秋:再会
頭の中のイメージが文章になり、少しでも伝われば私は救われます。
26歳;晩秋
仕事を終え家に帰るため幹線道路より一つ入ったいつもの路地をただとぼとぼと歩いていた。
雑居ビルに囲まれた秋の18時はもう夜。少し肌寒い。
肌が冷えると人間の五感は研ぎ澄まされる気がする。
”目”は空を見上げる。だけど星なんて見えない。見えるものなんて薄汚れたビルと壁に据え付けられた室外機、窓だらけのビルからはまばらに光が漏れ出し、そこには”労働”が詰まっていると体現しているようだ。
”鼻”が感じ取ったのは幹線道路を走る車の排気ガスと近くの飲食店から漂う揚げ物の香り、それにすれ違う人の体臭が入り混じり”これが都会の空気か。”なんて。本当にくだらない。
耳に掛かるマスクのゴムに少し痛みを覚えて位置を直すために立ち止まった。
その時視界の端、雑居ビルの隙間で何かが動いたような気がした。
“猫か?”と思いながら視線をそちらへやると人がビルの室外機にもたれ掛かっているのが見えた。
少し驚いたがここは駅周辺の小さいが繁華街。飲み過ぎた人間などいくらでもいるし、ここでは日常風景だ。
いつもの様にスルーしようと再び歩を進めようとした時、辺りの喧騒が一瞬ピタリと止んだ。
すると、室外機にもたれかかった人の苦しそうな小さな、普段なら聞き漏らしそうな微かな呻めきが聞こえた気がした。
目線が反射的にその人を捉える。目を凝らすとその”女性”は左手で胸を押さえている様に見えた。
“ここで声を掛けなければこの人はもう誰にも見付けてもらえず助からない”
なんの医療知識も持ち合わせてはいないが直感があった。
女性までの約3メートルの距離を驚かさない様に”大丈夫ですか?”と自分史上1番優しい声を掛けながらゆっくりと近付いた。
意識を確認するため肩を少し揺すると女性は薄ら目を開け、浅い呼吸と呼吸の間に今にも消えありそうな声で”薬、、、バック、、、”
“薬?、、、薬が要るんですか?か、カバン開けますね!薬ってどんな形ですか?!”
初めての事で私はとても動揺し少し上擦った声になってしまった。それでもその瞬間は”この人を助けないと”としか考えていなかった。
鞄を中を探しているとスマートフォンにキーチェーンで繋がれたシルバーのカプセル型ピルケースが目に入った。
すぐさま鞄から取り出し女性に見せた”薬ってこれですか?!”
女性は片目だけ薄く開け、ピルケースを確認したのだろう、小さく頷き”、、、1、、じょ、、ぅ、、、”と呟いた。
焦っていたためねじ込み式のピルケースを勢いよく開けてしまい錠剤をばら撒いてしまった、、、
“ごめんなさい!”あたふたしていると女性のコートに1錠だけ地面に落ちなかった薬があった。
それを手に取り女性の口を運んだが、もう飲み込む気力すら残っていないようで口を動かしてはいるが薬は微動だにしていなかった。
再び女性の鞄を漁るが飲み物など入っていない。
ふと、仕事終わりに職場で貰った缶のお茶を持っている事を思い出し背中に回していた肩掛けカバンから缶を取り出した。
蓋を開け女性の口にお茶を流し込んだが大きく口を開けてくれないものだから口元からダラダラとお茶が溢れるのでそれを手で支えた。
小さく喉が鳴った。どうやら飲み込めた様だ。
次第に女性の呼吸は穏やかさを取り戻していった。
時間にして10分程だろうか。
ただ私にとってこんな事は非日常であり体感だと1時間程で、とてつも無い疲労感の到来と共に肩から力が抜けるのを感じた。
女性が目を覚ました。”、、、、、たか、、し、、くん?”
⁉︎⁉︎⁉︎
何故私の名前を知っている⁉︎
人生で初めて”青天の霹靂”とはこういう事かと脳の一部は冷静さを保とうとしているが抵抗も虚しく、その他大多数の脳は”混乱”これ以上適切な言葉はないだろう。
そんな”パニック状態”の私の肩に不意に手が添えられた。
私の意識は驚きを通り越して一瞬の”無”に包まれる。
”ありがとう。たかしくん。”
その薄い唇から穏やかにゆったりとした調子で言葉を発した後、目を細めて、か弱くどこか儚げな笑顔を見せた。
”あっ”
その笑顔が強制的に脳の記憶を蘇らせる。
”木下じゃないか。”彼女の名前が口をついて出た。
読んでいただきありがとうございます。修正すべき点などご指摘ありましたらコメント頂けますと幸いです。




