第十五話 「夏祭り、若しくは初デート」
「―――久しぶり、シュガー君」
「あ、久しぶり」
夏の暑さも、夕方に近づくにつれて少しずつ影を潜めつつある。
そんな、夕暮れ時に二人の男女が久しぶりの再会を果たしていた。健太と美穂である。それぞれ、大輔と里奈に根回しされ、半ば騙されながらも二人での夏祭りデートと相まったのである。
『誰とやったら―――』
『……渡辺さん、とか』『シュガー君とか?』
半ば騙された、という事実は否定できない。
しかし、それぞれほぼ即答でお互いの名前を出したのだから、これは殆ど自分たちの意思でデートに臨んだも同然だろう、と大輔と里奈は考えている。
何よりも、お互いにほかにも友達がいる中でお互いの名前を選んだ、というところに何とも言えない感慨深さを感じていた。
『ほぉ、成程。じゃあ、話は通しておこう』
『じゃあ、あの副会長あたりに聞いとくわ』
そう言って返事をした二人の表情がにやにやとした笑みであったことは最早当然のことである。
「じゃあ、行こ」
二人は、どこかもじもじとしながらも夏祭りへの道のりを歩き始めた。
これまで、下校を共にしたことは何度かあったが、それでもこうやって予定を立てて外に二人で出かける、というのは初めてのことだ。それが大輔や里奈の策略の内だとしても、彼らにとっては初めてで、大切な時間なのだ。
「夏祭り、って向こうの公園でやってるんやんな」
「うん、そうらしい」
「そういえば、夏祭りって初めてやわ」
「そうなん? 言うて俺もあんま行ったことないけど……」
いつもなら、当然のように言葉が出てきて、ゲームの話題にせよ、学校で起こった珍妙な話にせよ、どんどんと話題が広がっていくものなのだが、今日はどうしても言葉に詰まる。一つ一つ、言葉を慎重に取り出して、口で紡げど、やはり話題が広がっていかない。
お互い、緊張しているのだと、自覚もしているし、相手がそうなのだと分かってもいる。表情が明らかに強張っているのだ。
「どうしたん、緊張してる? 顔、すごいことなってんで」
「え!? いやいや、渡辺さんやって……!」
「ぷっ、あはは」
「―――? ひひ、あははは」
緊張が満ちれば、次に来るのは決壊の時。
二人は一頻り笑いあった。お互いに、何が面白いのか、と問われても何か明確な答えを出すことは出来ないのだろう。しかし、何故か笑えてしまう。笑い声が漏れ出てくる。
それが、楽しくて、自分たちはこうであるべきだ、となんとなくでもそう思うのだった。
「よし、なんかすっきりしたし……改めて夏祭りへ!」
「うん、折角やし、楽しもうな!」
二人の表情は、もう強張っていない。
二人とも、相手と一緒に夏祭りに行ける、という事実を―――その喜びを小さく胸に抱きながら、夏祭りの喧騒の中へと、足を踏み出すばかりだ。
*
「さて、出発しましょうか」
「そやね、いろいろあって用事がなくなり夏祭りに行くことが出来るようになったけれど諸事情により少しばかり出発時刻が遅れ、二人で行くことになった私らも出撃の時間や」
「諸々の説明お疲れ様です」
さて、こちらは尾行の大輔×里奈ペア。
先んじて健太から出発時刻を聞いておき、その時間とは少しずらした時間に集合して夏祭りに出発である。
健太と美穂が初デートということで興奮し、失念しているが彼らも同様に初デートである。なお、デートの定義は男女が予定を合わせて出かけること。
「まあ、尾行……じゃなくて合流のための捜索もそうやけど、こっちもこっちで楽しみながら行かなあかんね」
「そりゃまあ、そうですね。夏祭りなんて去年ぶりですし」
「あれ、こういうのって久しぶりやったりせぇへんの!?」
「僕は毎年家族と夏祭りに行きますので」
大輔は、夏祭り常連客であった。
勿論、今日行われている公園での夏祭りも参加したことがあるし、どのような屋台があるかもリサーチ済みである。
「では、参りましょうか。あまり遅くなりすぎても見つけられずに終わりますよ」
「よっしゃ、出撃~!!」
元気よく、里奈が走り出す。その後ろを大輔が落ち着いて、歩きの儘に追いかけていった。凹凸コンビとはよく言ったものだが、凹凸だからこそ形がぴったり合うのである。
夏祭りに到着してみれば、中々に混雑している様子だった。
これでは簡単にはぐれてしまう。
「どうする? 手でもつなぐか?」
どうするどうするぅ? と言いながら里奈が手をひらひらとさせる。目の前の混雑具合からすれば確かに妥当な提案なのかもしれない―――が、大輔は思案顔になる。
「いえ、止めておきましょう」
「あれ、男子ってそういうの好きやない? 特にラブコメ好きそうな鈴木は」
「そういうことではありませんよ。貴女は自分が注目されている、ということを自覚してください。誰が見ているのか分からないのですから」
大輔は真剣だった。
彼は、まさかマウスコムの存在を知っているわけであったりはしない。確かに巨大化した組織ではあるが、その存在は可能な限り秘匿されている。
しかし、そのような組織がある、という具体的な事実は知らずとも、そうやって噂を好き好んで広めようとする人間がいる、ということは確かに知っていた。
そして、生徒会本部役員であり、人の美醜には疎い大輔でも分かるほど容姿端麗である里奈が当然のように注目されている、ということも理解しているのだ。
「ふぅむ、折角ひっかかったら揶揄おうかと思ったのに……くそぉ、正論だなぁ」
まあ、噂を広めようとする人云々関わらず、大輔が里奈の誘いに乗らなかったのは英断であったようだ。もしもあの場で手を取っていたら、と思うとぞっとする。
「はい、では行きましょうか」
「はぁい……」
出鼻を折られた気分でぶすくれながら、里奈は追いついてきた大輔の後ろをついて歩く。大輔は里奈を先導しつつも、時折後ろを振り返ってしっかりついてきているかを確認していた。
*
「まずは、どこ行く?」
夏祭りの行われている公園に入ってみれば、意外に屋台が多い様子だった。公演はそこまで大きいわけでもないのに規模だけはある。
そのせいか、人も密集しており、こんな場所の中で知り合いと合流しようなどと考えている人がいるならばほぼ不可能に近いのだろう。
「まずは何か食べたいかな……夜ご飯は屋台でなんか食べてきて、言うて言われてるし」
健太はそう言いながら、辺りを見回して食べ物の屋台を探してみる。
しかし、同じようなことを考えている人というのは多いようで、ふと見まわして見つけた食べ物の屋台は行列ができていた。特に、お好み焼きや焼きそばなどのご飯になりうるような料理は人気のようだ。
「うぅん……やっぱ後にしよっか」
「あ、あそこやったら比較的空いてるんちゃう?」
あまり行列に並んでいる時間を作りたくない、というのが健太の考えである。もしかしたら美穂は何か食べたいなどとは思っていないかもしれないし、もしもそうなら自分のためだけに二人で列に並ぼうという傍若無人な態度はとれない。
そう思って、もう少し人が少なくなるのを待とうと諦める提案をしたわけだが、美穂が少しばかり空いている屋台を見つけたようである。
「あそこは……たい焼き屋さん?」
「うん、そうみたい。地味に、たい焼きって私食べたことないんよ」
「やったら、最初にたい焼き屋さん行こか」
最初の目的が決まって、二人は並び歩いてたい焼きを打っている屋台の前に出来た行列に並ぶ。他の屋台には数十人レベルの行列ができているが、こちらは五人程度だ。少し待てばたい焼きが食べられるはず。
「そういえば、たい焼きって頭から食べるか尻尾から食べるかってあるけど、シュガー君は?」
「どっちやろ……俺は尻尾かなぁ……何となくやけど」
「私は頭やなぁ……あ、他にも屋台あるしさ、一人一個より半分こせぇへん? そのほうがいろんな屋台の食べ物食べれるやろうし」
美穂がそんな提案をして、少しばかり首を傾ける。
その様子にか、提案にか、何に対してか。健太は何かに揺り動かされたかのような心持の儘、その提案を受け入れた。健太が「そうする?」と肯定を示せば、美穂がにっこりと「うん!」と頷く。
「はい、おまち!」
祭りの定番とさえいえるような掛け声とともにたい焼きを一つ受け取り、それをきれいに等分してお互いに食む。
ふわりとした生地を唇で挟めば、何とも多幸感あふれるものだった。
お互いにたい焼きをもぐもぐと食べながら笑いあう。この状況が、この世界で一番平和なのではなかろうかという錯覚を見ているものに与えるほどの状況だった。
「いやぁ……いちゃついてますなぁ」




