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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第3章 わるい先生編
37/60

第40善「とんでもない街だよ」


「おーい、こっちにゴミあったぞー」


 ドレッドヘアーの『一日一ゴミ拾いさもなくば定期券の感度がめっちゃ悪くなる』の呪いを解除するため、俺達は手分けをして銀行内のゴミ拾いをしている。


 ドレッドヘアーの呪いは、サボったらサボった分だけ呪いが蓄積していくタイプらしい。サボった回数が『×』の印として体に刻まれるとのことだ。

 『×』の数はおよそ三十個。彼は三十日間もゴミ拾いをサボっていたのである。この刻印が全て消えるまで、彼の周囲にある定期券含むICカードの感度がめっちゃ悪くなるという、迷惑極まりない呪いなのだ。


 『彼の周囲』の具体的な距離は不明だが、少なくとも金庫の扉からどれだけ離れても銀行内に居る限りは呪いの適応範囲内のようだった。仕方なく、手分けしてドレッドヘアーの呪いを解除しようという運びになったのである。


「まったく、なんで銀行強盗に来たのにゴミ拾いなんか……。おーい、こっちにもあったぞー」


 ちなみにドレッド本人がゴミを拾わないと呪いが解除されない。また、わざと捨てた養殖モノのゴミはゴミとカウントされない。なので、俺達は天然モノのゴミを探し、見つけ次第ドレッドを呼びつけるという意味不明な行動をしているのだ。


「支店長よー、掃除し過ぎじゃないか? 全然ゴミ落ちてないじゃねーか!」

「すみません……」


 苛立ちを支店長にぶつけると、すごく不服そうな顔をされた。

 そんなこんなで作業すること十数分。ようやく三十個分のゴミを見つけ、全てドレッドに拾わせ終えた。


「みんな悪いなぁ、俺様のゴミ拾いに付き合わせてしまって」

「ほんとだよ全く」

「しかし、なんだか清々しい気分だよ。ゴミ拾いって意外と悪くないな。神はこの呪いを通して、俺様にこれを伝えたかったのか」


 心なしか、ドレッドヘアーの瞳が少し綺麗になっているような。銀行強盗している最中に更生しないでほしい。刑務所でやってほしい。

 彼の胸板から『×』印が全て消えたことにより、支店長のICカードの感度が復活したようだ。


「おお、開きました」


 カードを(かざ)し暗証番号を入力することで、金庫へと続く鉄扉が開かれる。扉を潜り薄暗い廊下を抜け、もう一つの鉄扉を開けると、ついに目的地の金庫に辿り着いた。


「ここが銀行の金庫かー、初めて入ったな」

「金がいっぱいだぞオイ!」


 金庫の中央に鎮座するのは巨大な札束の山。俺の胸元くらいまでの高さがある。それを見てテロリスト二人がキャッキャとはしゃいでいた。犯罪者の血が騒いでいるのだろうか。


「な、な。二、三束盗んでもバレないんじゃねーか? な、金髪?」

「そうかもな。盗っていくか」

「こらー! だめだよー! お金盗んじゃ!」

「そうだぞ、ダメだぞ、お金盗んじゃ」

「お前、将来は尻に敷かれるタイプだな……」


 危ない危ない。委員長が叱ってくれなければ俺も魔が差すところだった。


「それにしても、本当に凄い量の現金ですね。一体いくらあるんですか?」

「えーっと、五十億くらい……?」

「そんなに!? 銀行の支店って、あまり現金置いてないと聞いたことありますが」

「まぁちょっと、色々あって……」


 もごもごと歯切れ悪く言葉が濁される。やましいことがあるのだろうか。


「いやー、五十億かー。凄いな吉井! ()もテンション上がってきた!」


 あ、やばい。大量の現金を前に悪の心が疼いたのか、化学教師が魔王状態になりつつある。


「先輩、なんか先生がヤバそうなので、とっとと金を置いて出て行きましょう」

「そうですね……。先生、はやく盗んだお金を元に戻してください」

「しかし五十億だぞ? 三億くらい別によくないか?」

「せんせーい?」

「ぐぬぬ、分かったよ……」


 まだ教師としての理性が残っているようで、化学教師は渋りつつも素直に従ってくれた。ボストンバッグを開き、盗んで来た三億を現金の山に積み重ねていく。

 その様子を見ていた支店長は、


「盗んだ? 戻す? なんのことです?」


 と素っ頓狂な声を上げた。

 聖母先輩は気まずそうに苦笑いする。


「えーっと、実はこの人が、ここから三億円盗んできてしまったようで……。わたくし達はそれを戻しに来たんです」

「いいんスか? 話しちゃって?」

「まぁ、後で記憶消しますし」


 可哀想な支店長……。


「……そうか、お前らが盗んだのか、私のカネを」


 突然、支店長の雰囲気が変わった。

 先程までの腰の低い態度とは一転。不穏な笑みを浮かべている。


「え、気付いてたんですか?」

「当たり前だろ、私のカネだぞ」

「警察には?」

「言える訳ないだろう。これは表には出せないカネ……所謂、汚れたカネだからな」

「汚れたカネ……?」

「まぁ簡単に言うと、犯罪をして稼いだカネだ。強盗、恐喝、詐欺……色々やったさ」


 おいおい、なんかとんでもない話を暴露し始めたぞ。


「そんな沢山の犯罪を、あなた一人で?」

「まさか。組織的な犯罪だよ。何を隠そう、私はとある犯罪組織のトップなのでね。私は指示を出すだけだ」


 犯罪組織。まさか、そんなヤバい組織がこの街にあったなんて……すごい納得。


「そして私は、銀行の支店長という立場を利用して、ここでマネーロンダリングをしていたのさ」


 なるほど、だからこんなにも大量の現金が保管されていたのか。銀行の金庫などそうそう盗まれる事もさそうだし、非常に安全な隠し場所と言えよう。まぁ実際には盗まれちゃった訳だけれども。


「知っているか? この街の犯罪率が異様に高いのを」


 知ってる知ってる。身を持って知っている。


「まさか……」

「そう、そのほとんどが私の組織が起こしたモノ、もしくは他の犯罪者を支援して起こしたモノだよ」

「コンビニ強盗とか、ひったくりとかもですか?」

「そうだ。もっとも、それは目眩しのためにやらせた犯罪だがね」

「目眩し? なぜそんなことを?」

「ここでマネーロンダリングをしていることを勘付かれないようにするためさ」

「もしかして、外にいる銀行強盗もあなたの命令で?」

「いやあれは天然モノの銀行強盗だよ。急に来たから本当ビックリした……」


 天然モノの銀行強盗って。

 支店長がつらつら語った内容を聞いて、無精髭男が何かに気が付いたように声を張り上げる。


「……あ? あー!? お前まさか、《シテンチョー》って呼ばれてる奴か!?」

「おや、私のコードネームを知ってるのか」


 コードネームってか、そのまんまじゃんか。


「オレ達がやったショッピングモールの占拠。あれの支援者が《シテンチョー》と呼ばれる人物だったんだ」


 あぁ、そういや犯罪者仲間を紹介してもらった、みたいな話してたな。無精髭によると、人だけでなく車などの物的な支援もしてもらっていたらしい。


「えぇと、いつのモール占拠の話かな? 悪いね、最近は毎週のようにモール占拠してるので、いつ支援したのかちょっとピンと来なくて」


 ほんと、とんでもない街だよ。


「しかし良いのか? そんなことペラペラ喋って。オレらが通報しちゃうかもしれないぜ?」

「構わんさ。君たちはここで死ぬんだからな」

「おいおい、こっちは男三人と聖母の姉御がいるんだぞ?」


 聖母先輩を男三人と同列に語るのはやめよう。さすがに可哀想だろ、男三人が。

 しかしこの支店長の自信。格闘技をやってるとか喧嘩自慢とか、そんなレベルじゃなさそうだ。何かあるのだろうか。


「フフフ。私には特別なチカラがあるのでね。何人いようが、誰にも負ける気は無いのだよ」

「もしかして異世界帰りとか?」

「そうそう、そうなんだよ。実は異世界に勇者として召喚されてってなんで知ってる!?」


 やっぱりか。異世界帰りの人間なんか珍しくも何ともないからな。


「まさか小僧。お前もなのか?」

「俺もっつーか……」

「わたくしもですね」

「私もだ!」

「オレもだ」

「俺様もな!」

「なんなのお前ら!? 異世界帰り多すぎだろ!」


 それは本当にそう思う。


「わたしは違う……。わたしだけ仲間はずれ……」


 ひとり、委員長はしょんぼりと肩を落としていた。

 委員長、異世界なんてロクな場所じゃないから行かない方がいいよ。


「お前ら! 異世界のチカラを使って銀行強盗とか! 恥ずかしくないのか!」


 異世界のチカラを使って犯罪組織のトップやってるヤツに言われたくないぞ。


「あなたこそ。異世界のチカラを使って犯罪なんて、恥ずかしく思わないんですか?」


 異世界のチカラで人体を破壊してるヤツに言われたくないと思うぞ。


「それで? 『私には特別なチカラが』……なんだっけ?」

「うぅ……」


 ドレッドヘアーが指をポキポキ鳴らしてにじり寄り、支店長がその分たじろいで一歩下がる。


「『何人いようが、誰にも負ける気は無いのだよ』。キリッ!」

「ぐぬぬ……」


 無精髭が先程の支店長の口調を真似ると、ドレッドが下品にゲラゲラと笑った。

 コイツら本当に元勇者かよ。傍から見ると冴えないオッサンを虐めてるようにしか見えない。


「あの、やっぱり、さっきの聞かなかったことにしてもらえます?」

「ん〜。犯罪の告白を聞いてしまったからには、放っておく訳にはいきませんね」

「そうだな! 警察に突き出すぞ!」


 対して、元魔王二人のセリフは何とも正義感に溢れたものだ。


「お、お前たちも手を組まないか? 異世界のチカラを上手く使えば大金持ちになれるんだぞ!? 金髪の君とかまさに悪人顔じゃないか! 一緒に組もう! な!?」


 だから顔採用やめろ。


「つっても、俺は善行しないといけないしな……」


 一日七善の呪いがある限り、悪行にかまけている暇は無いのだ。


「先生、組んでやったらどうッスか? 犯罪組織に入れば悪行し放題っスよ」

「教師を悪の道に進ませようとするんじゃない! ……いやでも、意外と悪くない話かもな」


 勇者ジョークだよ。真剣に検討すんなよ。


「聖母も一緒に入ろう」

「いえ、わたくしは……」

「先輩は既に自分の犯罪組織持ってるッスもんね」

「なに!? そうなのか!?」

「違いますー! わたくしのは宗教団体ですー!」

「犯罪組織より危険な香りがするんだが……」

「失礼な! 善行やりまくり団体ですよ!」

「ヤりまくり団体……」

「変な所だけ切り取らないでください!」


 などとギャーギャー騒いでいると、


「善行? 悪行? 一体なんの話だ?」


 俺達の会話を聞いていた支店長は、眉を顰めて怪訝そうな声を漏らす。


「あんたは神から呪いを課せられてないのか?」

「神? 呪い? 何を言っている?」


 まさかこの支店長のオッサン、異世界から帰る時に何も試練を与えられてないのか?


「異世界から帰る時、神を名乗る爺さんに会ったろ? それで何かしら呪い、というか試練を与えられなかったか?」

「いや? 誰にも会ってないし、呪いも何も与えられていないが?」


 俺の言葉が全く理解できないとばかりに、支店長は首を大きく横に振る。その顔に嘘は無さそうだ。それを見て、その他の面々の顔には羨望の色が浮かぶ。


「マジかよ、羨ましいなオイ」

「きっとオレ達とは違って、マトモな勇者だったんだよ」

「しかし、何も試練を与えられないようなマトモな勇者が、犯罪組織のトップになるか?」

「……もしかして」


 ハッとしたような声を上げたのは聖母先輩だ。何か思うところがあったのだろうか、恐る恐る、慎重に言葉を選ぶ様子で支店長に確認をする。


「支店長さん。あなたはいつ異世界に行かれたんでしょうか?」

「三年近く前だな」


 随分前だな。俺達はほんの数週間前だと言うのに。


「あなたが異世界に行った時、先代の勇者の話を聞いたことは?」

「いいや、ない。私が歴史上初めて召喚された勇者だとは聞いた覚えがある」


 聖母先輩は何かを確信したように、ぐったりと肩を落とした。


「なんだか分かりかけてきました……」

「というと?」


 こちらに向き直る先輩の顔は、心底疲れ切っているようだ。


「この支店長さんは、初代勇者さんなんです。その頃は異世界から帰って来ても試練も何も無かったのでしょう。しかし、異世界から持って帰ってきたチカラを使って、この人は悪い事をするようになりました」


 先輩の言わんとすることを察したのだろう、無精髭もハッと顔を上げる。


「もしかして、初代勇者が異世界のチカラを使って好き勝手やったから……」

「次期勇者や魔王の我々も、同じように好き勝手やらないよう能力を制限されたり……悪の道に進まぬよう善行の試練を与えられたのかと。あくまで仮説ですが」


 ……つまり、俺達が善行の呪いで散々苦しめられてるのは、このオッサンのせいということか?


「待て、それじゃ私の一日七悪の件はどうなる? むしろ悪事を促すような試練で、聖母の理論と合わないぞ?」


 確かに、善行の話に限れば聖母先輩の話は筋が通るような気もするが、化学教師の悪行の件は説明が付かない。


「先生はまぁ……何か特別なんじゃないですかね」

「適当だな!」

「先生さんよぉー、今はそんなことどうでもいいぜ。問題は、オレ達を散々苦しめた呪いの元凶がコイツだった、って事だぜ」

「あくまで仮説ですよ?」


 言葉も出せず、俺達は無言で支店長を見つめた。


「ど、どうしたんですか、皆さん。そんな怖い顔しないでくださいよー」


 張り付いた営業スマイルで、腰を落とて胡麻を擦る支店長。その媚び(へつら)う姿に怒りがピークになったのか、誰かがボソッと呟いた。


「……殺すか」

「「「「意義なし」」」」


 言うと同時、俺達は阿吽の呼吸で支店長を取り囲む。


「ちょ!? 冗談ですよね!?」

「殺す、は冗談ですけど。骨の千本や二千本は覚悟してください」

「人間の骨は二百本ほどですが!?」

「ウルセーなー。お前のせいで俺様達がどれほど苦労したか。黙って殴られろ」

「そうだぜ。お前さえいなければ、能力を制限されることなく好き勝手暴れることができたのに!」


 仮に無精髭達が好き勝手やったら、その次代である俺はどっちにしろ呪いを受ける事になっていたな。

 まぁ俺自信、呪いが無い状態で異世界の能力をフルに持ち帰ることができていたら好き勝手やってしまったかもしれない。呪いのシステムは案外理にかなってるかもな。


「あの……話がいまいち見えないのですが、私のせいで皆さんは何かの呪いを受けたと?」

「そうだ」

「それに加えて、能力も制限されているのですか?」

「あっ……」


 やべ。支店長は呪いを受けてないだけでなく、能力の制限も無いんだった。つまり異世界時代のチカラをそのまま持っているのだ。


「ハァ!!」


 気合いを入れたように力む支店長。次の瞬間、彼の体からは止めどない魔力が溢れ出し、強大なプレッシャーとなって俺達の肌をビリビリと震えさせた。


「皆さん、魔力の量が極端に少ないようですが……もしかして魔力も魔法も制限されているとか?」


 次第に疑惑が確信へ変わって行ったのか、支店長のオッサンが勝ち誇ったようにニヤニヤと笑い始める。


「た……大したことねーな! オレが異世界にいた時は、アンタの倍近くの魔力量があったぞ!」

「今は?」

「……」


 バカお前、答え合わせしてるようなもんじゃねーか。


「貴様ら、覚悟はできているんだろうな?」


 ドス黒い笑み。続けて、支店長の口から魔術が発せられた。


「《空間転移》」


 視界が暗転。直後に、眩い光に目が眩む。ゆっくりと光に慣れさせていくと、視界に入り込んできたのは、広大な大地だった。

 荒野だ。俺達は、支店長の魔術で見知らぬ荒野に転移させられていた。支店長が冷たく言い放つ。


「ここが、貴様らの墓場だ」


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