第二十一話 「決戦、若しくは喰らう者」
「この撮影位置……まさか」
ボスが写真を見て呟く。
その写真の撮影者に、心当たりがあるような言い草だ。実際、ボスはその写真が撮影されたタイミングと、誰がその撮影位置にいたか、はっきりと覚えていた。
「お前は、まだその頃こっちに来てへんかった、もんなぁ……ちっ、瀬崎か」
ボスの推論に、祐介がにやりと笑みを深める。
最後まで、あいつは自分に協力することも、心を開くことも何もなかったなぁ、と思う。まあ、だからこそ女狐なのだが。
『ふふ、やっと食いついた』
「あの女狐の目は、もう見たくないわ」
完全に、こちらを手駒か面白い玩具か、はたまたもっと軽いものとして見ているような、そんな瞳。そんな瞳を向けられるくらいなら、はっきりと嫌悪の瞳を向けられた方がまだましだ、とさえ思える。
「あいつも……か、なんで」
「そんな深く考えんなよ、組織のボスとか、恨まれてなんぼ。そやろ?」
「……何が望みなんよ、なんかあるんやろ? やからこんな―――」
「俺の組織脱退、と―――――――――。」
「なんで、そんなものを……」
「どうする? はい、これで消せる」
祐介がスマホを軽く操作する。画面右下、画像の削除ボタンが出てきた。
【この画像を削除しますか?】
ボスが無意識にそのボタンを押さんとしてがっ、と手を伸ばす。
しかし、祐介はそれは予想済み、と言わんばかりにひょいっとスマホを上にあげて躱した。ボスが歯噛みすれば、歯と歯がずれてギリッと音が鳴る。
「交換―――、消したいやろ?」
「―――」
威厳を保つためか、ボスは声を出して肯定などはしない。しかし、無意識に頭は小さく下に折れてしまう。
それは、自分が支配構造を作るためにどうすればいいか、と模索していたころの写真であり、いわば黒歴史だ。それを周りに晒されれば当然の如く、学校での自分の立場は、なくなるだろう。
表の顔ではある程度の優等生を演じている自分の立場が、完全になくなってしまう。
「はい、消したいんやろ? 消したらええやん」
そういってボスの手が簡単に届く位置に、祐介はスマホを移動させる。
しかし、今回はボスが動かなくなった。何か、罠があるように思えて仕方がない。目の前の人物は、これまでマウスコムの幹部として形だけでも自分に忠誠を誓ってきた祐介ではない。確かに、敵となった祐介だ。ならば、自分を貶めるための罠を用意していてもおかしくはない。
「はぁ、さっさとしてほしいんやけど。いいんやで? この画像をクラスライン当たりに送ってやっても。うちのクラスはほかのクラスと交友広いやつ多いし、簡単に学校中に広まるやろなぁ」
脅しのつもりではない、と祐介は画面を操作してボスに見えるようにしながらクラスラインに画像を送る準備を始める。
本来なら、祐介を殴るなり蹴るなりしてでも、スマホを奪い取り、完全に画像データを消し去るべきだ。しかし、未だに鳩尾の痛みが消えない。
あと一手。
画面右下にある送信ボタンを押せば、それだけでボスの立場は完全に喪失する。
「―――待て、分かった。お前の条件を、のむ」
苦渋の判断には違いない。しかし、そうする以外にボスがとることのできる判断があるわけもなかった。自分の立場を守るか、自分の手駒を失うかだ。確かに、祐介の情報提供率は圧倒的だし、瀬崎でさえギリギリで追いつけているレベル。失うのはマウスコムにとっての痛手に違いない。しかし、ならば自分の立場さえも放り投げることが出来るか? 無理に決まってるだろうが。
「はい、よく言えました。じゃ、どうぞ」
馬鹿にされている。蔑視されている。
それがよくわかる。祐介は、そのことを隠そうとさえしていない。だからこそ、分かってしまう。しかし、ボスはそのことを指摘していられない。そのことを指摘して、祐介の気分を害せば―――。
ボスは観念して、指を伸ばす。
肩の、腕の、指の。それぞれ筋肉を動かそうとすれば、それだけ鳩尾に刺激が入って痛みが全身を襲う。急所への攻撃が不審者に有効、といわれる理由が分かった気がした。
震える指で、削除ボタンを押そうとする。
今度は、祐介もスマホを上に持ち上げたりはしない。
あと、ちょっと。
少しだけ、指が届かない。
ちっ、と舌打ちをして、ボスが体を小さく起こしながら勢いのままにボタンへと指を伸ばした。一気に筋肉に力を入れたせいか、鳩尾を中心に体全体が痛む。これ以上ないほどに、痛む。
しかし、良いのだ。これで。
自分の立場は守った。祐介の組織脱退? 何かしらの弱みでも握って、もう一度組織に入れてしまえばいい。これまで古き良き友情を想って弱みを握ることなく幹部として徴用していたというのに、祐介がその友情を蹴り捨てるのであれば、こちらも同様にするだけだ。
画像を削除してしまえば、こっちのもん―――、
「おい、どういうことや……」
画像を削除するボタンを―――、画面の右下にあるそのボタンを押した、その瞬間、画面が切り替わった。
『背面にボタンが付いていて、なんか色々操作できるのです!』
『―――、アプリの入れ替えしたり、とか』
画面の右下にあるボタンは、画像の削除ボタンから切り替わり、クラスラインへ、最悪の爆弾を投下するための最終決定スイッチへと―――。
【え、これ誰?】
【高橋がしゃべるんは久しぶりやなw】
【あ、これあいつじゃね?】
【何やってんの? もしかして、殴ってる?】
【殴られてんの、髪型的に山本じゃね?】
【は? どういうこと?】
破滅へと近づく音が、ボスの耳朶を打った。
「おい……おいおいおい! どういうことや!」
祐介に殴りかかろうとして、ボスはその場にうずくまる。
ダメダメ、動きすぎたら全身の筋肉が悲鳴を上げる。
どうせ俺を殴ることなんて、出来ないんだから。
「そんなんやったら、さっき言ってた交換条件やって―――!」
なしになる。そう言おうとしたんか。
ああ、無様。古い友人に対してこんな感情を抱くとは思ってなかったけど、こういうのはこういうので、気分がいい。
「いやぁ、確かに思ってたんよ。実際に条件をのんでもらお、って。けどさ、そもそもの話―――、」
そこで、言葉を切る。
上から、うずくまるボスを見てやる。
一瞥では物足りないな。
「マウスコムを潰せばさ、全部叶うわけよ」
言い放った。
自分の願いなんて、マウスコムがなくなってしまえば全部叶ってしまうかのような錯覚さえあるんだよ、こっちは。
健太と美穂の恋路にせよ、自分の組織脱退にせよ、――――にせよ、全部。
「幹部にしてやって、情報も色々やって、コイバナでも不幸話でも、なんでもやったやろ!? そういう情報持って、全能感感じて……それで良いやないか!! そうやってりゃ、人生もハッピーエンドやろ!?」
腹の痛みなんて、忘れてしまったのか、はたまた興奮状態だから気にしていられないのか。ボスはどんどん声を荒げる。
ああ、うるさいな。
まだなんか叫ぶ気力あんのかよ。
「はぁ――――――」
長い溜息を吐く。
こっちも激昂したら意味ない。こっちは至って冷静に。最後まで、楽しんでやらねば。
「人生のハッピーエンド……? そんなもんなぁ、神やら大人でも社会でも、古き良き友人でもボスでも、誰にだって中指立てて、自分の好きなことやってやる。それが、人生っていうゲームバランス最悪のクソゲーの、ハッピーエンドだろうよ!!」
―――ああ、すっきりした。
全部、自分の思うことを全部、全て、完全に、吐き切れた気分だ。
何も、考えなければ、この世界なんていいもんだ。
人生なんて、クソゲーだ。賢いやつはとことん賢くて、かっこいいやつはとことんかっこいい。性格いいやつはとことん性格がいい。逆も然り。
ゲームバランス? そんなもんあったもんじゃない。開発者には堂々と罵詈雑言のフィードバックだ。
「終わりや、お前は」
「――――そんな、はずないやろ」
最後まで、自分の絶対性を疑わない。
その自信家っぷりには逆に感心するわ。もう、お前にとってはそうやってるのが、人生のハッピーエンドなんやろうな。
「あぁ、ボス―――、いや■■、最後に」
「今日だけは、めっっっちゃ、楽しかったわ」
これまで浮かべてこなかった、一番の満面の笑みを見せ、祐介はボスを―――■■を置いてその場を離れだした。
「お前なんか、どうせ〝鼠〟でしかないやろうが!」
「おぉ、そうかもしれんな」
「俺は、絶対にお前を食い潰す! 〝鼠〟では足りんのやったら〝蛇〟になってお前を―――!」
「はぁ、元気やなぁ」
最後まで、叫び続けるなんて、ほんまに元気な奴や。
鼠やら蛇やら、そんな小難しく考えてる時点で、プライドを捨てられへん時点で、お前はボスの器じゃないんだよ。
少し進めば、ずっと聞こえていた罵詈雑言も、吐息と成り果てた。
ふぅ、と息を吐く。
これで、終わったんだな。
『じゃあ、そのテスター第一号俺な!』
『うん、しっかりデータ取っといて』
そういえば、こちらは最後まで気づかれることなく。
流石は大輔の作ったソフトだ。クラスラインに偽装したAIソフト。
画像を送ったところからの反応速度の絶妙性、そしてその反応の精密性。
どちらをとっても中学生が作ったとは考えられないような出来上がりだった。少しばかり不自然なところが残るならば誤魔化しも入れる必要があるかと思っていたが、そんなものもいらなかった。
本物のクラスラインに投下しなかったのは情けか?
答えははっきり否だ。
本物のクラスラインに投下してしまえば、■■が制裁を受けてしまうではないか。それだけで終わってしまうのだ。
偽物のクラスラインに投下すれば、■■は毎日、ただひたすらに周りからの視線に怯えるしかなくなる。自分の悪行を、全員が知っているかもしれない。誰が知っていて、誰が知らないなんて予想もつかない。なのに、誰もそれに言及してこない。
ああ、自分に話を聞かせないように、裏で自分に対する嫌悪と嘲笑を積み上げているのだ、と思うしかなくなる。
それが、一番苦しい。
そんなもんは、俺が一番わかってる。
■■、周りが全員敵に見える錯覚、是非楽しめよ―――。
―――ここで、祐介の夏祭りは幕を閉じた。
ーーー夏祭り編、ついに完結




