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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第2章 こわい先輩編
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第17善「バギャァァグッギャアア!!」


 異世界から帰ってきて初めての週末。


「ふぁあ」


 日々の善行疲れが溜まっていたのか、目が覚めたのは昼過ぎだった。やはり善行のやり過ぎは体に悪いらしい。

 まぁ今日は学校もないし、午後からのんびり善行しよう……そう思って、寝ぼけ(まなこ)で何気なく左手の甲に目を遣った時だった。


「うわっ! 気持ち悪っ!」


 見慣れない左手の様子に、一気に眠気が吹き飛ぶ。

 現在左手に刻まれているのは、昨日までの七芒星とは様変わりした、大量の三角形が折り重なった不思議な図形だった。線が大量にあって気色悪い。


『週末は三倍キャンペーンだから、二十一善してね☆』


 神が別れ際に言った台詞が頭を()ぎる。

 そうだ。そうだった。週末は二十一回も善行しないといけないのだ。日々の善行に忙殺されていて、すっかり失念していた。


 恐らく、現在左手にあるのは二十一芒星。細かすぎて正確に数えられないが、七個の三角形が積み重なっているのだ。


「二十一善とか、どうすりゃいいんだ……」


 七善ですらいっぱいいっぱいなのだ。達成できる気がまるでしない。しかし、俺は知っている。一日に五十善も行っている、悪魔の存在を。


「頼るしかないか……」


 気は進まないが、背に腹、もとい骨に死は変えられない。

 スマホを手に取りメッセージアプリを開き、昨日交換したばかりのアカウントに電話をかける。五、六回コール音が鳴った後、ようやく通話が繋がった。


「あー、もしもし? 吉井っスけど」


 ——バギッ。ゴギャッ。ボキッ。


 返ってきたのは、なんとも不穏な音だった。何かを壊すような、潰すような、あるいは、折るような。


「も、もしもし、聖母先輩?」

『ヒィィ! た、助けて! ——グギャッ』


 うん。かける相手間違えたらしい。切ろう。


『あ、吉井さんですか?』


 先輩の声だ。間違っていなかった。何やら合間に男の悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが……まぁ気のせいだろう。


『どうかされました? ——バギッ』

「ちょっと善行の相談を……」


 週末三倍キャンペーンのことを先輩に相談してみると、彼女は黙って——時折バギボギと不思議な音を発しながら——俺の話を聞いてくれた。


『まぁ。週末は三倍キャンペーンなんですね。それは大変です。——ボギッ』

『——ゆ、許してください! ギャアア!』

「先輩は三倍キャンペーン無いんスか?」

『ええ。平日も土日も変わらず五十善ですよ。——バギボキッ』


 三倍キャンペーンはインパクトはあれど、先輩の方が普通に大変なんだよな……。俺としては二十一善なんて途方も無い数字だが、先輩相手ではめちゃくちゃショボく聞こえてしまう。


『もし良ければ、土日に使える善行スポット教えましょうか? ——ボキボキボキッ』

「えっ!? そんな所が!? ぜひ!」

『では後ほど場所を教えるので、合流して一緒に善行しましょうか。わたくしもこれから向かうところだったんです。——バギバギッボキボキッ』

『——ごめんなさいごめんなさい! 許してください! うあああああ!』

「……先輩、今何してるんスか?」


 知らぬが仏、もとい知らぬが聖母と思いつつも、いい加減スルーできずついに疑問が口から出てしまった。


『実は……歩いてたらナンパされてしまって。少しお茶をシバいているんです。——バギギギッ』


 アンタがシバいてるのは茶じゃなくて人間だ。


『ナンパについて行くなんて、はしたないですよね? 嫌いにならないでくださいね? ——バギャァァグッギャアア!!』


 大丈夫。先輩に対して嫌いだとかの感情は全く湧かない。恐怖しか感じてないのだから。



*********************



 聖母先輩に呼び出されたのは、とある大型ショッピングモールだった。ここら辺の地域では一番大きな規模のもので、週末には子連れから学生まで様々な人間がひしめき合っている。


 モール一階の広場。待ち合わせ場所の時計台の下には大勢の人がいたが、先輩は金髪のうえ休日でもシスター頭巾を被っていたので、比較的すぐにその姿を見つけられた。


 白のワンピースにシスター頭巾という冷静に見れば奇天烈な格好だ。しかし彼女の美貌と醸し出される穏やかなオーラの下では、むしろ清楚な印象を引き立てているとさえ思える。実際、道ゆく男は鼻を伸ばしながらその儚い姿をチラ見していた。中身が悪魔だとは知らずに。

 先輩はスマホを弄っていてこちらに気付いていない。


「先ぱ——」

「ねぇお姉さん、ひとりー?」


 声をかけようとするも、大学生くらいの茶髪の男に割り込まれてしまった。

 ナンパか。やめとけよ……死ぬぞ。


「すみません、待ち合わせしまして……」

「ちょっとだけオレと遊ぼうよ?」

「でも……あっ、お兄さん素敵な鎖骨ですね」

「キミ、鎖骨フェチなの? いいよ、よかったら触りなよ」

「まぁ、折っていいんですか!?」

「ん?」


 耳悪いのかな?


「お兄さんのこと、骨抜きにしてもいいですか?」

「へへ、キミ、けっこう積極的なんだね」


 やめとけそれ文字通り意味だから。お兄さん皮と肉だけになっちゃうから。

 やけに力が込められた先輩の手が男の鎖骨に伸びて行ったので、慌てて二人の間に割って入った。


「先輩。お待たせッス」

「あら、吉井さん。こんにちは」

「チッ。いいところだったのに」


 チャラ男の顔があからさまに曇る。

 お前の骨を救ってやったんだぞ。感謝してほしいくらいだ。


「……ってうわああああ!? お、お前はあの時の!?」


 あぁ。良く見たらあの時のチャラ男じゃないか。善行生活の初日の朝、委員長をナンパしていたアイツだ。


「あら、吉井さんお知り合いですか?」

「知り合いっつーか。委員長をナンパしてたんスよ」

「あらまぁ」

「その節は本当にすみませんでしたぁぁぁ!」


 チャラ男は一瞬にして土下座体勢へと移行する。元勇者の俺の目でも追えぬほどの速度だった。やるじゃないか。


「お前、もう一生ナンパしないって言ってなかったか?」

「ハイ! つい魔が差してしまいました! ほんともう絶対やりません!」

「何言ってんだよ。その調子でもっとやってくれよ」

「えぇ……」


 やはり、このチャラ男には世の中に迷惑をかける才能がある。つまりは善行の元。すなわち俺の味方なのだ。


「吉井さん、ダメですよそんなこと言っちゃ。お兄さん、強引なナンパなんてダメですからね?」

「はい……。いやほんと、金髪の彼と出会って以降はナンパしないよう我慢してたんですよ……。でも、お姉さんがとっても魅力的だったもんで……つい……」

「お兄さん、もっとじゃんじゃんナンパしていきましょ〜」

「えぇ……」


 何故か困惑するチャラ男を満面の笑みで送り出すも、何故だかその足は出口の方へ向かってしまった。今日のナンパは営業終了か。残念。しかしこれからの彼の活躍に期待だ。ぜひとも世の中に迷惑をかけまくってくれ。


「はぁ……行ってしまいましたね。せっかく素敵な鎖骨の方でしたのに……」


 素敵な鎖骨が無事で本当に良かったよ。

 チャラ男の背中を名残惜しそうに見送った後、聖母先輩はその視線を俺の顔へ移動させる。そして、穏やかな、輝くような笑顔を見せてきた。


「でも吉井さん、ナンパから助けてくださったんですよね? 嬉しかったです。どうもありがとうございました」


 アンタじゃなくてナンパ男の方を助けたんだがな……。まぁ、なんか一善獲得できたから良しとしよう。


 ……なんだか熱の籠った視線が俺の胸元に向けられているような気がしたので、シャツのボタンを一番上まで閉めておいた。


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