三十六話「過去、奇しくも同刻に語られる」
【祐介】
あれは……四年前、やったかな。あんまりタイミングを詳しくは覚えてへんねんけど。
結構、お祖父ちゃんとは仲良くてさ。今俺がある程度沖縄弁を聞いたり話したり出来るのも、その頃にお祖父ちゃんと話せるようになりたかったからやし。
【くるみ】
四年前っていうと、私もまだまだ可愛い女の子だったわけで……あ、今もですね。
まぁ、それは良くて。お祖父ちゃんとは、かなり仲が良かったんですよ。お兄ちゃんもお祖父ちゃんとは仲良くしてましたけど、たぶん私の方が仲良くしてたと思います。
【祐介】
ちょっと話ずれるけどさ、くるみの親っていわゆる転勤族みたいな感じで、出張やら引っ越しやらが多かったんよ。でも、くるみも小さい子供やったし、何回も引っ越しばっかり、っていうのは親としても避けたかったんやと思う。
それで、くるみは両親が忙しい時期には決まって、沖縄のお祖父ちゃんところに預けられてた。
【くるみ】
お祖父ちゃんの家に行くときは、大体一人でしたね。
まぁ、私も可憐で儚い少女なわけで。親と一緒に居られないっていうのはかなり寂しいわけです。そんな私の親代わりみたいになってくれたのがお祖父ちゃんとお祖母ちゃんで……仲良くならないわけないですよね。
【祐介】
くるみが小さいころ――沖縄によく預けられるようになるより、もっと前、っていうのはあいつ、埼玉あたりに住んでたんよ。やから俺と違って標準語で。まぁ、そんなに遠いところに住んでたらどうしても会う機会とかないわな。
【くるみ】
お兄ちゃんとしっかり話した初対面は、沖縄だったと思います。
あ、ちなみにですけど、私の恋は一目ぼれじゃないですからね? 初対面の時とかまだまだ小さいお子ちゃまでしたし。なんです? 今もお子ちゃまって顔してますね。
まぁ……そうですけど。え? いやなんでもないです。
【祐介】
まぁそんな感じで、くるみとお祖父ちゃんはかなり仲が良かった。
それなのに、四年前――お祖父ちゃんが死んでしまった。
【くるみ】
確かに、お祖父ちゃんはスポーツマン、ってほど元気にも見えませんでしたけど。でも、そんな簡単にいなくなるようには見えなくて、毎日落ち着いてて。
だから、正直信じられませんでした。しかも、お祖父ちゃんが死んだのは私が久しぶりに地元である埼玉に戻ってた時でしたし。
【祐介】
くるみは、あんな感じではあるけど人間らしさもあるし、しっかり感情がある。そうやで、あいつもキメラじゃないから。
そう、やから……くるみとしても、お祖父ちゃんの死はすごいショックやったんちゃうかな。そのちょっとあと、俺とくるみが同時期に沖縄に預けられることがあってんけど、その時もすごい弱ってる感じやったし。
◇
「――なるほど、憔悴しきってたわけ、か……」
「ショウスイ……そう、ショウスイしてたんよ」
ずっと、小さな相槌ばかりを返していた大輔が、久しぶりに明確な文章としての言葉を返す。その言葉に、少し頭を傾けてから、祐介は何度か頷いた。
「くるみは、ほんとに弱ってた。それこそ、まだ小さかったとはいえ、俺にお祖父ちゃんの幻を見るくらいには」
祐介のその言葉に、今度は大輔が首を傾げる。彼の言った言葉、その意味が大輔には分からなかった。
「俺はあの時……恐らくは初めて、くるみに噓をついたんよ」
――『お祖父ちゃん……?』
沖縄の祖父母の家で、祐介は縁側で静かにお茶を飲んでいた。
祖父が死んですぐのこと。祐介としてもショックが大きくて、何度だって大涙を流した。そんな祐介に、本当なら一番取り乱しているはずのおばぁがお茶を勧めてくれたのだ。
『たいがゆー泣ちゅくとぅ、なだんふぃっくむさぁ』
そうは言いながらもどこか悲壮感を湛えていたおばぁの表情が、祐介には忘れられない。
そうして受け取ったお茶を、祐介は静かに飲んだ。ただ、自分の内から溢れ出てくる涙も一緒に飲み込むようにして。
――そういえば、お祖父ちゃんもよくこうやってお茶を飲んでたな
そんなことを思いながら、三口目を飲み込んだとき、おばぁとは違う小さな影が自分の背中にかかっていることに気づいた。
『お祖父ちゃん……?』
そう言って、小さい瞳を揺らした少女に、祐介はどう反応するのが正解だったのか。そこで、「お祖父ちゃんは死んだのだからもういない」とでもいえるだろうか。いや、そんなこと――無理だ。
幸いだったのは、祐介がお祖父ちゃんと仲良くする中でその癖をある程度理解していたこと。つまり、ある程度の差異はあれど、祐介はお祖父ちゃんになりきることが出来たということ。
それも、子供の真似事程度の出来だったが、それは同じく子供の、それも祖父の死によって弱っていたくるみを騙すには十分だったのだろう。
「――それから、俺はずっと、くるみの前では『お祖父ちゃん』を演じたってわけ。嘘をついて、騙して、ずっと」
「――――」
「まあ、流石にくるみが小学六年になったころ、お祖父ちゃんの死に対しても実感が出てきたころに、気づかれたんやけどな」
「そう、やったんや」
「ごめんな、急にこんな話して」
「いや、それはいいねんけど……」
大輔は、そう言って逡巡する。
祐介の瞳には、祖父の死に対する悲しみや哀感が無かったわけではない。けれど、それよりも強く、後悔だとか自責の表情があった。
「――くるみには、ちょっと悪いことしたな、ってのもあるし……やから俺としてもあのストーカーを強くは拒絶できない」
「……まぁ、結構な拒絶はしてるように見えるけどね?」
「拒絶せんかったらあいつ、恐ろしい怪物になるもん」
「それは……否定できひんかも」
一日弱ほどしかくるみと接していない大輔であっても、くるみの狂気というのは察することができた。しかし、祐介の話を聞いてみるとまた違った見え方が出来てくる。
「くるみとしても、俺が『お祖父ちゃん』っていうのはもう思ってへんと思う。流石に、あいつも賢い方やし。けど、俺に『お祖父ちゃん』の残滓を見てる可能性はあるんちゃうかな、って――。あいつ、俺の事『お兄ちゃん』って呼ぶやろ?」
「――――」
最後、祐介は付け足す。柔らかく、優し気に、けれどどこか哀しそうに、それこそ、兄の表情で。
「『お祖父ちゃん』と『お兄ちゃん』って、発音似てるよな」と。




