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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第2章 こわい先輩編
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第27善「ヤりたいんだ!」


 何としてでも残りの善行も達成してやる。

 決心は固かったが、現実はそう甘くなかった。


 まずはモールで善行を、と思ったのだが、事件のせいで今日はもう店終いだそうだ。

 仕方がないので、俺と委員長は最寄り駅まで戻ることにした。駅に向かう道中に善行チャンスを探すものの、そう簡単には見つからない。


「なんか大変な一日だったねー。未だに現実感が無いよ」


 電車のシートに座るなり、ふぅ、と溜め息を一つ。力が抜けたような委員長は、揺れる吊り革を見るともなく見つめていた。


「そうだな」


 同意はするものの、むしろ大変なのはこれからだ。

 あと二十善……。途方も無い数字だ。


「でも、たくさん善行できて良かったね」

「いや、あれは善行とはカウントされないんだ」

「なにその謎基準」


 ほんとだよ全く。


「まぁ、それでも今日はもう沢山頑張ったんだし、善行はまた明日から頑張ればいいんじゃないかな?」

「それじゃダメなんだ」

「なにそのストイックさ」


 委員長は呆れたようにクスリと笑う。

 ストイックというか、そういうルールなんだよ……。


「あー、そういえばお腹空いたなー」


 唐突にそう言う委員長の顔は、何やら悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「誰か一緒にご飯食べに行ってくれないかなー」

「ん? 飯食いに行くか?」

「ほんと? ありがとう!」


 ぱぁ、と輝く笑顔を見て、ようやく気を利かせてくれたのだと理解する。

 なんて優しいんだ委員長……。委員長こそ真の聖母と呼ぶに相応しい……。


「ご飯食べ終わる頃には夜遅くなっちゃうなー。誰か家まで送ってくれないかなー」

「送る送る! 送らせてくれ!」

「やったー、ありがとう!」


 茶番を全力で演じるのが面白かったのか、委員長は愉快そうにクスクスと笑っていた。


「風呂にも入れてやるし、寝かしつけも任せてくれ!」

「それは将来的にお願いしたいかなぁ」

「ん?」

「な、なんでもない!」



********************



 委員長の最寄り駅に到着。

 電車を降りて駅から出るなり、委員長は親に電話をかけていた。夕飯を外で食べてくると言いそびれていたらしい。


「うん、うん、ごめんねママ。明日食べるから冷蔵庫に入れておいて。……え!? そんなんじゃないよ! ただの友達! じゃあね!」


 声を荒げながら電話を切っていた。突然の外食宣言に怒られたのだろうか。


「大丈夫か?」

「う、うん。全然平気。それよりなに食べよっか? この辺お店いろいろあるよねー」


 駅前に並ぶ飲食店を眺めながら委員長は目を輝かせる。

 時刻は午後八時の五分前。今から飯を食べて解散は九時くらいか。委員長の有難い助で二善確定したとはいえ、残り十八善を三時間で達成できるのだろうか。やる気は十分だが、実際問題かなり厳しい。


「吉井くんはなに食べたい?」

「えっ? ラーメンとか?」


 考え込んでいたせいで、不意の質問に反射的にそう答えてしまった。女性との夕食だしもう少しオシャレな場所の方が良かったかな、と後悔するも、


「ラーメン! いいね! 食べたい!」


 と意外にも好感触だった。


「この辺にうまい店あるんだ。そこでいいか?」

「うん! 楽しみー」


 異世界に行く前に何度か足を運んだことのある店が、確かこの近くにあったはず。場所が定かではなかったのでスマホのルート案内に従って道を進んだ。


「っ! ここって……」


 誤算だったのは、スマホが示した最短ルートがラブホ街だったことだ。委員長は目を伏せ、周囲を見ないように俺の後ろをピッタリついてくる。俺にそんな気は無く純粋にスマホの指示通りに道を選んだことは重々承知だろうが、それでも少し気まずい。


「あー、ちょうど飯時だし、少し並ぶかも」

「ぜ、全然大丈夫だよー」


 気まずさを和らげるために適当な話を振りながら、無意識にスマホの時間を見る。すると、時計の表示が切り替わり、ちょうど午後八時になったのを目撃した。

 その瞬間だった。


「うっ!?」


 脳に電流のようなものが走る。不意の衝撃で、ついその場に(うずくま)ってしまった。


「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」


 頭を押さえて突然しゃがみ込んだ俺に驚きつつ、委員長も腰を落として心配そうに顔を覗き込んでくる。


「頭痛いの?」


 痛いとかではない。何か、こう、脳の中の回線が切り替わったような。そんな、なんとも言えない感触だった。

 そして、とある感情が心を支配する。


「……たい」

「え?」

「……ヤりたい」

「はい?」

「委員長! ヤりたいんだ!」

「え? え? なに、急に?」 


 気持ちを抑えきれず、委員長の肩を両手でガッシリと掴んだ。彼女はビク!と体を大きく跳ねさせると、顔を真っ赤にしながら、困惑したように目をキョロキョロと動かしている。


「あの、えっと、ラーメンは?」

「そんなことよりも! 今すぐヤりたいんだ! 飯は後でもいいか!?」

「そ、そんなに……?」

「ああ! もう我慢できない!」


 委員長は逡巡(しゅんじゅん)したように黙りこくるが、やがてポツリと小さく呟いた。


「…………そ、そんなにしたいの?」

「したいんだ! 善行を!」

「そう……そこまで言うならいいよ——って善行の話だよね!? 分かってた! 分かってたよ!」

「やったー!」


 八時を回った瞬間。自分の中の別の何かが目覚めたように、善行のことだけで頭が一杯になり、抑えられなくなったのだ。


「よっしゃー! ヤるぞー! ヤりまくるぞー!」

「こんな所で主語を省略して叫ばないでっ!!」



********************



「おお!? あんな所に重い荷物を持つおばあさんが!? 大丈夫ですかー!?」



*************



「やや!? 道に迷っている外国人さんだ! エクスキューズミー!」



*********



「お!? コンビニ強盗がいるぞ! コラー!」



*****

***



「ほら委員長! 車道側じゃなくて歩道側を歩けよ!」

「う、うん。ありがとう……」


 彼女の疲れ切った謝礼を聞いた瞬間だった。


「…………ハッ!?」


 再び頭に電流が走った。

 脳が切り変わり、元の回路に戻ったような気がする。


「だ、大丈夫……?」

「い、委員長……俺……」


 何が起こったんだ。いや、分かる。頭の中に記憶はある。しかし、それが自分自身の記憶だとは思えない。


「俺、ヤっちまったのか?」

「善行の話だよね? やりまくりだったよ……」


 ぼんやりと靄がかかる記憶を辿る。

 記憶の中の俺は、散々街を走り回り、困っている人を見つければ助け、落ちているゴミを見つければ拾い、また困っている人を見つければ助ける、というのを延々と繰り返していた。


 ふと左手の甲を見る。刻印は綺麗さっぱり消えていた。自分の意思とは関係無しに、善行ノルマを全てやり終えたらしい。


「もう……気は済んだ?」


 肩で息をしながら、呆れたように言う委員長。彼女は俺の異常行動に付き合ってくれていたようだ。


「あぁ……。俺、どんな感じだった?」

「なんか人が変わったようだった……。善行をやってはいるんだけど、いつもの吉井くんじゃなくてちょっと怖かったよ……」


 自分が自分でないように、勝手に体が動いて勝手に善行をした。この現象は一体なんだったんだろう。

 ——まさか、このままでは善行ノルマが達成できないと無意識に判断して、体が勝手に取った行動なのだろうか。生存のためのある種の防衛行動、もしくは禁断症状というワケか?


「ああああぁぁぁ……」


 どっと力が抜けて、その場に崩れ落ちた。


「どうしたの? 大丈夫?」

「なんか……すごい恥ずかしいところを見られた気がする」


 奇行とも呼べる行動。自分の意思に反して行ったその行為が、恥ずかしくて仕方なかった。


「まぁ……善行をしてたわけだし、恥ずかしがる必要は無いんじゃない?」

「そうか? ならいいが。つかゴメンなぁ、付き合わせて」


 異常行動をする俺を見捨てずに付き合ってくれるなんて、委員長は本当に優しいなぁ。


「べ、別に……。まだラーメン食べる約束果たしてないからね!」

「そういやまだだったな、行くか」


 時刻は九時。俺の奇行は一時間ほどにも及んでいたらしい。

 考えようによっては一時間で二十善なのでコスパは良いように思えるが、自我を失って異常行動するなんて恥ずかし過ぎる。もう絶対にやりたくない。

 これからは二十時までに善行ノルマを終わらせよう……。


_



 遅くなってしまったが、俺と委員長は約束通りラーメン屋へと足を運んだ。遅くなったのが逆に功を奏したのか、並ぶことなくすんなり入店できた。カウンターで横並びになって座ると、隣の委員長が楽しげに呟いた。


「わたし、ラーメン屋さんって小学生の時に家族と来て以来かも」

「まじ?」

「うん。フードコートとか高速のサービスエリアとかでは食べることあるけど、こういう街のラーメン屋さんって超久々。なんかわくわくする」


 ラーメン屋に連れて来ただけでこうも喜ばれるとは。まぁ、女子高生同士でラーメン屋行くってあんまり無いのかもな。


「吉井くんは? 結構ラーメン屋さん行くの?」

「ああ。ラーメン好きだから」

「一人暮らしだからって、毎日ラーメン食べてたりしないでしょうね?」

「本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してる」

「そうなんだ、偉いね」

「本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してる」

「なんで二回言うの?」


 異世界転移前に決めた自分ルールだ。異世界から帰ってきた日に食べちゃったから今週は二度目だけど。三年ぶりにラーメンを食べた時は号泣し過ぎて店の人に心配されたものだ。

 まぁ勇者の体になったので、もう健康なんかに気を遣う必要は無いようにも思えるが。


「そっかー、毎週ひとりラーメンしてるんだね。なんか、大人、って感じだね」

「委員長、俺はひとりラーメンだなんて一言も言ってないぞ?」

「えっ、あ、ごめん……」

「まぁいつも一人なんだけどさ」

「……」


 なんだよ、勇者ジョークだぞ? 笑ってくれよ。笑わないなら泣いてもいいか?

 委員長はお冷をちびちびと飲み、何やら考え込むように押し黙る。自虐ジョークに気まずくなってしまったのだろうか、と思ったのが、どうやら違ったようだ。コップから口を離すと、消え入りそうな小さな声でポツリと呟いた。


「じゃ、じゃあさ。その週一のラーメン……わたしと一緒に行かない?」

「え、まじ?」

「うん。よ、吉井くんが嫌じゃなければ……」

「全然嫌じゃない。むしろ一緒に行きたい」

「ほ、ほんと? やった……えへへ」


 『太らないように気を付けなきゃ』と言いながら、委員長は心底嬉しそうに微笑んでいた。


「わたしと行くとき以外、ラーメン食べちゃだめなんだからね?」

「……」

「吉井くーん?」

「本当は毎日ラーメン食べたいけど委員長のために週一回で我慢する」

「よろしい」


 約束してしまったし、来週からは本当は毎日ラーメン食べたいけど週一回で我慢生活に戻るとするか。

 そんな話をして待つこと数分。注文したラーメンが運ばれてきた。委員長は片手で髪をたくし上げ、もう一方の手で麺を口に運んだ。


「ふぅー、ふぅー。……んん〜! おいしー!」


 だろうだろう。自分が作ったのでないが、なんだかこちらまで嬉しくなる。


「わたしも煮卵トッピングすればよかったなー」


 こちらの丼に乗るトッピング煮卵を見て、委員長は物欲しそうな声を漏らした。

 トッピングの煮卵は命よりも重いのだ。そう易々と人に分け与えられるものではない。


「しゃーねーなー」


 しかし、俺は卵を二つに割り、片割れを委員長の丼に乗せてやった。

 自分でも何故そうしたのか分からない。今日一日を振り返り、不思議とそうしたくなったのだ。


「えっ、いいの!?」

「ああ。食えよ」

「やったー、ありがとう!」

「あ、これって善行じゃね?」

「これは……善行とはちょっと違うかな?」

「じゃあなんだこれ?」

「なんだろうね? 考えてみて?」


 考えてみるが答えは出ない。

 しかし、少なくとも『無駄な善行をした』とか、そういう損をしたような気持ちにはならなかった。


 むしろ、どこか心地が良いような、不思議な気持ちだった。


第二章完

第三章『一日七"悪"』編に続く


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