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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第2章 こわい先輩編
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第21善「心音止めてもらっていいですか?」


 三人で入るには少し手狭な試着室。

 俺達三人は身を寄せ合い、できるだけ音を立てないように作戦会議を進める。


「俺の作戦を聞いてくれ。まず、委員長が奇声を上げながら全裸でモールを走り回るんだ。犯人がそれに気を取られている内に、俺と先輩が犯人を倒す」

「仮に無事に済んだとしても、わたしもう生きていけないよ……」


 最高のアイディアだと思ったのだが、女性陣二人に頭を抱えられてしまった。


「吉井さん、女の子にそんな事させてはダメですよ」

「よかった、聖母先輩はマトモで。先輩は何か良い作戦があるんですよね?」

「もちろん! まずは犯人の背骨を一人ずつ……」

「あっ、やっぱり言わなくていいです」


 更に大きく頭を抱える委員長。

 しょんぼりと肩を落とす先輩。


「そう言う委員長は何か考えがあるのかよ?」

「考えって程じゃないけど……まずは犯人の人数と居場所を把握しないと。たぶん、人質の見張り役、モールを巡回する人、放送室を占拠してる人。もしかすると、逃走のために外で待機してる人もいるかも」


 彼女の語った内容に、俺と先輩はパチクリと目を瞬かせた。


「えっ、なに? なにか変なこと言った?」

「いえ、的確な分析だなと思いまして」

「そ、そうですか?」

「ああ! 凄いぞ委員長! 犯罪の才能あるんじゃないのか!?」

「嬉しくない!」


 委員長の提案に従い、まずは敵の数と場所を把握することに。


「それならわたくしに任せてください」


 自信満々有りげに言いながら、聖母先輩は床に耳を当てる。


「それで足音が聞こえるんスか?」

「ええ。半径五百メートルくらいまでは」


 元来の勇者としての身体能力だけでなく、魔法で聴覚を強化しているのだろう。

 聖母先輩は魔法に関してかなり多才だ。対して俺は戦闘に関する魔法やスキルしか持ち合わせていないので、こういう場面ではあまり役に立てない。


「ほんとにそれで聞こえるんですか?」


 俺達が異世界に行ったことなど知る由もない委員長は、先輩の言動に半信半疑だ。


「聞こえますよ。委員長さんのバクバク鳴ってる心臓の音もバッチリ」

「そ、それはテロに巻き込まれて怖い思いをしてるからです!」

「……あの、委員長さん。うるさいので心音止めてもらっていいですか?」

「わたしに死ねと!?」

「そうではなく、ドキドキしてるのを止めるために、ちょっと吉井さんから離れてもらえます?」

「ド、ドキドキしてるのは吉井くんと体が密着してることと関係ありません!」


 ブツブツと文句も垂れながらも、委員長と俺は互いに距離を取った。それによって犯人の足音が聞き取りやすくなったらしく、先輩は珍しく真剣な顔で頷く。


「……うん。骨の軋む音は二つ。この階にいる犯人は、二人だけのようです」


 骨の音で判断してるのか……。


「二人だけなら楽勝だな」

「ほんとに大丈夫? 危険じゃない?」

「俺と先輩を信じろって」


 とは言うものの、決して慢心はしていない。異世界での戦闘経験は豊富にあるとはいえ、銃を持った相手は初めてなのだ。委員長もいるし、相手に銃を撃たせる前に倒さなければならない。必然的に不意打ちを仕掛ける必要がある。


「ちょうど、犯人二人組がこの店の前を過ぎて行きました。今なら背後を取れそうです」


 俺達は意を決し、しかし音は立てないように、慎重に試着室を出る。店を抜けてモールの通路まで出ると、先輩の言葉通り左手方向に二人組の男が。


「すご、ほんとにいた」


 二人組の男は両者とも黒い軍服のようなものを着込み、覆面で顔を隠していた。決してガタイが良いと言うこともなく、どちらかと言うと細身の部類だ。 訓練を受けたプロの集団という訳ではないらしい。


「わたくしは左側の骨を。吉井さんは右側の骨をお願いします」


 先輩、犯罪者だって人間なんだぜ。


「ほ、ほんとにやるの?」

「わたくし達を信じてください。では吉井さん、いきましょう。……いち、に、さん!」


 合図と共に床を蹴り、音も無く一足で覆面男の背後に接近。その勢いのまま、殺さないよう細心の注意を払って後頭部に拳を叩き込む。それとほぼ同じタイミングで、先輩はもう一方の男の襟首を掴み、腕の力だけで背中から床に張り倒していた。

 一瞬にして二人組を撃破。初めての連携にしては息ピッタリだった。


「すごぉ」


 俺が殴った男はそのまま失神したようで、地面に突っ伏すように倒れ込んだ。その様子を見届け、委員長は感嘆の声を漏らしながら恐る恐るこちらに近寄って来る。


「よ、吉井くん、すごいね! さすが不良!」


 不良なのは関係ないぞ。あと不良じゃないぞ。

 恐らく俺と先輩は常軌を逸した速度で攻撃を繰り出していたと思う。しかしテロという異常事態に巻き込まれているせいか、委員長は感覚が麻痺しているようで特段気にしていないようだった。


「よし、とりあえず犯人は縛って——」

「うふ、うふふ、うふふふ」

「あの、先輩……?」


 聖母先輩はと言うと、張り倒した相手に馬乗りになり、リズミカルに両頬を殴りつけていた。満面の笑みを添えて。


「うふふふふふふ」


 男はとうに失神している。にも関わらず、先輩の手は止まらない。しかし男に外的損傷は見受けられない。バキッ、ボギッという音からして何かが砕けているようだが、殴ると同時に回復魔法(即効性)を掛けて瞬時に治しているらしい。

 殴っては回復、殴っては回復、という意味不明な行為を延々と続けているのだ。


「せ、聖母……先輩……」


 満面の笑みで男を殴り続ける先輩。

 ドン引きした表情でそれを眺める委員長。

 先輩の狂気の矛先がこちらに向かぬよう、ひっそりと息を潜める俺。


「あは、あはははははは」


 俺と委員長が真に警戒すべきは、テロリストなんかではなく聖母の皮を被ったこの悪魔なのかもしれない……。


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