第33善「気が済むまで殴ってくれ」
勃発する魔王同士の喧嘩。
先制攻撃は聖母先輩だ。素早い動作で先生の懐に踏み込むと、目にも止まらぬ速度の右ストレートを繰り出した。
「ぐっ!?」
先生はそれをモロに顔面に受ける。ベギッ!という鈍い音が響き、鼻血を吹き出しながら仰け反った。確実に鼻が折れてる。痛そうだ。
「うふふ、なかなか素敵な鼻骨をお持ちですね、先生」
どんな褒め言葉だよ。
「……そういえばわたくし、吉井さんの鼻の骨折ったことありません」
いいんだよ折ったことなくて。こっち見んなよ。こっち来んなよ。
「ふんっ! ……なんで避けるんですか吉井さん?」
なんで殴ってくるんですか?
「隙アリ!」
「きゃっ!?」
ほら余所見してるから。脳天にバット喰らっちゃったよ。
「フンッ! ……なんで避けるんだ吉井?」
なんでバット振り下ろしてくるんですか?
えっ、なに? こいつら、ついでに俺のことも攻撃しようとしてる?
「いたた……」
脳天をカチ割られて再度倒れ込んでいた先輩が、よろよろと力なく立ち上がる。立ち上がる前に蹴っとけばよかった。
「人の頭蓋骨を叩き割るなんて、とんでもない人ですね!」
な。ほんとだよな。普通そんなことしないよな。
「うりゃっ!」
仕返しとばかりに先輩から繰り出される、素早いワンツーパンチ。一打目は化学教師の肩へ。二打目は俺の眉間へ。だからなんで俺に攻撃してくるの?
「このぉ!」
化学教師の反撃。長い足を活かした二段蹴りだ。一発目の下段蹴りは先輩の太ももへ。二段目の上段蹴りは俺のこめかみへ。こいつら俺の時だけ急所狙ってきてない?
「なかなかやりますね、先生……!」
「そっちこそ……!」
え、もしかして俺のこと見えてない?
あれか。立ってる場所が悪いのか。二人の喧嘩に偶然巻き込まれてるだけなのか。
そう思ってダッシュでこの場を離れようとするも、右側を聖母先輩、左側を化学教師に塞がれて退路を断たれてしまった。なにこの阿吽の呼吸。完全に俺を仕留めにきてるじゃん。
「うりゃうりゃうりゃ!」
「このこのこの!」
そして始まる、俺越しの喧嘩。
パンチ、キック、バット。数多の攻撃が左右から迫り来る。それ喧嘩相手に攻撃しようとしてるんだよね? 俺に攻撃しようとしてないよね?
右から迫り来るのは聖母先輩の鋭いパンチ。身を捩って躱すと、それは化学教師の顎に打ち込まれる。左から続くのは化学教師の素早い回し蹴り。咄嗟に伏せて避けると、それは聖母先輩の側頭部を強打した。
なるほど、俺が躱した攻撃はそのまま反対側の相手への攻撃になるようだ。ザマァ見やがれ。
「吉井さん! 避けないでください!」
「避けるなよ吉井!」
完全に俺がターゲットになってるじゃん。
聖母先輩が俺を攻撃しようとするのはまだ分かる。いや分からないけど分かる。この人は異常者だから。
だけど化学教師までとは。……もしかして、異世界で殺しちゃったこと、恨んでるのだろうか?
「先生……やっぱり俺のこと、恨んでるんスか?」
「いや、そんなことはないぞ! 全然恨んでない!」
そんなバットをフルスイングしながら言われても。
「先生が恨んでいるのは終焉の魔王だけだ!」
なら終焉の魔王だけ攻撃してほしい。
「わたくし、先生に恨まれることをした覚えはありませんが?」
俺も先輩に恨まれる覚え無いんだよなぁ。なんで殴られてるんだろ。
「終焉の魔王! お前が無茶苦茶やったせいで、次期魔王である私の扱いは散々だったんだ!」
怒りをぶつけるように、体重の乗った重たい一撃が放たれる。俺の顔面へ。しかし腰をのけぞらせてギリギリ回避に成功。結果、聖母先輩へのクリーンヒットとなった。やったぜ。
「お前のせいで人間からは異様に恐れられ! 魔族からは先代と事あるごとに比べられ! あまつさえ爆殺され!」
最後のは俺のせいだ。スンマセンでした。気が済むまで殴ってくれ。先輩を。
「なるほど、そういうことでしたか」
先輩、先生に謝ろ? ついでに俺にも謝ろ?
「でもぉ、それってぇ、あなたが弱かったせいじゃないですかぁ?」
俺越しに煽らないでくれる? ほら先生怒っちゃった。バットブンブン振り回してるよ。しかしその攻撃を……全て躱す! よし、全部先輩への攻撃となった! ザマァみやがれ!
「ちょっ! 吉井さん避けないでくださいって!」
避けるに決まってんだろ。俺はアンタの盾じゃないんだぞ。イテッ! サンドバッグでもない!
しかしこのままではジリ貧だな。回避に全神経を注いでるのでギリギリ致命打は喰らっていないものの、それも時間の問題だ。体力と集中力が持つ間にどうにかして状況を打開しないと。
一番手取り早いのは、どちらかに加勢して二対一に持ち込むことだ。
「あー、お二人さん? どっちかに加勢してやろうか? 先着一名だ」
いや別に他意は無いんだが、化学教師に手を上げてほしいな。別に他意は無いんだが。
しかし、化学教師から返ってきたのは冷たい目線だった。
「最低な提案だな」
あ、あれ?
じゃあ聖母先輩側に……。
「ほんと、酷い人ですね」
やべ、言わなきゃ良かった。
「先生、一緒に吉井さんをボキボキにしましょうか?」
逆に魔王同士に手を組まれてしまった。最悪の結果だよ。
「誰がお前なんかと手を組むか! 死んでもゴメンだ!」
「……いいでしょう、ではお二人ともボキボキにしてさしあげます」
断ってくれてよかった……。っていうかボキボキってなに?
結局状況は変わらず、一対一プラス巻き込まれる俺、の泥沼が続くことに。
「ほらほら、どうした!? 最強と恐れられた終焉の魔王も大したことないな!」
「くっ……」
次第に聖母先輩が押され始める。化学教師の止めどない攻撃に防戦一方だ。俺としては右側からの攻撃が来なくなって嬉しい限りである。頑張れ先生!
「……先生は、吉井さんに倒された魔王なんですよね?」
「そうだぞ。二十回くらい爆殺された」
だからスミマセンって。よし、このパンチは甘んじて顔面で受け止めよう。
「吉井さんから、次期魔王はすごく弱かった、と聞きましたが……。意外とやるじゃないですか」
そうなんだよ。俺も同じことを思っていた。
異世界で戦った時、化学教師はこんなに動けていなかった。こちらが圧倒し、反撃と呼べる反撃を受けた記憶は無いのだ。
「人間相手に闘うのが気が引けたんだよ。その点、お前は魔王だから気兼ねなく戦える」
先輩も一応人間だからな? まぁ人間の皮を被っているだけで中身は悪魔なのだが。
……しかし、今のセリフは聞き捨てならないな。
「異世界で俺と戦った時は、手加減してたってことッスか?」
「そういうつもりじゃないが……まぁ、そう取られても仕方ないな」
挑発するように、こちらを一瞥。
「だが、悪行生活で悪の心を学んだせいか、今なら人間相手でも全力で戦える気がするよ」
まさかゴミ箱を蹴っ飛ばして床を水浸しにしただけでそんなことになっちゃうとは。
「なんなら、避けてるだけじゃなく、お前も攻撃してきてもいいんだぞ?」
……そこまで言われて引き下がるワケにはいかないな。
「先輩、ちょっと交代してくれないッスか?」
「いいえ、わたくしもこのままでは終われません」
そのやりとりを聞き、化学教師はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「二人まとめてでいいぞ? なんだか力が溢れてくるんだ。二対一でも負ける気がしない」
彼女の目付きは先程とまるで別人だ。
「後悔すんなよ」
素早く移動し化学教師の背後へと回り込む。今度は化学教師が挟み込まれる形となった。
結果的に化学教師を二人でボキボキにすることになってしまったが、本人がそれでいいと言うのだから思う存分ボキボキにしてやろう。
「うりゃ!」
右ストレートを繰り出す聖母先輩。ヒラリと躱す化学教師。そしてパンチはモロに俺の顔面へ。
「あ、ごめんなさい吉井さん♪」
え……やっぱり俺が狙われてる……?




