大輔を呼んでおけばよかった、と里奈は今さらながらに後悔する。あの男は生粋のツッコミ狂いかつ、関係値が少ない人間の方が扱いやすいなどと言い出す変人だ。まさしくこの場には適した人間だろう。
「呼びましたか、議長」
「おぉ……そうか、夢やったなこれ。――おう、呼んだ呼んだ」
流石は夢である。こういう時は夢万歳と唱えたい。
今回の夢は瀬崎が相方だからか、少し距離感をつかみづらくて本調子ではなかったのだ。初代狂気担当である里奈にも、少し勢いが足りなかったと見える。
「おっしゃ!! いくぞ副会長!! 勢いつけてけぇ!!!!」
「落ち着いてくださいね、議長」
「このノリの悪い感じのツッコミ、間違いなく副会長のそれやな」
生徒会本部で関係値を築いてきた大輔の解像度は中々に高く設定できているらしい。大輔のよくやる塩対応なまであるツッコミも完全再現だった。ここで乗ってきたら間違いなくそれは大輔の偽物である。
「てかさ、そもそも瀬崎さん? 佳奈ちゃん? なんて呼んだらいいか分らんけど――なんであの子が私の夢にいるんやろうな。あと、勝手に高橋が被害を受けそうな状況なのも夢らしい理不尽やけど」
「そうですね、ひとまずは夢であるという話を鵜吞みにさせていただきまして――。瀬崎さんとは私も大した関りがないので何とも……話したことも多分ありませんよ」
「そうか、ツッコミ担当を呼ぼうとして副会長を呼び出しはしたけど、佳奈ちゃんの相手させるんやったらまた別の人間呼び出したほうが良いのか」
「目の前でそんな、私を呼んでも無意味だったな、みたいな話をされると傷つきますが。それに、ひとまず美術部メンバーの中には瀬崎さんとかかわりのある人間っていないんじゃありません? 正直に言えば、住む世界がそもそも違っていそうですけど」
「それもそうか。――っていうか、こうやって私が副会長と会話している間は一切干渉してこないあたり、夢って都合がいいな」
そんなことを言ったからか、瀬崎が新たに作り出したらしいチョコを持って里奈のもとへとやってきた。
「はい、新作チョコやで」
「なんですか、これは……?」
「気にしたら負けチョコや」
今度は里奈だけではなく、大輔も一緒にそのチョコを見てみる。
今度は先程と比べて見た目が明らかに普通のチョコと違う、ということはなかった。ただ、チョコの色がほんの少し、真っ赤であるというそれだけだ。どっちだよ、という指摘には真っ赤なチョコだ、と答えておくことにする。
「着色料、ですよね? いや、着色料であることを願いたいですけど」
「唐辛子やけど」
「いやな単語が聞こえた気がするな。ちょっと佳奈ちゃん、もう一回」
「唐辛子を入れまくってチョコの色が赤くなるまで混ぜ続けたチョコやけど」
「これを、誰に……?」
「高橋君に」
大輔が天を仰ぐ。何というか、祐介には女難の相が出ているのではなかろうか。くるみといい、夢の中では瀬崎といい、何というか不思議な方々に好かれているというか。
「いや、これは多分好意やないやろ。逆に悪意やろ」
「え? 里奈ちゃん酷いなぁ。しっかり害意やから安心して」
「表現変えただけやろ! っていうか、ニュアンス的には害意の方が危なそうやし」
「高橋君……激辛に一番効くのは油の直飲みらしいよ」
「あぁ、カプサイシンは油溶性やから……ってどんな豆知識やねん!!」
「こんな激辛チョコ、そりゃびっくりするやろ」
「なんでそんなにびっくりさせたいんや、しかも高橋を!!」
「議長、このチョコ唐辛子の味はしますけど甘いですよ!!」
「矛盾!! 唐辛子の味は辛味なんだよ!!!」
「このチョコ、里奈ちゃんも食べてみて?」
「えっ、あっちょ、口に詰めこ――甘いやん?!!」
「議長、議長」
「里奈ちゃん、里奈ちゃん」
「結局私がツッコまされるんか――!!!!」
*
「はぁ……夢、やったな」
本当に良かった、と心の底から思った。ふと思い立って、熱を測ってみた。
発熱とは言えないくらいの微熱だった。
「一日だけ休むか……」
風邪の時に見る夢、恐るべし。




