第52善「俺死ぬの?」
誘拐犯たちは二人ずつ《聖母教》と《化学部》に拉致され、彼らと共に走り去ってしまった。ミイラ取りがミイラならぬ誘拐犯が誘拐である。あの四人が無事であることを祈るばかりだ。
ボスである聖母先輩と化学教師はこの場に残った。
誘拐犯が残して行ったミニバンに乗り込み、《化学部》の一人の運転で、俺達は学校に送り届けてもらうことに。登校時間にはギリギリ間に合いそうだった。
「それで吉井さん、この子は一体誰なんです?」
「待て聖母。異世界関係だろ? 委員長ちゃんに聞かれたらマズいんじゃないか?」
「そうですね。委員長さんすみません、ちょっと眠っていただきます」
「え」
拳を振り上げる聖母先輩。慌ててその前に立ち塞がる。
「待て待て待て!」
「吉井さんも殴られたいのですか? まったく、変態さんですね」
「ちげーよ! 委員長には全部話したんだ!」
「なんと。では記憶も消す必要がありますね。委員長さーん、ちょっと頭蓋骨割りますがすぐに治しますからねー?」
「え」
「やめろ! 委員長は全部知ったうえで受け入れてくれたんだ!」
その言葉に、先輩の体がピタリと止まる。
「ほ、本当ですか、委員長さん?」
「はい……。先生と先輩も異世界に行ったと聞きました……」
すんなりと事実を受け入れる委員長に、魔王二人は面食らったようにパチクリと目を瞬かせた。そして、聖母先輩の顔からダラダラと汗が流れ始める。
「い、委員長さん? 先ほど言ったことは、ほんの冗談ですからね?」
「吉井くんから聞きました……わたしの記憶が何度も消されたって。その度に頭蓋骨が何度も破壊されたって」
「吉井さん! なんで言っちゃうんですかっ!」
身から出た錆だ。
「委員長さん。先ほどのわたくしの発言だけ取り消させてくれません? 最後にもう一回だけ、頭蓋骨割らせてくれません?」
「嫌ですよっ!」
「聖母、諦めて受け入れろ」
「先生は学校で飲酒してるそうですね?」
「吉井! なんで言っちゃうんだ!」
身から出た錆すぎる。
*****
魔王二人から委員長の頭蓋骨を守るのは大変だった。
気を利かせた委員長が『何をしても二人のこと尊敬してますよ』と引き攣った笑顔で言ってくれて、ようやく収拾がついた。
「それで吉井。話を戻すが、この子は一体誰なんだ?」
俺は監視天使の存在、そしてその役割を魔王二人に伝えた。例のメールの存在について話すと、やはり二人にもギャル語メールが届いていたことが判明する。
「迷惑メールだと思ってまともに読んでませんでした……」
「私もだ。どう見てもスパムだろこれ。なになに? 『一日七悪について説明するよー☆』。すごいハイテンションだな」
「えっ、先生読めるんスか?」
「先生も別に世代じゃないですよね? 実は三十歳超えてるんですか?」
「まだピチピチの二十二歳だ! 小学校の時に少し流行ったんだよ!」
完璧には訳せないと言うもの、化学教師にメールをでき得る限り解読してもらった。
内容としては、俺たち三人ともほとんど同じものだった。
まず書かれていたのはミッションと罰則の簡単な概要。他には、自作自演はダメなどと言った注意事項。ちなみに募金は善行認定されないと明記されていた。金だけ払ってノルマ達成するのを防止するためだろう。
目新しい情報としては、『着替え中や風呂・トイレ、その他プライバシーに関わるような場面では監視しない。監視していない間は善行・悪行認定されないので要注意』という文言くらいだ。女性陣としては少しはホッとしたらしい。
「わたくしや先生にも、あなたのような専属の《監視天使》さんがついていて、常に監視してるということですよね?」
「そうっす〜!」
「どこにいらっしゃるんですか? 背後にはいないようですが」
「普段は天界に居るっすよ〜!」
「天界?」
「神様とか我々天使が住んでる場所っす! 皆さんも今度招待してあげるっすよ〜!」
神。俺達に呪いを課したあの老人もそこに居るのだろうか。
「普段は天界からモニター越しに皆さんを監視してるっす〜!」
天界にモニターがあるのか……。
雲の上のメルヘンな場所を想像していたが、想像図がオフィスのような場所へと変わった。
「じゃあ何でお前はここにいるんだよ?」
「ウチも普段は天界に居るっすよ〜! ただ、今はちょっとした事情があって直接監視してる的なー?」
「事情ってのは?」
「えっと、あの、その……」
歯切れ悪くモジモジとする監視天使。やましい事があるのか、何やら上目遣いで俺の顔をチラチラと見てくる。ぶりっ子をしているようで、やけにイラッときた。
「先輩、天使の骨って折ったらどんな感じなんスかね」
「気になります〜!」
「先生は天使をホルマリン漬けにしてみたいぞ!」
「わー! 言う言う! 言うっすよー!」
おほん、と咳払いを一つ。
そして、天使は満を持して語り出す。
「ウチは、仕事をサボってたんっす」
満を持して何を言い出すんだコイツは。
突っ込みたくなる気持ちをグッと堪え、俺は言葉の続きを待った。
「本当は、その日のミッションが終わるまで目を離さずモニターを常に見てないといけないんすけど、吉井サンの担当になってすぐに気付いたんっす。あ、この人、善行ヘタクソな人だ、的な」
ぐうの音も出ない。
「聞いてくださいよ! 重い荷物持ってる人に『荷物持ちしましょうか?』って聞けばいいのに、『お前の荷物をよこせ』とか言うんすよー!?」
過去を抉るな。みんなの視線が痛い。
「だから、ずっとモニターの監視するのしんどいなーと思って。音声だけ聞いて、こっそりゲームすることにしたんっす」
「音声だけって、まさか……」
「はい。音声だけ聞いて、感謝の言葉が聞こえた時だけモニターを見ることにしたんっす」
力が抜けて、俺はその場に崩れ落ちる。感謝された時のみ善行認定される理由がようやく判明した。まさか、こいつのサボりが原因だったとは!
「感謝の声が聞こえたらモニターを見て、映像を少し巻き戻して、善行された相手が無理やり言わされてないかを判断して、問題無さそうなら善行として認定してた、的な! まぁゲームに夢中になり過ぎて見逃しちゃった時もあるっすけどね〜ワラワラ〜」
天使が色々と説明しているが、頭に入ってこない。
「……ってことは、善行認定に感謝は必要ないってことだよな?」
「そうっすね〜」
「例えば、ゴミ拾いでも善行認定されるのか?」
「当たり前じゃないっすか〜!」
コイツが背後で直接監視している時は、確かにゴミ拾いでも善行認定された。その謎が解けた。
「吉井サンはどうせゴミなんか拾わないかなーっと思ってたんっすよね〜」
コイツがサボらなければ、もっと簡単に一日七善生活を送れていたというワケだ。感謝を引き出すためにどれだけ苦労したことか。
ふつふつと、心の奥底から怒りが沸き起こってくる。
「すみません、ちゃんと見てなくて! てへぺろ!」
「……ころす。コイツ殺す!」
怒りに任せて飛びかかろうとした瞬間。
「いってぇぇぇえええ!!」
左手の指に猛烈な痛みが走る。
見ると、指五本が逆方向に折れ曲がり手の甲にくっ付いていた。
「ふっふっふー。天使に対して失礼な行為をした時や、ズルして善行しようとした時には天罰があるっすよー?」
監視天使の手にはいつの間にかスマホが握られていた。その画面をタップすると、指が元の状態に戻り痛みが嘘のように引いていく。
「そのスマホは?」
「これは監視用の端末的なやつっすー! 善行の様子を撮影したり、今みたいに天罰を与えたりできるっすー! 天界にいる時はパソコンで操作しますけどねー」
「なるほど、ちょっと失礼」
「あっ!」
自慢げに話す監視天使の手から、ヒョイっとスマホを奪い取る聖母先輩。
「ちょっと! 返してくださいっす〜!」
奪還しようとする天使を片手で制しながら、俺達にも見えるようにスマホの画面を差し出してくる。
「見た目は普通のスマホだな。ちょっと古いモデルだが」
大人気メーカーの初期モデルのようだ。もう使ってる人いなんじゃないか。言動といい持ち物といい、どうして天使はちょいちょい古めかしいのだろう。
「アプリがいくつかありますね」
ホーム画面はシンプルで、アプリのアイコンが四つほど並んでいるだけだった。
まず先輩は『写真』アプリを開いてみる。
「うわっ、吉井さんだらけ……気色わるっ」
気色悪いとか言うなよ。
でも確かに、俺の写真だらけでちょっと不気味だ。転んだ委員長を手助けする写真に始まり、ゴミを拾っている様子、老婆の荷物を運ぶ写真など、俺が善行している画像がズラリと並んでいる。
「この写真を使って、こちらの『レポート』というアプリで善行の様子を報告してるようですね」
『レポート』アプリは、見た目はメールアプリのようだった。俺の善行の様子を神にでも報告してるのだろうか。
『新規作成』の横に『送信済みBOX』というものがあったので、先輩はそちらを開いた。
「こ、これは……」
送信済みのレポートを目にした俺達は、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
『吉井サンがゴミを拾っててとってもえらいと思いました。』
『吉井サンがお婆さんをおんぶしててすごいと思いました。』
小学生並みの感想!
「ちょ、勝手に見ないでくださいっす〜!」
「お前、この報告書って誰に送ってんの?」
「誰って、上司ですけどぉ」
天界も上司部下の関係があるのか。世知辛い。
いや今はそんなことどうでもいい。
「上司に何か言われないのか?」
「まぁ、その……適当すぎ、的なことは言われたっす……」
適当すぎっつーか、それ以前の問題な気が……。
天使は、はぁ、と小さく溜め息を吐くと、観念したように話し始める。
「『もっと詳細な報告ができるよう、現地に行って間近で見てこい!』って怒られて、その結果吉井サンの後をつけることになった的な……」
なるほど。それを言われたのがつい昨日というワケか。急にストーキングされ始めた理由もようやく分かった。
だが二ヶ月も善行生活してるんだぞ? 仮にずっとこのレベルの報告書が提出されていたとするならば、注意するの遅すぎない? 上司も絶対ちゃんと確認してなかっただろ……。
なんか、天界の適当っぷりに怒りを通り越して頭痛がしてきた。
「この文章は酷いなぁ」
「天使って義務教育受けてるんですか?」
などとボロクソ言っていると、
「そこまで言うなら皆さんが書いてくださいっすよー!」
と、天使が顔を真っ赤にして癇癪を起こす。
「いいだろう、自分の善行報告は自分でしよう」
俺は先輩からスマホを受け取り、『レポート』アプリの『新規作成』を選択した。
『新規作成』画面はシンプルなもので、善行の詳細の記入と証拠写真の添付をするだけのようだ。誘拐が発生する直前に行った『転んだ委員長を助ける』という善行の報告がまだだったので、そちらの詳細を記入することに。
『吉井善七は転んだ少女に手を貸した。これにより一善達成。実はこの少女、「地球アレルギー」を持っていて、地球との接触過多で死ぬ寸前でもあった。少女の命を救ったことによりもう一善達成。またこの時、少女のお尻の下にはアリさんがいた。少女を起こすのがあと数秒遅ければ、このアリさんは圧死していたであろう。小さな命を救ったことにより追加で一善達成。また、このアリさんには家族がいて——』
「嘘はダメっすよー!」
「ちょっとくらい盛ってもいいだろ別に」
一枚の写真で七善分の記載をしたのだが、送信ボタンを押す直前で天使に阻止されてしまった。
「吉井がマトモな文章を書けることの方が意外だ」
俺がどれだけ反省文を書かされてきたと思っているんだ。
「じゃあ委員長が書いてくれよ」
「えっ!? なんで!?」
「成績良いし」
「吉井さんの事をちゃんと見てらっしゃると思うので、適任かもしれませんね」
「変な言い方しないでください!」
委員長は恥ずかしそうにしていたが、まんざらでもない様子だ。スマホを手渡すと、もの凄い勢いで執筆を始める。
『吉井善七さんは転んだ少女に手を貸しました。善七さんは、とても痛そうにする少女に優しく声をかけて、怪我の心配をしていました。彼の声によって転んだ痛みは嘘のように引いたようです。善七さんは凄く優しい人なのです。また、一見すると怖い印象がありますが、実は可愛い一面もあります。この前も——』
「わああああああああ!」
「うわ、びっくりした」
委員長は突然叫び声を上げると、せっかく書いた文章を全て消してしまう。
「どうしたんだよ?」
「いや、ちょっと……そう、クオリティに満足がいかなくて」
完璧主義なのだろうか。少なくともクソ天使の作文よりかは圧倒的にマシだと思うのだが。
「どちらにせよ、主観が入り過ぎてダメだと思ったっすー」
「うぅ……」
小学生並みの感想文を書く奴には言われたくないな。
委員長は肩を落としながら、スマホを聖母先輩に返却する。
「やってみて分かったっすかー? この仕事意外と大変なんすよー。ってか、いい加減スマホ返してください〜」
「まぁまぁ、もうちょっと。他のアプリも見せてくださいよ」
聖母先輩はスマホに興味津々だ。いや、俺には分かってるぞ。この悪魔は、例の指が折れ曲がる罰を俺にやってみたいだけなのだ。
「こちらのアプリは何です? 『さもなくば死』ですって。なんでしょう?」
指の罰よりヤバいやつ見つけちゃったよ。それ『一日七善さもなくば死』の『さもなくば死』の部分だから。
お前それ押すなよ? 絶対に押すなよ?
「押してみましょー! えいっ!」
フリじゃねぇよ! こいつマジで押しやがった!
…………え、俺死ぬの?
「あ、確認のダイアログが出てきましたね。さすがにアプリ起動しただけでは死にませんか。チッ」
よかった。さすがに誤タップで死んだら笑えないからな。今舌打ちした?
「えぇっと。ダイアログによると『確認:吉井善七さんが死んでしまいますが、よろしいですか? 本当に死んでもいいか、今一度ご検討ください』ですって。吉井さん、いいですよね?」
良いわけねーだろ。怖すぎんだろなんだよそのメッセージ。
「ふふっ、冗談ですよ。キャンセルしましょ」
シャレにならん冗談やめろ。
聖母先輩は確認ダイアログをキャンセルしようとしたが、ボタンをタップする寸前でその指がはたと止まる。
「選択肢が『はい』と『いいえ』なんですが……これ、キャンセルの時はどっちを選べばいいんでしょう?」
「『死んでしまいますが、よろしいですか?』に対する回答なんじゃないのか? つまり死んでほしくない時は『いいえ』だろ」
「え。わたしは『ご検討ください』への回答かなと思ったんですけど。なのでキャンセルの場合は『はい』かなと……」
「……」
何この分かり難いダイアログ。設計者出てこい。
これ、選択肢間違えたら、俺死ぬの?
「おい天使、これどっち押せばいいんだよ」
「知らないっすよ……。ウチそのアプリ起動したことないっすもん」
「ああ! どうしましょう! カウントダウン始まっちゃいました! 『あと十秒以内に押さないと死にます』ですって!」
最悪のカウントダウンしてんじゃねーよ! せめてキャンセルする方向にカウントダウンしろよ!
「えぇ〜い! 一か八か! ボタン同時押しです!」
おまっ、自販機で迷った時みたいに俺の生死を決めるんじゃねぇ!
「えいっ!」
……。
…………。
………………。
俺、生きてる?
「吉井さん、無事ですか?」
「そうみたいッス」
「えいっ」
「痛っ! なんでいきなり指の骨折るんだよ!」
「痛いなら生きてる証拠ですね。良かったです!」
最悪の確認方法だよ。頬つねれよ。
「はぁ〜、焦りましたねぇ。では次が最後のアプリですね。見てみましょう」
コイツまだ続けんのかよ。
「『天罰』ですって。これは分かりやすいですね」
指が逆方向に曲がるやつだろ。開かなくていいよ。
「なるほど、罰は五段階なんだな」
「ではまずはレベル1からいってみましょー!」
やんなくていいって痛ってえええ!
人差し指が逆方向に折れ曲がった!
「罰の段階が上がるごとに折れる指の数が増えていくんですね」
楽しげな表情でスマホをポチポチいじる魔王もとい悪魔。スマホをタップするにつれて、二本、三本と指が逆方向に折れ曲がっていく。
「痛いですか? 吉井さん痛いですか?」
「痛えよ! はやく止めろ!」
「おいおい、聖母。もうその辺で——」
苦痛に悶える俺を見かねたのか、化学教師のストップが入る。よかった、もう一人の魔王には良識があるみたいだ。
「——ククク、低レベルの罰はもうその辺でいいのではないか? 一気に最高レベルまで上げてやろうではないか」
最悪のタイミングで魔王化しやがったよ。
化学教師の操作により罰が最高レベルへ。左手の指全てが逆方向へと折れ曲がり、激しい痛みに襲われる。
「ぐぐぐ……はやく止めて……」
「これ、レベル5以上はないんですか?」
「ないっすよ……。どんだけ痛めつけたいんすか……」
魔王の所業に天使ですらドン引きだ。
「吉井さん、左手の指だけ折れてて、なんか両手のバランスが悪いですね? 右手の指も折っちゃいません?」
なに言ってんだよコイツ!
聖母先輩の目がどことなく恍惚としている。変なスイッチが入ってしまったようだ。
そんな魔王の暴挙を止めたのは、我らが委員長だった。
「先輩! 吉井くんが可哀想ですよ!」
「そ、そうですよね、すみません……調子に乗りました……」
彼女の一声により聖母先輩の瞳に理性の色が戻る。
委員長こそ真の天使だ……。
「すみません、お返しします」
先輩がスマホを天使へと差し出す。先に天罰の解除してくれねーかな。
その時、俺の心に邪な考えが浮かんだ。
あのスマホを俺の手中に収めれば、『一日七善』の呪いと監視を全てコントロールできるのではないか?
この罰に怯える必要も無くなるし、先程のように善行のレポートを自作できる。
——これは、奪い取るしかない。
俺は素早く動いた。スマホが天使の手に渡る前に。
腕を伸ばし、横なぎに払うようにして、スマホを奪い取る。
しかし、致命的なミスを犯してしまった。左手で奪い取ろうとしてしまったのだ。
左手の指は、まだ罰を受けて折れ曲がってる真っ最中。つまり、物を掴める状態ではない。
「あっ!」
結果、スマホを奪い取ることは叶わず、ただスマホを叩くだけとなった。
衝撃でスマホは先輩の手から弾き飛ばされる。それだけならまだ問題ではない。最悪だったのは、車の窓が少し開いていたことだ。
弾き飛ばされたスマホは綺麗な弧を描き、狙い澄ましたかのように窓に吸い込まれ、車外に放り出されてしまう。
「まずい!」
不幸な出来事が重なった。今、車が走行してるのは川にかかる橋の上。放り出されたスマホは、その勢いのまま滑空し、川の中へダイブしてしまったのだ。
「あああああ! 川に落ちちゃった! ど、どうするんすかー!」
窓に顔を押し付けて慌てふためく監視天使。
古いスマホだ。確実に防水ではない。百パーセント水没した。
「……あのスマホがないと、もしかして俺の左手ずっとこのままか?」
天罰のオンオフはスマホのアプリで行う。
スマホがなければ天罰の解除ができない。
「それだけじゃないっすよ……。あれがないと善行の報告もできなくなるっす……」
「だ、だけど『さもなくば死』の実行もアプリからやるんだろ!? スマホが無ければそれも実行できないじゃないのか!?」
「はいっす。ですが、『さもなくば死』は自動実行されるようになってるんっすよね。善行ノルマを達成しないと自動で起動しちゃうっす。その設定を止めないといけないのですが、止められる端末が無くなりました」
「それってつまり……」
「吉井サンの死が確定したっす」
……え、俺死ぬの?




