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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第2章 こわい先輩編
19/60

第22善「あぁ……聖母さま……」


「ふぅ……」


 テロリストの顔面を思う存分殴り続けた聖母先輩は、一仕事終えたような爽やかな顔で汗を拭った。


「手強い相手でしたね」


 一方的な虐殺に見えましたけどね。


「と、とりあえず拘束しましょう……紐とかないかな」


 先輩から垣間見えた悪魔の片鱗には触れないことにしたようだ。委員長は先輩を視界に入れないようにしながら周囲を見渡し、犯人を拘束できそうな物をキョロキョロと探している。


「両手両足の骨を折っておけば問題無いのではないでしょうか?」


 やめろ。せっかく委員長がスルーしてくれてるのに。


「そこに靴屋があるぞ。靴紐とかはどうだ?」

「いいかも」

「あの、骨は……」


 ホネホネうるさい女を無視し、靴屋から靴紐を拝借。委員長が律儀にも代金を払うと言うので、犯人のポケットに入っていた財布から金を抜き取ってレジに置いておくことにした。余った金を懐に忍ばせようとするも、委員長に手を(はた)かれてしまう。

 財布を渋々元の場所に戻しているとき、ふと妙案が浮かんだ。


「そうだ、犯人の服を奪って俺が着るっていうのはどうだ?」


 スパイ映画よろしく犯人に紛れ込むのだ。


「吉井さん似合いそうですね〜」


 どういう意味それ……。

 さっそく犯人の服をひん剥くと、中から出てきたのはどこにでも居るような普通の中年男性だった。委員長は裸の男を見て顔を赤らめていたが、聖母先輩は『素敵なアバラですね』などと良く分からない事を言っていた。

 犯人二人の拘束を女性陣に任せている間に、俺は奪い取った服と覆面を身に纏ってみる。


「うわっ、ほんとに似合うね吉井くん……いやごめん、変な意味じゃないよ」


 感嘆した声を漏らした委員長だったが、口を滑らせたと思ったのか慌てて取り繕っていた。気を遣わなくて大丈夫だぞ。なにせ自分でも驚く程しっくり来ているのだから。これからこれを私服にしようかな。


「犯人に成り済ますとはいえ、さすがに銃は持たなくてもいいよね」

「え、持ちたい。ついでに家に持って帰りたい。ちょうど銃欲しかったんだよ」

「冗談か本気か分からないこと言わないで……」


 銃は男のロマンだろ。せっかくだから一つ貰って家に飾りたかったのに。

 ポケットに滑り込ませようとしたのだが、委員長に没収され、そのまま二丁ともコインロッカーの中へ封印されてしまった。


「二階にはもう誰もいなそうだな。このまま一階に行くか?」

「そうだね」


 吹き抜けから少しだけ顔を出し、一階の様子を窺う。モール一階の中央には、イベント等にも使われる大きな広場があり、人質達はそこに集められていた。人数にして百人ほどだろうか。グズグズと啜り泣く者こそいるものの、比較的みな大人しく座っている。

 人質の無事を確認して、委員長は胸を撫で下ろしていた。


「よかった、怪我してる人はいないみたい。でも、出入り口は封鎖されてるみたいだね」


 言われて気が付いたが、複数ある出入り口には全てシャッターが降ろされている。


「犯人連中をどうにかしないと逃げられないってことか」


 人質集団の四つ角を取るように、四人の覆面男が一定の間隔で見張っている。人質への危害を防ぐため、四人の男達をほぼ同時に始末しないといけない。


「一人二本ずつ。吉井さん、大丈夫そうですか?」


 ついに人間を『本』でカウントするようになりやがったぞ。


「まぁ……問題ないッス」

「さすが元勇者。頼りになりますね」

「ゆーしゃ?」


 先輩の不用意な発言に委員長が首を傾げたので、慌てて話題を逸らした。


「そ、それで奇襲の方法っスけど……。上から飛びかかるってのはどうッスか?」

「えっ!? 飛び降りるってこと!? 危なくない!?」


 二階はそこそこの高さがある。委員長含め一般人の前で飛び降りでもしたら不審に思われてしまいそうだ。同様の理由で魔法による遠距離攻撃もできない。一旦下に降りて接近戦を仕掛けるしかなさそうだ。


「とりあえず下に降りましょうか」


 一階にいる犯人集団から離れた所にある階段を選び、作戦を練りながら下の階へと向かうことにした。


「やはり、俺の変装を活かして接近するのがベストだろうか」

「怪しまれないようにフレンドリーな感じで近づかないといけないんだよ? 吉井くんできる?」

「フレンドリーな感じってどういう感じ? 友達いないから分からん」

「……」

「……」


 なんか気まずい沈黙が流れてしまった。


「吉井くん……わ、わたしは吉井くんのこと友達だと思ってるよ!」


 い、委員長……!


「わたくしも……吉井さんは友達です!」


 せ、聖母先輩……! 

 いや待て。この人に友達認定されると『一日五十善さもなくば家族・友人もろとも死』という呪いに巻き込まれるからダメだ。


「聖母先輩は……大丈夫っス」

「そんなっ! ひどいっ! ……あ、もしかして友達よりも家族になりたいんですか?」

「かかかか家族って! 吉井くんどういうことっ!?」


 気にするな。この女はどうしても俺を呪いの巻き添えにしたいだけなんだ。


「……色々聞きたいことはあるけど……今は話を元に戻そう」


 一瞬取り乱しかけた委員長だったが、咳払いを一つして落ち着きを取り戻す。そして、名案が思い浮かんだ、とばかりにニヤリと口角を吊り上げた。


「フレンドリーな感じゃなく、もっと吉井くんらしい方法で犯人に近づくのはどうかな?」


 俺らしい方法……?



********************



 後ろ手に縛られているフリをする委員長。

 その一歩後ろを歩く、覆面姿の俺。

 俺らしい方法……それは、女の子を捕まえて来た(てい)を装うことだったのだ! ひどい!


「お前、二階巡回組か? その女の子は?」


 犯人連中が俺の姿に気が付き声をかけてくる。怪しむ素振りは見せない。変装作戦は上手く行っているようだ。

 ちなみに聖母先輩は反対方向に回っている。俺が犯人連中の気を引いているうちに、背後から奇襲を仕掛ける算段なのだ。


「あー、隠れてたのを見つけてきたんだ」

「指示に従わない人間は殺すという話だったろ?」


 しまった。確かに放送でそんなこと言ってたな。忘れていた。計画が早くも失敗しそうで焦ったのか、委員長の背中がピクリと震える。

 まずい。何か言い訳をしないと。


「いや、ホラ、この子見てみろよ? 結構可愛いだろ? それに胸も大きい」


 再び委員長の背中がピクッと揺れる。それに加えて、今度は耳の先端が赤くなったのが見えた。


「……だからなんだ?」

「分かるだろ?」

「分からん。何のために連れてきた?」

「みんなで楽しもうぜ、ってことだよ」


 言いながら、手の平を空中でモミモミ。

 男、しかも犯罪者なら食い付くこと間違いなしの提案だ。我ながら冴えている。しかし、


「お前…………最低だな」


 あ、あれ? 思ってた反応と違う。


「お前みたいなゲス野郎が同じ仲間だなんて」

「人間のクズだよお前は」

「もっとプライド持てよ」


 散々な言われよう。犯罪者のくせに四人とも思ったより真面目だった。つか、ゲスとかクズとか、テロリストに言われたくないんだが。

 覆面四人組の悪態に触発されたのか、人質達も次々に口火を切り始める。溜まっていた鬱憤を発散するように。


「その子を開放しろー!」

「このクズー!」

「とっとと捕まっちまえー!」


 犯人と人質の間に生まれる一体感。

 ……あれ、俺が一番の悪者になってない? 俺は人質を助けようとしてるのに!

 しかし、犯人の注意を引く、という本来の目的は達成できたようだ。


『吉井さん、ナイスです』


 いつの間にか反対側に回り込んでいた聖母先輩が、口の動きでそう言っているのが見えた。犯人連中、そして人質連中は俺を罵倒するのに気を取られ、彼女の存在に気が付いていない。


「っ!?」


 先輩が音も無く犯人の一人の背後に回り、手刀でもって静かに意識を奪う。慎重に男の体を床に寝かせると、そのまま別の覆面男の後ろまで素早く移動。続けざまに二人目の男も無力化する。状況が状況だけに、さすがの先輩も空気を読んでオーバーキルは我慢しているようだ。


 あっという間の出来事だった。残りの犯人は背後で繰り広げられたその隠密行動にまるで気が付いていない。しかし、先輩の近くにいた人質はそうはいかなかった。


「えっ!? シ、シスター!?」


 突然現れた武闘派シスターなんか目撃してしまったら驚きの声を上げてしまうのも無理もない。人質の一人が発したその言葉によって、俺に集まっていた注目が一気に先輩の方へ移動する。


「!? だ、誰だ貴様!?」


 覆面男二人が先輩に銃を向けようと体を反転させた。つまり、今度は俺が彼らの背後に立つ形になったのだ。この絶好の機会を逃す手はあるまい。

 素早く踏み込む。そして、一番近くにいた覆面男の側頭部にハイキックを繰り出す。一撃でその男は意識を失い、その場に崩れ落ちた。


「なっ!?」


 敵は残り一人。しかし俺の行動が彼の視界に入り込んでしまったようだ。先輩の方に向けられつつあった銃口が、俺の方へ移動される。だが、遅い。


「よっと」


 一蹴りで彼の懐へ飛び込む。その勢いのまま、男の顎に右ストレート。男の体は吹っ飛ばされて柱に激突。気を失って起き上がって来なかった。


 犯人四人を瞬く間に撃破した。無事に人質を開放することに成功したのだ。

 これは(まご)うことなき善行。賞賛されること間違いなし。そう期待して人質に目を向けるが、近くにいた女性がポツリと呟いた。


「な、仲間割れ……?」


 違う、そうじゃない。


「おい! 残りはお前一人だ! 大人しく降参しろ!」

「そうだそうだー!」


 違うんだ、俺は犯人じゃないんだ。そう抗議してみるが、誰も俺の言うことを聞いてくれない。


「違うんです皆さん! この人は犯人じゃないんです!」


 委員長が慌てて俺の隣に駆け寄り、無実を主張してくれた。委員長ぉ……。


「ほら、吉井くんも味方だってことをアピールして!」

「そ、そうだな」


 無実を証明するために、俺は覆面を取った。素顔を晒して優しい笑みを向ければ誤解も解けると思ったのだ。

 しかし、俺の素顔と爽やかな笑顔を見た人質達は、何故だかより一層恐怖したように目を見開いた。


「えっ顔こわっ……」

「覆面してる時より犯人っぽい……」


 ひどい言われよう!

 委員長が慌てて耳打ちしてくる。


「黙ってちゃダメだって! なにか安心させること言わないと!」


 それもそうだな。しかし『安心してください』なんて言う柄でもない。ここはひとつ、犯人を捕まえてやる、という強い意志を表明しようじゃないか。

 不安気に俺の顔を見る人質達に向け、力強く宣言した。


「俺が全員ぶっ殺してやるよ」


 犯人をな!

 ……しかし何故だろう、人質達はより一層恐怖に(おのの)いたような表情になってしまう。罵倒の声さえも出せぬほどに。委員長は呆れたように項垂れていた。

 殺す、は少し過激だったかな。まぁ本当に殺すつもりはないんだが。


「私たち人質を皆殺しする気なんだ……」


 そんなこと一言も言ってないんだが……。

 どうにも俺の犯人容疑は晴れてくれないらしい。


「シスター様! 助けてください!」

「残り一人もやっつけてください! シスター様!」


 対して、聖母先輩は一瞬にして人望を獲得したようだ。人質達が彼女に救いを求めて縋り付く。何この差。


「えっえっ。ちょ、ちょっと待ってください。あの方はわたくし達の味方ですよ?」

「おぉ、敵に情けをかけるなんて、なんとお優しい方だ……」

「そういう訳では……」


 一度は俺の無実を主張しようとしていた聖母先輩だったが、


「……そうです。みなさん、悪い事をしてしまったとはいえ、我々は同じ人間。罪を許そうではありませんか」


 説得は不可能と判断したのか、全力でノる方向に転換したらしい。慈悲深い表情で、包み込むように両手を広げる聖母先輩。後光の幻覚が見える。


「おぉ……聖母のようなお方だ……」

「聖母さま……」

「聖母さま……」


 その神々しささえ感じる姿に、民衆は自然と平伏すような体勢となった。百人あまりの老若男女が一人の女子高生にこうべを垂れている。圧巻だ。なんか新興宗教の誕生の瞬間を目の当たりにしてる気分だ。


「し、しかし聖母さま!」

「なんでしょう」

「ただ許すというだけでは本人の為にもならないかと! 愛の鉄槌も必要かと思います!」

「それもそうですね」


 流されないで聖母さま! 意志を強く持って! あ、ちがう! あの悪魔、俺に愛の鉄槌とやらを喰らわせたいだけだ!


「あぁ……聖母さま……」

「聖母さま……」


 人質集団が自然と掻き分けられ、モーセさながら俺へと続く道が形成された。

 民衆に炊きつけられ、聖母先輩はゆっくりとその道を進み、こちらへ近づいて来る。


「すみません吉井さん、なんか変なノリになってしまいました……」


 あんた全力でノってるだろ。

 しかしここは愛の鉄槌とやらを受けないと収まる気配がない。不本意ながら俺も乗るしかないのだ。


「歯を……食いしばってください」


 申し訳無さそうな顔をしながら拳を構える聖母先輩。しかしその目は爛々として、頬が少し赤らんでいるのを俺は見逃さない。


「せ、先輩? 殴るフリでいいんスよ? 吹っ飛ぶ演技するんで」

「大丈夫です。軽く小突くだけです。痛くしませんから。はぁはぁ」


 なんで息が荒いんだ。


「では行きます……! 奥義!」


 奥義!? 軽く小突くだけなのに!?


「『頚椎(けいつい)粉砕拳』!!」


 人にやっちゃいけないワザだろそれ!


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