表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第4章 かわいい天使編
45/60

第48善「殺すか……それとも殺すか」


「吉井くん、お待たせー」


 化学室で待っていると、仕事を終えた委員長が扉から顔をひょこっと覗かせた。


「あれ? ひとり? 先輩と先生は?」

「二人でトイレ行ってる」

「へー、仲良いね」


 それには同意するが、別に連れションと言う訳ではない。神の監視はどの程度なのか、つまりトイレ中も監視されているのかを検証しに行ってるのだ。女性陣としてそれが一番気がかりらしい。

 女子トイレについて行くワケにもいかず、俺はひとり教室に残っていたのだ。


「んじゃ帰るか」

「二人は待たなくていいの?」

「別にいいだろ」


 待っていてくれと言われてもないし、時間的に《お助け部》へ依頼しに来る生徒も今日はもういないだろうから、これ以上学校に残る意味は無い。


 俺は委員長と二人、化学室を後にした。帰り際、ふと女子トイレの前を通ると、中から『バーカ! バーカ!』『この変態オヤジー!』などという聞くに耐えない罵詈雑言が耳に届く。

 どうやらトイレの中は監視の対象外のようで、それを良いことに天に向けて思う存分中指を立てているのだろう。



***



 校門から出た直後。俺は直感した。


 何者かに尾行されている。


 誰かは分からないが、先程から一定の距離を開けてずっと後をつけてくるのだ。歩く速度を変えても。信号などで止まっても。付かず離れず。


 偶然などではない。確実に俺達を尾行している。今は十数メートル後ろの電柱の影に隠れてこちらの様子を窺っているようだ。


 聖母先輩や化学教師ではない。二人ならもっと上手く気配を消すはず。

 委員長のストーカーとかだろうか。だとしたら委員長自身は未だ気が付いていないようで、隣で呑気に『夕飯にはちょっと早いからブラブラしてよっかー』などと言っている。


 まずは背後の人物の姿を確認しようと思い、俺はスマホを取り出してインカメラを起動した。

 さり気なく。自撮りをするフリをして、背後の人間にピントを合わせ——ようとした時、委員長がスマホの画面を覗き込んできた。


「なんで急にカメラ起動してるの?」

「あー、自撮りしようと思って」

「なんで今!? というか自撮りとかするキャラだっけ!?」

「今日からアレになろうと思って。ほら、なんだっけ。ナントカグラマー」


 我ながら苦しい言い訳だと思う。しかし委員長のストーカーだという確信が無い以上、不用意に不安を煽りたくないと思ったのだ。伝えるとするならストーカーだという確証を得た後。

 苦しい言い訳にツッコミが入るかと思ったが、委員長はそれ以上追求してこず、


「……撮るなら、一緒に撮ろうよ?」


 と、こちらにグッと身を寄せてきた。背伸びした彼女の横顔が近づいてきて、体の柔らかい部分が腕に当ってくる。


「委員長……」

「な、なに? はやく撮ろ?」

「ちょっと離れてくれる?」

「なんで!? ひどいっ!」


 委員長がカメラに入ると後ろの人物が映らないのだ。

 俺の言葉にしゅんと肩を落とし、委員長は露骨に距離を取るように道の端まで離れて行った。


 その隙に背後の人物を撮影。写真を確認する。そこに映るのは、見るからに怪しい人物だった。

 背丈はかなり低め。背丈だけで言えば中学生か小学生くらいだ。夏だと言うのに真っ黒のローブに全身を包み、さらにフードを深く被って顔を隠している。見ているだけで暑苦しい。

 マトモな人間ではないことは確か。十中八九、ストーカーだ。


「委員長」

「なによー……」


 委員長はジトっとした横目でこちらをチラ見すると、不機嫌ですと主張するように頬を膨らませた。


「ちょっとこっち来てくれ」

「さっき離れろって行ったくせにー」


 いかんいかん。言い方が悪くて怒らせてしまったか。

 いじけたようにツンとそっぽを向く委員長。こちらに来てくれる気配が無いので、俺の方から近づくことにする。


「っ!?」


 一気に距離を詰めて体と体が触れ合うくらいピッタリ寄り添うと、不意を突かれたのか彼女の肩がビクっと震えた。だが、ツーンと言った感じでさらに顔を背け、逃げるように更に道の端へ。

 しかし端まで行き過ぎて、このまま進むと前方の電柱にぶつかりそうだった。危なっかしいので腕を肩に回してこちらにグッと近寄らせると、委員長は小さく悲鳴をあげる。


「きゃっ! な、なんなの!? 離れろって言ったり……だ、抱き寄せたり!」


 顔を真っ赤にした委員長は、俺の顔を見ようとせず前方の一点をじっと見つめている。口調は怒っているが離れて行こうとはしなかったので、彼女の目の前にスマホを差し出した。


「これ見て欲しいんだが」

「な、なに?」

「誰かにつけられてる」

「えっ」

「心当たりは?」

「ない……」


 ごくり、と生唾を飲み込んだ音が聞こえた。


「ストーカー……なのかな?」

「恐らく」


 ここ最近は毎日登下校を共にしているが、奴の存在に気が付いたのは今が初めて。あんなにヘタクソな尾行だ。背後にいれば必ず気が付く。つまり、ストーキングし始めたのはたった今。生まれたてホヤホヤのストーカーだ。


「どうする?」

「どうするって?」

「殺すか……それとも殺すか」

「殺す一択なの!?」


 委員長のストーカーなんて死刑一択だろ。


「あれ? でも待って」


 何かに気が付いたように、委員長は写真の一部を拡大する。拡大されたのはストーカーの手元。それで初めて気が付いたが、ストーカーの手にはスマホが握られていた。こちらにレンズを向けるように。


「ヤロウ……盗撮までしてやがったか。二回殺す」

「待って待って! よく見て!」

「なんだよ」

「カメラ、吉井くんの方に向けられてない?」


 言われてみれば。この写真を撮った時、委員長は俺から少し距離を取っていた。にも関わらずストーカーの持つスマホは、委員長がいた道の端ではなく、俺の方に向けられているように見える。


「えっ、俺のストーカー……いや、ファンか?」


 なんてこった。ついに俺の魅力が世間に広まってしまったのか。


「ファンって……。それで? どうするの?」

「どうするって?」

「こ、殺すの?」

「殺すわけねーだろ! 俺のファンだぞ!?」

「……」

「ちょっと握手してくるわ」

「えっ!? ちょっと!」


 踵を返して電柱の方へと歩み出す。が、それに気付いたファンの子は慌てた様子で走り去ってしまった。走って追おうとするも、委員長に腕を掴まれ静止される。


「やめなよ! 危ない人かもしれないよ!?」

「俺のファンが危ない人間なワケないだろ!?」


 走り去ったファンの子は、そのままどこかに逃げ去るかと思いきや、もう少し離れた電柱の影へと移動しただけのようだった。そこから半身を出すと、再びこちらにスマホを向けてくる。

 なるほど。遠くから見守りたい系のファンか。直接の接触は恥ずかしいのかな。まぁそれならそれでいい。思う存分俺の姿を撮影すればいいさ。


「背格好的に小学生か中学生っぽいね……。なにかの遊びなのかな」

「とりあえず放置してみるか」

「えーいいの? SNSとかに晒されてたりしたらどうする? 『やばい人見つけた!』『変態発見!』みたいな」

「俺のファンがそんな陰湿なことするワケないだろ」


 そもそも聖母先輩(やばい人)化学教師(変態)もここには居ないのだから、ネットに晒すものなど何も無い。俺達、というか委員長に実害が無い限りは様子見で良いように思う。


 委員長は不服そうだったが、一旦ファンの子を無視して道を進むことした。

 ファンの子は相変わらず俺達の歩みに合わせるように後ろをついて来る。コンビニに入ると外から中の様子を窺い。電車に乗ると車両の連結部分から盗み見てくる。本人的にはバレていないつもりなのだろうか。目的の駅で降りると、ファンの子も同様に下車してきた。


 試しに委員長と別行動をしてみたが、委員長には目もくれず俺の後を延々と追跡してきた。やはり委員長のストーカーではなく俺のファンなのは九割方確定だろう。


 別行動の委員長とは大通りのコンビニで合流することになっていた。

 コンビニへ向かうために大通りの横断歩道に出向く。するとそこで、大きな荷物を持った老婆と遭遇。そういえば今日はあと三善する必要があるのを思い出し、声をかけることにした。


「ばあちゃん、荷物持ってやろうか?」

「ほんとかい? 助かるねぇ」


 見知らぬ人へもだいぶ自然に話しかけられるようになったと思う。『お前の荷物をよこせ』なんて言っていた初日の俺に見せてやりたいくらいだ。

 老婆の荷物を片手に持ち、もう片手で手を引いてやる。その時だった。


 ——パシャパシャ! パシャパシャ!


 と、カメラのシャッター音が背後から連続で聞こえてくる。

 半歩後ろを歩く老婆を気にかける素振りをしながら、さり気なく音の出処を確認。すると、ファンの子がこちらにスマホを向けて、一心不乱に撮影しているのが目に入った。


 何をやってるんだろう。内心首を傾げたが、すぐに合点がいく。きっと俺の良い所を写真に収めたのだ。照れるぜ。

 ファンなら推しの良い所を記録に納めたいはず。なるほど。さっきからカメラを構えていたのは、単に俺のシャッターチャンスを探っていたからか。


 あらかた写真を撮り終えたファンの子は、今度は一心不乱にスマホに文字を打ち込み始めた。『推しが善行してた!』などとSNSに投稿しているのだろうか。照れるぜ。

 そんな様子を観察していると、左手の甲が暖かくなり刻印が一つ消えたのを感じた。


「お兄さん、ありがとねぇ」


 いつの間にか横断歩道を渡り終えていた。老婆は深々とお辞儀し、俺から荷物を受け取ると、手を振りながら立ち去って行った。

 善行達成。しかし何故だろう。今の善行、何か違和感が。

 まぁいいか。善行は善行。深く考えずに善行達成を喜ぼう。


 コンビニへと向かおうと再度歩み出した時、すれ違ったサラリーマンが何かを落としたのが視界の端に写った。財布だ。すぐさま拾い上げ、早歩きで過ぎ去ろうとするサラリーマンのオッサンに声をかける。


「あー、オッサ……お父さん。財布、落としたッスよ」

「え!? あ、す、すみません……」


 ——パシャパシャ! パシャパシャ!


 再度始まる撮影大会。

 気の弱そうなオッサンに財布を渡す場面をファンの子が激写している。しかも良い角度で撮ろうと割とこっちまで接近してきていた。

 オッサンは不思議そうな表情をしているが、彼としては財布の方が気になっているようだ。


「あー、大丈夫。なんも盗ってないッスよ」

「いや、別に疑っているわけじゃ……。どうもすみません」


 ペコリと一例して立ち去るオッサン。疑っていないと言いつつ、俺に背を向けるなりしっかり中身を確認していた。まぁ別に気にしないんだけど。

 しかも『ありがとう』を言わないタイプの人だ。たまにいるんだよな、『すみません』で感謝を使えようとする人。『ありがとう』の言葉無しには善行認定されないので、俺としては困った存在なのだ。

 最初こそ苛立ったが、今となっては特に何も思わない。俺も成長したものだ、としみじみ思う。


 さて、はやく委員長と合流しなくては。と、歩み始めた時、異変に気が付く。

 左手の刻印が、消えているのだ。


 おかしい。これまでの経験からすると、今の財布の一件は善行認定されないはず。明確な感謝の言葉を貰ってない。加えてオッサンは俺に対して疑うような、警戒するような態度だった。今までは心の籠もった感謝のみ善行認定されていたはずなのに。


 先程の老婆の件。その違和感の正体にも思い至った。

 感謝される()に左手の刻印が消えたのだ。


 どちらの件も、今までの経験から推測していたルールとは逸脱した出来事だった。

 今までとは何が違う? 過去の善行と違うのは何だ?


 すぐに思い浮かんだ。

 ファンの子の存在だ。


 バッと振り返ってファンの子を見遣ると、相変わらず彼?彼女?は定ポジションである電柱の影から半身を出してスマホを向けていた。こちらの視線に気付くなり、サッと身を隠す。


 あの子がいるから善行の条件が軽くなったというのか?

 確認してみよう。


 ちょうど良いところに、聖母教の魔の手を逃れた空き缶を発見した。今までの経験では、誰の目にも触れないサイレント空き缶拾いでは善行認定されない。


 目的地であるコンビニにゴミ箱があるはず。

 空き缶を拾い上げ、俺は足を速めてコンビニへと向かった。


「あ、吉井くんー」


 コンビニへ到着すると、先に到着していた委員長が手を振って迎えてくれる。


「すまん、遅くなった」

「大丈夫だよー。善行してたの?」

「まぁな」


 俺の手にある潰れた空き缶を見て、委員長は優しく微笑んでいた。その笑みの意味を考えている暇は無い。空き缶拾いで善行認定されるかの検証が先だ。


 はやる気持ちで空き缶をゴミ箱にシュート。

 パシャパシャ、と予想通り始まる撮影大会。

 何枚か撮り終えた後、ファンの子はスマホに文字を打ち込み始める。

 直後、左手の甲の温度が上がった。


 善行認定された。

 誰にも感謝されてないのに、ゴミ拾いで善行認定された。

 やはり、あのファンの子の存在は何かある。俺の一日七善と何か関係が。


 そこで思い出すのは、先ほどの化学室での会話だ。

 常に誰かが俺達を監視しているのではないか、という話。


「吉井くん?」


 俺が呆然としていると、委員長が顔を覗き込んできた。


「え、なに?」

「もしかして……してほしいの?」


 何を? という問いに、委員長の言葉が重なった。


「しょうがないなー。良い子の吉井くんのために、またやってあげよう。おっほん」


 少し照れたように頬を染めた委員長は、咳払いをして口元を隠す。そして、やたら低く唸るような声を発した。


「ゴミ、ヒロッテクレテ、アリガトー。ウレシイナーウレシイナー」


 沈黙。

 何をしてるのか理解できず、ポカンと口を開ける。

 すると、委員長の顔がどんどん赤く染まっていった。


「え、なに、今の?」

「………………地球の声」


 地球の声。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ