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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第4章 かわいい天使編
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第61善「すみませんでした」


 昼休み。

 残りはあと三善。

 残りの善行は何をしようかと考え、俺は化学室へと足を運んだ。


 扉をノックしようとしたところ、ちょうどそのタイミングで扉が開かれた。中から出てきたのは見知らぬ女生徒二人。彼女らは俺にペコリと一礼すると、『先生、ありがとうございましたー』と言って立ち去って行った。


「お、どうしたんだ吉井。昼休みに来るなんて珍しいじゃないか」


 入れ違いに入ってきた俺の姿を見て、化学教師は表情を和らげる。


「先生、今の二人って……。もしかして淫行してたんスか?」

「バ、バカ言うな! 授業で分からない事があると言うから教えてたんだ!」


 証拠と言わんばかりにバンバンと黒板が叩かれる。確かに、そこには色々な化学式や構造式が羅列されていた。


「先生って本当に教師なんスね。先生が仕事してるところ初めて見たッス」

「失礼な! お前のクラスでも授業してるだろう! お前が寝ていて聞いてないだけだ!」


 こほんと咳払いを一つして、化学教師は呼吸を整える。


「こんな所で油売ってて、善行の最終試験とやらは大丈夫なのか?」

「あと三つ」

「おお、やるじゃないか!」


 左手の甲を見せると、お返しとばかりに額の『惡』の字を見せてきた。


「先生ほまだ二悪だけだ。今日は忙しくてビールを飲む暇がな……。おっといけない。ビールのこと考えたら飲みたくなってきた」


 じゅるり、と涎を垂らす。


「そ、それで? 何の用だ!?」

「先生に話があるんス。二つ」

「話?」


 問いにはすぐに答えず、化学教師と真っ直ぐ向き合う。

 すると、俺の神妙な面持ちを見て何かを察したのか、彼女はあたふたと取り乱し始めた。


「お、おい!? まさか、まさかそうだったのか!? てっきり委員長ちゃんだと……。いや待て! 私は教師だぞ!? 教師と生徒だぞ!? いやでもそれこそ悪行じゃないか……」


 何をそんなに焦っているか分からなかったが、わちゃわちゃと慌てふためく彼女を無視し、


「先生——」


 息を吸い、ずっと秘めていた言葉を口に出す。 


「先生、すみませんでした」


 深々と頭を下げると、化学教師は素っ頓狂な声を出した。


「は? え? 何が?」


 謝罪の意図が伝わらなかったらしい。

 ポカンと口を開け、目をパチクリとしている。


「異世界でのこと。先生を殺しちゃったこと。まだちゃんと謝ってなかったと思って」


 もっと早く言うべきだった。しかしいざ言おうとなると中々言い出せなかった。

 今日が善行生活最後の日かもしれない。その節目の日に、きちんと清算しておきたいと思ったのだ。


「なんだそんな事か」


 化学教師はフッと息を漏らし、優しく微笑む。


「言っただろう、先生は別に怒ってないって。お互いに務めを果たしただけ。気にすることはない。……まぁ、お前のことは絶対に留年させてやるつもりだがな」


 めちゃくちゃ怒ってるじゃねーか。本当すみませんでした。


「冗談だ。お前なら自力で留年するだろう」


 フッ。照れるぜ。


「真面目な話、本当に怒ってないぞ? だが——」


 言葉を区切ると、化学教師はゆっくりとこちらに歩み寄る。


「——だが、これでお前が前に進めると言うのなら。分かった。お前の謝罪を受け入れよう」


 そう言って、彼女は俺の背中にそっと手を回し、優しく抱き締めた。彼女の温もりが伝わってくる。


「先生……」

「ん。どうした?」

「さり気なく淫行するのやめてくれ」

「おまっ! お前なぁ! これはそういうのじゃないだろっ! 教師と生徒の……美しい何かだろう!」


 ガバ!と突き飛ばすように体を離された。


「そうなんスか。あとで委員長に聞いてみよ」

「そ、それは止めておけ、な?」

「やっぱり疚しい気持ちがあるんじゃないッスか」

「ちがっ……あぁ! もう! お前ってやつは!」


 わしゃわしゃわしゃ!と髪の毛を激しく掻きむしった後、化学教師は大きく溜め息を吐く。


「それで? 二つ話があると言っていたろ? あと一つは?」

「もう一つは善行の話っス」

「なんだ? 先生に善行してくれるのか?」

「そッスね」

「ほぅ。ではいつぞやのように、校舎内を荒らしまくろうじゃないか。ククク」

「あ、そういうんじゃなくて」

「はえ?」


 一瞬魔王モードに移行しつつあったが、待ったをかけると毒気が一気に抜けて普段の先生へと戻った。


「何ていうか、その、教師としての先生に善行をしたいなと思って」

「なるほど? まぁ言わんとしてることは分かるが。で、何をしてくれるんだ? 淫行はダメだぞ?」

「俺、考えたんスよ。先生が何をしたら喜ぶかって。先生って仮にも一応教師じゃないッスか」

「お前さっきからバカにしてるよな?」

「教師って何が好きなのかなーって思った時に思ったんスよ。授業だな、って」

「はぁ?」

「だから、俺に化学を教えてくれッス」

「ふふふ、ははは! なんだそれっ! それが善行のつもりなのか!?」

「そのつもりだったんスけど……」


 化学教師は呆れたように、しかし優しさに満ちた顔で微笑む。


「……そうだな。私は吉井に化学を勉強させたくて仕方なかった。だから、お言葉に甘えて教えさせてもらおう!」

「よろしくッス」


 俺は黒板に一番近い席へ腰掛けた。


「……え、今?」

「今」

「放課後とかじゃなくて?」

「今」

「昼ご飯まだなんだが……」

「俺は食べた」

「……あぁ! もう、分かったよ! ビール飲みながらでいいか!?」

「いいッスよ」

「で、勉強したい範囲とかあるか?」

「あれがいいッスね。光の屈折」

「それは物理なうえに中学校の範囲だ!」

「えー、じゃあ先生のオススメでいいッスよ」

「よし! なら一緒に実験しよう!」


 こうして、俺と化学教師は昼休みいっぱい化学の実験をした。なんかよく分かんない白い粉を作った。


「これでお前も『一員』だな! フフフ……」


 何を作ったのかは気にしないでおこう。


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