表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6



「ねぇ、お兄ちゃん……」


 言いかけて止めた台詞の代わりに、妹のお腹がキュウと可愛い音を立てた。


「お前さぁ、今日のお弁当はちゃんと食べたの?」


「うん、おにぎりブラック、二つ」


「それじゃ足りなかったんだ?」


「だって、今日のは小さめで、二口食べると無くなっちゃったんだもん」


 早苗は不満げに頬を膨らませた。






 ちなみに「おにぎりブラック」とは、良枝が作る具の全く入っていないおにぎりを、特売でまとめ買いした焼き海苔で包んだものだ。


 海苔は湿気気味で米も安物だから、塩の味しかしない。


 あまり器用と言えない母が毎朝やっつけ仕事でこしらえる為、形は真ん丸、黒いテニスボールみたいで固い。


 自然解凍するタイプの冷凍食品を申し訳程度に添え、弁当箱へ放り込んだ有り様は泣ける程にシンプル。「映え」の対極にある一品と言えるだろう。


 もっとも給食費が払えず、教師に頭を下げてばかりの達樹の境遇を考えれば、早苗の方が幾分マシかもしれない。






「なぁ、その首飾り、お誕生日会の奴だろ? 幼稚園で何か美味しいもの、出たんじゃないの?」


 早苗は悲しげに首を横へ振った。


「紙の首飾り、もらっただけ?」


「あのね、うれしかったんだよ。シノちゃんとタカちゃんが二人で一緒にかけてくれて。でも……」


 もう良い、と達樹は早苗の前髪を優しくなでた。


 最近、公立幼稚園へ通う子供の貧困率がド~ンと跳ね上がり、イベント等にあまりお金を掛けられないそうだ。


 逆に、とある高級住宅地の私立幼稚園では、ひな祭りにプロのパティシェを招き、子供の目前でケーキを作る催しをした、と夕方のテレビで言っていた。


 これもカクサって奴っスか?


 まだ良く理解できない言葉を口の端で呟いてみた後、達樹は意識して明るい声を張り上げる。


「よし、お兄ちゃんもお祝いするぞ。好きな菓子パン一つ、オゴッたげる」


「何でも!?」


 上目遣いに達樹を見ていた早苗の瞳が、途端にキラキラ輝きだした。


「僕のお小遣いで買えるだけ、一つならチョイ高目の奴でも……」


 上限290円じゃ高目も何も無いと思いつつ、達樹は胸を叩いて見せる。今時の小学生には、ブラフって奴が不可欠なのだ。


 そんな兄貴をいつもの上目遣いで見つめた後、早苗は小首をひねり、ふと悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

 

「あのね、お兄ちゃん……ウソついたら、グレちゃうぞ!」


「え?」


「フフッ、タカちゃんのまね。お母さんが約束破ると、こう言うんだって」


「……お前なぁ、そういうの、あんまり真似すんなよ」


「ど~して?」


「ど~してって言われると困るけど……お兄ちゃん、早苗にウソついたりしないだろ」


 見栄やハッタリ、それとブラフは僕の固有スキルであって、ウソのカテゴリーじゃないからさ。


 素直に頷く早苗へ、胸の奥で達樹はそう付け加える。


「言いな、何が食べたい?」


「だったら、リンゴ・リング!」


 迷わず早苗が選んだのは、直径20センチの輪の形をした大きなパンだ。


 生地に甘いリンゴのスライスを巻き込むようにして焼き、上に砂糖のシロップがたっぷりかかっている。


 食べごたえ抜群な割に安く、定価で270円くらい。特売の目玉になる時なんか200円以下まで値引きされるから、良枝は欠かさず買ってきて、子供達の朝ごはん兼おやつにしている。


 もうすぐ値上げされると聞いた。でも多分、まだ大丈夫。普段から一割引きの店だって達樹は知っている。


「ん~、安くて僕は助かるけどさ、いつも食べてる奴にしなくて良いじゃん」


「あたし、一人でぜ~んぶ食べてみたいの!」


「いつも、半分こだもんな」


「うん」


「だからって、誕生日だぜ。今日くらい、量が命って感じじゃなく、もっとゴ~ジャスなパンを買っても……」


 早苗はブンブン首を横に振る。


 妹が気を使っていると達樹は思ったが、どうやらそうではないらしい。愛用の紐付きバッグから早苗は見慣れないスーパーのチラシを出し、広げた。


「ほら、お兄ちゃん。こんなの、見た事ないでしょ?」


 日替わり特価品の欄、シロップの代わりにチョコをかけ、リンゴも増量された菓子パンの写真が出ている。


「……お、もしかして新製品?」


「ううん、今だけの特別なパンってシノちゃんが教えてくれた」


「つまり、これ、その子ん家の新聞に入ってたチラシかよ!?」


「パクったんじゃないもん。くれたんだもん」


「……あぁ、そう」


「今ねぇ、ここのお店しか売ってないんだって。凄いでしょ? お兄ちゃん、いっしょに行こ!」


 確かに店舗限定発売と書かれており、値段は税抜き258円。税込みでも達樹のポケットマネーでぎりセーフ。


 もう売り切れているかも、と思ったが、すっかりハイテンションの妹にそれを言ったら最後、


「ウソだったら、グレちゃうぞ!」


 と無邪気過ぎる笑顔で、宣告されるのは目に見えている。


 取り敢えず行くしかない。だが、問題はその店の位置だ。


 良枝が勤務するクリーニング屋の先、駅の踏切のそのまた向う、居酒屋のみならずキャバクラ等の風俗店も軒を並べる繁華街手前に、そのスーパーはあるらしい。


 小学校の教師から、子供だけで行ってはいけないと止められている界隈のド真ん中である。


読んで頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ