第23善「ダメだコイツ会話ができねぇ!」
「皆さま、もう安全です。正しい心を持つ者は救われるのです」
「聖母さま……」
「聖母さま……」
聖母先輩の前に百名近い人間が平伏し、ありがたやありがたやと手を合わせている。完全に宗教だよコレ。聖母教だよ。邪教だから入信しない方がいいよ。
「さぁ、祈りましょう……」
教祖サマの合図と共に、信者どもは指を交差させ一斉に祈りのポーズを捧げる。すごい光景だ。
「『祈る』と『折る』って、なんか似ていますよね…… 」
何の話?
「さぁ、折りましょう…… 」
何を?
「吉井くん、大丈夫……?」
教祖サマにぶっ飛ばされた俺のもとに、委員長が駆け寄って来てくれる。
「吉井くんが悪者みたいになっちゃったけど……わたしは吉井くんがみんなを助けたって分かってるから!」
委員長ぉ……。俺の味方は委員長だけだ……。俺は委員長教に入信することにしよう。ありがたやありがたや。
「とりあえず、犯人拘束しようか」
聖母教の集会が行われている傍で、俺と委員長は失神している犯人連中の拘束と武装解除を行った。上の階でやったのと同じように銃を奪い、手足を靴紐で縛り上げる。
その繰り返しをして、ちょうど四人目の拘束が終わった、その時だった。
「おいおい、なんだぁこりゃ……」
背後から聞こえた気怠げな声。振り返ると、そこにいたのは二人の男。ただし他の犯人連中とは異なり、覆面は着けておらず素顔が丸出しだ。
一人は、やさぐれた風貌で無精髭を生やした三十代半ばくらいの男。もう一人は、ドレッドヘアーが特徴的な筋骨隆々の巨漢だった。
「警察と電話している間に何があったんだよ。ったく、使えない奴らだ」
この気怠げで抑揚の無い声。先ほど放送で聞いた声だ。話し振りや風格から見てこの無精髭の男がリーダーか。体格こそドレッドヘアーの方が遥かに逞しいものの、無精髭男は何とも言えない危険な雰囲気を醸し出している。
「やったのはお前か?」
光の篭っていない目が俺へと向けられる。
「そうだ」
元勇者の直感が囁く。この男、他の犯人連中とは比較にならないほど別格だ。危険な予感がしたので、委員長に少し離れてもらった。
「金髪、どうしてオレ達を裏切った?」
……もしかして仲間の一人だと思われてる?
俺より先に口を開いたはドレッドヘアーの男だ。
「おい、こんなやつ仲間にいたか?」
「あぁ、そうか。テロリスト顔だからうっかり」
テロリスト顔ってなんだよ。
「なるほど、通りすがりのテロリストってワケか」
通りすがりのテロリストってなんだよ。
「俺はただの高校生だ」
「ただの不良の高校生が、武器を持つテロリスト集団を制圧したと?」
不良なんて一言も言ってないんだがな。
「面白れぇじゃねぇか。オレの相手もしてくれよ」
無精髭男の口角がニヤリと釣り上がる。拳が構えられる。そして、戦いの火蓋が切って落とされ——
「お待ちください」
——ようとしたところで、状況に不釣り合いな穏やかな声が割って入ってきた。
「わたくしも混ぜてください」
「おいおい、シスターのお嬢ちゃん。オレ達とやり合おうってのか? 冗談だろ?」
ゆったりと近付いてくる聖母先輩に、信者連中は心配そうな声をかける。
「そ、そうですよ聖母さま! 危険ですよ!」
「いくら聖母さまでも、テロリスト三人を相手だなんて!」
俺をカウントに入れるな。
「ご心配なさらず。敵が何人いようとも、正しい心があれば決して負けることはありません」
その『敵』ってのに俺は入ってないよね?
「へっ、いい度胸じゃねーか、お嬢ちゃん」
「怪我してもしらねーからな」
無精髭とドレッドヘアーは不敵に笑いながら、一歩前に進んで聖母先輩と対峙するように俺の左右に並んだ。俺をリーダーっぽい感じにするのやめろ。
「えぇ。では皆さん、歯を食いしばってください」
なんで俺の目を見ながら言うの?
「いくぜ!」
テロリスト二人が同時に床を蹴る。が、それよりも聖母先輩の方が早かった。
先輩の右ストレートが無精髭に。続く左アッパーがドレッドヘアーに。そして、二段蹴りが俺に。なんで俺も攻撃されてんの? なんで俺だけ二回攻撃されてんの?
「くっ!?」
攻撃を食らった俺達は、モールの端っこの方まで仲良く吹っ飛ばされてしまう。が、テロリスト二人への攻撃はかなり手加減されていたらしく、二人へのダメージは大して無いようだ。彼らは着地と同時に素早く体勢を立て直していた。
「ちっ、なんだあの嬢ちゃん!?」
「あの細腕でこの威力……化け物か!?」
大正解!
「お、おい金髪、大丈夫か?」
対して、俺への攻撃はおそらく全力だったうえに二連撃だったので、ガードし切れず腹に重いのを食らってしまった。あまりの痛みに蹲っていたら敵に心配されてしまう始末だ。
「うふふふふ」
にこやかな笑みを浮かべながら、先輩もこちらに駆け寄ってくる。
そこで気が付いた。委員長や人質連中から遠ざけるため、先輩はあえて俺も吹っ飛ばしたのだと。なるほど、頭が回るな。でもなんで二回攻撃されたんだろう。なんで全力で攻撃されたんだろう。
「三対一だ! 数の利はこっちにある! 金髪、お前は正面から突っ込め! その隙にオレ達が左右から攻撃を仕掛ける!」
だから俺を仲間に引き入れるんじゃねぇ。しかも囮に使うんじゃねぇ。
「うふふ、三人まとめてボキボキにしてあげますよ」
ほらもう完全にテロリストの仲間だと認識されちゃってるじゃん。俺のこともボキボキにする気じゃん。っていうかボキボキってなに?
このままだと本当に犯人の仲間に仕立て上げられそう&聖母先輩にボキボキにされそうなので、俺は身を翻して先輩の横に並びテロリストに向かい合うような形になった。
「?」
一瞬、その場の全員が『え、何やってんのこいつ?』というような顔になる。一拍置いて、同時にハッした表情を見せた。
「に、二対二だ! 数的には平等だ!」
「そ、そうだ! 最初から二対二だぞ!」
「ふ、二人まとめてボキボキにしてあげますよ!」
よかった。ようやく俺がテロリストではないと思い出してくれたようだ。つかノリじゃなくて本気でそう思われてたのかよ……。あとボキボキってなに?
「うふふ、ドレッドヘアーの貴方、素敵なモノを持っていそうですね? わたくしのお相手をしてくださいませんか?」
「へへ、そういう勝負かい? いいぜ、俺様のモノでヒーヒー言わせてやるよ!」
自身の股間をパンと叩きながら、下品な笑みを見せるドレッドヘアーの男。たぶん先輩が話してるのは骨のことだと思うぞ。
「じゃ、じゃあ。オレと一緒にやるか、金髪」
余り物みたいに扱うのやめろ。『二人組作ってー』で余る時のこと思い出しちゃうから本当にやめろ。
「いくぞ……」
緩んでいた雰囲気が一瞬にして切り替わる。周囲はピリついた緊張感のある空気に包まれた。
真っ先に飛び出したのは聖母先輩だ。ドレッドヘアー鋭い蹴りを叩き込む。ドレッドヘアーも応戦するように拳を振り回す。その先を見ている暇はなかった。無精髭の男が勢い良く俺に飛びかかってきたからだ。
「喰らえっ!」
迫り来る拳。予想外に素早い動きだった。回避が間に合わず反射的に腕でガードをするも、見かけよりも重たい攻撃で腕がビリビリと痺れる。
常人とは思えぬ瞬発力と威力。やはりこの無精髭には、他の犯人連中とは違う何かがある。
だが悠長に考えている暇はない。続けざまに迫りくる左のジャブ。一歩後ろに下がってそれを回避。鼻先を拳が掠めた。拳の連撃は止まらない。
「ほれほれ、こいつはどうだ!」
右、左、右、右、左、左、右。
不規則に迫り来る拳の嵐。時に避け、時に腕で受け止め、時に叩いていなす。
一見軽いパンチに見えるが、一発一発の重量は想像を絶するものだった。異世界で戦ったオークのそれに匹敵する程だ。素早さも一級品。
「おいおい、やるじゃねぇか! 最近のヤンキーは随分ケンカ慣れしてるんだな!」
ヤンキーじゃないんだがな。
「だが防戦一方だなぁ!? 反撃できねぇかぁ!?」
「いや、どうすれば殺さずに済むか考えてたんだ」
「はぁ?」
先程までは無防備の相手への不意打ちだったので、気絶させる程度の威力にコントロールできた。
しかしこの無精髭は中々手強い。連続で攻撃されている最中に強引に反撃して、力の加減を間違えて大怪我、最悪殺してしまわないか不安だったのだ。
「ハハハ! オレを殺さないか心配してるだと!? 心配すんな、オレは頑丈だから好きに反撃してこいよ!」
「マジ? 殴っても破裂しない?」
「どんな心配してんだよ……」
……まぁ、回復魔法が使える聖母先輩もいるし、万が一重症を与えても大丈夫かな。
「かかってこいよ。反撃する余裕があるのなら……な!」
男の言う通り、確かに彼には隙が無い。一切の隙間も無く拳の連打が襲いかかってくる。これを掻い潜ってカウンターを喰らわせるのは不可能とも思える。
「ほら、どうした? さっさと反撃してブヘェ!?」
だから、俺は彼の攻撃ごと攻撃した。
俺が突き出した右ストレート。それは男のパンチと激突するも、小石のようにそれを弾き飛ばす。そのまま勢いは緩まることなく、拳は彼の顎へと叩きつけられた。
「な、なんっ……?」
予想外の威力だったのか、無精髭は目を見開いて呆然と俺を見つめてくる。攻撃の手は止まり、顎にモロに喰らったため膝がガクガクと震えていた。だが言うだけあって頑丈だ。力加減はあまりコントロールできなかったが、彼は破裂どころか気絶もしていない。
「これなら殺す心配は無さそうだな」
「ちょっ! まっ! ぐへっ!?」
安心して拳を叩き込むことができる。今度は左のフック。男は立っていることが難しくなったのか、殴った衝撃で仰向けに倒れてしまった。
「お、お前、まさか!?」
殴られた頬を抑えながら、無精髭男は何かに気が付いたように目を見開く。その視線は俺の左拳に向けられている気がする。そんなことは気にも留めず、男の腹に座り込んでマウントポジションを取った。
「ま、待て! 話を聞いてくれ!」
何かを訴えるように両手を目の前でバタつかせる無精髭男。
しかし俺は、構わず殴りつける。
「ちょ、待っ! げふっ!」
構わず殴りつける。
「まっ、待てって! 話聞いて!? ぐへっ!」
構わず殴りつける。
構わず殴りつける。
構わず殴りつける。
「ちょ、まっ、ダメだコイツ会話ができねぇ! ごはっ!?」
構わず殴りつける。
構わず殴りつける。
構わず殴りつける。
構わず殴りつける。
構わず殴りつける。
「い、異世界!」
構わず殴りつけ——ようとした俺の腕が止まった。
「異世界! お前も行ったのか!?」
予想外のワードに攻撃の手を止めた俺を見て、無精髭男は確信したようにニヤリと口角を釣り上げる。
おもむろに左の手袋を外すと、その甲を見せつけてきた。
「実は、オレもなんだ」
そこに刻まれるのは、七芒星の刻印。俺の左手のものと全く同じだった。
「まさか、お前も異世界帰りの人間だったとはな……通りでそんなに強いワケだ……」
それはこちらも同じ感想だ。通りであんなに強かったわけだ。あくまで一般人と比べて、だが。
「お前の左手にある刻印。神と名乗る老人に付けられたものだろ」
「まさか……お前も?」
「そうだ。ヤツにかけられた呪いだ」
無精髭男はすぅと息を吸い込むと、言葉の続きをゆっくりと口にした。
「『一日一善さもなくば割と酷めの頭痛』。それがオレの呪いだ」
呪いが割とショボい……。




