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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第3章 わるい先生編
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第34善「救っちゃったな!」


「つ、強い……」


 肩を組み、お互いに支え合うように立つ俺と聖母先輩の体は、もうボロボロだった。


「フハハハハ! そんなものか? 虐殺勇者! 終焉の魔王!」


 対して、俺達を見下すように腕を組み立つ化学教師は、もはや別人と化している。その実力もさることながら、人格すら変わってしまったようだ。少なくとも、『フハハハハ!』なんて笑うキャラではなかった。


「どうやら二人掛かりでも()を倒すことはできないようだな」


 ほら『我』とか言っちゃってるもん。もう別人だよコレ。ビール飲んでお漏らししてたのと同じ人間とは思えないよ。


「つ、強過ぎますね……。異世界から帰る際に、能力を制限されなかったのでしょうか?」


 先輩のその呟きが聞こえたのか、化学教師は首を大きく傾げた。


「能力の制限? ああ、そういえば神と名乗る老人に言われたな。『お主は弱いから、能力の制限はしなくてもいいじゃろう』って」


 神ー! 水際対策がガバガバー!


「なるほど、貴様らは能力が制限されているのか。我は制限どころか——」


 言いながら、手の平を広げる化学教師。そこに、揺らめく紫色の炎が出現した。


「成長している。新しい魔法を習得してしまった」


 お花を生やす魔法しか使えなかったのに……。

 白衣を翻し両手に紫炎を浮かべる化学教師は、魔王時代よりも魔王らしい。


「ククク。どんどん力が湧いてくるぞ。……そうか、これが悪行生活の成果か。神は我に、魔王として成長して欲しかったのだな」


 なんてことしてくれてんだ神。

 異世界で対峙した時よりも強大な力を感じる。彼女の体からは膨大な魔力が溢れだし、ビリビリと重いプレッシャーを与えてくる。対して、俺と先輩は力が封じられており、二人掛かりでも到底敵わない。これはかなりマズイことになったぞ。


「あぁ、悪行をしたくて仕方ない。虐殺勇者よ、我に悪行を教えてくれたこと、感謝するぞ」


 ゴミ箱キックと水遊びが覚醒の引き金になるなんてビックリだよ。


「貴様らを八つ裂きにした後、まず手始めにコンビニ強盗でもしようか」


 魔王がコンビニ強盗……なんかシュールだ。


「次に銀行強盗。その次はショッピングモールの占拠でもしよう」


 この街の犯罪者、モール占拠しがち。


「モールを占拠した後は……そうだな、世界征服でもするか」


 モール征服からの世界征服って一気に飛躍し過ぎだろ。もうちょっとステップ踏んでくれよ。いやでも、ある意味モールは世界の縮図とも言える。となるとモール征服は世界征服の練習としてちょうど良いのだろうか。


「まずいですよ吉井さん、何とかして止めないと! このままではわたくし達のモールが! あと世界も!」

「フハハ、止められるものなら止めてみるがいい。モールは我のものだ。あと世界も」


 化学教師が暴走してしまった責任は俺にある。モールと世界を救うため、こうなったら捨て身の覚悟で止めるしかない。

 死をも覚悟した。その直後だった。


「あー! 吉井くんこんな所にいたー! 待ってるって言ったじゃんー!」


 緊迫した状況に不釣り合いな声が響き渡る。見ると、階段を駆け上ってくる委員長の姿が。

 まずい。待たせていたのをすっかり忘れていた。痺れを切らせて俺を探しにきたのだ。


「委員長! こっちに来ちゃダメだ!」

「なにー? 悪い事してるんじゃないでしょうねー? っていうかなんで先輩と肩組んでるの!?」


 このままでは彼女を巻き込んでしまう。そんなの絶対ダメだ。彼女を見た化学教師が、ドス黒い笑みを浮かべる。


「ククク、小娘。こやつで遊んでやるのも良いか」

「おい! 委員長には手を出すな!」

「なんだ、虐殺勇者。貴様にとってこの小娘は大事な存在なのか?」


 狼狽えた様子を見せたのが不味かった。化学教師は階段を登る委員長に対峙し、邪悪に口角を吊り上げる。しかし自体を把握していない委員長は、教師の言葉を聞いて頬に手を当てて顔を赤らめた。


「そ、そんな。だ、大事な存在だなんて——」


 階段を登りながら目を瞑ったのが良くなかった。最後の段を登ろうとしたその足が(もつ)れ、


「きゃあ!?」


 委員長は、盛大にすっ転んでしまう。


「危ない!」


 その声を発した主は、意外にも化学教師だった。

 転びそうな生徒の姿に、僅かに残っていた教師としての理性が魔王の人格を押し退けたのか。横転する委員長の体を反射的に受け止めていた。


「あ、ありがとうございます」

「大丈夫か——ハッ!?」


 委員長の体を受け止める化学教師は、何かに気が付いたように目を見開く。その視線は彼女自身の手に向けられていた。大きな胸を鷲掴みにする、その手の平に。


「いや、これは、ワザとじゃないぞ!? 事故だ! 同性だし、変な気は無いからな!?」


 誰がどう見ても事故なのは承知なのだが、委員長の胸を触ってしまったのが気掛かりなようだ。


「わ、分かってますよ。助けてくださって、ありがとうございます……」

「そ、それなら良かった。最近は同性でもセクハラ認定されてしまうらしいからな……。お前達も、()()の事を淫行教師だなんて思わないでくれよ?」


 ……あれ、口調も表情も雰囲気も戻ってるぞ? 溢れ出ていた魔力も収まっている。セクハラの誤解を恐れるその姿は、数秒前までの魔王の風格ではない。


「あー、さっき調子に乗って変な事を言った気がするが……スマン、気にしないでくれ……。モールの占拠ももうする気ない」


 先生は俺達に向き直るなり、頬を掻きながら気まずそうにそう言った。


「一体何が……?」


 先輩は訳が分からない、とばかりにパチクリと瞬きをする。


「もしかして……」


 俺には、一つ心当たりがあった。


「先生、おでこ見せてもらえないッスか?」

「ん? ああ」


 化学教師は前髪を掻き上げる。現れるのは、『惡』の字の刻印。ただし全ての辺が薄くなっている。それを見て、俺は確信した。


 校内での飲酒。

 生徒の前で放尿(淫行)。

 ゴミ箱を蹴飛ばす。

 廊下を水浸しにする。

 窓ガラスを叩き割る。

 バットで生徒の頭をカチ割る。

 そして最後に、生徒の胸を触る(淫行)。


 化学教師は、一日七悪のミッションを全て達成したのだ。そして彼女の魔王モードは、一日七悪を達成することで収まったというワケだ。一日七悪の達成によって『悪事をしたい』という心が落ち着いたのだろうか。


「委員長……」

「なぁに?」


 彼女がここに現れなければ、化学教師はモールを占拠した後に世界を征服していたことだろう。悔しいが、俺にも聖母先輩にもそれを食い止めることはできなかった。

 やってのけたのは、委員長だ。


「世界、救っちゃったな!」

「どういうこと!?」


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