第51善「悪の組織と戦おう!」
どこからともなく現れた《聖母教》の白バンと《化学部》の黒バン。
初めは二台だけだったが、その数はどんどん増えていき、やがて前後左右全てが塞がれてしまった。
「くそっ! なんだコイツら!」
「金髪、お前の仲間なんだろ!? オレ達は利用されたうえに、もう改心したと伝えてくれ!」
「無理だ。奴らは会話が通じる相手じゃない」
「同じ人間だよな!?」
見た目だけな。
「奴らに捕まると終わりだぞ」
「つ、捕まるとどうなるんだ?」
「《聖母教》はアンタらを無理やり更生させて、教祖を崇めさせる気だ」
「なんだ、それくらいなら別に……」
「バカお前! 悪魔を崇めるヤバい宗教だぞ!? 毎朝街の清掃してるんだ!」
「めちゃくちゃ良い連中じゃねーか!」
言われてみれば確かに。トップがヤバイだけで信者はむしろ良い人間なのか? いや騙されるな。聖母先輩を崇めてる時点でヤバイ人間なのは間違いない。
「……で、黒い方は?」
「犯罪組織だ」
「聞くからにヤバそうだ……」
「なんか夜な夜な集まってるらしい」
「集会とかそんな感じ?」
「いや、オンラインゲームで」
「ただ遊んでるだけじゃねーか!」
「たまに集まってメシ食い行ったりしてるらしい」
「仲良しだなオイ!」
そう言われるとただの仲良しサークルに思えてくる。しかし騙されるな。ヤバい組織なのは間違いない。なんたって遊ぶ時に俺を誘ってくれないのだから!
なんて話しているうちに、周囲を取り囲むバンが一斉にウィンカーを左に出した。曲がれ、ついてこい、と暗に言っている。
退路の無い犯人連中はそれに従うしかなく、誘導されてるがままに左折する。入り込んだのは大型のホームセンターの駐車場だった。店自体はまだ開店前なので、広々とした駐車場は閑散としている。
周囲を取り囲んでいたバン達は一旦離れたかと思うと、一定の間隔を開けて円状に展開した。そして左回りに俺達の車の周りをぐるぐると周り始める。さながら暴走族のバイクに絡まれているような、もしくはパレードに巻き込まれているような気分になる。対立する組織のくせに、やけに息の合った連携だ。
「くそっ! 何なんだよ!」
逃げ道を塞がれた犯人連中がやむなく停車すると、周囲をぐるぐる回っていたミニバン達も同じく停車した。白バン四台が右側の半円を描き、左手には黒バン四台が半円を形成をしているような状態になっている。
続けてバンの扉が一斉に開き、中からゾロゾロと人が降りてきた。白い車からは白い布を纏いフードを深く被って顔を隠した連中が。黒い車からは目出し帽を被った連中が。それぞれの組織、各二十人ほどだろうか。
俺達の車を中心に、《聖母教》と《化学部》の構成員が向かい合うような形となった。
「い、一体何が始まるんだ……」
一歩遅れて、白バンの一台から《聖母教》のボスであるシスターが。同時に、黒バンからは《化学部》のボスである白衣の女教師が颯爽と現れる。
「委員長さーん! と、小さな女の子ー! 大丈夫ですかー?」
「もう大丈夫だぞー! 委員長ちゃーん! と、小さな女の子ー!」
両サイドから拡声器で増幅された魔王達の声が聞こえてくる。できれば俺の心配もしてあげて。
「犯人に告ぐー!」
「人質を解放して降りてきてくださーい!」
「おまっ、聖母ー! 私のセリフを取るなー!」
「先生の声うるさいんですー!」
「なんだとー!」
やめろ拡声器で喧嘩すんな。信者の方々がピリピリしちゃうから。
一方、車内の誘拐犯たちはザワザワとしていた。ヤバイ連中に絡まれたと悟ったのだろう、体がガタガタと震えている。
「ど、どうするよ?」
「し、従うしかねーだろ。おい、お前ら先に降りろ!」
委員長と監視天使の拘束が解かれ、まずは人質である俺達から下車することに。俺達が無傷なのを確認し、ほっと息を漏らす音が拡声器の音に乗った。
「委員長ちゃーん! と、小さな女の子ー!」
「無事で良かったでーす!」
俺の心配もしてあげてー!
続けて犯人連中も車から出てくる。降伏の意思を示すためか、両手を挙げていた。
「き、聞いてくれ! オレ達は嵌められて——」
「うるさーい!」
「喋らないでくださーい!」
拡声器の音で主張が掻き消されてしまい、馬マスクはしゅんと肩を落としていた。可哀想なので代弁してやるか。
「あー、聞いてくれー。コイツらにも事情がだな——」
「聞こえなーい!」
「体大きいくせに声がちっちゃーい!」
コイツら……。
「もっとこっちに集まって来いよ!」
手招きをすると、俺達を中心に《聖母教》と《化学部》の輪が小さくなり、肉声でも声が届く距離となった。
では改めて。
「聞いてくれ。コイツらにも事情がだな——」
聖母先輩と化学教師は何かを察したようで、俺の発言に耳を傾けようと口を噤んだ。しかし、今度は《聖母教》の白布の一人が俺の言葉を遮った。
「聖母さま! 悪人の言うことに耳を傾けてはいけません!」
……あれ? 例のごとく俺も犯人一味だと思われてる?
白布の男は諭すように俺に語りかけてくる。
「言い訳をしてはなりませんよ。己の罪と向き合い、心を入れ替えるのです。さすれば聖母さまの慈悲を受けられるでしょう」
それに反論するのは《化学部》の目出し帽の男だ。
「いいや、あんた達はそのままでいい。悪い心を忘れず、一緒により大きな悪と戦おうじゃないか。夜はゲームで遊んで、たまにメシでも食いに行こうぜ!」
なにこれ。なんか勧誘合戦が始まったぞ。
誘拐犯たち(俺含む)に顔を向けていた白布の男と目出し帽の男だったが、その視線は俺らを飛び越えて対立組織の連中へ向けられる。
「何を言うか、この犯罪集団が! 聖母さまの導きに従って善行すること正しい道。悪事などもっての他だ!」
「うるせーぞこのエセ宗教! いい子ちゃんぶるんじゃねぇ!」
なんか小競り合いになったぞ。サブリーダーっぽい二人が口論を始めると、他の連中も犯人(俺含む)そっちのけで敵対組織にやいのやいの野次を飛ばし始める。
しばし続く口論。犯人連中は呆然とその様子を眺めていたが、ついにボスであるシスターから鶴の一声が。
「皆さん、入信を強制してはなりませんよ」
「そうだぞ! どっちの組織に入るかは、本人が決めるべきだ!」
どちらかの組織に入るのは確定なのね。
「さぁ、どちらの組織に加わりますか?」
「さぁ! 選ぶんだ!」
「えぇ……」
二つの組織に全方位からグイグイ圧をかけられ、たじろぎオロオロする犯人連中。彼らが返答に困っていると、白布の男からとある提案がなされる。
「組織の方針から選ぶのが難しければ、どちらの女性を推したいか、で決めてもいいでしょう」
えぇ……。そんな適当な感じで決めていいの。
「見てください、我らが聖母さまの輝かしいお姿を!」
急に振られ、先輩はあたふたと迷った挙げ句、片手を後頭部、もう片手を腰に当ててセクシーポーズを決める。
思わず失笑してしまうと、赤面した先輩から鋭い視線を向けられた。あ、これあとで折られるやつだ。グッバイ、俺の背骨。
「いやいや、俺らのセンセーのカッコ良さを見ろよ!」
続く化学教師は、バサリと白衣を翻し、凛々しい顔で堂々と腕組みをする。あいつノリノリだな。
俺の冷ややかな視線に気付いた先生は、何を勘違いしたのか、パチクリと下手くそなウィンクを投げつけてくる。うん、なんかムカつくから後で失禁させてやろう。
「さぁ、どちらにするのです?」
「さぁさぁ!」
両サイドでポーズを決められ、犯人連中はマスク越しでも分かるほど困惑でいっぱいだった。何か言わないと終わらない流れだと判断したのか、まずは馬マスクが渋々と口を開いた。
「えっと、じゃあオレは聖母さまで……」
「じゃあボクはセンセーの方を……」
空気を読んだのか、残り二人も先輩と先生を一人ずつ選び、2対2の同数で別れる結果に。犯人連中が偶数で助かった。これでどちらか一方に人気が偏っていたら、また面倒なことになっていたことは想像に難くない。
その場に居た人間の多くが同じ事を思っていたのだろう、どことなく安堵の空気に包まれる。しかし、
「金髪の君は?」
と誰かが俺に話を振り、周囲は再び緊張に含まれる。
あれ、俺ってまだ犯人の一味だと思われてる?
「君はどちらにするんだい?」
「い、いや、俺は……」
「吉井くん! 先生と先輩、どっちを選ぶの!?」
なんで委員長までノリノリなんだ。
「さぁさぁ!」
「さぁさぁさぁ!」
周りの視線が俺へと集まる。
聖母先輩の脅すような視線。化学教師の懇願するような瞳。
これは言わないと終わらない流れか……。
「俺は、そうだな……」
ゴクリ、と委員長が生唾を飲む音が聞こえた。
「俺は……委員長を選ぶよ」
「え!?」
予想外の答えだったのか、委員長の目がまん丸になるり、直後ボン!と爆発したように真っ赤に染まった。
「あ、その子もアリなの? じゃあボクもその子がいい」
「え、ちょっ」
俺に同調する豚マスク。予想外の人気に委員長は困惑している。
「オレもオレも」
「えぇ〜」
その他の面々も俺に同意する形となり、結果5対0対0で委員長が圧勝する運びとなった。まぁ当然の結果だな。《聖母教》と《化学部》の連中も、あの子なら仕方ないか、という空気になっている。
俺たち同士四人は円陣を組み、自然と互いの手を重ね合わせていた。《聖母教》・《化学部》に対抗する、正義の組織が発足した記念すべき瞬間である。
「今日から俺達が……《学級委員会》だ!」
「うおおおおお!!」
「ちょっと! 今思いついたでしょ! 変な組織作らないでよ!」
盛り上がる俺達に水を指すのはクソ天使だった。
「みなさ〜ん。ウチをお忘れっすかぁ〜? 第四の勢力、《美少女天使を愛でる会》という選択肢もあるっすよ〜?」
「……」
沈黙。
なるほど、5対0対0対0のようだな。
「それで、委員長さん。《学級委員会》に入るとどうなるんだ?」
「委員長、教えてやれよ」
マスク越しに向けられるキラキラした視線。
しかし、委員長は冷たい笑顔で一蹴する。
「そうですね、悪い事した人には自首してもらいます」
「あ、オレらやっぱり入会やめておきます」
結局、1対2対2対0で別れることになり、《学級委員会》のメンバーは俺一人だけとなってしまった。
新規メンバー募集中! 一緒に悪の組織と戦おう!




