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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第3章 わるい先生編
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第39善「本当に強盗する気あるんですか!?」


「わーいわーい! お出かけだー!」


 繋いだ手をブンブンと振り回して、横を歩む委員長はスキップ気味にはしゃいでいる。


「委員長、遊びに行くんじゃないからな?」

「分かってるよー! 銀行強盗でしょー!?」

「しっー!」


 学校を出発し、俺達は駅前の銀行へと向かっていた。

 先頭を俺と委員長。その後ろに聖母先輩と化学教師。さらに数十メートル後方を、俺達とは他人の素振りでテロリスト二人が歩んでいる。


 ド平日の午後に制服姿の学生が彷徨くのは目立つかと危惧していたが、付き添いの白衣を纏った教師がいるためか、すれ違う人々が特段気に留めている様子はなかった。買い出しか何かにでも見えているのだろうか。


「三億円重い〜! 聖母〜、一つ持ってくれよ〜!」


 大金の入ったボストンバッグ✕3を背負う化学教師がぼやくが、聖母先輩はピシャリと突っぱねる。


「嫌です。三億盗んできたのは先生なんですから、自分で運んでください。そもそも魔王の力があれば、そんなもの軽く持てますよね?」

「悪行したばかりだからか、魔王パワーがほとんど残っていないんだ……。ただのか弱い乙女だよ、今は」


 コイツら、銀行強盗とか三億盗んだとか、白昼堂々口に出すなよ。頼りの委員長も幼児退行してしまっているし、もしかして今一番マトモなのは俺なのか……?



 出発しておよそ十五分。ひとまず何事もなく、無事に銀行に辿り着いた。問題はここからである。


「よし委員長、一旦そこに座って待ってよう」

「はーい!」


 幼児と化した委員長だったが、俺がそばに居る限りは言うことを素直に聞いてくれている。きっと委員長は子供の頃から真面目な委員長だったのだろう。

 怪しまれぬよう、化学教師は適当な理由を付けて整理券を受け取り、俺達の横に聖母先輩と並んで腰掛けた。


「十分後、だな」

「ええ」


 今から十分後。テロリスト二人が銀行強盗を装って店内に入って来る。まず職員と客を拘束し、目隠しと耳栓をする。俺達は巻き込まれた客という設定だ。監視カメラを無効化した後、俺達の拘束を解除してもらい、金庫へ侵入し金を置いてくる、という算段だ。


 俺達が金を置いている間、聖母先輩が職員をひとりひとり洗脳していく。適当に選んだ一名に『昨晩から金庫に閉じ込められていた』という偽の記憶を植え付け、その他の職員には『閉じ込められている人物は今日職場に来ていなかった』という記憶を植え付ける。


 銀行強盗に入った二人は、金庫の中に閉じ込められていた人間を発見して気が変わり、金を盗るのをやめて人助けをした、という流れにするワケだ。


 ……うん。冷静に考えればかなり無理がある計画だぞ。ノリと勢いでここまで来てしまったが、不安で仕方ない。っていうか職員の記憶を改竄したとしても、監視カメラの映像とか勤怠記録とかはどうすんだろう。あれ、この計画ムリじゃね?


「本当にこの計画で行けるッスかね?」


 心配になり女性陣に尋ねてみるが、


「ま、なんとかなるでしょう」

「そうだぞ、なんとかなる!」

「なるなるー!」


 という能天気っぷりだ。マジで大丈夫かよ。


「ま、最悪失敗したらこの銀行ごと吹き飛ばしましょう」

「だな!」

「いえー! 吹っ飛ばそー!」


 そうだ、コイツら二人は元魔王だった。困ったら暴力で解決する気だな。心配で仕方ない。成功する気が全くしない。


「吉井くん大丈夫ー? お腹痛いのー?」


 不安な気持ちが顔に出ていたのだろうか。委員長が心配そうに覗き込んできた。幼児退行してしまっても委員長は優しいな……。

 彼女の優しさに心を打たれていると、聖母先輩の怪訝な声が聞こえてきた。


「あれ? もう来たんですか?」


 視線を追うと、覆面を被った集団が店内に入って来るのが見えた。

 予定の時間よりも少し早い。しかも全部で五、六人いる。仲間でも引き連れてきたのだろうか? そんなの計画にないのだが。


「オラー! 強盗だー! 大人しくしろー!」


 迫真の演技だ。随分気合いを入れている。

 職員も客も、すぐに状況を察してパニックに陥る。しかし、すぐさま覆面男の一人が天井に向け銃を発砲。行内は静寂に包まれた。

 魔法で作り出した偽物の銃ではない。本物だ。天井に銃痕がある。あいつら、いつの間に銃なんか? どこで手に入れて来たんだ? 少なくとも、学校から出る時には持っていなかった。


 何かがおかしい。

 そう思って覆面集団の様子を観察していると、集団の向こう側、入り口の外からこちらの様子を覗き込んでいる二人の男を発見した。


 無精髭とドレッドヘアーだ。

 二人は、あわわわ、と言った具合に困惑した表情で店内を見ていた。


 ……あれ? 奴らがまだ外にいるってことは、今強盗に入ってきた覆面集団は誰だ?

 ……もしかして、また本職の人来ちゃった?



*****



「大人しくしてろよー。騒いだらブッ殺すぞー」


 なんてこった。まさか本物の銀行強盗がやってくるなんて。つかこの街、マジで事件起こり過ぎだろ。


《ひとまず、ここは大人しく捕まっておきましょう》


 突然脳内に響く、聖母先輩の声。


《うわ、びっくりした。なんだこれ?》

《念話の魔術です》


 そんな便利な魔術まで使えるのか。みんなの声が耳から聞こえるのではなく、直接脳内に伝わってくる。

 心の声がそのまま相手に聞こえてしまうのだろうか? おいバカ聖母、聞こえてんのか? 聞こえてないみたいだ。頭の中で考えている事が全て相手に伝わるワケではないらしい。


《おいバカ聖母、聞こえるか?》

《は?》


 なるほど、これは聞こえるのか。相手に話しかけるように念じると伝わるらしい。伝わっちゃったらしい。


《わー吉井くんの声だー。吉井くーん、おーいおーい! 吉井くーん! 吉井くーん! 吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん》


 うるさっ。委員長うるさっ。


《委員長さん、ちょっと静かにしてもらえます?》

《吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井くん吉井く》


 突然委員長の声がプツリと途絶えた。強制的に念話空間から追い出されてしまったようだ。


《おいおい、本物の銀行強盗来ちゃったけど、どうするんだ?》

《考えようによっては、これはチャンスかもしれません》

《というと?》

《計画ではヒゲさんとドレッドさんに銀行強盗の罪を擦り付ける予定でしたが、こうして本物の銀行強盗がやって来たとなれば……》

《そうか。コイツらに罪を被せることができるのか。ククク》


 可哀想な銀行強盗さん。ただ銀行強盗しに来ただけなのに……。


《では、彼らが監視カメラの映像を止めたら行動を開始しましょう》


 そう言って、念話の通信が切られた。おいバカ聖母。バカ聖母おい。……よし、完璧に切断されているな。

 

「オラ、お前ら全員こっちに来い」


 犯人グループは六人。全員、拳銃を持って武装していた。

 客と職員が一箇所に集められ、次々に結束バンドで拘束されていく。唯一、支店長っぽいオッサンだけは自由の身だ。金庫へ案内させるためだろう。

 犯人の一人がこちらへやって来ると、俺と委員長の繋がれた手に目が向けられた。


「お前ら、こんな状況でイチャついてんじゃねー。手ぇ離せ」

「やだー! 吉井くんと一緒にいるのー!」


 銃を持つ本物の銀行強盗ということはお構いなしに、委員長はイヤイヤと首を振って駄々をこねる。


「委員長、言うこと聞こう?」

「やだー!」


 手を離そうとするも、びっくりするくらい力強く掴まれてしまって離れられない。強盗の覆面男は呆れたように首を振った。


「分かった。じゃあそいつと一緒に拘束してやる。それならいいかい? お嬢ちゃん?」

「うんー! いいよー!」


 優しい銀行強盗さんでよかった。強盗さんが気を利かせてくれて、俺と委員長だけ二人一緒に拘束されることに。互いに背を向け合うような態勢で後ろに手を回し、二人の手をまとめて縛り上げられる。手が触れ合っている状態なので委員長はご満悦だ。


「よーし、人質の拘束は完了ー。それじゃ、支店長さん、金を——」

「あの、すみません」


 犯人の言葉に割って入ったのは、聖母先輩である。


「なんだよ?」

「監視カメラは止めないんですか?」

「このままでいいよ。覆面で顔隠してるし」

「でも、体型や歩き方、仕草などでバレてしまうかもしれないですよ?」

「……」

「それと、人質の方達を目隠しした方がいいのでは?」

「……」

「人質の方達には耳栓も必要ですね。声を聞かれちゃマズいでしょう? 幸い、監視カメラは映像だけのタイプですので心配はご無用です」

「なんなのこの子!? めっちゃ強盗のアドバイスしてくるんだけど!?」


 俺達としては監視カメラを止めてもらわないと行動開始できないので、早々にカメラを止めてもらいたいのだ。他の人質の目と耳を塞いでくれれば尚良い。


「でも、監視カメラの止め方分からないし……」

「なにかスプレーみたいなの持ってきてないんですか?」

「ない……」

「じゃあ布は? カメラのレンズをそれで覆いましょう。人質の目隠しにも使えますし」

「ないです……」

「あなた達、本当に強盗する気あるんですか!?」

「すみません……」


 人質の女子高生に説教される銀行強盗さん……。


「あのぉ」


 二人の会話に、気怠げな男の声が割って入る。


「だ、誰だお前ら!? どこから入った!?」


 声の主は無精髭の男だった。ドレッドヘアーと共に、覆面を装着した状態で入り口に立っていた。シャッターが降りる前に侵入していたようだ。


「自分達、通りすがりの強盗なんですが……」

「通りすがりの強盗!?」

「よかったら、自分らも仲間に入れてもらえないですか?」

「はぁ!?」


 なるほど、強盗連中の仲間として振る舞うつもりか。考えたな。強盗連中の内側に入り込み、俺達の都合の良いように動かす算段なのだろう。


「まぁ、仲間が多いことに越したことはないが……。どうして強盗したいんだ?」

「金が欲しいからです!」

「今まで犯罪経歴は?」

「ショッピングモールを占拠した経験があります!」

「ほぅ! それは即戦力だな!」


 なんか面接始まってんぞ。


「ついでだし、そこの金髪の君も仲間にならないか?」


 顔採用やめろ。誰が犯人顔だ。

 やんわり断ると、すんなり諦めてくれた。


「君も間違いなく即戦力だと思っんだが……。まぁいい。新入り二人、まずは仮採用ということで、実力を見せてもらおうか」

「ありがとうございます!」

「監視カメラ止めることできるか?」

「任せてください!」


 威勢良く言うと、無精髭とドレッドヘアーは背負っていたリュックからスプレーやら目隠し布やら耳栓やらを次々と取り出した。


「準備いいな……これは大型新人だぞ」


 感嘆する犯人を横に、テロリスト二人はせっせと行動を開始する。

 ドレッドは手慣れた動きで監視カメラにスプレーを吹きかけていき、平行して無精髭が人質達に目隠しと耳栓を付けていく。


「監視カメラにスプレー吹きかけました!」

「こっちは人質の目隠しと耳栓終わりました!」

「ナイスだぞ新人!」


 おそらく気を利かせたのだろう、目隠しはされたが耳栓はしっかりと(はま)っておらず、微かに音が聞こえてくる。


「お嬢さん、この後はどうすればいい!?」


 完全に先輩が強盗のブレインになってる……。


「監視カメラは全て無効化しましたか?」

「ハイ!」

「人質の方への目隠しと耳栓も大丈夫ですか?」

「ハイ!」

「そうですか。では、ご苦労様でーす」

「は——うぐっ!?」


 バギン!という恐ろしい音が聞こえた。

 用済みとなった強盗が先輩に始末されたのだろう。可愛そうな銀行強盗さん……。


「ちょ、キミ、なにを——ボキッ!」

「まっ、助け——バキッ!」


 視界が塞がっているので何が起きているのか定かではないが、惨事が繰り広げられているのは間違いない。バギボギという恐ろしい音がしばらく続いた後、妙な静寂が訪れた。銀行強盗の集団が無残にも全滅してしまったようだ。


「吉井さん、先生、もう大丈夫ですよー」


 耳栓が完全に引っこ抜かれ、同時に目隠しが外される。電気の光に目を眩ませながら周囲を見渡すと、覆面を被った男達が床に倒れこんで痙攣していた。その横に、顔を真っ青にしたテロリスト二人組と銀行の支店長のオッサンが震えながら立っている。恐ろしい光景を間近で目撃してしまったんだな。可哀想に。


「ささ、みなさん急ぎましょう」


 腕に力を入れて、俺と委員長の手を縛る結束バンドを引き千切った。手が解放され自由になった途端、すかさず委員長の手が伸びて来て左手の自由が奪われる。この幼児退行はいつまで続くのだろうか……。


「すまん、聖母。拘束を自分で外せないんだ。まだ魔王パワーが足りなくて……」

「腕ごと千切りますねー」


 やめろやめろ。

 聖母先輩が化学教師の拘束を外してやり、晴れて全員の身が自由となった。ようやく、本来の逆・銀行強盗を実行できる状態になったのだ。


「シスターのお嬢さん、本当にありがとう。強盗を阻止してくれて……」

「あ、いえ。お礼は結構なので、金庫へ案内していただけますか?」

「へ? 君は銀行強盗を捕まえてくれたんじゃ?」

「すみません、わたくし達も強盗なんです」

「……」


 支店長の顔に、困惑やら恐怖やら混乱やらが入り混じった表情が浮かぶ。強盗を退治してくれた人が強盗だった。そりゃそんな表情にもなるわな。


「さ、早く案内してくださいます?」

「ハイ……」


 ポキリと先輩が指を鳴らすと、ビクリと支店長の体が跳ねた。恐怖が身に刻まれてしまったようだな。可哀想に……。


 震えながら案内をする支店長の後に続き、職員のみが入れる銀行の奥へと進んでいく。やがて巨大で分厚そうな鉄の扉に辿り着いた。


「私のICカードと暗証番号でロックを解除できます」

「早くしてください」

「ハイ……」


 先輩も銀行強盗が板についてきたな。

 脅迫に屈した支店長が、首に掛けていた社員証兼ICカードを扉横のロック板へと(かざ)す。しかし、


「あ、あれ?」


 ビー、という機械音と共に、エラーの文字が。


「どうしました?」

「なんだかカードの反応が悪くて……。おかしいな、先週新しいカードに代えたばかりなのに……」


 慌てふためくその様子は、部屋に入れさせまいとワザとやっているようには見えない。


「磁気不良のようですね……。誰か、強い電波を出す電子機器や、強力な磁石を持ってたりしないですよね?」


 そんなもの持っている人物がこの場に居る訳がない。と思ったのだが、予想外に一つの腕が上がる。その腕の主は、ドレッドヘアーの男だった。


「ドレッド? お前、何か持ってるのか?」

「い、いや。そういう訳じゃないんだが、カードが反応しないのは、俺様のせいかも……」


 歯切れ悪くそう言いながら、ドレッドヘアーの男はシャツの裾を捲り上げる。

 唐突に晒された、ムキムキの胸筋。そこには、大量の『×』の印が。一目見て、俺の左手の刻印と同じ種類のモノだと察する。


「『一日一ゴミ拾いさもなくば定期券の感度がめっちゃ悪くなる』……たぶん、ICカードの反応が悪いのは俺様の呪いのせいだ。最近サボってたからな……」


 定期券だけじゃなくICカード全般にも効果が及ぶのか。なんとハタ迷惑な……。


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