第54善「森ガールが何したって言うんだ!」
「はぁ……」
「吉井くん元気出して」
「クラスの子猫ちゃん達に嫌われたんだぞ……」
加えて、俺のキモい言動が学校中に広がってるかもしれないのだ。溜め息を吐かずにはいられない。
「そんな吉井サンにもう一つ伝えないといけないことが」
「なんだよ」
「女子にモテ過ぎたせいで、男子にめっちゃ嫌われたっす」
「……」
俺、コイツのことぶっ飛ばしていいよな?
「吉井さん、きっと嫌ってない女の子もいると思いますよ。ね、委員長さん?」
「えっ!? は、はい! いる。いると思うよ、吉井くん!」
「そんな子猫ちゃんがいればいいが……」
「少なくともその子猫ちゃんって言うの、今すぐやめよ?」
ダメなのか。結構気に入ったんだが。
「それよりも、そろそろ行かなくていいのか? 例の場所に」
例の場所。天界のことだ。
俺と委員長は顔を見合わせ、力強く頷いた。
「行こう。先生と先輩はノルマの方お願いします」
「了解」
「わかりました。わたくしの方のノルマはそろそろ終わりそうです」
先輩と先生の監視天使に聞かれぬよう、俺達は一旦解散して化学室から出た。
「それで、天界ってどうやって行くんだ? 転移的なことするのか?」
「いえ、普通に飛んで行くっす」
頭上を指差す天使。天界って普通に飛んで行ける場所なのか。
飛んで行くとのことで、俺達は屋上へと向かった。
「じゃあ吉井さん、ウチにしがみついてくださいっす。あ、変なとこ触っちゃダメっすってぐええええ! 首にしがみつくのは止めてくださいっす!」
首がちょうど握り易かったんだけどな。
仕方がないので腕に捕まることにした。
「それじゃ委員長、行ってくる」
「わたしも行くよ!」
そう言って、委員長はギュッとしがみついてくる。
「マジで?」
「まじで」
「ま、いいんじゃないっすか。天使は基本的に善人しかいないので、別に危険は無いですし。上司に見つかったら怒られるだけっす」
まぁブレインである委員長がいてくれた方が安心は安心だが。
「じゃあ行くっすよー! しっかり捕まっててくださいっす!」
監視天使の背中から巨大な翼が飛び出してきた。神々しくキラキラと輝く純白の羽。コイツほんとに天使だったんだな。委員長は『きれい……』と感嘆の声を漏らしていた。
続けて、たん、と床を蹴る監視天使。
ふわり、と体が舞い上がる。
「あ、言い忘れてたっすが、時速二百キロくらい出るんで。落ちないでくださいっすね?」
そういうの先に言ってくれる?
「あ、わたし、やっぱり帰きゃあああああああ!」
*****
「ここが天界か」
移動はものの数分だった。物凄い速度で天へと昇り、あっという間に雲の上に降り立っていた。
「わわ、わわわ……」
委員長は放心状態でへたり込んでいる。無理もない。ベルト無し足場無しのジェットコースター状態だったのだから。急発進だったためちゃんと抱きかかえることができず、何回か落としそうになっちゃったのは秘密だ。
「天界へようこそ〜っす!」
委員長が回復するまで天界の様子を観察してみることにした。
真っ先に目に入って来るのは、ギャルだ。羽の生えた多種多様のギャル天使が沢山いる。しかし誰も彼もイマドキのギャルというよりかは、どこか昔感のある、テレビでしか見たことのないような髪の毛モリモリの古臭いギャルだ。中にはガングロギャルなんかもいる。
『オタクに優しいギャルはいないのか?』と聞いたら『あれは空想上の生き物っすよ』と返されてしまった。
「なぁ、なんで天使にはギャルが多いんだ?」
「流行ってるからっすよー」
「流行ってるって……古くねぇか?」
「あれ、言ってませんでしたっけ? 天界には『死んだ』モノしかやって来れないんっす。例えばウチが持ってたスマホ。吉井さんたち現世の人からすると、かなり古いモデルじゃなかったすか?
「確かに」
「あれは現世でメーカーのサポートが終わったから『死んだ』扱いとなって、晴れて天国へやって来れた的な感じなんす」
少し前まではガラケーだったんっすよー、と天使は溜め息を吐いて項垂れた。
「にしても古過ぎだったような。メーカーのサポートが終わっただけの物なら、もう少し最近のやつもありそうだけど」
「ただ『死んだ』だけじゃ天界には来れないんっす。天界って要は天国っすからね。いわゆる『名機』でないと地獄に堕ちてしまうんっす」
スマホにも天国に行けるモノと地獄に堕ちるモノがあるのか……。
「具体的に地獄に堕ちたスマホは……」
いや言わなくていいから。慌てて天使の口を抑えた。
「あと天界に来れるのは地上から天に捧げられた物っすね。供物とか」
「祈りとか?」
「そうっす。でも最近、『祈り』に混じって『折り』が大量に捧げられて来るんすよね。これ何なのか分かります?」
何かは分からないが犯人は知ってる。
「で、話を戻しますけど、ファッションの流行も同じなんすよ」
「つまり、『死んだ』流行しか天界に来れない、ってことか?」
「その通りっす。今の天界では、最新のファッションと言えばコギャルなのです……」
なるほど。現世でブームが終わった、つまり『死んだ』ファッションのみが天界へとやってくるというワケか。
「でも、ギャルじゃなくてももっと他にあるだろ? 例えばほら……森ガール?とか?」
「森ガールという概念は地獄に堕ちました……」
森ガールが何したって言うんだ!
*****
委員長が復活したので、俺達は移動を開始した。
天界の街並みは地上のそれとほとんど差異が無い。家があり、店があり、それほど高くはないがビルがあり。
大きな違いとしては、地面が雲で出来ているということだ。あとは車や自転車が無いところか。『まさしく歩行者天国だな』と委員長に言ったら苦笑いされてしまった。
「ここがウチの職場っす」
数分ほど歩いた後、監視天使はとあるビルを指差した。五階建ての、変哲のない雑居ビルだ。
「それで、どうやって侵入するんだ? 窓をブチ破るのか?」
「そんな物騒なことしないっすよ……。正面から堂々と、っす」
そんなんで大丈夫なのかと不安になりつつも、やけに自信満々の天使に続いてビルの中へ。会社のビルというので仰々しいものを想像していたが、中は至って平凡。特に受付なども無く、ICカードロックの掛かったガラス扉があるだけだ。
「この扉の向こうがウチの職場っすよ」
扉の前で立ち止まり、監視天使はガラス向こうを指差す。
「開けてくれよ」
「ふふふっ。言ったじゃないっすか。出禁になってるって。入館証は没収されてるっす!」
何を自信満々に言ってるんだ腹立つな。
「えっ、じゃあどうやって入るの?」
「ふふふ、任せてくださいっす」
監視天使はガラス扉に近づき中を覗き込むと、バンバンバン、とけたたましく扉を叩き始めた。何をしてるんだろうと不思議に思って見ていると、中にいた社員と思しきガングロギャル天使が扉を開く。
「ん〜? どしたん〜?」
「すみませんっす! 入館証持たずに出ちゃって!」
「ははは〜! あるある〜! 気ぃ付けなね〜。ほら、入んな〜」
えっ、軽っ。ギャル軽っ。普通に俺達も招き入れてもらえたのだが。それでいいのかセキュリティ的に。あまりの呆気なさに俺と委員長が拍子抜けしていると、天使がこそっと耳打ちをしてきた。
「セキュリティの意識も現世より遅れてるんっすよ」
大丈夫か天界……。セキュリティが終わってるな。いや、むしろ始まってないのか。まぁ天界にいるのは善良な天使だけだし、不法侵入する輩などそもそもいないのだろう。
扉を開けてくれているガングロギャルの横を通り、我が物顔でオフィスに潜入する。しかし委員長が通り過ぎる際、ガングロギャルは『んん?』と訝しむような声を上げた。
「ん〜? アンタ、この会社にいたっけ? なんか顔が令和じゃない?」
さすがに怪しまれるよな。つか顔が令和ってなんだよ。ちょっと待てそしたら俺の顔は昭和だと言うのか?
「んん〜?」
ガングロギャル天使は委員長の顔をまじまじと見つめる。この状況どうするんだ。と思って監視天使を見るが、パチパチと委員長に意味有り気なウィンクを送っていた。自分でどうにか誤魔化せと言いたいらしい。
委員長は困惑しているようだったが、意を決したように顔を引き締め、直後、引き締めた顔を思いっ切り緩めた。
「ってかぁ、今日寝坊してぇ、メイクする時間なくってぇ〜」
びっくりした。急に委員長がギャルになった。それで乗り切る気か委員長。
「だからぁ、スッピン的な〜?」
「あ〜、確かに。あーしらメイクしてないとお互いに誰か分かんないよね〜。メンゴメンゴ」
おお。なんか行けそうだぞ。あと一押し頑張れ委員長!
「マジぴえんって感じぃ」
「ぴ……えん……?」
ダメだ! ピエンはコイツらにはまだ早い!
委員長もそれを察したのか、慌てて取り繕う。
「ちょ、チョベリバっって感じぃ!」
「チョベ……リバ……?」
今度は古過ぎたようだ。天界の流行りが分からねぇ。ここで監視天使のフォローが入った。
「なえぽよ〜ってことっすよね!?」
「そうそう、なえぽよ〜!」
「あぁ〜、なえぽよかぁ〜」
なえぽよが正解だった。難しすぎんだろ。
ギャル天使よ、もう少し待ってろ。あと数年したらピエンも天国にやって来るだろうから。いや、ピエンは地獄行きかもしれない。
「んじゃあ、次からは気ぃ付けなね〜」
「ありがとうございましたっす!」
委員長への疑いも晴れ、ひとまず無事に潜入成功だ。
まさか真正面から堂々と入れるとは。なんか、もっとこう、スパイアクション的な潜入劇になるかと思ってちょっとワクワクしてたのに……。




