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翡翠に輝く彼の微笑み

作者: 美都

「……ア! ミア! ミア!」


 ぼんやりとした頭に、テノールの声が入ってくる。不思議と心地よく感じる音だった。その言葉の意味を理解しないまま、その声に導かれるように意識が浮上していく。少女は瞬きを繰り返し、なんとか瞼を持ち上げた。


 少女の視界に、1人の青年が映り込んだ。翡翠色の瞳は涙で揺れている。泣かないで、と彼のふんわりとした茶色の髪に手を伸ばしそうになる。しかし、何故そう思ったのかがわからない。


 結局、その衝動は少女の内に押し留められた。


「ミア! よかった……気がついたんだね!」


 青年はそれは嬉しそうに、少女の顔を覗き込んだ。左の頬に現れたえくぼが、青年を幼く見せる。青年は左手をそっと伸ばすと、少女の頬を優しく包みこんだ。


 その感触に、少女は体を強張らせた。意識が急速に覚醒し、はっと目を見開く。青年の顔、腕、木目が剥き出しの天井、壁……と、キョロキョロと視線を彷徨わせた。


「ミア……? どうしたの?」


 少女の異様な様子に、青年は手を引っ込めると、不安気に尋ねる。少女は、あの、その、えっと、と暫くどもった後、体に掛けてあった白い掛布団を口元まで引っ張りあげる。それから、泣きそうな顔で青年を見つめた。


「あの、ミアって私のこと、ですか……? それと、あなたは……?」


 その少女――ミアは、記憶を全て失っていた。



 ♢



「体に異常はありませぬな。呪いをかけられているわけでもない。記憶を失っているのは、精神的なものが原因ではなかろうかの」


 そう言ったのは、1人の老いた医者だった。ミアが目を覚ました後、青年は慌てて彼を連れてきた。魔術師でもある彼は、呪術の解除も生業にしているらしい。


「記憶は戻せるのか?」


 そう尋ねた青年に向かい、医者は静かに首を振った。


「そんな! ……自然には、戻るんだよな?」

「それはなんとも。戻る人も戻らぬ人もおる」


 青年は大きく目を見開いており、動揺しているようだった。質素な丸椅子に腰を落とすと、頭を抱えた。


「どうにか、できないのか?」


 絞り出した声は悲しみが滲み、縋るようだった。医者を痛々しい面持ちで見上げている。

 医者はため息を1つ溢してから、ゆっくりと口を開いた。


「頭部を強打したといった、物理的な要因は思い当たらぬと言っておったな? 確かに、この娘さんには目立った外傷が見られぬ。ということは、じゃ。記憶を失うほど、辛いことがあったのではないかの?」


 青年は医者から目を逸らし、眉間に皺を寄せた。その動作が、医者の言葉が真実だと物語っている。医者は諭すように言葉を紡ぐ。


「自ら消すほどの記憶じゃ。今思い出すのは、娘さんにとって酷なことじゃろう」

「……ミア、すまない……」


 医者は青年の両肩を、労るように優しく掴んだ。


「記憶は記録ではない。はっきりとした記憶、奥底に仕舞い込まれた記憶。全て程度が違うのじゃ。魔術で記憶を戻せたとしても、その配分はできぬ。記憶が全て等しく戻り、人の脳では耐えられぬよ」


 医者はそこでふぅと息を吐くと、やや声のトーンをおとして続ける。


「記憶は複雑に絡み合っておる。たとえ記憶を奪う呪術が使われようとも、ちょっとしたきっかけで記憶を取り戻すこともある。そのくらい繊細なものなのじゃよ。只人にはどうにもできぬ」


 医者は青年の背中をポンポンと叩くと、静かに部屋を後にした。


 当の本人であるミアは、まるで他人事のように眺めているだけだった。



 ♢




「ごめんね。ミアにはなんのことかわからないよね」


 医者のいなくなった部屋で最初に声をあげたのは、青年のほうだった。戸惑いがちにふるふると首を揺らすミアに青年は柔らかな笑みを見せる。


「まずは自己紹介からだね。君の名前はミア。そして僕の名前はエド。僕たちは幼馴染なんだ」

「幼馴染……」

「そう、幼馴染。仲が良くてね、僕はミアのことをよく知っているんだよ。今の状況を説明するね。わからないことがあったら、なんでも聞いて欲しい。まず、僕たちはラヘルという町に住んでいて、今はラヘルから馬車で1日のところにあるエイデンという町にいる。ここまでは大丈夫かい?」


 ミアがこくりと頷いて見せると、エドは両の手で優しくミアの左手をとった。その温もりに安心感を覚える。


「ええと、何から話せばいいかな」


 エドの細く角ばった手がミアの手を擦る。エドは逡巡した後、ぽそりと呟くように続けた。


「一昨日からここに滞在していてね。観光に来たんだ。明日に帰る予定だったんだけど、ミアが倒れてね。こんなことになるなんて思ってもみなかった。住み慣れた場所にいる方がいいだろうから、予定通り明日には帰路につこうと思う。明日の朝迎えにくるから、今日はもう休んだ方がいい。寝て起きたら記憶が戻っているかもしれないしね」


 そう言って立ち上がるエドに向かって、ミアは小さく頷いた。するとエドはほっとしたような表情を浮かべ、左手でミアの頭を優しく撫でた。


「いい子だ。ゆっくりお休み」


 ゆっくりと頭から手を離すと、エドはそっと部屋を出ていった。

 エドの去ったドアを見ながら、ミアは撫でられた頭に手をあてる。


 違う。

 そうミアは咄嗟に感じた。この手じゃない、と。なぜそう思ったのかは全くわからないし、先ほどは彼の手に安心したにも関わらず、なぜだかそう思うのだ。


 1人になった部屋で、ミアはぽつりとつぶやく。


「私の名前はミア」


 繰り返してみても、そうなんだ、としか思えない。私は誰? エドを信じてもいいの? そんな疑問が頭をよぎるが、今のミアにはどうしようもない。混乱しているけれども、頭の整理には睡眠が必要なようだった。瞼を閉じるとそのまま、ミアはすっと眠りに落ちた。



 ♢



 朝、人々のざわめきで目が覚めた。どうやらこの宿の壁は薄いらしい。立ち上がって窓から外を見下ろすと、マーケットが人で賑わっていた。

 今日は日曜日なのか、と思い、ふと気が付く。ミアは日曜日にマーケットが開かれることを知っていた。昨日は混乱していたが、どうやらすべての記憶が抜けているわけではないらしい。

 マーケットから良い匂いが立ちのぼり、ミアのお腹がぐぅとなる。

 エドが来る前に着替えておこうと、ミアは部屋の中にあったミアのものと思われるトランクから洋服を引っ張り出した。


 ちょうど着替え終わったころに、ノックの音が2回響いた。

 なぜ3回ではないのかと、ミアはなぜだか不思議に思ったが、エドが来たのだろうと思い慌ててドアへと向かう。


「おはよう。調子はどう?」

「おはようエド。特に問題はないわ。……思い出したのは日曜にマーケットが開かれることくらいだけれど」

「そうか。日常の記憶はあるのかもしれないね。さぁ、朝食を食べに行こう」


 エドは右手でミアの左手を掴むと、廊下を通って食堂へと向かった。



 ♢



 食堂で席に着くと、恰幅のよい朗らかな女性が2人の席にやってきた。


「ゆで卵とオムレツ、どっちがいいかい?」

「僕はゆで卵で、彼女にはオムレツを」

「オーケイ。ちょっと待ってておくれ」


 そう言って女性は厨房へと戻っていく。


「エドはオムレツが好きなのではなかったかしら……」


 つい、ぽろっとそんな言葉がミアの口からこぼれ出た。その言葉にエドは目を見開く。


「オムレツも好きだけど、今日はゆで卵の気分かな」

「ええ、ええ、そうよね。いきなりごめんなさい。なぜだか、オムレツではないのが不思議になって……」

「記憶が戻りつつあるのかもしれないね。……僕はオムレツ、好きだよ」


 そう言ってエドは優しくにミアの頭を撫でる。その表情には悲しみが混ざっていたが、ミアは朝食を運んでくる女性に気をとられていて、気づくことはできなかった。



 ♢



 エドの言う通り、馬車に1日揺られてたどり着いた場所は、とても見慣れた町だった。「しっくりくる」というのが適切だろうか。エドに連れられて一軒の家にたどりつくと、エドはドアをやはり2回ノックした。


 ガチャリと音を立ててドアが開くと、そこには中年の男女が立っていた。なぜだか懐かしさがこみあげてくる。戸惑いエドに顔を向けると、エドはにっこりと笑った。


「ミアのお父さんとお母さんだよ」

「お父さんと、お母さん……?」


 躊躇いがちに2人を見ると、今にも泣き出しそうな笑顔でミアを見ている。


「そうよ、お父さんとお母さんよ」


 そう言って女性は腕を広げ、ミアを優しく包み込んだ。よく知っている香りに、母であることを実感する。ミアの目からは涙が溢れ、母はあやすようにミアの背中を優しく叩いた。


 その様子を横目に、父はエドと話をしている。


「エド、今回はすまなかったね。先に手紙をもらって助かったよ」

「いえ、僕のせいでもありますから。余計なことをしたのかもしれません」

「いや、これは仕方ないだろう……とにかく、ミアをゆっくりと休ませることにするよ」


 ミアが母親に泣きついている間に、父親と話し終わったエドは家から去ってしまっていた。



 ♢



 ミアの家はパン屋らしい。暫くは休んでいなさいと言われたものの、特にすることもないため、翌日からミアはパン屋の売り子として店頭に立っていた。

 ミアの記憶喪失は町中に広まっているらしい。お客さんが来店するたび、気の毒そうにミアを見ていく。


「今回は大変だったね」

「早く記憶が戻るといいね」

 そんなミアを励ます声とともに、ミアは不思議な言葉を聞いた。

「思い出さない方がいいのかもしれないねぇ」


 なぜ、思い出さない方がよいと思っているのかと首を傾げると、その言葉を発した八百屋の女性はしまったという顔をして、いそいそと店から出て行ってしまった。


 そこではたと思い出す。エイデンの町で医者が言ったことを。ミアの記憶喪失は、精神的なものが原因だと言っていなかっただろうか、と。

 この町のみんなは、ミアの記憶喪失の原因に心当たりがあるに違いない。けれど、それは本当にショックなことで、記憶喪失になるのも仕方ないと思っているのだ。


 ミアは記憶を思い出すのが怖くなった。しかし、それと同時に事実を知りたくもなった。


 誰に聞くべきか。


 両親はミアを心配して教えてくれないだろう。ラヘルに戻ってからはパン屋を出ていないので、友達がいるのかもわからない。そうすると、尋ねることができるのはエド一択だ。


 お客さんとそんなやりとりが続いた数日後、ミアはパンを買いに来たエドとやっと顔を合わせることができた。


「ねぇ、思い出さない方がいいって言われたのだけれど、私に何があったの?」


 何気なく聞いてみると、エドはピタリと固まった。


「そんなことを言った人がいるのか? 別に、たまたま、運悪く、記憶を失っただけだと思うけど」

「嘘言わないで。流石に騙されないわよ。お医者様だって、精神的な理由って言っていたのを思い出したわ」


 キッと睨みつけてやるけれど、エドは気にも留めていない風でパンの注文を始める。


「バゲットを2つよろしく」


 ミアも仕方なしに、言われるがまま売り子の仕事に戻っていく。


「はいはい、バゲットを2つね。……あれ? ブールはいいの?」

「……ブールはいいかな」

「あれ、ごめんなさい。なんでブールって思ったんだろう……エドが買いに来たのは、ラヘルから戻って初めてなのに……」

「記憶を失っているんだ。仕方ないよ」


 エドはそう言うと、ミアの頭を優しく撫でる。


「そうだ、そうだ。今度の週末にお祭りがあるのは聞いているだろう? 最後に花火をあげるんだ。っていっても、この小さな町のだから花火の規模も小さいんだけど。一緒に見に行かないか?」

「花火? いいわね。一緒に行くわ」

「よかった。じゃあ、その日に迎えにくるよ。毎年一緒に行っていた特等席があるんだ」


 それから、エドはバゲットの入った紙袋を受け取ると、空いている左手をひらひらと動かしてパン屋を出て行った。



 ♢


 週末のお祭りの日。

 ミアはラヘルに戻って初めて、パン屋の外に出た。町中は花できれいに飾られていて、お祭りらしい明るい雰囲気だ。大通りは出店で賑わっている。

 あてもなくぶらぶらと歩いていると、後ろから「ミア」と声をかけられた。振り返るとミアと同世代の少女が3人、不安げな顔で立ちすくんでいる。


「……ミア、元気? ……じゃ、ないよね。えっと、その、私たちの事覚えて……ない、よね?」


 真ん中の1人が、勇気を振り絞るように話しかけてきた。その様子に、ミアは彼女たちを覚えていないことが申し訳なくなってくる。


「ごめんなさい。覚えていないの……」

「いえ、仕方ないわ。それが記憶喪失だもの。私はリリー。こっちがダーナで、こっちがキャシー。私たちはミアの友達よ」

「そうそう、仕方ないわ。そうよね。キャシー?」

「ええ、そうよ。ルドがあんなことに――」

「キャシー!」


 リリーが慌ててキャシーの袖を引っ張ると、キャシーはしまったという風に口元をおさえる。


「ルド?」


 新たに出てきた名前に、ミアはきょとんと首を傾げた。


「あ、いえ、エドよ、エド。2人は昔から仲がいいものね。今日も2人で花火を見るんでしょ? 私たちとはまた今度遊びましょうね」


 3人は何かを誤魔化すように、口早に別れをつげると、すぐに人ごみに紛れて行った。



 ♢


 夜になり、ミアはエドと一緒に森の中を歩いていた。今日は新月で、ランタンの灯りだけが頼りだ。


「ほんとにこんなところから花火を見ていたの?」

「穴場は、誰も知らないから穴場なんだ。誰もが行けるところにあるわけないだろう」


 ミアの何度目かもしれない文句を受け流しながら、エドは先頭を切って進んでいく。暫く歩き視界の開けた丘の上にたどりついたとき、丁度よく花火が始まった。


「ほら、いい場所だろ?」


 花火を背に、エドが得意げに振り返る。その振り返る方向は、右回りだった。

 また、ミアの中で「違う」という感情がこみあげる。


「ほら、もっとこっちにおいでよ」


 そう言って右手を差し出すエドに、「違う」と声を上げたくなる。


 ミアに差し出す手は左手でないといけないのだ。

 なぜ、なぜ、なぜ。

 ミアはわからないまま左手を差し出す。すると、エドはその手を優しくつかんだ。

 やっぱり違う。なぜ優しくつかむのだろうか。

 なぜ、なぜ、なぜ。


 導かれるまま丘の頂上まで歩いていく。そうしてたどり着き、花火で浮かび上がるエドの横顔を見たとき、心の中で声がした。


『来年は、俺とミアの2人で花火を見にこような』


 その瞬間、ミアの中で記憶がはじけた。


「あ……あぁ……あぁぁ……」

「ミア、どうした⁉ 大丈夫か?」


 呻きながら膝から崩れ落ちるミアをエドが慌てて支える。それも、左手が軸だった。


「ルドよ、ルド。どうして忘れていたのかしら。ルド……ルド……」

「ミア、思い出したんだね」

「ねぇ、エド。ルドはどこに行るの? どうして今日はここにいないの?」

「しっかりするんだミア。君も知っているはずだ。ルドは死んだんだよ」

「あぁぁ……」


 泣き叫ぶミアを、エドは黙って抱きしめていた。


 ♢


 ルド。

 彼はエドの双子の兄だ。一卵性双生児で、利き手が逆に生まれていた。ミアの頭を撫でるのは右手で乱雑に、ミアと手をつなぐのは左手で。それはエドではなくルドの方だった。

 ドアのノックが3回なのも、オムレツが好きなのも、ブールをよく買うのもルドのことだ。


 ルドとミアは恋人同士だった。


 つい先日、国境で紛争が勃発した。丁度ルドが仕事で国境付近の町まで出かけたときであったため、運悪くそれに巻き込まれてしまい、ルドと連絡が取れなくなった。ルドが生きているのか死んでいるのかもわからないから、紛争地帯には近寄れないけれど、せめて、国境近くの町まで探しに行こうと、ミアとエドはエイデンに向かった。

 エイデンの町は紛争から逃げてきた人々が大勢おり、ある人がエドを見て言った。


「おい、お前生きていたのか、よかったな。てっきり死んだと思っていたよ。よかった……よかった……」


 それはつまり、ルドは既に死んでいる確率が高いということだった。


「私がルドを忘れるなんて! 愛しているのに忘れるなんて!」

「ミアまで僕をおいて逝ってしまうんじゃないかって怖くなってね、ミアが記憶を失っていなければ、エイデンに住む魔術師にミアの『ルドに関する記憶』だけを取り除いてもらおうと思ったんだ。だから、ミアは悪くない。悪くないんだ……」


 泣きじゃくるミアを支えるエドの手も小刻みに震えていて、どちらがどちらを支えているのかさえ分からなかった。



 ♢



 その日以降、ミアはぼんやりとすることが多くなった。記憶が戻ったこともあり、周りの人たちからはさらに腫物のように扱われる日々だった。食欲がなくなり、部屋にこもっている日も多くなった。


 特に、エドに会うことを拒むようになった。ルドと同じ顔で、でもルドとは違う人間で。ルドの死を受け入れられないミアにとって、エドの存在そのものがルドを思い出すために恐怖でしかなかった。


 数か月がたったある日、エドがミアの寝室に乗り込んできた。ミアはエドの顔を見た途端に、ふいと顔をそむけてしまう。それさえお構いなしといった風に、エドはミアの顔を両手でつかむと、ぐいっと自分の方へ向けさせた。


「ミア! たった今ルーグの街から帰ってきたエリックが、紛争の戦死者名簿を確認してきた。ルドの名前はなかったんだ! ルドはまだ生きてる! ミア、お前はこのままルドの帰りを待たずに餓死する気か?」


 その言葉に、ミアは目を見開いた。


「……生きてるの? ルド、生きてるの……?」

「あぁそうだ。今どこにいるかはわからないけど、間違いなく生きてるよ。だから、信じて生きてくれ。頼むから……」


 苦しそうに声を絞り出すエドに、ミアは罪悪感を抱いた。エドだって辛いのだ。しかもルドに続いてミアまでいなくなる恐怖を抱えていた。


「エド、ごめんね。今までごめんね」


 ミアがそっとエドに抱き着くとエドもきつく抱き返してきた。



 ♢


 それから数日かけて、ミアはきちんと食事をするようになった。エリックの話を皆が聞いたのだろう、ミアがパン屋の売り子に立っていても、腫物を扱うような人たちはいなくなった。


 そんなある日のことだ。


「おーい! ルドだ! ルドが帰ってきたぞ!」


 八百屋の主人がパン屋に駆け込んできた。その言葉を聞いた瞬間、ミアはパン屋を飛び出した。


「今西の門の辺りにいるぞー」という八百屋の主人の言葉を後ろに聞いて、言われた方向に走り出す。弱った体には走るのはつらく、何度も転びかけながら町の西にある門へと向かう。


 門には人が集まっていたが、ミアを見て皆が道を開けてくれた。その先には、ボロボロになりすっかり瘦せこけたルドがいた。けれどもその翡翠の瞳は、ミアを見てきらきらと輝いていた。


「あぁ、ルド。あなたなのね」


 ミアの目から涙が零れる。


「待たせてごめんね」


 ルドはそう言って、ミアに駆け寄ると、右手でミアを抱き寄せた。やや乱暴な抱擁に、ミアはルドなのだと実感したのだった。

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