第五十話「体育祭、魅せるはやはり裏」
「頼もう!!」「頼みましょー!!」
そんな快活な声が、死地に響いた。辺りに散らばるのは既に死力を尽くして戦い、結果として倒れ伏した者たちの身体だ。その中には、瀕死のものもいる。低く、小さな呻き声が彼らがギリギリのところでどうにかその生命の灯を燃やし続けていることを証していた。
その死地を、合計六つの足が闊歩する。くるみの一対の足、そして祐介を運ぶ車いすの二対。戦い切った勇敢なものたちを踏みつけにしないように細心の注意を払いながら、ゆっくりと、慎重に、奥へと進む。そして、机に倒れ伏した男の下へと、到着した。
「ついに――死んだか、お兄さんも」
「メガネ教授……まさか、こんな形で再開することになるとは思いませんでしたよー」
「いや、死んでないから!! 我々が忙殺されそうなほどの仕事に囲まれていたのは事実だし、実際疲労が結構まじなところまで来てるけど、死んでないから!!」
――と、ここまで茶番であった。生徒会長でありお兄さん、大輔のツッコミに呼応するようにして辺りで倒れ伏していた勇敢な戦士、生徒会本部役員たちが立ち上がってくる。ようやく茶番が終わったか、という呆れ顔をのぞかせながらの登場だ。
里奈とはお疲れのハイタッチ、美緒にも同じことをしようとして腹に一発入れられ掛けてのくるみにより回避。そして拓也とは握手での握力勝負をしておいて、最後に祐介は大輔に向き直った。
「生徒会本部公式お手伝い係として――尊敬の念を表する、鈴木大輔生徒会副会長」
「似合わないねぇ、高橋くん」
「折角いいこと言ってんのに~」
「しかし、受け取っておくよ。どうもありがとう、我々は、頑張ったんだ」
――体育祭が、始まる。
全校生徒は、そう思っている。その裏で、生徒会本部役員が膨大な仕事量を処理していたなどと言う事実を知っているものは、少ない。
生徒会本部役員が絶大な権力を持っていて、学校そのものを裏で牛耳っているなどと言うのは、物語にしか存在しないフィクションだ。大輔に学校全体を動かすような力はない。けれど、大輔は生徒会副会長になった時、木村先生から言われたのだ。その言葉を、彼はひとときだって忘れたことが無い。
『君はこれから、この学校の顔だ。生徒会長不在の今、生徒会本部役員を牽引する君が、長であり――我が校を代表する、顔なんだ』
そうだ。生徒会本部は、権力を持たない。但し、彼らは学校の代表ではある。
――顔なのだと。大輔は忘れない。自分の行動一つ、努力一つ、それらが関西倉北中学校の行動と努力として扱われるのだという事を。だから――彼は宣言する。
「僕らは、頑張った。生徒会本部役員は頑張った。だから、失敗なんてするわけがないよ」
――体育祭が、始まる。
◇
そして訪れた、体育祭当日。前日には有志の生徒たちでテントを張り、体育祭に向けての準備を整えてきた。そして、当日の朝。――雨が、降っていた。
「『この雨も祐介の雨男のせい』って……最早叩くところなくなってきたんか?」
独り言ちるのは、祐介だった。生徒会本部役員が準備を始めるような早朝から学校に到着している、というのは彼にとっては珍しい。くるみに叩き起こされ、無理やり出発の準備をさせられたのも記憶に新しいところだった。
くるみも転校して初めての体育祭とあってか、かなり気合が入っているようだった。特に、彼女の場合は大輔の働き掛けもあって生徒会本部役員の努力も知っている。だからこそ、人一倍この体育祭に向ける思いは大きいはずだった。それに巻き込まれる形で怪我人の自分が、というのは承服しきれないが。
そして連れてこられた祐介だったが、当然のように学校には自分とくるみだけ。生徒会本部の役員たちはグラウンドに出て準備を始めているようなので、校内にいる生徒と言うのは本当に二人だけかもしれなかった。
「んで――くるみが席を外した暇を縫って、こうして情報収集する俺ですよ、と」
自分の置かれた状況を簡潔に呟きながら、祐介の指の動きは止まらない。くるみがいる間には確認できない情報を、今のうちに集めているのだ。彼がスマホで開いているのは、匿名でチャットを交換できるサービス。その『マウスコム』のサーバーだった。
祐介がボスを下し、『マウスコム』は事実上の解散と相成った。しかし、それは形だけの話だ。というのも、今や『マウスコム』は学校中に根を張る巨大組織。上下の繋がり、横のつながりは既に切っても切れないような複雑な絡み方をしているのだ。ボスがいなくなったところで、完全に活動が停止するわけでもない。
――そして。祐介が懸念しているのが、その残党の動きだ。
最近になって、祐介の悪口だとか陰口だとか、そういうものの報告が増えた。その大部分が情報の価値なしとして処理されているので、祐介としては複雑な心境なのだが、やはり状況を注視せねばならないのは事実だ。
「まあ、俺が不真面目で体育祭に貢献できてないことくらいは分かってるんやけど――けどまあ、露骨よな。恐らくはボスが残党の一部を使って……いや、どうだ、そんな余力が残っていたか?」
学校で不登校になったとか、停学や退学になったとか、そういう生徒はいない。そのことからも分かるように、精神の図太きボスは未だに学校にいる。学校で、恐らくは表の顔で闊歩している。じきに、祐介のアレがはったりだったことも露見するだろう。こちらの手札がばれた以上、もう一度同じ手を使うことは出来ない。間違いなく、ボスも対抗策を打ってくる。
改めて、ボスを潰すタイミングが必要なのだろう。否、ボスを潰すのでは不十分だ。
「『マウスコム』――その組織ごと、残党ごと、全てを無かったものにする」
それこそが、必要なことだ。体育祭が始まる、この時期になって――祐介はやはり裏で動いていなければならないらしい。
特段、祐介は自分に関する貶言は気にしていない。けれど、一つだけ――どうしても許しておけないことがあった。
「まさか、俺のせいで体育祭が失敗して、お兄さんとか議長、それに石井さんやら――生徒会本部役員にまで流れ弾が当たったら、俺は許せへん」
いいことを言っているのに忘れられた蒼井拓也。可哀想に。
――何にせよ、祐介はそんなことだけは許せないが故、やはり裏の状況を注意しておかなければならないのだろう。何時まで経っても、表舞台を活動の場にはできない、祐介の宿命だった。




