第43善「ぐうの音も出ない!」
「ほら先生、はやく魔王モードになってください」
「とは言っても自分でコントロールできるものでもないし……」
「使えないですねー」
「おい! 私は教師だぞ!」
「イラつかせれば魔王化するかなと思いまして」
「なるほど。だがダメみたいだ」
「なら殴らせてもらいますねー」
「いたたた! やめろ!」
などという地上からの問答を聞きながら、俺はひたすらに支店長の攻撃を躱す。
視力を失った支店長の乱雑な攻撃は驚異ではない。だが魔力の鎧により、こちらの攻撃も通らない。魔力の剣と鎧は魔力消費が激しいとはいえ、支店長の魔力も尽きる気配がない。
この膠着状態を切り抜けるには、化学教師に魔王化して戦ってもらうしかないのだ。しかし聖母先輩が割と強めにボカボカ殴ってはいるももの、化学教師が魔王化する気配は一向に見受けられなかった。
「せんぱーい。先生を『悪事したい気分』にさせればいいんじゃないッスかね」
実際、金庫で大金を目にした時に魔王モードになりかけていた。『悪いことをしたい』。その気持ちが、魔王モードへのトリガーではないかと踏んでいる。
「なるほど。では先生。淫行なんてどうでしょう? 目の前にピチピチの女子高生がいますよ? うっふん♡」
などと言いながら、片手を後頭部、片手を腰に当てて、尻を突き出しセクシーポーズをする聖母先輩。その様子を、化学教師は無表情で見つめている。
「……」
「ほら先生、淫行したくありません? 女子高生ですよ? あっはん♡」
「……」
「……あの? 何か言ってくれません?」
「聖母は人をイラつかせるのが本当に上手いな!」
「ぶち殺しますねー」
ダメだ、先輩の魅力では淫行をする気が湧き起こらないようだ。
化学教師に再度殴りかかろうとする先輩を、テロリスト二人組が必死に止めていた。
「……淫行がダメならお金でしょうか。ヒゲさん、ドレッドさん、お金出してください」
「おいおい、オレ達は囚人だぜ? 金なんか持ってるワケねーだろ?」
「銀行の金庫からくすねてましたよね? バレてないとでも?」
「……」
「出して、くれますよね?」
「「ハイ」」
先輩がポキポキと指を鳴らすと、テロリスト二人組みは懐から札束を取り出した。アイツらいつの間にパクってやがったんだ。俺も一つくらい盗っておけばよかった。
「吉井くんはお金盗ってないよねー?」
俺の心に芽生えた邪な考えに気付いたように、耳元で委員長が囁く。
「俺がそんなことするワケないだろ?」
「だよねー、よかったー!」
危ない危ない。金には人を変えてしまう魔力があるな。
それは化学教師も例外ではない。
「ほら先生、お金ですよー」
「金……カネ……ううぅ……」
テロリストから巻き上げた札束を渡され、化学教師がワナワナと震えている。心なしか彼女の体から魔力が滲み出ているような。
先輩はここぞとばかりに教師に耳打ちをする。内容が気になったので、勇者イヤーを欹てみた。
「先生、金庫にあったお金を思い出してください? 五十億ですよ、ご、じゅ、う、お、く」
「ごじゅう……おく……ううう」
「支店長さんを倒して、あれ奪っちゃいましょうよ」
「ううううう、私は……我は……」
おお、口調が変わってきた。目付きも鋭くなり、雰囲気も変わりつつある。魔王モードまであと一押しだ。
「ささ、たくさん悪い事しちゃいましょう。お金盗って、生徒と淫行して。こんな風に」
化学教師の手を取るなり、先輩はそれを自身の胸へと押し付ける。最後の一押しで魔王化を促そうとしたのだろう。だが、
「聖母、そんなことするもんじゃないぞ?」
スン、と一気に冷静な教師の瞳に戻ってしまう。
あぁ! 魔王化まであと少しだったのに!
「もうー! なんなんですかー! じゃあ委員長さんはどうですか! ほら上見てください! 委員長さん可愛いですねー!」
ヤケクソ気味な聖母先輩がこちらを指差してくる。化学教師の視線も誘導される。
「可愛いな。ククク。淫行してやりたいぞ」
「一気に魔王状態に……。めちゃめちゃ複雑な気分です」
化学教師の視線に気が付き、委員長はブンブンと手を振った。
「せんせー! ズボンありがとうねー!」
「ズボン? そうか、あの子が、私の……我のスラックスを履いているんだった。……関節淫行じゃないか!」
関節淫行ってなに。
兎にも角にも、それが引き金になった。
「ううううう……関節淫行ー!!」
瞬間。化学教師の体から膨大な魔力が溢れ出す。全身に禍々しい魔王のオーラを纏いながら、ふわり、と宙に浮かんだ。
「ククク。最高の気分だ。あぁ、悪事を働きたくて仕方がない。ひとまず、その小娘に淫行させてもらおうか!」
あれ、なんかターゲットがこっちに。
「先生! それよりも支店長を倒して五十億を頂いちゃいましょう!」
「五十億。それもそうだな。まずはカネを頂こう」
先輩の誘導により、矛先は支店長へ。
ふわふわと浮游の魔術を使い、こちらへ向かってくる。
「む? なんだ貴様は?」
支店長は俺への攻撃の手を止め、飛んで来た化学教師へと刃を向けた。
「喜べ初代勇者。お前のカネは我が貰ってやる」
「フハハハハ! 何をバカなことを。どこの馬の骨かも分からぬ奴に、私のカネを奪われてたまるか!」
「馬の骨!?」
先輩、静かに。人間の骨で我慢して。
「金髪小僧の前に貴様を叩き切ってやる!」
支店長のオッサンは空を蹴り、剣を振り上げ化学教師の脳天に叩き込もうとする。しかし、
「《ルビジウム・フレイム》」
巻き起こる、淡い紫色の炎。
それは津波のように支店長に襲いかかり、一瞬にして彼の体を包みこんだ。
「あああ! 熱い! なぜだ! 魔力の鎧を纏っているのに!」
「あー、魔力の鎧は物理攻撃にのみ有効だぞ」
「先に言ってくれぇぇぇ!」
紫炎に包まれ藻掻き苦しむ支店長。弱まる気配の見せない紫炎はジワジワと彼の体を焼いていった。
「ククク、他愛も無い。トドメだ」
化学教師の容赦の無い拳が支店長に叩き込まれ、彼は勢い良く地面に叩きつけられた。風圧で炎は消えたようだが、そのまま気を失ってしまったようで、起き上がってこない。
強い。散々苦しめられた支店長のオッサンが、あっという間に敗れてしまった。
やはり魔王状態の化学教師はとんでもない実力だ。彼女が暴れ出さぬうちに、委員長の胸でも揉ませて鎮静させてしまおう。
そう思って化学教師に近寄ろうとしたが、それよりも先に化学教師は地面へ降下してしまう。そして、今しがた吹っ飛ばした支店長の傍らに降り立った。
「ククク。無様だな」
そのまま支店長の頭を鷲掴みにして持ち上げる。
まさか殺す気じゃないだろうな? しかし化学教師の取った行動は、予想を上回る厄介なものだった。
「《スキルドレイン》」
短く呟やかれた呪文。
魔族のみが使える禁断の呪文。
相手のスキルやチカラを奪い取る術だ。
「ま、まさか!」
鷲掴みにされた支店長の頭が光輝く。その光はゆっくりと移動し、化学教師の腕の中へと吸い込まれて行った。
「大したスキルは持っていないが、魔力量は大したものだな」
チカラを全て吸い取り終えると、化学教師は用済みとばかりに支店長の体を投げ捨てる。そして、邪悪な笑みを浮かべ、俺と聖母先輩を交互に見遣った。
「虐殺勇者。そして終焉の魔王。昨日の続きをしようじゃないか」
*****
まずいことになった。ただでさえ強い化学教師が、初代勇者の魔力を吸い取って更にパワーアップしてしまった。
「ククク。まずは貴様からだ、虐殺勇者」
鋭い目付きでこちらを見据え、化学教師は俺と同じ高さまでフワリと上昇。両手に紫炎を生成し、妖しく揺らめかせている。
「異世界では散々痛ぶってくれたなぁ。貴様に受けたあの苦しみ——」
「パンツ見えるぞ」
「え?」
「そんな高く飛んだら、下の奴らからパンツ見えちゃうぞ」
化学教師のスラックスは委員長に貸出中だ。前はワイシャツ、左右と後ろは白衣で守られているとはいえ、下からは丸見えだろう。
「魔王である我がそんな事を気にするとでも?」
鼻で笑う化学教師だが、目線は一瞬だけ下へ向けらたのを見逃さなかった。
「まぁ、貴様はメインディッシュ。後の楽しみに取っておこう」
そう言い残し、音もなくゆっくりと地上へと下がって行く。
パンツ見られるの気にしてんじゃねーか。
「ククク。まずは貴様からだ、終焉の魔王」
地上へ降り立った化学教師は、気を取り直しように聖母先輩と向き合う。対する先輩は、隣に並ぶテロリスト二人組をそっと指し示した。
「こちらのお二人、先生のおパンツ凝視してましたよ」
「ククク。まずは貴様らからだ、元勇者二人組」
パンツ見られたのめちゃくちゃ気にしてんじゃねーか。
「いやいや、見てないっす! 誓って見てないっすよ!」
「黙れ。貴様らの記憶を脳みそごと吹き飛ばして消してやる」
「そういうことなら、聖母の姐さんの洗脳魔術を《スキルドレイン》で奪えばいいんじゃないですかね!?」
「ククク。まずは貴様からだ、終焉の——ええい! もう纏めてかかってこい!」
元よりそのつもりだ。
俺は化学教師の後ろに回り込むように地上へ降り立った。
「四対一でもいいよな?」
「貴様! 謀ったな!」
パンツが見えることを指摘したのは親切心からではない。化学教師を地上に下ろし、先輩達と協力できる状況を作り出すためだ。
「あ、あの、オレ達も頭数に入ってる?」
「俺様、お料理担当の勇者だったんですけど……」
テロリスト二人組は、化学教師の圧倒的なプレッシャーに意気消沈してしまったらしい。
「……二体一でもいいよな?」
四対一でもいいよなぁ?とかキメた俺がバカみたいじゃないか。
「……吉井さん、すみません。まずは、わたくしに戦わせてください」
「やっぱり正々堂々、一対一がいいよなぁ!」
いやほんと俺バカみたいじゃん。
まぁでも気持ちは分かる。俺と先輩は、化学教師に昨日ボコボコにされたばかり。本来ならば再度二体一で挑むべきだろうが、俺達にもプライドがある。でき得ることならタイマンで勝ちたいと思うのは俺も同じだ。
「……いえ、正々堂々とは戦いません」
なんなのもう。さっきから俺の言う事が全然ハマらない。
「ヒゲさん、ドレッドさん。お二人のチカラを吸わせてください」
なるほど、テロリスト二人組の力を貰ってパワーアップを図るつもりか。
「そういう事なら! 喜んで!」
「聖母の姐さん、頑張ってくだせぇ!」
闘う必要が無くなるとあって、二人はノリノリで頭を差し出してきた。聖母先輩は両手で二人の頭を鷲掴みにし、二人のチカラを《スキルドレイン》で吸収する。
「ククク。それで我に勝てるとでも? そんな雑魚二人のチカラを吸ったところで、たかが知れてるわ」
阻止しようと思えばできたであろうに、化学教師は先輩のパワーアップを止めなかった。余裕の現れだろう。
「うるせー! 聖母の姐さん、頑張ってくれよ!」
テロリスト二人組に背中を押され、聖母先輩が一歩前に出る。
「先生……あなたの言う通りです」
「なにが?」
「この二人のチカラを吸い取っても、何も変わりませんでした!」
まぁさっきの石投げ合戦でもそう言ってたしな。やる前に気付けよ。
「先生ー! がんばれー!」
「聖母の皮を被ったこの悪魔を懲らしめてくれー!」
あいつら寝返りやがった。
「まぁ冗談はさておき。昨日は学校だったので、思い切り戦えませんでしたからね」
「本気ではなかったと?」
「えぇ」
先輩の空気が変わる。普段の優しい笑みからは一転。真剣な眼差しで化学教師と向き合う。
「せいぜい楽しませてくれよっ! 《ストロンチウム・フレイム》!」
開幕と言わんばかりに、化学教師が大きく手を薙ぎ払う。放たれる真紅の火炎。それは津波となり先輩に襲いかかった。
先輩は大きくジャンプして炎の波を飛び越えると、一気に教師の懐へ。接近戦へと持ち込んだ。
「はぁぁ!」
一発。また一発。
物凄い速さで拳のラッシュを繰り出す。先輩が踏み込むたび、地面が大きくひび割れた。
対する化学教師も拳で応戦する。そこからの攻防は激しいものだった。
「クハハ! やるなぁ!」
拳と拳。脚と脚がぶつかり合う。衝突の度に風圧が起こり、二人を中心とした風のドームが出来ているようだった。
「ハハハ! 確かに昨日よりは骨がある!」
「骨!? どこ!? ぐはっ!?」
バカだよあの人。骨に反応して重いの喰らっちゃったよ。
「骨! 骨! 骨!」
「あーあー! 聞こえなーい!」
先輩の弱点がバレてしまったな。耳を塞いでいるもんだから懐がガラ空きだ。
「骨伝導! 骨伝導!」
「いやあああ! 骨を伝って聞こえてくるぅぅぅ♡」
バカだよあの人達。でもなんか楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ。
「これぞ骨肉の争いだな!」
「あ、それは意味がちょっと違いますね〜」
骨が付けば良いってもんじゃないらしい。
だが俺には最終兵器・委員長がついているのだ。
「委員長、なんか骨関係の四字熟語言ってやんなよ」
「んー? じゃあ亀甲獣骨」
「??」
「???」
あ、魔王二人とも分かんなかったらしい。バーカバーカと言ってやりたいところだが俺も分からんかった。五感からして亀甲縛り的なアレだろう。エッチな子だよまったく。
そんなこんなで激しい攻防はしばらく続いた。
手数は互角。速度も互角。威力も甲乙つけがたい。バカさ加減も同じくらいだ。だが、決定的に異なるものがあった。再生速度だ。
「ぐっ……」
「クハハ! 」
恐らく、拳がぶつかる毎に両者の拳は相当のダメージを受けている。互いに驚異的な速度で回復してはいるものの、保有する魔力量が明暗を分けた。
「どうしたぁ!? 威力が弱くなってきているぞぉ!?」
次第に聖母先輩の回復が追いつかなくなっていく。それに伴って攻撃の威力も落ちていく。
やがて互角だった攻防は、一方的な虐殺と化していった。
「ぐっ! あああ!」
化学教師の猛攻が先輩を襲う。白雪のように美しい肌が、土塗れとなる。
加勢した方がいいのだろう。しかし先輩が助けを求めるか再起不能になるまで、俺は動かないことにした。先輩のプライドを尊重してのことだ。
「吉井さん! いつまでボサッとしてるんですか! はやく手伝ってくださいよ!」
プライドとか尊重しなくて良かったっぽい。
「フン! 終焉の魔王もこの程度か」
「ぐああ!」
加勢に出ようとしたところで、聖母先輩がこちらに吹っ飛ばされてきた。手が塞がってるので胸板で一旦その体を弾き、足を使って地面にそっと降ろす。サッカーのトラップのように。
「あの……わたくしの扱い雑じゃありません?」
「ちゃんと受け止めたじゃないッスか」
「サッカーボールみたいに受け止めることないじゃないですか!」
とは言っても委員長背負ってるし。避けずに受け止めただけでも感謝してほしい。
「いたた……見てくださいよ。ボロボロです。完敗でした」
地面に転がる先輩はボロ雑巾のようだ。口先では平然としているが、起き上がってこないあたりダメージは相当なものなのだろう。せっかくだし蹴り飛ばしてやろう、という気持ちをギリギリ抑え込めるくらいにボロボロだ。
「痛そッスね」
「……あの、もっと何かないんですか? 女の子がボコボコにされてボロボロになってるんですよ?」
「可哀想っスね」
「感情無いんですか……。泣き喚いて心配するとか、敵に怒り狂うとか、もっと他にあるでしょうに!」
俺に何を期待しているんだよ……。
聖母先輩への返答に迷っている時。
「いたたっ」
不意に耳元で聞こえた、その言葉。
最初は、聖母先輩の惨状を見て、委員長が同情して呟いたのかと思った。しかし、違った。
彼女の腕に、痣が出来ていたのだ。
「委員長、腕、ぶつけたのか?」
「う、うん。でもだいじょうぶー。せんぱいの心配してあげてー」
聖母先輩を受け止めた時、先輩の体のどこかが委員長の腕に当たってしまったようだ。
それを認識した瞬間。俺の頬を涙が伝った。
「うぅ、ううう……」
「えっ!? 吉井くんどうしたのー!?」
「うわあああ! 痛かったなぁ! 委員長ぉ! ごめんなぁ!」
「泣き喚いて心配しています……」
委員長を守れなかった。
その不甲斐なさ、そして彼女の怪我の痛みを思うと自然と涙が溢れてきた。こんなことで泣くなんて、生まれて初めての経験で戸惑っている。
やがて、悲しみは怒りに変わった。
「グギギギギ……。クソ教師がぁ! よくも委員長をぉ!」
「敵に怒り狂っています……」
こんなに感情が揺れ動くなんて。自分が自分じゃないようだ。だけど今はそんなことどうでもいい。委員長を怪我させた化学教師への怒りで気が狂いそうだった。
「ちょっとちょっと! 吉井さん! わたくしの時と反応が違いすぎません!?」
「あぁ!? 先輩は放っておけば治るだろーが!」
「それはそうですけど扱いが酷い! ほら、比べるものじゃないですけど、委員長さんよりもわたくしの方が重症ですよ!?」
「……どれくらい怪我したかじゃねぇ。誰が怪我したかが重要なんだ!!」
「なんか名言っぽいけどめちゃくちゃ最低な発言!」
異変を察知したテロリスト二人組もこちらに駆け寄ってくる。先輩の大怪我には目もくれず、委員長の腕の痣に視線が向けられていた。
「オイ、嬢ちゃん怪我してんじゃねーか! 金髪! こんなことされて黙っちゃいねぇよなぁ!?」
「男見せろやぁ!」
「当たりめーだ!!」
「男性陣のこの盛り上がり様! ヒロインとしての格の違いを見せつけられてるようでヘコみます!」
聖母先輩は何か大きな勘違いをしているようだ。
「先輩。これは格の違いとかじゃねーッスよ。先輩はヒロインとして十分魅力的だ」
「よ、吉井さん……」
「これは……日頃の行いの差だ!!」
「ぐうの音も出ない!」
盛り上がる俺達の一方で、化学教師は何故だがオロオロとこちらの様子を窺っている。そして、もごもご端切れ悪く語りかけてきた。
「……あ、あの、終焉の魔王?」
「なんです? まだ殴り足りないとでも?」
「いや。我、調子に乗ってちょっとやり過ぎちゃったかも。痛かったよな? すまんな?」
「先生だけが優しい! やだもう好きになっちゃいそう!」
男どもとは反対に、化学教師の目は先輩だけに向けられている。委員長の怪我を意に介さないその様子が、俺の怒りをさらに増長させた。
「おいクソ教師! まずは委員長に謝れよ!」
「そんな痣一日で治るだろう! 終焉の魔王の心配してやれよ!」
「……もうキレた。完全にキレたわ。お前、殺す」
そうして、俺は化学教師へと飛びかかった。




