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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第3章 わるい先生編
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第42善「これが俺の戦闘スタイルなんだ」


「いけー! 吉井くん号ー!」


 委員長の号令を合図に、俺は地面を力強く蹴った。同時に風魔法・《スカイウォーク》を発動。空中に足場を形成し、見えない階段を登るように天に昇っていく。


「すごーい! お空飛んでるー!」


 委員長がキャッキャとはしゃぐたびに、背中に柔らかい物が押し付けられてきて理性が揺さぶられる。異世界でもこんなに過酷な状況は無かった。しかし今は戦闘中。闘うには最悪の状態とはいえ、委員長を守るために気を抜くことはできない。


「吉井くんの頭皮の匂いすきー」


 戦闘中に頭皮の匂いは嗅がないでいただきたい。


「耳ふーふーしちゃおー。ふーっ、ふーっ」


 戦闘中に耳ふーふーしないでいただきたい。


「来たか、金髪小僧……なんで若干前屈みなんだ?」

「……これが俺の戦闘スタイルなんだ」


 こちらに向けられた支店長の顔は、豆鉄砲合戦により赤い斑点がポツポツと出来ていて痛々しかった。あんな跡が委員長の肌に付いたら大変だ。


「おーいお前ら、委員長に当てたら殺すからなー」


 下の投石部隊に言うと、彼らの攻撃がピタリと止まった。支店長も同様に下への攻撃を止め、結果的に俺と支店長の一騎打ちの状態になる。


「フハハ。戦場に女を連れて来るなど愚の骨頂」

「……骨、ですって?」


 先輩、うるさいよ。


「まぁ、他の奴らよりは骨がありそうだ」

「骨があるんですか!? どこですか!?」


 先輩、だまって。


「痩せ腕にも骨と言うしな。油断はせんよ。老骨に鞭打ってでも全力で貴様を潰してやる!」

「痩せた骨!? 老人の骨!?」


 このオッサン骨の慣用句好きる過ぎだろ。先輩がさっきから興奮しちゃってるじゃん。つか老人の骨で興奮すんなよ。さすがにこえーよ。


「私の恐ろしさを……その骨に刻むがいい!」

「ふふっ、骨は折るものですよ?」


 折るものでもないんだけどな。しかしツッコむ間も無く、支店長の魔力弾が襲いかかる。大きさはテニスボール程。速度はかなり速い。威力もそれなりにありそうだ。狙いは委員長の顔。先程の豆鉄砲合戦で魔力弾の整形をモノにしたらしい。迷惑な話だ。


「オラっ!」


 だがそんな小手先の攻撃、俺には通用しない。空中を蹴って自分の身長分ほど跳ね上がり、放たれた魔力弾を蹴り返す。


「ぶへっ!?」


 魔力弾は倍の速度で返っていき、そのまま支店長の腹へ直撃。小さな爆発を起こして支店長を吹っ飛ばした。


「えっ、あの球って蹴れるのか?」


 地面の方から困惑したような声が聞こえる。


「足に魔力を込めて、爆発するより速く蹴ればいいだけだ。あんま強く蹴るとすぐに爆発するから程々にな」


 初手で飛ばしてきたような大きな魔力弾を蹴るのは重過ぎて難しい。しかし、今飛ばしてきた程度の大きさなら蹴り易いのだ。答えてやると、下の連中はパチクリと目を瞬かせた。


「そんなことできるのか?」

「わたくしでもちょっと難しいですね……」

「というか魔力弾を蹴ろうという発想にならねーわ」


 やったことないだけで、やってみれば皆んなもできると思うんだけどな。そう思って下の連中に呼びかけた。


「そっちに跳ね返すから、誰かやってみろよ」

「は?」


 下の連中から何か抗議するような声が聞こえたが、吹っ飛ばされた支店長が体勢を立て直すのが見えたので、意識をそちらへと戻す。


「くっ……まぐれだ! そんな芸当、何回もできまい!」


 再び同サイズの魔力弾が放たれる。俺は再度、飛来する魔力弾を蹴りつける。今度は下にいる三人の方へ。


「ぎゃああ!?」


 しかし誰も球を蹴り返さず、魔力弾はそのまま爆発。三人は爆風に巻き込まれてしまった。


「殺す気か!?」

「いや、蹴れよ」

「できるか!」

「やってみなけりゃ分から——って危なっ!? 誰だ今石投げてきたの!? 委員長に当たったらどうするんだ!?」


 ドレッド野郎が怪しい気もするが、決め付けは良くない。公平に三人まとめて仕返ししてやろう。


「おいオッサン、もう一発くれよ」

「言われなくても! だが三発はどうだ!? さすがに返せまい!」


 先程よりも一回り小さい球を三発同時に打ち込んでくる。速度は倍以上に速い。オッサンの成長は推定五十歳にして留まることを知らない。迷惑な話である。


「フハハハハ! 同時に三発だ! さぁどうする!?」


 同時、と言っても寸分の狂いも無く完全な同時ではない。飛来する三つの魔力弾は、着弾タイミングが僅かにズレている。そのズレを見逃す俺ではない。


「オラオラオラっ!」


 一番最初に到達した魔力弾を、靴の裏で蹴りつけて跳ね返す。0.1秒後。次に飛来してきた球を、突き出した足を上に蹴り上げ出て天高く跳ね飛ばす。さらに0.2秒後。他の球よりも低い弾道で迫ってきた魔力弾は、踵落としで地面の方へ。

 結果、コンマ数秒の差で三方向へ魔力弾が受け流された。


「うぎゃああ!?」


 弾を流したニ方向から悲鳴が返ってきた。


「吉井さ〜ん? 下に飛ばすのやめてもらえます? 怒りますよー?」

「だから蹴れよ——だから石を飛ばしてくるなよ!」


 今見たぞ! こっそり石を飛ばして来たのはドレッドヘアーだ!


「クソがぁ! 喰らえ喰らえぇ!」


 ヤケクソになった支店長が魔力弾を連射してくる。先ほど下の連中とやり合ったような、威力を犠牲にした連射特化の魔力弾だ。


「オラオラオラオラ!」


 俺はそれを四方八方に跳ね返す。受け流し易い方向に飛ばしているだけだが、結果的に支店長と下の連中の方への攻撃となった。


「クソが! こっちに飛ばしてくんじゃねぇ!」


 下に跳ね返すと、テロリスト二人組みが仕返しとばかりに石を投げ返してくる。彼らは俺への攻撃だけでなく、支店長と先輩へ満遍なく石を投げつける。先輩への攻撃は先程の恨み、いや、今までの恨みを晴らすためだろうか。


「うふふー、皆さん後ほど覚悟してくださいねー? 折りますからねー?」


 委員長を背負ってるためか、先輩は俺への攻撃は迷った末に止めたようだ。代わりに、八つ当たりと言わんばかりに支店長とテロリスト二人組に鋭い投石をお見舞いする。

 結果、1対1対1対2という、先程よりも酷い泥仕合と化した。


「おい吉井! 先生の方まで飛ばしてくるなよ!」


 約一名、離れた場所で呑気に観戦していた人間にも流れ弾が飛んでしまったらしい。わざとじゃないぞ。

 豆鉄砲合戦は数分間続いた。決定打にならない攻撃の応酬なので膠着状態に思えたが、


「いた、いたたたたた!」

「痛い!」


 支店長と下の連中にはジワジワとダメージが蓄積していっているようだ。対して俺は今のところ無傷。一発も喰らってない。


 支店長は弱点である委員長を狙って攻撃してくるし、反対にテロリストどもは委員長に絶対に当たらないように攻撃してくる。なので、両者とも軌道が読みやすく、攻撃が楽に捌けるのだ。

 委員長が背中にいるという絶対に失敗できない緊張感もあって、集中力が増しているというのもある。


「いけいけー! 吉井くんがんばれー!」


 委員長が耳元で応援してくれて、やる気が漲ってくるというのもある。


「くそ、このままではジリ貧だ!」


 最初に痺れを切らしたのは支店長のオッサンだった。魔力弾による攻撃を止め、宙を蹴ってこちらに特攻してくる。接近戦を仕掛けるつもりらしい。


「いいのか? 遠距離戦ができるのがアンタの唯一の利点なのに」

「はは! どちらかと言うと私は接近戦がメインだ! それに貴様らは身体能力も制限されているだろう? 接近戦でも私に利がブヘッ!?」


 向かって来た支店長に、膝蹴りのカウンター。

 顔面にクリーンヒットして鼻血を吹き出した。


「悪いけど容赦しないぞー」


 怯んだ支店長に、追撃。追撃。追撃。


「まっ、ちょっ、ストッ——」


 蹴る。蹴る。蹴る。

 膝蹴り。蹴り上げ。踵落とし。

 顔を。腹を。足を。金的——は勘弁してやるか。


「うぐわぁぁ! なんなんだコイツぅー!」


 ものの数秒で支店長はボロボロに。接近戦では到底勝てないと知って、魔力弾をバラマキながら逃げるように距離を取って行った。

 深追いはしない。委員長がいるため一ミリでも危険な行動は取りたくないのだ。


「アイツ、攻撃状態になると話が通用しなくなるんだよなぁ……」


 下から呆れた声が。

 ショッピングモールでの出来事を思い出させてしまったか。


「ひ、ひぃぃ……虐殺勇者ぁ……」


 離れた所からは怯えた声が。

 異世界での出来事を思い出させてしまったようだ。


「くそ! くそ! 私は能力の制限などされていないのに!」

「チカラを制限されても俺の方が強いってことだろ」

「虐殺勇者は……接近戦と残虐性においては歴代最強と言われていたからな……。そんなヤツと戦わされた私って!」


 だからスミマセンって。


「接近戦では勝てない。遠距離戦もジリ貧。一体どうすれば……」


 ボロボロの支店長は膝にかなり来ているようだ。フラフラと足元……というか浮遊魔法が覚束ない。あの様子だと自己回復の術も知らないのだろう。


「ククク、オッサンのやつ、自己回復もできないみたいだぜ」

「みたいだな! 怪我してる部分に魔力を流すだけなのにな!」


 だからなんで喋っちゃうの? ヒソヒソ話のつもりかもしれないけど、オッサン結構優れた勇者イヤー持ってるみたいだからね? 


「魔力を怪我してるところに流す? こうか? あ、できた」


 ほれ見ろ回復しちゃったじゃん。


「それに、魔力弾の応用もできないみたいだぜ?」

「な! 魔力弾の変形を応用すれば、魔力の剣や鎧だって作れるのにな!」


 君らなんなの? 敵なの?

 まぁ、教えたところで魔力の剣や鎧はかなり練習しないとできないんだけど。


「なるほど、後世の魔術は進んでいるのだな。……おぉ、魔力で剣と鎧を作ることができたぞ!」


 なんでできちゃうんだよ。やっぱりこのオッサン魔術の天才だよ。


「あと魔術弾の応用と言えばあれな!」

「ああ、あれ——」

「はいはーい、静かにしましょうねー」


 ついに聖母先輩の鉄槌が下された。悲痛な声が荒野に響く。

 だが下に構けている暇はない。支店長が魔力で生成された装備を纏ってパワーアップしてしまったのだ。


「ククク、これなら接近戦も対抗できる、なっ!」


 魔力で形成された光の剣。軽く、伸縮自在で切れ味も抜群。さすがに生身の蹴りで対抗するのは厳しい。


「フハハハハ! どうした! 避けてるばかりか!?」


 支店長は鋭い太刀筋で剣を振るう。かなりの腕前だ。しかし俺の背中には委員長が。絶対に攻撃を喰らうワケにはいかない。


「オラァ!」


 剣戟の隙きを突き、支店長の鳩尾へ渾身のミドルキック。

 だが、それは魔力で形成された鎧によって阻まれてしまう。


「素晴らしい! 全然痛くない!」


 光の鎧は剣と同様非常に軽く、生身の蹴りで打ち破るのは厳しい強度だ。鎧は甲冑のように全身を包み、晒されているのは目元だけ。全身光り輝くオッサン状態である。


「クソが! クソが!」


 ゲシゲシと腹を蹴りつけるが、支店長は全く動じない。


「すごい! 全然効かない! 全然……いや、ちょっとは痛いなこれ」


 防御力が高いだけで、攻撃を完全に無効化してるワケじゃないからな。


 しかし魔力で作っただけの剣と鎧がこれほど厄介だとは。魔力消費が多い上に、より高性能な武器防具が比較的簡単に手に入るので、通常はあまり使われること無くあくまでもその場凌ぎの面が強い代物だ。

 だが魔力量の多い支店長がやると、途端に驚異の術へと変貌する。


「フハハハハ! どうしたどうしたぁ!?」


 襲いかかる連撃。それを回潜り蹴りを打ち込むが、大してダメージは与えられない。今度はこちらがジリ貧となる番だった。


「くそ……」

「吉井くん、大丈夫?」

「あぁ、問題ない」


 委員長の手前強がってみたものの、実際マズイ状態だった。


「わたしも手伝うよ!」

「いやいや、何言って——」

「隙きアリィ!」

「しまっ——」


 油断した。委員長の意味不明な言葉に気を取られ、回避が疎かになっていた。

 俺の脳天に、鋭い太刀筋が振り下ろされ——ない。支店長の剣は盛大に空を切った。


「……あれ?」


 空振りした? 彼の剣の実力ならば、こんなチャンスで盛大に空振るなど有り得ないのに。


「む? 小僧、貴様、分身ができるのか?」

「は?」


 何を言っているんだ? と思ったが、すぐに理由が分かった。

 メガネだ。支店長のメガネが、消えていた。


「吉井くん、これあげるー」


 背中の委員長から渡されたのは、四角いフレームの古臭いメガネだった。支店長が数秒前まで掛けてたものだ。委員長が盗ったというのか。いつの間に。


「小娘!? いつの間に!? 返せ!」

「嫌だね」


 せっかく委員長が作ってくれたチャンス。逃す手は無い。メガネはバキバキに砕いてやった。


「あぁ! 私は近眼で老眼で乱視で白内障気味なんだぞ!?」


 初代勇者の目ボロボロじゃないか。勇者も老いには勝てないか。


「くそくそくそ!」


 裸眼の支店長は剣をやたらめったら振るうが、まるで当たる気配は無い。これで当面、防御面の心配は無くなった。問題は攻撃面だ。だが、対策は考えていた。


「聖母せんぱーい、せんせー」

「なんでしょう?」

「なんだ?」


 魔力の鎧は物理攻撃にのみ効力を発揮する防具。これを破るには、魔法攻撃が必要だ。


「このままじゃ攻撃が通らないッス。魔法攻撃でサポートしてくれー」

「そうしたいのは山々ですが、わたくしの魔法は封印され——」


 そこまで言いかけて、先輩は俺の真意に気が付いたらしく、続きの言葉を飲み込んだ。


「まさか……先生を?」

「そッス」

「え? え? 私をどうするんだ?」


 唯一、魔法攻撃を行う方法。

 それは——


「先生、魔王になってくれ」


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