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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第4章 かわいい天使編
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第46善「ママー! ママー!」


 逆・銀行強盗騒動から一ヶ月。異世界から帰還した日から二ヶ月が経過して、季節は夏を迎えた。

 相変わらず一日七善の呪いに忙殺される日々だが、以前と比べると格段にこの生活にも慣れたと思う。それに善行が好きだという自分の気持ちに気が付き、前向きに善行に取り組むこともできるようになった。


 また、善行生活の成果か、俺自身にも変化があった。

 驚くなかれ。なんと、街を歩いていても、警察に職質されなくなったのだ!


 初めは驚いた。すれ違う警察官が軽く会釈してくるだけで話し掛けてこないのだから。驚きのあまり『お兄さん達、ホントに警官っスか?』と逆・職質してしまった程である。

 その時に初めて知ったのだが、なんと、警官はすれ違う人全員に職質しているワケではないのだ! 怪しい人物だけに絞って職質をするのだと言う。この衝撃的な事実を知った日は眠れなかった……。


 ともかく、俺は晴れて問答無用に職質されない程度にはマトモになったらしい。神、見てるか? 俺は職質されなくなったぞ? 


「もうすぐ夏休みだねー」


 放課後の廊下。《お助け部》の部室へと足を運んでいると、横を歩む委員長が弾むような声色で呟いた。


「そうだな」

「その前に期末テストだねー」

「ははは、面白い冗談を言うな委員長は」

「現実を見ようよ吉井くん……あ、吉井くん見て」

「現実は見ないぞ」

「そうじゃなくて。ほら、ゴミが落ちてるよ。善行チャンス!」


 委員長は呪いの事は知らずとも俺が善行に勤しんでいることを認識してくれているので、時折こうして善行の機会を見つけてくれるのだ。


 当然ゴミ拾いは善行認定されない。『ゴミ拾いは俺の専門外なんだ』とワケの分からない事を言ってみたこともあるが、『善行の好き嫌いしないの!』と更にワケの分からない言葉を返されて以来大人しく従うことにしている。

 そのお陰もあってか、今では『無駄な善行をした』と思うことも無くごく自然にゴミ拾いできるようになった。


 見つけてもらったゴミを手近なゴミ箱に捨てると、その様子を委員長がニマニマ見ているのに気が付いた。


「なんだよ」

「偉いなーと思って。学校も喜んでるよ。ウレシイナーウレシイナー」


 委員長は手で口元を隠し、裏声で甲高い奇妙な声を出す。学校の声なのだろうか。思わず吹き出してしまった。変なツボに入ってしまってクツクツと笑っていると、


「ちょ、そんな笑うことないでしょ!」


 小ボケが思いの外ウケたのが恥ずかしくなったのか、委員長は首まで真っ赤になっていた。


「吉井くん、最近笑うようになったよね」

「そうか?」

「うん。それに、笑い方が自然になったと言うか」

「前は変な笑い方だったのか?」

「いや、えっと、あの……」


 変な笑い方だったんだな。


「でも、今のはかなり面白かったわ。もう一回やってくれよ」

「や、やらない!」

「頼む! もう一回だけヤろう! な! な!」

「言い方っ!」


 委員長のお陰で善行が好きだと自覚できた。前向きにゴミ拾いもできるようになった。

 しかし、頭を悩ます問題があった。


 《聖母教》の存在だ。

 この集団は毎朝、駅前や川原で清掃をしているのだ。お陰で街は綺麗になる一方。せっかく前向きにゴミ拾いもできるようになったのに、肝心のゴミが無くなってしまうという悲しい現状なのだ。俺の善行を邪魔してくる異常者集団である。


 《聖母教》の勢力は日々拡大の一途を辿っていて、先日など自宅のアパートに見知らぬオバサン二人組が入信の勧誘に来たものだ。邪教がこの街で徐々に広がっていて、何か底知れない恐怖を感じている。


 この街には、《聖母教》の他にもう一つ大きな勢力が存在している。とある犯罪組織だ。

 先代の《シテンチョー》と呼ばれる人物がボスを勤めている際は割と過激な集団だったようだが、新しく《センセー》と呼ばれるボスが着任してからはその名を《化学部》と変え、活動方針の方も大きく変わった言う。


 この集団は、『犯罪者専門の犯罪組織』なのだ。

 犯罪者のみに犯罪する、と言ってもその内容は可愛いもので、例えば『自転車泥棒に腐った生卵を投げまくる』『交通ルールを守らない車に腐った生卵を投げまくる』など。結局のところ、腐った生卵を投げまくってる異常者集団である。俺も何度腐った生卵を投げつけられたことか。ただ歩いていただけなのに……。


 犯罪者達は生卵を投げつけられるのが嫌で、この街を出て行くか、または《化学部》に入部して生卵を投げつける側に回るかの二択を選ぶらしい。その結果、《化学部》がどんどん巨大な組織になると同時に、なんとこの街の犯罪率は急激に低下し始めたそうなのだ。お陰で俺の善行チャンスが無くなるばかりである。


 《化学部》の主な活動はもう一つある。週末のモール占拠だ。

 モール占拠は今やこの街の名物と化している。街のガイドブックでも紹介されるほどに。わざわざ他県からモール占拠に巻き込まれる人までいるそうで、モールの来場者数と売上はうなぎ登りだそうだ。ついには街ぐるみでモール占拠を推し始め、噂では今年のふるさと納税の返礼品に『モール占拠体験』が追加されるとかされないとか。やはりこの街は狂ってやがるぜ。 


 《聖母教》は表で、《化学部》は裏で街を守っていると言われている。

 しかし俺にとってはどちらも善行チャンスを潰してくるヤバイ集団だ。できることなら対消滅して欲しいと日々願っている。


 実際、この二つの組織は対立関係にあった。

 正しい行動をしようとする《聖母教》と、どんな手を使ってでも悪人を懲らしめようとする《化学部》。理念が正反対なのだ。

 しかし、それぞれの組織のトップ同士が仲良しであることは、あまり知られていない。


「先生と先輩、もう教室にいるかなー」

「かもな」


 仲良いし、二人で淫行してるんじゃないかな。


「先生って素敵な人だよねー。カッコ良くてスタイルが良くて。大人の女性って感じ」


 そうだな。ただ少しだけ頭がおかしいのが難点だ。


「先輩も素敵だよねー。綺麗で優しくて面倒見が良くて。完璧人間だよねー」


 そうだな。ただ少しだけ頭がおかしいのが難点だ。


「二人ともかなりモテるらしいよ」


 まぁ見た目だけは良いからな。見た目だけは。


「よ、吉井くん。先生と先輩だったら、どっちがタイプ?」


 究極の選択だな。《化学部》か《聖母教》か。失禁か骨折か。おしっこか骨か。


「……辛うじて失禁の方がマシか?」

「急になんの話をしてるの?」


 失禁の話をしていたら尿意を催したのか、委員長はトイレへ失禁しに行った。そこで『トイレ終わるの待つ』という善行を提案してみるも、怒り気味で拒否されてしまう。やはり善行は難しいな……。

 私に構わず先に行けと言うので、一人寂しく《お助け部》に向かうことに。


 《お助け部》にも少し変化があった。化学教師が顧問の座に就いたのである。それによって部室の場所が化学実験室へと移り変わっていた。


 聖母先輩と化学教師は一足先に部室に来ていたようだ。詳しくは聞き取れないが、話し声らしきものが廊下まで聞こえてくる。俺は会話の邪魔にならぬように、静かにゆっくりと扉を開けた。


「オギャー! オギャー!」


 扉を開けるなり聞こえてきたのは、赤ん坊の泣き声だった。

 ただし本物の甲高い赤子の泣き声ではなく、トーンの低い大人の女性の泣き声だ。


「オギャー! ママー! ママー!」


 声の主は、化学教師。

 上半身スーツ、下半身オムツ、その上に白衣という奇妙な格好をした彼女は、おしゃぶりを咥えて駄々をこねるように四肢をバタつかせていた。


「よちよ〜ち、いい子でちゅね〜」


 化学教師を抱きかかえているのは、聖母先輩だ。

 先輩は愛おしそうに笑みを浮かべ、化学教師の頭を優しく撫でていた。


 ……なにこれ。

 こいつら、ついに気でも狂ったか。いや、こっちの気が狂いそうだ。

 理解が追いつかず、絶句してその場に固まってしまう。二人は俺の姿に気がついていない。


「ママー! おっぱいー!」

「うふふ、まだ出ませんよ〜」


 抱くには大きすぎる化学教師の体だが、元魔王の先輩は難なくその体を抱き上げて揺り籠のように揺らしている。何をしているか全く理解できないが、少なくとも見てはいけないものを見てしまったのは確かだ。


 何も見なかったことにして立ち去ろう。俺は気遣いができる人間なのだ。

 静かに、慎重に扉を閉めようとする。しかし痛恨のミス。カタリと僅かに音が出てしまった。普通の人間なら聞き逃してしまうほど小さな音。だが相手は無駄に優れた聴覚を有している元魔王たちだ。

 聖母先輩と化学教師の首がグルンと周り、同時に俺の姿を視認する。やばい、と思って踵を返した時にはもう遅い。


「よよよ吉井さん! 待ってください!」

「ここここれは違うんだ! 話を聞いてくれ!」


 瞬間移動でもしたかのように、二人は間合いを一瞬で詰めて来る。そして閉じかけていた扉の隙間から腕を伸ばし、立ち去ろうとしていた俺の腕をガッチリと掴んだ。元魔王二人分の力には抵抗できず、俺はそのまま教室へ引きずり込まれてしまう。


「吉井さん! これには理由があってですね——」

「先輩」


 逃げられないと覚悟を決め、聖母先輩に向き合った。


「先輩、頼む」

「はい?」

「頼むから俺の記憶を消してくれ!」

「はい!?」


 まさか、記憶消去を自ら望む日が来ようとは。


「俺の脳細胞にあんな(おぞ)ましい光景がこびり付いていると思うと気が狂いそうなんだ。頼むから俺の頭蓋骨を粉砕して記憶を消してくれ!」

「悍ましいだなんて失礼な! 先生の貴重なオムツ姿だぞ! 記憶に焼き付けておけ!」


 先輩にとっても先ほどの赤ちゃんプレイは見られたくないモノに決まっている。俺だって記憶から消し去りたい。俺の記憶を消去するのが、みんなにとって一番幸せな道なはずなのに……。


「吉井さん、理由を聞いてください。これは……先生の『一日七悪』を達成するための悪行なんです」

「あ、悪行……?」

「そうだ! ある種の淫行だぞ!」


 そんな自信満々に淫行宣言するなよ。

 化学教師は定期的に悪行をしないと魔王モードという厄介な暴走状態になってしまう。それを防ぐための手軽にできる悪行が生徒との淫行なのだ。


「それは分かるッスけど、なんで赤ちゃんプレイ?」

「いや、なんか流れで『"聖母"って "聖なるママ" だよね』って話になって。『じゃあ先生が赤ちゃんやるぞ!』ってなって」


 なるほど二人が馬鹿だということは分かった。


「そ、そんな汚物を見るような目で見ないでください! 吉井さんも先生を抱っこしてみたらどうですか? きっと父性に目覚めますよ!」

「それより先に殺意が芽生えると思う」

「そんなこと言うなって! 先生の迫真の演技を見るがいい!」


 有無を言わさず、化学教師はタックルするように俺に突っ込んでくる。衝突の直前で地面を蹴り、華麗な身の捌きで空中で一回転。そのまま両手両足を胴体に引き締めるようにして、胎児のポーズとなった。ちょうど胸元の高さでその態勢に移行したので、俺は反射的にキャッチしてしまう。こいつ……抱っこさせるのが上手すぎる!


「オギャー! オギャー! パパー! パパー!」


 俺の腕に収まるなり泣き叫び始めるオムツ姿の化学教師。こんな女が学校の先生で尚且つ犯罪組織のボスなんて。いや、そういうストレスのかかる立場だからこそ、何の責任も無い赤ちゃんに成りたいのだろうか。

 無意識に、俺はゆらゆらと腕を揺らして化学教師をあやしていた。こいつ……あやさせるのが上手すぎる!


「そうですそうです、良い感じですよ吉井さん〜」

「こ、こうか?」

「キャッ♪ キャッ♪」

「先生も喜んでますよ〜」


 赤子の魔力か。それとも魔王の魔力か。

 なんだか流れに飲まれてしまっていて、俺は周りが見えていなかった。


 ふと視線を感じて顔を上げると、教室の入り口にはあんぐりと口を開く委員長が。その姿を見て、俺も一気に現実へと引き戻される。


「吉井くん……? まさか……」

「い、委員長? これは違うんだ……」

「吉井くんに隠し子がいたなんて!」

「よく見ろただの変態だ!」


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