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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第1章 やさしい委員長編
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第7善「いやあああ! 外に出してぇぇぇ!」


「なー、委員長?」

「なにー?」


 リビングからキッチンにいる委員長へ声をかけると、包丁のリズミカルな音に乗って彼女の声が返ってくる。


「触ってもいい?」

「っ!? どストレートになに言ってるの!?」

「ダメか? さっきから触りたくてウズウズしてたんだ」

「っ……。ま、まぁ、そこまで言うなら……ちょ、ちょっとくらいなら、いいけど……」

「よっしゃー」


 許可が出たので、はやる気持ちで向かっていく。

 庭先にいる、犬のもとへと。


「な、なんだ、犬の話か……」

「委員長なんの話してたんだ?」

「な、なんでもない! ご飯できるまで遊んでて!」


 なんかちょっと怒っているような気がしたが、正式に許可が出たので思う存分モフらせてもらおう。


「わんわん!」


 リビングのガラス戸から縁側に出ると、デカイ犬が尻尾を振りながらこちらに駆け寄ってきた。毛並みのツヤツヤなゴールデンレトリバー。一目見た時からモフりたくて仕方なかったのだ。


「おう犬。元気だな犬」

「わんわん!」


 犬は良い。俺の見た目でビビらないから。異世界でも犬を相棒にして旅をしていたものだ。


「お手」

「わん!」

「お座り」

「わん!」

「《ヘル・フレイム》」

「わん……?」


 あぁ、こいつは火を吹かないタイプの犬か。まぁ《ヘル・フレイム》を放たれたら近所一帯が火事になるところだった。むしろ火を吹かなくて良かったかもしれない。


 犬を撫で回したりボールを投げて遊ぶこと一時間弱。空が暗くなってきた頃合いに、ドッグフード片手に委員長も縁側までやってきた。


「吉井くん、ご飯できたよ〜」

「おー」


 もうそんな時間か。時間を忘れて遊んでしまっていた。

 委員長からドッグフードの盛られた皿を受け取り、さっそく一つ摘んで口に運ぶ。


「ちょちょちょ!? それ吉井くんのご飯じゃないから!」


 しまった。異世界時代は食べられそうな物は何でも食べてたから、ついクセで。


「わんわんわん!」


 『それはボクのだよ!』と抗議するように吠えられたので、皿を地面に置いてやった。犬は余程腹が減っていたのか、待ての声も聞かず物凄い勢いでガッつき始める。


「じゃあな犬。次会う時までに火ぃ吹けるようになっておけよ犬?」

「わん!」

「うちの子に変な芸教えないで」


 ドッグフードにガッつく犬の頭を、委員長の手が優しく撫でる。


「よかったね〜、遊んでもらえて」

「わんわん!」

「ほら、お兄ちゃんにお礼言いな?」

「わんわわん!」


 おお、まさかの犬からの感謝が。

 しかし七芒星の線が減る様子はない。


「あー、ちゃんと感謝の言葉を口にしてくれないとダメなんだ。ほら、言ってみ? あ・り・が・と・う」

「わ、わ、わ、わ、ん」

「ちがうちがう。あ・り・が——」

「うちの子に変な芸教えないで」


 呆れ顔の委員長に背中を押されて室内に戻ると、カレーの良い香りが俺達を迎え入れた。一気に空腹感が押し寄せてくる。食卓には二人分のカレーとサラダが並べられていた。


「あれ? 委員長の家族の分は?」

「さっき連絡あって、みんな帰ってくるの遅くなるんだって。パパは残業。お姉ちゃんはサークルの飲み会。ママと妹は映画観てから帰ってくるって」


 委員長家は三人姉妹の五人家族なのか。

 

「まったく、もっと早く連絡してほしいよね」


 口では不満を漏らしているが、どこか嬉しそうな表情にも見えた。


「仕方ないから、二人で先に食べちゃお?」


 委員長に促され、彼女と向かい合うように席に座る。カレーの香りがより一層鼻孔をくすぐり、空腹感がピークに達した。


「うまそー。いただきまーす」

「どうぞー」

「うまっ」

「ふふ、よかったー」

「うまっうまっ」

「美味しそうに食べてくれるねー」

「うまっうまっうまっうまっ」

「……吉井くん?」

「うまっうまっうまっうまっうまっうまっうまっうまっ」

「なんか怖いんだけど!?」

「うぅぅぅぅ〜」

「なんで急に泣き出すの!?」

「あー……すまん。暖かくて美味い料理なんて久々で、つい」


 そう言えば、ようやく異世界から帰ってきたというのに今日はまだ何も食べていない。善行に気を取られて久しぶりの現世の食事を楽しむのを忘れていた。


「委員長は本当に優しいなー」

「ど、どうしたの、突然?」


 カレーを口に運ぶ彼女の手がピタリと止まる。


「あったかい飯食わせてくれるし、ヤらせてくれたし」

「善行の話でしょ!? ……まぁ、わたしも助かったから、別にいいけど」

「他にもなんか困ったことがあったら言ってくれよ? ボコボコにして欲しい奴とかいれば任せてくれ」

「なんでそうバイオレンスな方向にしか考えられないかなぁ。それ善行じゃないから」

「え、そうなの?」

「……本気で言ってる? スーパーの件といい、ちょっとズレてるよ?」


 薄々感じてはいたが、こうもはっきり指摘されるとぐぅの音も出ない。


「なら、また何かお願いしてくれ。何でもするから」

「……そういうこと、迂闊に人に言っちゃダメだからね? 吉井くんを騙して悪事を手伝わせようとする人がいるかもしれないし」


 確かに、善行だと言われれば騙されて何でもかんでもやってしまいそうだ。


「でも委員長はそんなことしないだろ?」

「どうかなー? とんでもない悪いお願いしちゃうかもよー?」

「いや、委員長はそんな奴じゃない」

「そ、そんなはっきり言われると恥ずかしいな……」


 なにせ善行ヤリヤリ女だ。悪事なんかするワケない。


「まぁ、どうしてもって言うなら……実はお願いしたいことが一つあるんだよね」


 そう前置きし、委員長は語り始める。


「実はね……。わたし、もっと朝早く学校に行きたいの」

「? 行けば?」

「うん。でも、朝の電車って凄い混んでるでしょ? それで、前ね、その、一回だけ痴漢にあって……。その時はちょうど駅に着いたからすぐに逃げれたんだけど、それから混んでる電車に乗るのが怖くなっちゃって……」


 そこまで聞いて、委員長の言わんとしている事が読めた。


「なるほど、痴漢をボコボコにしてほしいと?」

「……」

「じょ、冗談だって。ボディーガードになって欲しいってことか?」

「まぁそんな感じかな」


 あぶねー、こっちだったか。

 まぁ確かに、不良ルックスの俺が横にいれば痴漢なんて寄って来ないだろう。うってつけの案件だ。


「いいぞ、そんくらい」

「ほ、ほんとっ!?」


 よほど嬉しかったのか、委員長の顔がパアッと輝いた。

 俺としても美味しい話だ。ただ電車に一緒に乗るだけで毎日確実に善行が稼げる。これほど楽な話があるだろうか。いわば善行のサブスクである。


 しかし問題は今日。あと二善しないと、明日は訪れないのだ。


「うまかったわー。ごちそーさん」

「お粗末さまー」


 食事を終えた後、他に何か善行はできないかと思考し、飯の後片付けを思い付いた。


「皿、洗おうか?」

「ほんと? また《ウィンド・カッター》とかやらない?」

「ははっ、《ウィンド・カッター》は皿洗いに使えないだろ? 変なこと言うなぁ委員長は」

「変なこと言ったのは吉井くんでしょ……」


 皿洗いに活かせるとしたら浄化魔法とかだろうか。残念ながらそんな便利なモノは習得していない。

 委員長も手伝ってくれるとのことで、二人でキッチンに並んで皿洗いを行なった。俺が皿を洗い、それを委員長が拭くという流れだ。皿を拭いているだけだというのに、やけに彼女は楽しそうだった。


「ふぅー。片付け、手伝ってくれてありがとう」


 にっこりと、輝かしい笑みを向けられる。例を言いたいのはこっちの方だ。善行のチャンスを恵んでくれただけでなく、手伝いまでしてくれるなんて。委員長は本当に優しい。彼女と一緒にいると、異世界で失ってしまった暖かい気持ちが心の奥から湧き上がってくるような気がする。


「委員長」

「なぁに?」

「また皿洗いに来てもいいか?」

「それならいっそのことご飯食べに来てよ……」


 ともかく、残りの善行はラストひとつ。長かった一日七善生活の初日もようやく終わりが見えてきた。


「他にやって欲しいことあるか?」

「えー、そう言われてもなぁ。あ、そうだ。一緒に今日の宿題やらない?」

「他にやって欲しいことあるか?」

「えっ? だから一緒に宿題を——」

「他にやって欲しいことあるか?」

「壊れちゃったの?」


 断言できる。宿題は善行などではない。むしろ人体に悪影響を与える悪行と言っても過言ではない。

 はぁ、と委員長の口から溜め息が漏れる。続けて、うーん、と頬に指を当てて何やら思案をしていた。


「なら、そうだなぁー。肩凝ったから、揉んでくれる?」

「任せろ! めちゃめちゃ揉みしだいてやるよ!」

「言い方っ!」


 委員長はソファーに腰掛けると、少し身を捩ってこちらに背中を向けてきた。揉みやすくするためか、ブレザーを脱いでワイシャツ姿になる。


「痛くしないでよー?」

「骨折させないように気を付けるわ」

「超怖いんだけど……」


 委員長の背中側に座り、その肩をできるだけ優しく揉んでやった。万が一にも肩を砕かないように、しかしマッサージ効果があるように。コントロール具合がなかなかに難しい。


「あ〜、気持ちいい〜、吉井くん上手だねぇ〜」


 思いの外、俺には肩揉みの才能があったらしい。今度、道ゆく老人を揉みしだいて感謝してもらおうか。


「気持ちいいか?」

「うん」

「ほら、ここがいいんだろ? いひひひ」

「変な聞き方しないでくれる!? しかもなんで笑ってるの!?」


 なんか肩揉み楽しくなっちゃって。


「ついでに全身マッサージしてやろうか?」

「ほんとに? お願いしようかなー」

「じゃあ横になってくれ」

「はーい」


 そのまま俺の方へ、委員長が背中からぽてっと倒れ込んできた。反射的に受け止めてしまい、俺の胸に彼女がもたれかかるような体勢になる。


「うつ伏せになってほしかったんだが」

「あっ! そ、そうだよね!? なにやってるんだろ、わたし……」


 慌てて俺から離れて行こうとする委員長。しかし、俺は肩を掴んで彼女を引き止め、離れて行こうとする彼女の体をもう一度引き寄せた。


「きゃっ!? な、なに!?」

「委員長……」


 片腕で彼女の背を支え、彼女の顔を見下ろすような形になる。上目がちの潤んだ瞳が俺の顔を真っ直ぐ捉えた。頬がほんのり桜色に染まり、彼女の体温が上がって行くのが分かる。どきん、どきん、と高鳴った鼓動が伝わってくる。


「吉井くん……」


 ゆっくりと、その大きな瞳が閉じられた。心なしか、少し顎を前に出しているような気がする。

 そっと彼女の髪を撫でる。柔らかい体がピクリと震える。瞳をキュッと閉じ、少し不安げに、しかし何かを期待しているような表情だ。

 そして、俺は——


「委員長……」

「うん……」

「犬の毛が付いてる」


 ——髪の毛に付いていた犬の毛を取ってやった。


「ん。ありがと」


 ……よし。よしよし! 感謝ゲット! これで左手の刻印が全て消えた。ついに……ついに一日七善を達成することができたのだ!

 喜びのあまり勢い良く立ち上がると、支えを失った委員長の体がソファーにこてんと倒れ込んだ。


「きゃっ!? ど、どうしたの!?」

「あー、帰るわ」

「え? つ、続きは?」

「なんの?」

「な、なんでもない!」


 かーっと耳の先端まで燃えるように赤くなる委員長は、それを隠すようにクッションを抱き寄せて顔を埋めていた。


「も、もう帰っちゃうの?」

「あぁ」


 一日七善達成したしな。これ以上彼女の家に居座る必要は無い。


「あー、あー、なんか足も凝ってるかもー。誰かマッサージしてくれないかなー? 太ももらへんー」

「悪りぃ。今日はもう営業終了なんだわ。自分でやってくれ」

「なんなのもー!?」


 一日に七回に善行をやってのけたのだ。これ以上の善行は体に障る。

 若干不服そうな彼女に見送られ、俺は荷物を持ち玄関へと向かった。


「それじゃ、また明日」

「うん。駅まで送ろうか?」

「いや、もう暗いし別にいいよ」

「わかった……ぁああああ!?」

「うわ、びっくりした。急にどうした?」


 突然目を見開き、委員長は顔を真っ青にして絶叫する。なにやら震える手で玄関の床を指差していた。指先を追うと、そこには小さな虫が。


「虫ぃぃぃぃ! 虫いやあああ! どうにかしてぇええええ!」

「あー、だから今日の善行は営業終了なんだ。自分でどうにかしてくれ。じゃあな!」

「やだあああ! 見捨てないでぇええええ! 虫いやあああ! 外に出してぇぇぇ!」

「わかった、じゃあ明日の朝また来るから。そん時に処理してやるよ。それまで困っててくれ!」

「なんでぇぇぇぇ!? 今どうにかしてよぉおおおお!」


 明日の分の善行にしたかったのだが……。

 結局、委員長に泣きつかれて虫を外に逃す、という無駄な善行をやってしまった。一日に八善もやってしまってしまったが健康に害はないだろうか。


 兎にも角にも、これにて初日のミッション達成。ひとまず今日を生き延びることができ一安心である。

 結果的に委員長にかなり助けられ、七分の四善は彼女由来のものとなった。しかも明日から毎朝ヤらせてくれると言う。委員長は本当に優しいなぁ。


 なんだか達成感に満ちて、鼻歌交じりにスキップ気味で家まで帰った。そしたら職質された。


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