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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第3章 わるい先生編
38/60

第41善「だから弱かったんですね(笑)」

 

 辺り一面、見渡す限りの大地。赤茶色の地面が剥き出しになっており、多少サボテンが生育しているのを除いて緑はほとんど存在しない。

 延々と同じ景色が続き、一歩踏み出せば途端に方向を失いそうな、途方も無い荒野に俺達は転送されていた。


「どこだよ、ここ?」

「さぁ? オーストラリア辺りかな? 適当に人気が無い所に転移しただけなので、正確な場所は分からない」


 オーストラリア……。転移魔法は距離に応じて必要な魔力量も増加する。支店長のオッサンは、その膨大な魔力量を誇示するかのように軽々しく大陸を横断してみせたのだ。


「マジかよ。オレ、初オーストラリアだよ」

「わたくしは初海外です〜!」

「パスポート持ってきてないけど大丈夫か!?」

「くそ、英語勉強しときゃ良かったぜ!」

「わーい! おーすとらりあー!」


 随分テンション上がってるようだが、君ら海外どころか異世界行ってきたんだよね?


「パスポートも英語も心配いらない。貴様らはここで死ぬのだからな!」


 呑気な連中に喝を入れるように、支店長のオッサンが圧倒的なプレッシャーを解き放つ。魔力が淡い光のオーラとなって全身を包み、ふわり、と十数メートルほど宙に浮き上がった。

 そしてこちらを見下ろしながら手の平を向けると、その一点に魔力を集中させ、光の球を形成させる。魔力を圧縮して放つ、魔力弾と呼ばれる攻撃だ。


「喰らえ!」


 バスケットボール大になった魔力弾が放たれ、空を切る。


「まずい! 避けろ!」


 俺は咄嗟に委員長を抱き抱えて地面を蹴り飛ばした。その他の面々も同時に四方八方に離散する。化学教師は自力では逃げられなかったようで、聖母先輩に襟首を掴まれ運ばれていた。

 直後、俺達が一秒前にいた場所に光の球が飛来。大きな爆発を起こして砂煙を巻き上げた。


「オイオイ、マジかよ……」


 砂煙が霧散して現れたのは、地面にポッカリと空いた大穴だった。異世界帰りの人間でさえ直撃すれば大怪我は避けられない。その威力に、俺達はゴクリと生唾を飲んだ。


「わーい! お姫様抱っこー!」


 約一名は俺の腕の中で能天気にはしゃいでいるが。


「吉井さん! 委員長さんを頼みます!」


 まず飛び出したのは聖母先輩。化学教師をぞんざいに投げ捨てるなり、地面を蹴って弾丸のように支店長の足元へ接近する。俺達は魔法を制限されてしまっているので、必然的に接近戦に持ち込むしかないのだ。


「俺は戦わなくていいんスか?」

「お前はお嬢ちゃんを守ってやれ!」

「俺様達に任せな!」


 続けてテロリスト二人組も参戦。先輩には及ばないものの、常人離れした勢いで支店長のもとへ。

 頼りになるな。お言葉に甘えて俺は委員長を守るために少し後退しておこう。いくら俺達の能力が制限されているとはいえ、四対一なら勝ち目はあるんじゃないだろうか。


「そうだぞ! 先生達に任せろ!」


 たたた、と小走りで向かっていくのは化学教師。その速度は一般人のそれだ。いや、ヒール履いてるし、平均的な一般人以下かもしれない。魔王モードじゃない彼女の戦闘力は一般人以下なのだ。そんな状態で何しに行くのだろうか。

 まぁ、化学教師がアテにならなくても、その他の三人で十分戦力になるだろう。


 颯爽と飛び出して行った聖母先輩、無精髭、ドレッドヘアーの三人。満を持して、彼らの攻撃が支店長に炸裂——しない。


「……」


 ふわふわと浮かぶ支店長の真下へ到達した三人は、何をするでもなく呆然と頭上を見上げていた。

 支店長は三人を見下ろして警戒したように身構える。しかし一向に攻撃が来ないので、怪訝な表情でおずおずと切り出してきた。


「貴様らもしかして……飛べないのか?」

「……」


 押し黙る三人。

 聖母先輩は無言のまま(おもむろ)に石を拾いあげると、返事と言わんばかりに頭上に向けてそれを投げつけた。


「……」


 少し横に逸れて、支店長は難なく回避する。勝ち誇るのを通り越して、憐れむように溜め息を吐いた。


「……飛べないんだな」


 まじかよ何しに行ったんだよあいつら。


「うるせー! 降りてこいコラー!」

「卑怯だぞー!」


 テロリスト二人も投石を開始。宙に浮かぶ相手に、地面から石を投げまくる元勇者&元魔王という悲しい絵面になった。

 しかしテロリスト二人はともかく聖母先輩は飛べそうなものだが。俺の心の疑問に答えるように、先輩は照れ臭そうに叫ぶ。


「こっちはスカートなんです〜!」


 知らんがな。飛べよ。


「やっぱり……先生は行かなくていいかな? 飛べないし」


 化学教師は投石にすら参加せず、気まずそうにUターンしてこちらに戻ってきた。まぁ行っても戦力にならんしな。行ったところで石投げるだけだしな。


「フハハハハ! 無様だなぁ! 後輩勇者達よ! まさか飛ぶことすらできないとは——ちょ、危なっ! 石投げるのやめて!?」


 たかが投石とはいえ、異世界帰りの三人が同時にやれば中々に凶悪な攻撃と化していた。無数に飛んでいく石つぶてはマシンガンのようだ。小石の流星群と言っても遜色のないほど、鋭く、速く、絶え間ない攻撃は、次第に支店長の体に命中し始める。


「いたたたたたっ! ちょ、地味に痛いっ! というか鬱陶しい!」


 しかし到底決定打にはならず、せいぜい彼を苛つかせる程度の威力しかない。彼にとってはさしずめ子供用のエアガンであろうか。


「ちょこざいな!」


 痺れを切らしたように言い放ち、地面に向けて手の平を向ける支店長。光の球は発射までに少し時間がかかるようだが、石の連射を喰らうのも(いと)わず球を形成させ、真下に向けて打ち放った。


「くっ!」


 先輩達三人は再び地面を蹴って弾丸を回避。後退するようにこちらの方へジャンプして戻ってきた。着地すると同時、無精髭男は気まずそうに俺の顔を窺ってくる。


「あの、やっぱり手伝ってもらっていいか?」


 ……さっき頼りになると思ったのは撤回しよう。まぁ俺は飛べる、というか空中を歩けるし、適任と言えば適任だ。


「しゃーねーな。先生、委員長を頼めるか?」

「あぁ」


 抱き抱える委員長を化学教師に差し出そうするものの、


「いやー! 吉井くんと一緒にいるー!」


 と、さらに強く抱きつかれてしまった。参ったな。

 ……いや、考えようによっては俺と一緒にいるのが一番安全か。常に俺のそばにいれば、彼女の心配をせず存分に戦えるし。


「わかった。じゃあおんぶでも良いか?」

「いいよー!」


 お姫様抱っこ状態で闘うのは厳しい。だが、おんぶなら蹴りで戦えそうだ。一旦彼女を降ろし、背負おうと身を屈めた所で、聖母先輩から待ったが入る。


「ちょ、吉井さん! 委員長さんはスカートなんですから、おんぶはダメですよ!」


 さっきからスカート気にし過ぎだろこの人。


「分かった。じゃあ先生、白衣貸してくださいッス。それなら多少は隠れるだろ」

「まぁ、ヒゲさんとドレッドさんの記憶は後ほど消すので、多少は見られても大丈夫ですかね……」

「「絶対に見ないので、どうか記憶は消さないでください!」」


 勢い良く頭を垂らし地面を凝視し始めるテロリスト二人組。頭蓋粉砕されるの嫌だもんな。分かるよ。


「は、白衣はダメだぞ! 化学教師としてのアイデンティティーだ!」


 なんの拘りだよ。女性陣、服装に対する思いが強すぎだろ。


「代わりにスーツのスラックスを貸してやる!」


 なんでそっちはいいんだよ。パンツ丸見えになっちゃうだろ。


 化学教師は躊躇いなくベルトを外し、スラックスを脱いで委員長に手渡す。幸い(?)にして、ワイシャツの裾で下着は隠れていたので、モロに見える事はなかった。


「くれるのー!? せんせーありがとー!」


 プレゼントでも受け取ったかのように、心底嬉しそうに委員長は目を輝かせる。思わず俺もズボンをプレゼントしたくなるところだった。彼女がスラックスを履くのを待っていると、


「危ない!」


 耳に届く聖母先輩の叫び声。直後、光の球が飛来して来るのが見えた。慌てて委員長を抱きかかえてその場を離脱。ついでに化学教師の襟首も掴んで運んでやることにした。


「ゲホッ、ゲホッ。……お前ら、さっきから先生の扱い雑過ぎないか!?」

「いやいや、元魔王なんだから自分でなんとかしてくれよ」


 咳き込んで不満を零す化学教師を無視し、宙に浮かんでいる支店長のオッサンを睨み付ける。彼は既に次弾の準備をしているところだった。


「おいオッサンよー、今委員長がズボン履いてる最中だろ? ちょっと待ってろよー」

「何でわざわざ待ってやる必要がある?」

「アニメとかでも主人公の変身中、悪役は待ってるもんだろ? 常識だよ」

「あぁ、私はそういうご都合主義な展開が嫌いなのでね。なので攻撃させてもらう」


 くそ、社会人のくせに常識無いのかよアイツ。


「チッ。おいテロリスト二人組。委員長の準備が終わるまで石を投げて気を逸してくれ」

「ほいきた! 石投げなら任せろ!」


 会話を聞いた支店長の攻撃の手がピタリと止まる。


「……分かった! 待ってる! 待ってるから石投げは止めて! 結構イラつくから!」

「ははーん! ならやるしかねーなー!」

「ヒャハハー!」


 人が嫌がることを率先して行う、勇者の鑑のような奴らだな。


「聖母の姐さん! フォーメーションBだ!」

「了解ですー!」


 阿吽の呼吸で、支店長を中心に三角系を描くような配置に着く石投げの三人衆。そして始まる三方向からの石の掃射。いつの間にそんな見事な連携技を。


「いたたたたっ! マジでイラつくからやめろ!」


 空中を泳ぐように逃げ惑う支店長だが、三方向からシュババババ!っと放たれる石のマシンガンに逃げ場は無い。身体的なダメージこそ微小なものの、精神的なダメージは着実に蓄積していっているようだ。


「よっしゃー! このままオッサンをイラつかせて、脳の血管切って殺してやろうぜ!」


 勇者とは思えぬ姑息な戦い方だな。だけど俺は嫌いじゃないぞ。


「支店長さん、攻撃魔法は魔力弾しかお持ちではないんですか?」


 純粋な質問なのかイラつかせるための煽りなのか判断に困る質問だな。聖母先輩が言うから尚さら判断が難しい。


「そうだが? 浮游の魔法、転移の魔法、魔力の弾丸。三つも使える私は、勇者にして天才魔術師と呼ばれたものだ」

「えっ、三つしか使えないのに?」


 煽ってる? 煽ってるのかこれ?


「あ、初代勇者さんの時代は、その程度の基礎魔法しか存在しない古い時代だったんですね」


 完全に煽ってるなこれ。支店長のこめかみに青筋が浮かんできた。


「……『その程度』と言うが、そこの男二人は浮游もできないようだが?」


 支店長の問いかけに、テロリスト二人は自信満々に答える。


「オレは勇者といえど斥候担当だったし? 戦闘魔法は使えなくていいんだよ」

「俺様はお料理担当だったからな。戦いは仲間に任せていた」


 え、コイツら戦闘要員ですらなかったの? さっき『任せとけ!』とか言って、さも戦えます感出して飛び出して行ったのは何だったの?


「あれ? お二人とも、戦闘メインの勇者じゃなかったんですか?」


 勇者時代の彼らと戦った先輩も知らなかった事実のようだ。勇者と聞けば戦闘要員だと思うよなぁ。

 先輩の問いをテロリスト二人組が肯定すると、先輩はクスリと小さく笑った。


「なるほど、だから弱かったんですね(笑)」


 やめてあげて先輩。二人のこめかみにも青筋が。支店長のオッサンより先にストレスで死んじゃう。


「《スキルドレイン》を使ったとき変だと思ったんですよ。身体能力くらいしか吸い取るもの無いなーって」


 ほんともうやめてあげて。


「痛っ!? 誰かわたくしに石投げませんでしたか!?」


 ほらもう仲間割れ始まっちゃってるよ。


「シ、シスターの小娘よ。そこまで言うなら、お前はどんな魔法が使えるんだ?」


 敵に気を遣われる始末だ。


「わたくしですか? 炎、水、風、土……大体なんでも使えましたが、一番好きだったのは『大陸を吹き飛ばす魔法』ですね」

「……」


 聞かなきゃよかった、とばかりに支店長は顔を曇らせる。俺も聞きたくなかったよ。


「まぁ戦闘用の魔法は全て封印されてしまったんですけどねー。オーストラリア吹き飛ばしてみたかったです」


 今だけは思う。神、グッジョブ。オーストラリアのみなさんが無事で本当に良かったよ。


「そうだぜ! 封印されてるだけで、魔力弾くらいはオレだってできるんだぜ!」


 支店長が放つ光の球は、魔力を圧縮しただけのシンプルかつ初歩的な魔法で、一番最初に習うものだ。とはいえ、魔力量に応じてその威力は絶大になるが。


「俺様だってできらぁ! オッサンはただデカイだけ弾を飛ばすことしかできねーみたいだが、俺様は色んな形に変形させることもできたぜ!」

「……なるほど。変形か。その発想は無かったな」


 なに敵に有益な情報与えてるの? バカなの?


「弾を変形させ……できた!」


 ほらできちゃったじゃん。オッサンは知識が無いだけで才能はそれなりにあるんだよ。


 彼が作り出したのは、円錐系の小さな銃弾のような形の魔力弾だった。小さいが故に生成に時間が掛からず速度も速い。しかしその分威力は下がる。高威力のデカイ球を放つのをやめて、小さな魔力弾を連射する方針に切り替えたようだ。


「さんざん石を投げつけおってぇぇぇ!」

「いてててて!」


 そして繰り広げる、小石と小魔力弾の豆鉄砲合戦。

 どちらの攻撃も大して威力は無く、当たったらちょっと痛くてイラっとする程度だ。さながら子供のエアーガンの打ち合い。異世界帰りの勇者&魔王の戦いとは思えないショボい光景である。

 しかも、テロリスト二人組がどさくさに紛れて聖母先輩に石を投げつけている。聖母も仕返しとばかりに石を投げ返す。結果、1対1対2の泥仕合と化していた。


「金髪ー! 早く手伝ってくれー!」


 そうそう、そういえば俺というか委員長待ちだったな。

 チラリと横を見ると、既に委員長はスカートの下にスラックスを履き終え、繰り広げられるショボい戦いをニコニコと眺めていた。どうやらヒロインの変身を悪役が待つのではなく、変身を終えたヒロインが悪役を待つという状態だったらしい。


 俺の視線に気が付いた委員長は、ドレスのようにスカートをたくし上げ、その下のスラックスを見せびらかせてきた。化学教師は無駄に足が長いため、少し裾が余っている。


「どう、似合うー!?」

「似合う似合う」

「えへへー! やったー!」

「んじゃ、おんぶするから乗ってくれ」

「はーい!」


 腰を屈めて背中を差し出すと、彼女は抱きつくように腕を回してきた。

 背中に当たる柔らかいもの。スラックス越しとは言え手の平に伝わってくるもちもちの感触。頬を撫でるサラサラの髪からは、甘い香りが鼻をくすぐってくる。

 この状態で闘うのか……。


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