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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第3章 わるい先生編
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第38善「ちょっと脱獄させてきますね」


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、この場は一旦解散することになった。一足先に委員長が教室から出た隙に、俺は聖母先輩に耳打ちをする。


「先輩、さっき言ってた『刑務所に捕まっている知り合い』って、もしかして……」


 問いかけに、ニヤリ、という笑みが返ってくる。


「これからちょっと脱獄させてきますね」


 そんな、ちょっとコンビニ行くみたいなノリで……。

 俺と先輩が顔を寄せ合って話していると、そこに化学教師が混ざってきた。


「おい、授業は?」

「サボります」

「ダメだぞ! 授業サボるなんて!」

「これから銀行強盗する人が言うセリフですか……」


 それにしても、なぜ先輩は敵対?している化学教師を助けるような真似をするのだろう。俺は化学教師の悪の心を目覚めさせてしまった手前、簡単に見捨てる訳にもいかない。だけど聖母先輩は付き合う義理は無いのに。

 何気なく聞いてみると、『ま、同じ異世界帰りのよしみですし』と照れ臭そうにしていた。……おかしい。先輩が頼りになるなんて。


「いいですか。五限目の間に『彼ら』を連れてきますので、決行は六限目の時間にしましょう。放課後まで待ってたら銀行閉まってしまうので。吉井さんも授業サボってくださいね」

「仕方ないな!」

「嬉しそうに言うなよ……。分かった、私の方も六限目は自習にしておこう」


 それまで金が盗まれているのがバレなければいいのだが、こればかりは天に祈るしかない。


「まぁサボると言っても、後ほどクラスの皆さんと担当の先生の記憶を改変して、出席していたことにするんですけどね」


 クラスメイト全員の頭蓋骨が粉砕されるのだな。可哀想に。

 だが良かった。先輩はやはり先輩だ。頼りになる以上に狂ってやがるぜ。


「吉井さんは二年E組でしたっけ? そちらもやっておきますね」

「いや、俺はいいッスよ……」


 自分の成績のためにクラスメイトの頭蓋骨が粉砕されるなんて耐えられない。


「記憶の方は洗脳の魔術でどうにかするとして、記録の方はどうするんだ? 担当の教師が欠席として記録取っておくだろ」

「それは先生がどうにかしてください」

「私に出席記録の改竄をしろと言うのか? そんなのダメだ!」

「これから銀行強盗する人が言うセリフですか……」


 そこで先に教室から出て行った委員長が、部屋の中を覗き込んで呼びかけてきた。


「吉井くーん、なにしてるのー? 行くよー?」


 こそこそ額を寄せている俺達を怪訝そうな目で見ているので、話もそこそこに切り上げることにする。


「では、五限目が終わり次第、ここに集合で」



*****



「おう金髪。久しぶりだな。元気だったか?」


 五限目の休み時間。

 化学室に戻ると、二人の男がそこにいた。無精髭を生やした野暮ったそうな男と、筋骨隆々なドレッドヘアーの男。ショッピングモールを占拠したテロリスト二人組である。


「マジで脱獄させてきたんスね……。一体どうやったんスか?」


 テロリスト二人組は上下グレーの見窄(みすぼ)らしい囚人服を身に纏っている。脱獄したてホヤホヤな感じだが、手錠は付いていない。


「勘違いしないでほしいのですが、わたくしは脱獄させてませんよ。彼らが自ら『脱獄した』んです。わたくしは面会に行って、面会室の仕切りガラスにある穴から彼らと指先で触れ合っただけです」


 なるほど。《スキルドレイン》で奪った勇者としての力を二人に返したのだな。力を取り戻した彼らが自らの力で脱獄してきたと。

 刑務所の面会は親族しかできないと聞いたことがあるが……まぁ聖母先輩のことだ。洗脳なら何やら手を尽くしたのだろう。詳しくは聞かないことにした。


「ちなみに今、刑務所は自由時間だ。オレ達が抜け出しているのもバレてないはずだぞ」


 元勇者の力があれば脱獄なんかお手の物なんだな。

 仮に俺が捕まっても簡単に脱獄できそうで安心だ。


「でも大丈夫なんスか? こいつら勇者の力を取り戻したんスよね? 逃げたりしないんスか?」

「逃げたりしませんよね?」

「「……」」

「しませんよね?」

「「ハイ」」


 テロリスト二人は《終焉の魔王》への恐怖心が植え付けられているのだろう。先輩の監視がある限り、逃げ出す心配は無さそうだ。


「真面目な話、オレ達は心を入れ替えたからな。ちゃんと戻って罪を償うつもりでいるさ。な、ドレッド!」

「あ、あぁ……」


 澄み切った瞳でそう言う無精髭男の言葉に、嘘は無いように聞こえる。ドレッドヘアーの方も逃げる気は無さそうに見えるが、どちらかと言うと聖母先輩への恐怖で従っているような感じだ。


「念の為、お二人に《魔王刻印》を刻ませてもらいました」

「は?」


 直後、二人の額に星型の刻印が浮かび上がってくる。


 《魔王刻印》

 それは、魔王のみが使える禁忌の魔術。簡単に言うと、術者と対象者の間で絶対に破れない魔術的な契約を執り行うことができる、というものだ。

 おそらく聖母先輩は二人に『許可なく逃げない』という契約……というより一方的な命令を課したのだろう。


「……待ってくれ。《魔王刻印》って、術者と対象者の間で同意が無いと契約できないんじゃなかったか?」

「今同意されましたよね? 『逃げたりしませんよね?』『ハイ』と」

「……」


 とんでもない詐欺の現場を見てしまった。

 ともかくこれにより、聖母先輩が術を解くか死にでもしない限り、二人の逃亡は魔術的に不可能となる。


「吉井さん」

「絶対やだ」

「まだ何も言ってないじゃないですか!」

「俺にも何か契約させようとする気だろ」

「一日一本、骨を折らせてください」


 ド直球なの来やがった。


「一日三本、骨を折らせてください」


 欲張って増やすんじゃねぇ。絶対に答えてやるもんか。

 そんなことを話していると、少し遅れて化学教師も教室に戻って来た。


「すまない、遅くなった。……この二人が、吉井が言っていた元勇者の犯罪者か」


 化学教師とテロリスト二人組が挨拶と自己紹介を交わす。


「その、私が言うのもなんだが……。いいんですか? あなた達に罪を被せることになりますが」


 計画としては、この二人を実行犯として仕立て上げ、罪を全て被ってもらうことになっている。二人に引き受けるメリットは全くない。俺もそこが気になっていた。

 先生の問いに答えたのは、テロリスト本人ではなく聖母先輩だ。


「刑期が少し……五年から二十年くらい増えるだけです。別にいいですよね?」

「「……」」

「いいですよね?」

「「ハイ」」


 二人の額に星の刻印がもう一つ浮かび上がる。

 先輩、犯罪者にも人権はあるんだぞ……。


「それでは作戦会議を——」


 先輩が言いかけた時、教室の扉がガラリと開かれた。


「えっ!? なんであの時の犯人の方がここにいるんですか!?」


 顔を覗かせたのは委員長だ。


「委員長さん!? どうして!?」

「さっき三人が怪しそうにコソコソしていたのが気になって……」


 さすが委員長。鋭い。


「あと吉井くんが、めちゃくちゃ挙動不審な感じで教室から出て行ったんで……」

「吉井さん……」


 非難する視線が俺に注がれる。別に変なことしてないぞ。急いで行かなきゃ!と思ったから、二階の窓から飛び出して風魔法・《スカイウォーク》で空を歩いて来ただけだ。

 しかしマズい。委員長は先程の逆・銀行強盗の話はフィクションだと思っている。実際に連れて行く訳にはいかない。しかも最悪なことに、脱獄犯二人の存在を目撃されてしまった。


「委員長さん、ちょっとこっちに来てもらえます?」

「はい?」


 委員長を手招く聖母先輩。委員長は言われるがまま先輩のもとへ。先輩は、委員長以外の四人に向けて言う。


「皆さん、ちょっと目を閉じててもらえますか?」


 理由は分からなかったが、俺達はそれに従い目を瞑った。

 次の瞬間。ゴン!という物凄い音がして、思わず目を開いてしまう。視界に入ってきたのは、机に突っ伏すように倒れ込んでいる委員長だった。


「い、委員長!? まさか殺したのか!?」

「殺す訳ないじゃないですか! ……ちょっと洗脳の魔術をかけて、記憶を改変させてもらいました」


 委員長の頭蓋骨を粉砕したというのか!? なんてことを!

 不安げに見守っていると、彼女は目を覚ましたようで、ゆっくりと上体を起こした。よかった。生きてた。怪我もない。


「うぅ……ん?」


 寝起きのように眼を擦りながら、委員長は周囲をキョロキョロ見渡す。そして俺を視界に捉えるなり、満面の笑みで飛びついてきた。


「わーい、吉井くんだー!」


 俺の腰に手を回し、ぎゅっと体を押しつけてくる委員長。色々と柔らかいものが当たってくる。困惑する俺に、聖母先輩が説明する。


「今、委員長さんは夢を見ていると思っています。そういう洗脳を施しました」

「えぇ……」


 委員長は満面の笑みで、スリスリスリ、と俺の腹に頬ずりをしてくる。現実の彼女とは掛け離れた行動だ。夢の中だと思って理性のタガが外れているのだろうか。

 そんな委員長の肩にそっと手を乗せ、聖母先輩が優しく語りかける。


「いいですか、委員長さん? ここで見たことは全て忘れて、教室に戻って授業を受けてください」

「やだー! 吉井くんと一緒にいるー!」


 駄々っ子のように首を振り、離れるどころか更に強くしがみ付いてきた。


「おや? おかしいですね。洗脳のかかりがイマイチなのでしょうか?」


 ぐぐ、と腕に力を込め、先輩は拳を振り上げる。

 何やら不穏な気配を察し、俺は委員長を守るように体を捻って間に割って入った。


「ちょ、待て待て! もう委員長の頭蓋骨は粉砕させないぞ!」


 聖母先輩の回復魔法が信用できない訳ではないが、委員長の明晰な頭脳に悪影響が出ないか心配なのだ。何より、目の前で殴られる彼女を見ていられない。


「と言っても、吉井さんと離れる気は無さそうですが……」

「離れないー!」


 確かにそれは問題だ。委員長はサナギのように俺にピッタリと引っ付いて離れる気配がない。


「いいじゃないか、このまま一緒に連れて行けば」


 そう言う化学教師は、微笑ましいものを見守るようなニンマリとした表情をしている。


「委員長にも銀行強盗の罪を被せる気っスか?」

「何を言うんだ。罪は全てオレ達が被るから任せておけ! な、ドレッド!」

「あぁ!」


 テロリスト二人も顔に似合わぬ暖かい笑顔を浮かべていた。孫を見守る祖父のような表情だ。前向きな気持ちで犯罪してくれるみたいなので嬉しい限りである。


「わかったよ……。でも委員長、歩き憎いからちょっと離れてくれないか?」

「やだー!」


 幼児退行してないかこれ? 普段の真面目でしっかり者のイメージとは真逆で脳がバグりそうだ。大丈夫これ? ちゃんと元に戻るよな?


「分かった、じゃあ手を繋ごう。それならいいか?」

「うんー! いいよー!」


 俺から離れたかと思うと、ニコニコと無邪気な笑顔でたちまち指を絡めるように手を繋いでくる。細い指とは裏腹にガッチリとホールドされ、まるで解けそうにもない。

 この状態で逆・銀行強盗しに行くのか……。


「それでは時間も無いですし、ちゃっちゃと作戦会議を済ませて現場に向かいましょう」

「はーい!」


 遊園地にでも行くかのようなテンションで委員長は手を上げる。他の面々はそれを見てホッコリとしている。

 不安しかない……。


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