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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第1章 やさしい委員長編
3/60

第3善「世の中に迷惑をかけまくろう」


「だから、学校なんかサボってオレと遊びに行こーぜ? な?」

「い、嫌です! 離してください!」


 コンビニの駐車場の隅。壁際に追い詰めるような形で、大学生くらいのチャラ男が女子高生をナンパしていた。女子高生は瞳いっぱいに涙を溜め、体を震わせながら俯いている。


 ククク。これぞ絵に描いたような善行チャンス。溢れ出そうになる笑いを噛み殺しながら、俺は二人のもとへと歩み寄る。

 真っ先に俺の存在に気が付いたのはチャラ男の方だった。敵意に満ちた目でガンを飛ばしてくる。


「あ? なんだテメー?」

「ククク……」

「なんだって聞いてんだよ」

「ククク……」

「なんか喋れよ! こえーよ!」


 いかんいかん。ほぼ確定で善をゲットできる状況に笑いを堪えられなかった。


「分かったぞ! オメーこの子を襲うつもりだな!?」


 なんでそうなる。襲おうとしてるのはお前だろ。

 チャラ男は女子高生の壁となるように両手を広げ、俺の前に立ち塞がった。


「そうはさせるか! オレがこの子を守る!」


 ん? なんか俺が悪者になってる?

 女子高生の方はチラリと目を動かしてこちらの存在こそ確認するものの、恐怖ゆえか目線を落としたまま足元を一瞥しただけだった。なんかもっとヤバいヤツ来た、とでも言わんばかりに、より一層顔を青くしている。


「ち、ちげーよ。俺はその子を助けに来たんだよ」

「どう見ても襲う側の顔だろ!」


 悪人顔なのは元々だ。勇者時代も『魔物よりも怖い』と評判だったものだ。

 ふとそこで、俺の声に反応するように、女子高生の顔が勢い良く上げられた。涙ぐんでいる瞳に俺の顔が写り込んだ直後、瞼がカッと開かれる。


「……えっ!? 吉井くん!?」


 え。まさかの知り合い? あ、でも言われてみれば何となく見え覚えがある。

 さらさらの黒いロングヘアーにパッチリとした黒い瞳。制服を押し上げる大きな胸。清純で真面目そうな顔付き。それに、大きな胸。


 確か、この黒髪少女はクラスメイト……だった気がする。名前は……いかん、失念した。三年ぶりに見る顔だ。思い出せないのも仕方ない。

 しかしそんなこと面と向かって言えるはずないので、話を合わせておくことにした。


「お、お〜。めっちゃ久しぶりだな。元気だったか?」

「え? 先週ぶりだけど……」

「そ、そうそう! 先週ぶりだな!」

「よそよそし過ぎるわ。お前ら絶対知り合いじゃねーだろ」

「は、はぁ? 俺達は知り合いだぞ。一緒の学校に通う仲だ」

「ほぼ他人じゃねーか」


 黒髪少女にも訝しむような目で見られてしまった。


「と、とにかく。その子が嫌がってんだろ。離れろよ」

「チッ。女の前だからってカッコつけやがって」


 一歩、こちらに近づいてくるチャラ男。威嚇するように指をポキポキと鳴らす。


「覚悟はできてるんだろーな!?」


 ボクシングでも嗜んでいるのだろうか、そこそこ様になっている動きだ。俺の顔面目がけて勢い良く拳を繰り出してくる。だが遅い。元勇者の俺にとってはスローモーションだ。打ち込まれる拳を片手で軽く受け止めてやった。


「なっ!?」


 今度はこっちの番だ。驚愕に目を見開くチャラ男の拳を掴んだまま、逆の拳を振り上げ——ようとして、思い至った。


 ——俺の勇者としての力は、どれほど残っているのだろうか。


 もし異世界にいた頃の力がそのまま残っているなら、殴り飛ばした時点でチャラ男の体は破裂するだろう。今の自分の力をちゃんと確認すべきだ。でなければ本当に人を殺しかねない。


「ちょっと待ってて」

「え」


 そう言い残し、チャラ男の手を離して、コンビニの外壁へと向かい合う。


「な、何やってんだ?」

「あー、人を殴る練習?」

「恐ろしい練習してんじゃねーよ」


 拳を握り締め、とりあえず軽く壁を殴りつけてみる。すると、バゴォ!という激しい音と共にコンクリートが陥没し、蜘蛛の巣状にヒビが広がった。


 ……ふむ。異世界時代の十分の一といったところか。殺傷能力の高い魔法が制限されたと同時に、身体能力の方もかなり制限されてしまっているようだ。

 まぁ力が制限されてなければ、今殴った時点で向こう三十メートルは更地になっていただろう。むしろ制限されていて良かったかもしれない。


「な……な……」


 陥没した壁を前に腰が抜けたのか、チャラ男は力なく地面にへたり込んでしまう。黒髪少女の方も口をあんぐり開けて呆然としていた。


「まぁ、これくらいの威力なら大丈夫か」

「な、何が……?」

「お前を殴っても」

「いやいや! 死ぬわ!」

「こんくらいじゃ死なねーだろ。せいぜい頭が吹っ飛ぶくらいだ」

「即死じゃねーか!」

「お前は千切れた頭が生えてこないタイプか?」

「オレが宇宙人にでも見えるのか!?」

「あー、すまん。異世界人を相手にしている気分だった」

「オレって普通の人間に見えない!?」


 失敗失敗。日本人は頭を吹き飛ばしても再生しないタイプの種族だったな。

 顔を殴るのは止めて肩パンにしておくか。腕が取れちゃうかもしれないが、まぁ二本あるし一本くらい別にいいだろ。


 へたり込むチャラ男に向けて、ゆっくりと拳を振り上げる。


「ひぃ!? ご、ごめんなさい! 許して!」


 先ほどまでの威勢はどこへやら。半泣きだ。

 構うことなく拳を振り下ろそうとするが、しかし目の前に黒髪少女が立ちはだかった。


「よ、吉井くん! 殴っちゃダメだよ!」

「大丈夫、これは善行パンチだから」

「人を殴るのが善行なわけないでしょ!?」


 なん……だと……?

 悪人を殴り飛ばすのは善行ではないのか?


「無抵抗の人を殴っちゃだめ!」


 ああ、そういうことか。


「分かった。おいお前、殴るから抵抗しろ」

「そういうことじゃない!」


 違うのか……。


「この人も反省してるみたいだし、許してあげよ?」

「してます! 反省してます! 本当にすみませんでした! 許してください!」


 なんかまた俺が悪者になってる気がするぞ。まぁ別に好き好んで人を殴りたい訳じゃないし、善行にならないならコイツを殴る必要はないか。

 振り上げていた拳を下ろすと、二人はホッと胸を撫で下ろしていた。力なく座り込むチャラ男に、黒髪少女は諭すように声をかける。


「お兄さん、もう強引なナンパなんてしないでくださいね?」

「ハイ! もう一生しません! どうもすみませんでした!」

「は? 何言ってんだよ? お前はそのままでいいんだよ」

「はい?」


 悪事は善行の種。このチャラ男は悪事を働いてくれる貴重な存在だ。ここでその才能を潰してしまうのは余りに惜しい。


「これからもっともっとナンパをして、世の中に迷惑をかけまくろう。な?」

「な、何を言っているんです?」


 コイツがナンパをして誰かを困らせる。それを俺が助ける。完璧な善行システムの完成だ。


「手始めに、あそこ歩いてる子なんてどうだ? ほら、ナンパして来いよ」

「ほんともう絶対やらないので勘弁してください……」


 なぜか泣きだしてしまったぞ。せっかくナンパの獲物を見繕ってあげたのに。


「吉井くん! 可哀想だからもうやめてあげて!」


 あれ、また俺が悪いのか?


「う、うわあああああ!」


 目を離した一瞬の隙だった。急に立ち上がったチャラ男はそのまま猛ダッシュで逃げ去ってしまう。


「あ! おい待て!」

「ちょちょちょ! もういいでしょ!」


 追いかけようとするも、黒髪少女に引き止められてしまった。彼女は俺の顔をじっと見上げ、訝しむような目を向けてくる。


「ほんとにどうしたの? 今日の吉井くん、別人みたいだよ?」


 異世界で三年間も過ごしたんだ。見た目に変化はなくとも、精神的にはもはや別人と言っても過言ではない。


「まるで、辛い経験をして人格が変わっちゃったみたい」


 鋭すぎるだろ。神曰く、人格ではなく倫理観がブッ壊れたらしいが。

 返答に困っていると、怪訝な顔をしていた黒髪少女の表情が、ふっと吐かれた息と共に柔らかくなった。


「……でも、困ってるときに助けてくれるのは、いつもの吉井くんだね」


 目を細め、少しだけ頬を赤く染める。

 そして、俺の顔を見上げたまま、にっこりと微笑んだ。


「助けてくれて、どうもありがとう」


 その声に反応するように左手の甲が暖かくなる。チラリと確認すると、七芒星の線が一本消えていくのを目撃した。よし、善行達成だ。


「また助けてもらっちゃったね」

「また?」

「……えっ、うそ。覚えてないの? 半年くらい前にも、絡まれてるわたしを助けてくれたじゃん!」


 半年前? 半年前……。


「えー、ほんとに忘れちゃったの? わたしにとっては重大な出来事だったんだけどなー。あの時から吉井くんのこと良いなって……おほん。良い人だなって思うようになったのに……」


 あ、半年前って、あの時のことか?


「山賊に襲われてた時の話?」

「山賊ってなに!? 普通の変質者の人だよ!」


 普通の変質者ってなに?


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