第二十七話「兄の胃袋、奇しくも掴まれているもの」
「―――ということで、従兄妹です……」
「はーい! 比嘉くるみ、お兄ちゃんの従兄妹であり、お兄ちゃんの妹ですっ!!」
少女―――くるみが祐介に横から抱きつきながら明るい声で自己紹介をする。
それを、里奈は苦笑を漏らしながら見ていた。どうしても、先程言葉をヘビのように狡猾に這わせていた少女とは一致しているように思えない。
「というか、従兄妹なんやな。『お兄ちゃん』言うからホンマに妹か、はたまたそう呼ぶようにさしてる彼女かなんかかと」
「そう呼ぶようにさしてるってなんや、俺はどういう印象なんよ……」
「彼女! いい響きですね―、あなた、見る目ある!!」
一気に騒がしくなったな、と思いながら、大輔は小さく息を吐いた。
先程から、従兄妹というだけでは説明できないような密着度で祐介に抱きついているくるみだが、彼女が本当に従兄妹である、ということを大輔は知っている。正確に言えば、美穂もだ。
「なるほどね、見覚えあると思ったら……」
「私は一応覚えてたわ、確信までは持てへんかったけど」
「……? 二人共、あったことあんの?」
大輔と美穂があたかも以前からくるみを知っていたかのように話すのを見て、健太が不思議そうに首を傾げた。
大輔と美穂以外は、本当に初対面のようだ。
「あぁ……あの時の……『あの時』の噂の元凶こいつやから」
「えぇっと……あぁ! ほんまに従兄妹おったんや」
健太はいまだにあまりわかってい無さそうな表情だが、それ以外の人たちはなんとなく納得したようで、何度か頷きながらくるみを見ていた。
周りからの視線を一身に受けながらも、くるみは動揺の色など全く見せず、何なら誇らしげに胸を張っていた。
「―――ていうか、お前は何でここにいるんだよ」
来るなんて全く聞いてなかったぞ、と祐介がくるみに問いかける。
しかし、くるみもまた、不思議そうな表情を返した。
「そりゃもちろん、お兄ちゃんのいるところに私もいるからだよー!!」
「いや、理由になってへんやろ……両親は?」
理解が難しかったのか、祐介の言葉も無意識に関西弁に戻る。しかし、実際問題としてくるみがどうやって来ているのか、というのは疑問となる部分である。
まだくるみは祐介たちの一つしたである中学一年生。簡単に一人旅が認められる年齢ではない。祐介たちでも、祐介の祖母と大輔の存在ありきで認められているのだ。
「お父さんとお母さんは本州の空港まで。飛行機は私も乗ったことあるから、大丈夫だよ」
「んじゃ、勝手に来たわけではない、と」
祐介がそう返せば、もちろん、とくるみが親指を立てて見せる。
まぁ、親が認可してるならまだ大丈夫か、と祐介も一先ず安心した。
流石にくるみも、祐介がいるから、という理由だけで一人家出をするかのように沖縄に来るわけもない……と思いたかったが、これまでのくるみを知っている祐介は少々恐ろしかった。
「―――じゃ、改めて沖縄旅行出発ー!!」
「何でお前が仕切るんだよ」
くるみの元気な声で沖縄旅行は開幕する。
静かすぎるよりは多少賑やかな方が、とは思うが、祐介としては心配の種が増えたようなものである。
今回の沖縄旅行は、ただ単なる旅行ではない。祐介が裏ですべてを終わらせた、マウスコム決戦――その慰安旅行でもあるのだ。
無意識にも、これまでマウスコムに知らぬ知らぬが儘に関わってきたメンバーばかりが集まってしまったものだと思う。
件のくるみ、生徒会役員の大輔と里奈、そして夏祭りの健太と美穂。
当然ながら、祐介はその最たる例である。
その彼らが、マウスコムが少なくとも一時的には活動を弱めるようになったタイミングで奇しくも一堂に会した。不思議としか言いようがないことだ。
マウスコムは、潰れるだろうか―――。
その問いを祐介に投げかければ、答えは否だと即答されるだろう。
確かに、弱体化はする。
ボスを活動不能にした今、情報が巡る順序が滞るのは確実だ。ならば、情報を回転させることで力をつけてきたマウスコムは絶対に弱化する。
しかし、潰れることはない。
ボスの存在は、正直形骸化したものだ。
噂を求める思春期の学生たち。
その噂に対する欲求が、マウスコムを動かす原動力となっている。今や、マウスコムは停車機能を失った暴走列車も同然。何かに衝突して粉砕するまで、止まることはないのだ。
―――と、小難しく限りなく無駄な話はよそう。今は、そんな話から身を遠ざけるための沖縄旅行の最中なのだから。
✻
「じゃあ、まずは朝食食べましょか」
「はーい」
腹が減っては戦は出来ぬ。
それはどんなに屈強な戦士にも当てはまる当然の摂理であり、ひどく活動的な中学生にとっても同じこと。
朝早くから飛行機に乗り、ここ沖縄に来たわけだが、まだ朝食は食べていない。お腹の減り具合もひとしおという頃合いである。
ちょうどいいタイミングだ。
飛行機に乗って、絶妙にお腹が減る。機内食が出てそれを食べることも勿論あるが、どうしても機内でご飯を食べるのは、と懸念する人も少なからずいる。
であれば、空港というのはお腹の空いている人が集まっている場所で然り。
それが、策略だと気づいたのは大輔ひとりだった―――。
―――ほんと、よく出来た経営戦略だもんで
実際、自分もお腹が減ってきて、ちょうどご飯を食べたいと思っている。
そして、ちょうどよく空港には食事処がある。しかも、食欲を唆るファストフード。
「A&W」と書かれたその店を本州で見たことはないが、この時間に人が賑わっているところを見ると沖縄では有名なチェーン店なのだろう。
まぁ、よく練られた経営戦略だ。当然のことではあるし、そうするのが当たり前。だとしてもそれをしっかりやるか否かでは大きな差が生じるのだ。
「何を一人頷いてるんですか、メガネ教授」
「えぇっと……? 『メガネ教授』というのは僕のことで?」
「合ってますよー」
「なるほど……?」
『メガネ教授』の誰であるかは分かった。
しかし、肝心なことは何もわかっていないような気がして大輔としては首を傾げたくなる。
「お兄さん、諦めてくれ……こいつはこういうやつやから……」
「なる……ほど?」
学校の授業は全て――体育に関連することを除く――を簡単に理解できる大輔だが、くるみについてはかなり不可解なところが多いようで、持ち前の理解力も功を奏さず、という様子だった。
「その通り! 私は理解不能のクリーチャー……というわけでもないけど、気まぐれなんでーす!」
「お前はまずその態度から改めろ」
「えーい」
「『はーい』と『えー』をまぜんな」
そんな他愛もないような会話を聞いて、言い合ってはいるし、祐介はくるみを避けているような言動はするけども、詰まる所仲良しなのだな、と大輔は思う。
弟や妹がいれば、そういう感じなのか、と思えば羨ましくもなった。
「大輔、この店気になんの?」
「いや、まぁ特にどこが気になるというのはないですけど」
という大輔の言葉を聞いて、くるみは「それならッ」と目を輝かせた。
「お兄ちゃん………これはもう沖縄のアピールチャンスですよね………」
「あぁ………許可する」
くるみは真っ先に店員がいる注文カウンターに駆けて行き―――、
「ベーコンチーズマッシュサンドと、カーリーフライと、オレンジジュースを6人分お願いしまーす!」
―――と言ってさっさと会計を済ませてしまった。
「なんでかメシの趣味だけは合うんよな………」
「まぁねぇ! お兄ちゃんの食の好みは熟知してるから! 胃袋を掴むってのは大事だから………」
「え?ってことは全部祐介の好みってこと………?」
「あぁいや、この店のメニューではこれ結構オススメ………というか絶対食うべきやつやから大丈夫。俺の趣味ではあるけどみんな美味しいって思える………はず」
そういった瞬間、「エンダーと言えば、な曲」がくるみのスマホから大音量で流れ始める。
「おい、家ならともかく空港ではやめろ! 普通に迷惑!」
というかなんでこのタイミングでそんな音源を用意できたのかは謎でしかない。
そして―――、何事もない朝食は始まり、また終わる。
くるみが祐介に抱きつきながらその隣の席を死守せんと大立ち回りを見せたり、健太と美穂がそれぞれのメニューを千切って一口交換していたり、里奈が大輔の頭の上にハンバーガーを掲げて『メガネ教授――ハンバーガーを乗せて』と言っていたりとしたが、本当に何もなく、何事もなく、朝食は終わった。
本当の沖縄旅行は、これからである。
【くるみ】お兄ちゃん、この店来たら毎回オレンジジュース飲んでるよね。沖縄来たらよく買ってるルートビアも置いてあるのに。
【祐介】ここのオレンジジュースはうまいんだよ。それに、オレンジジュースの値段がだんだん高くなってるからな。いつか飲めなくなるかしれねぇし
【くるみ】え!?そうなの!?




