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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第4章 かわいい天使編
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最終善「ありがとう」


「待っててくれたのか?」

「うん。それで、善行の方は?」

「あと一善」

「すごい! 頑張ったね!」


 自分のことのように、本当に嬉しそうな顔で委員長は微笑む。


「なんだか感慨深いなぁ。あの吉井くんが自分だけで一日に七善もするなんて」

「自分でもビックリだよ」

「それで、最後は何をするの?」

「最後は何か、特別なことをしたいなって。なんか、地球を救うような大きな善行をしたい」

「急にスケールが大きくなったね」

「隕石でも降ってこないかな」

「縁起でもないこと言わないで」

「冗談だ」

「吉井くんが言うと冗談に消えないよ……」


 ふぅ、と俺は呼吸を整える。

 なんだろう。何故か緊張している。


「朝、『今日は感謝しないでくれ』なんて言ったけど。やっぱり最後は、委員長に善行をしたい」

「わたしに?」

「あぁ。なんか困ってること無いか?」

「うーん……」

「無いなら今すぐ困ってくれ」

「その要求に困ってるよ……」


 う〜ん、と真剣に頭を抱える委員長。

 そうだ。委員長はいつだって真剣で、本気だった。

 俺が馬鹿なことを言えば本気で怒ってくれて。俺が困っていれば本気で助けてくれて。俺のために本気で泣いてくれて。


「委員長、ありがとう」


 自然と、口からその言葉が漏れていた。 


「え? 急にどうしたの?」


 ぱちくり、とその大きな瞳を瞬かせながら、委員長は不思議そうに俺の顔を見上げてくる。


「委員長にはたくさん助けられた。たくさん感謝してもらった。なのに、俺は委員長にお礼を言った事がないな、と思って。だから、ありがとう」

「吉井くん……」


 彼女の瞳がじんわりと潤んだような気がする。

 しかしその表情は穏やかで、嬉しそうに頬が緩んでいた。


「……吉井くん、前に聞いてきたよね。『善行って何すればいいんだ』って。わたしが何て答えたか、覚えてる?」

「ああ。『相手が喜ぶことをしろ』だっけか」

「うん。……今、わたしが何をして欲しいか、分かる?」


 潤んだ瞳。赤らんだ頬。

 何かを訴えかけるように。じっと俺の瞳を見つめてくる。


 俺の体は自然に動いた。

 一歩、彼女へと近づく。彼女は動じず、俺の瞳を真っ直ぐ見続ける。

 もう一歩、彼女へと近づく。ほとんど密着するような距離だ。


 これが正解か分からない。

 だけど、俺がそうしたいと思ったのだ。


 そっと、彼女の頬に触れる。

 びくっと。彼女の体が震えた。しかし逃げるような素振りも見せず、むしろ俺の手に頬を寄せてくる。

 熱い。燃えそうなくらい熱い。どくんどくんと、彼女の心音が柔らかい頬から伝わってくる。


 彼女の瞳が、ゆっくりと閉じられた。

 その状態で、少しだけ顔が向けられる。


 頬から手を離し、髪を撫でる。

 柔らかい。絹のように滑らかな指触り。甘い匂いが香ってくる。


 ふと、彼女の髪の中に、一本の糸くずが絡まっていることに気が付いた。

 近くで見ないと分からないような、細く短い糸だ。

 無性に気になって、それを指で摘んで引っ張り上げた。


 俺の行動に気が付いたのか、ぱちり、と委員長の瞳が開かれる。


「あー、えっと。糸くずが」


 至近距離で視線が混じり合う。

 無性に恥ずかしくなり、気まずさを紛らわせるようにそう言った。

 委員長も同じだったのだろうか、掠れる声でポツリと呟く。


「え、あ、そうなんだ。あ、ありがとう……」


 その瞬間。


「は!? え!?」


 左の手の甲が、暖かさに包まれる。

 そして、刻印の最後の線が薄くなっていく。


「ちょ、待て! 今のは善行じゃねーって!」


 天に向けて叫ぶが、その甲斐虚しく線は消滅した。

 俺の焦燥っぷりに、委員長は事態を察したようだ


「え、もしかして……」

「あぁ。今のが 最後の善行として認定されちまった……。くそ! 最後の最後が糸くずなんて!」

「ぷぷっ、あはっ、あははは!」

「なんだよ?」

「いや、吉井くんらしいなと思って」

「あ、あんなのは善行じゃねーって!」


 俺は委員長の腰をグイッと引き寄せる。

 不意の行動に面食らったのか、委員長は目を見開いて俺の顔をじっと見上げる。

 そして、


「これが、最後の善行だ」


 委員長の口に、そっと口付けをした。

 ごく短時間の、唇の先端同士が軽く触れ合うような、ほんの軽いキスだ。

 なのに、それだけなのに、俺の心臓は張り裂けそうなくらいに高鳴っていた。


 唇を離すと、驚いた顔のまま固まっている委員長の顔が目に入る。

 呆然と。心ここにあらず。といった感じで、虚空を見つめたままの委員長。


 ややあって、彼女の止まっていた時間が動き出す。

 口元が緩み、目を細め、頬を真っ赤に紅潮させ。

 瞳の端から一筋の暖かい雫を落としながら、優しく、幸せそうに微笑んだ。


「一善しかしてくれないの?」


 ふふ、と。柔らかな口元から小鳥の囀りのような楽し気な声が漏れる。


「何善して欲しいんだ?」

「そうだねぇ。最低でも、一日七善かな?」

「さもなくば?」

「さもなくば……ちょっと怒る」

「それは死ぬよりも大問題だな」


 再度、委員長の体を抱き寄せる。

 今度は準備ができていたようで、委員長はそっと目を閉じて俺に体を預けてきた。

 そして、彼女の柔らかな唇へ、もう一つ善行をしようとした時。


「それは、善行じゃないっすよ〜?」


 と。アホっぽい声が耳に届く。


「っ!?」


 俺と委員長は慌てて体を離し、声の方へ同時に顔を向けた。

 そこに居たのは、憎たらしい顔でニヤニヤしている監視天使だった。


「ちょっと天使さん〜、邪魔しちゃダメですよー!」

「くそ! あとちょっとで生徒の淫行が見れたのに!」


 その隣に、気まずそうな表情の聖母先輩。そしてワクワクと興奮したような面持ちの化学教師。


「な、なんっ、なんで!?」

「ワシが皆んなを呼んだんじゃよ。キミが七善達成した時点でな」


 そう静かに言うのは、神だ。

 辺りを見渡すと、俺達はいつの間にか真っ白い何もない空間に居ることに気が付いた。

 神、天使、先輩、先生が、抱き合う俺と委員長を取り囲んでいる状態だ。


「おいお前ら、いつから見てた?」


 自分のこめかみがピクピクと痙攣しているのが分かる。

 同時に、顔が真っ赤になっているのも分かる。

 俺の問いに、面々は口を揃えて答えた。


「『これが、最後の善行だ』」


 うわあああ〜!と絶叫して、委員長はその場にヘタリ込んだ。顔を埋めているが、髪の隙間から見える耳は燃えるように赤い。


「オーケー、わかった。殺し合いだな? 受けて立とう」

「ふふっ、わたくしと先生相手に勝てるとでも?」

「ククク。いい度胸だな」

「わ〜! みなさん! 喧嘩はやめてくださいっす!」


 いがみ合う俺と魔王二人の間に、監視天使が割って入った。


「そうじゃぞ、善七くん。せっかく最終試験に合格したというのに」


 合格。

 その言葉を聞いて、力が抜けた。


「合格? まじ?」

「あぁ! 今日一日、君の行動を見させてもらったが、素晴らしかった!」

「よ、吉井くん、やったね!」


 委員長はバッと勢い良く立ち上がり、俺に抱きついて——こようとしたのだが、周りの視線に気が付いて、手を握ってくるだけに留めていた。


「ほんと、よくぞここまで成長したもんじゃよ」


 神は目を瞑り、うんうんと力強く頷いていた。


「ここで初めて会った時のこと覚えとるか? 『不良に絡まれたらどうする?』という質問に、即答で『殺す』と答えていた頃が懐かしいわい」

「え〜、吉井くんそんなこと言ってたの?」


 委員長は冗談めいて引いたような顔をして、他の面々はケラケラと笑っていた。


「む、昔のことだろ。今はそんなこと言わねーよ」

「ほう? では今はなんと答える?」

「そうだな……まずは穏便に話をして、ダメそうなら走って逃げる、かな?」

「おぉ〜!」


 ぱちぱちぱち、と拍手が起こった。俺の期待値そんな低いの?


「では前回したもう一つの質問。『買い物したいけどお金が足りません。さぁどうする?』」

「バイトする」

「おぉ〜!」


 拍手喝采。こいつら俺のことバカにしてんだろ?


「あの善七くんがここまで穏やかになるとは!」

「委員長さん様様ですね〜」

「そんなっ、吉井くんの努力のお陰ですよ」

「ま、委員長ちゃんが傷付けられた時はめちゃくちゃ怖いけどな」

「それ、ウチも天界から見てたっすよー。マジ怖いっすよね〜」


 その会話を聞いて、神が眉を顰めた。

 何やら神妙な面持ちで口を開く。


「善七くん……」

「ん?」

「質問。委員長くんが不良に絡まれました。さぁどうする?」

「殺す。ぶち殺す」

「……」


 しん、と辺りが静まり返る。


「第二問。委員長くん家が破産してお金がなくなっちゃいました。さぁどうする?」

「銀行強盗して金を手に入れて委員長に渡す」

「……」


 しーーーーん、と辺りが更に静まり返る。

 一瞬の間を置いて、


「はぁ〜〜〜〜」


 と、全員の口からクソでかい溜め息が溢れた。

 ただ一人、委員長だけは顔を赤らめて俯いていた。


「これは……ダメじゃなぁ」

「そうっすね……」

「は? 何がだよ?」

「『一日七善』。まだ卒業できなそうじゃな」

「はぁぁぁ!? おい! 最終試験合格したろ!? 先輩と先生も何か言ってくれよ!」

「擁護できませんね」

「右に同じく」

「なっ!? い、委員長!?」

「吉井くん、これからも頑張ろっか?」

「委員長まで!?」


 なぜだ。俺は何を間違えた。


「だけど、今まで通りの『一日七善』だけじゃ、吉井サンのこの歪みは直せないんじゃないっすかね?」

「そうじゃな……何か別の試練が必要か」

「『一日七骨折』とかどうです? 一日に七本骨折しないといけないんです。わたくしがお手伝いしますよ?」

「『一日七失禁』とかはどうだ? 一緒に失禁しよう!」


 うるせー! 骨折も失禁もしねぇわ!


「委員長くんは、何か案があるかのぉ?」

「わ、わたしですか?」


 全員の期待の籠った視線が委員長に向けられる。

 委員長が決める流れなのか?

 頼む! 簡単なやつにしてくれ! 『一日七食』とか! いや一日七食もまぁまぁキツイか!?


「そう……ですね。『一日七幸せ』とか?」

「一日七幸せ……?」


 語呂悪いな。


「一日に七回、誰かを幸せにしないといけないんです」

「ほぅ、なかなか良いかもしれないのぅ。それにしよう」


 神はパチンと指を鳴らす。

 すると俺の右手の甲に、左手と同じ七芒星の刻印が生まれた。

 マジかよ。マジで新しい呪いをやるのかよ。


「委員長くん、失敗した時の罰はどうしようか?」

「……そうですね。『さもなくば、わたしがちょっと嫌う』とか」


 それは大問題だ。

 委員長に嫌われるなら死んだ方がマシだ。


 あぁいいだろう。やってやろうじゃないか。

 『一日七善』をやってきたんだ。『一日七幸せ』くらい余裕でこなしてやる。

 一日に七回、誰かを幸せにするだけでいいんだろ?


「誰かって、誰だ?」

「誰でもいいの。先生でも、先輩でも、知らない人でも。……わ、わたしでも」


 なんだ。それなら簡単じゃないか。

 先輩は骨を折らせればいいし、先生は一緒に失禁すれば幸せだろう。……うん。委員長を幸せにしよう。


「善七くん。誰かを……委員長くんを幸せにする方法、知ってる?」

「当然」


 俺はポケットから財布を取り出し、そこから千円札を抜き出す。それを、迷わず委員長に差し出した。


「……わたしが、千円貰って幸せを感じるとでも?」

「えっ!? 違うのか!?」


 再度、全員の口からクソデカ溜め息が溢れた。


「じゃ、じゃあ、どんなことをすれば幸せを感じるんだよ!?」

「まったく……」


 呆れたような顔をする委員長。

 しかし直後。唐突に、彼女の体が動いた。

 俺の体に飛び込むように。胸元に顔を埋め、腕を腰に回し、力強く抱き締めてくる。

 ぎゅ〜!と強く抱き着いたのち、委員長は顔を真っ赤にして体を離した。


「たとえば……こんなのとか」


 右手の甲が暖かくなった。

 見ると、右手の七芒星の線が一つ消えている。


 なるほど。委員長は抱き着くだけで幸せを感じるのか。

 となれば、委員長を七回ハグすれば終わりじゃないか。超簡単。


 体を離した委員長に向け手を広げ、再度抱き締めようとするが、委員長はスルリと身を捻ってそれをかわした。


「な、なんで避けるんだよ!?」

「そんな簡単にハグさせませ〜ん」

「だったら先輩を!」

「あら、骨折らせてくれるんですか?」

「……先生を!」

「漏らしていいのか?」

「くそー! やっぱり委員長を幸せにするしかない! 委員長を幸せにしてやるー!」

「ちょっと! 大声で恥ずかしいこと言わないでっ! でもよろしくー!」


 『一日七幸せ』

 どうすれば委員長を幸せにできるのだろうか。これから一生懸命考えよう。


最後まで読んでいただきありがとうございました!

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